#3「二人の勝負」
戦いにおいて最も重要な事......それは体術で培う力強い拳か...?剣術で培う速く鋭い斬撃か...?......それらも勿論重要だ。だが、こと実戦に置いて、相手との命のやり取りをする戦いにおいては何より重要視されるものがある。それは人間、いやあらゆる生物に宿る生命と精神のエネルギー、"オーラ"と呼ばれるものだ。オーラは様々な性質を持ち、性質ごとに7色の色で分かれている。これらの性質は修練を積めば誰でも扱うことができるとされているが、その中でも得手不得手があり、どの性質が得意となるかはオーラを宿すもの次第だ。
例えば、アンリ。
「いくよっ!スズネちゃん!!」
アンリの脚、その周りに薄っすらと雷のように走る橙が見えた、次の瞬間ダンッ!という強い衝撃音が耳に届く。
―――来るっ......!!
ズドン!
音が聞こえるのとほぼ同時に視界のアンリが至近距離まで近づいていた。私は構えていた木刀を瞬時にアンリの拳の軌道に合わせ、受け止める。アンリが凄い勢いで飛び込んできてくれるなんて普段ならご褒美だけど...、これは...重い......!!
かろうじて衝撃を弾き返し、互いに勢いよく後方へ跳ね、再度構えをとり直した。拳を受け止めた木刀を握る手はまだ少し痺れている。
これほどまでに強い力を発揮する、それがアンリが今使った橙色の<強靭>のオーラだ。<強靭>のオーラは"増強"の能力を持ち、アンリは最初に脚、それから続けて肩、腕、拳と筋力の増強をさせたのだろう。瞬発力も腕力も尋常じゃないパワーを持って発揮されていた。
私もオーラを使っていなければ押し負けていただろう。私が使ったのは、青色の<静謐>のオーラによる"減衰"の能力だ。<静謐>のオーラを纏わせた木刀で拳を受け止めたことで、"減衰"の能力が作用しアンリの勢いを殺したことで受け止めることができた。
しかし、その上でこの反動だ、とてもじゃないが何度も受け切れるものじゃない。こうなれば、こちらから仕掛けるしかない。
そもそも、この組み手何を持って勝敗を決するか。それは、審判として立ち会うお母さんによる勝負あったの判断によって決定する。普段の組み手でもそうだが、修練の為に力を出し切ろうとすることは互いに大きな怪我を負うリスクを発生させる。そのためお母さんやケタルおじさんの立ち会いの下組み手は行われ、危険だと判断された時はすぐさま制止をかけるようになっている。
しかし今回は「本気のやつ」ということもあり簡単には静止は入らないだろう。このまま何度もアンリと打ち合っていった場合、私の手は木刀をしっかり握り続けられるか怪しくなる。そうなってしまえば流石に静止をかけられてしまう。そうならないためにも決着を急がなくてはならない。
アンリ側の勝ち筋は、このまま打ち合うことで私を消耗させていくことだけでなく、完全に力で押し切り私を組み敷くなどいくつかあると思うが、それに対し私の勝ち筋は<静謐>のオーラによりアンリを一瞬でも完全に停止させ、トドメとなりうる一撃を入れる隙を作る、これが一番可能性の高いものになるだろう。そのためにはアンリの身体に直接、多量のオーラを流し込む必要がある。しかし、俊敏なアンリ相手にどうやってそのチャンスを作ろうか。
「来ないなら、もっかいこっちから行っちゃうよ!」
幾ばくかの逡巡の間、こちらを伺っていたアンリは痺れを切らして攻撃体制に入る。
まずい...!
そう思うのも束の間、ダンッ!という音がまたも響く。こちらも再度受け止めようと木刀を構える―――
違う!低い!!
さっきと同じで真正面からの重い拳が飛んでくると思ったが、アンリの姿勢は低く、動作からも拳を使う様子はない。これは――、足払い......!!
「はあッ!!」
「うっ!」
気づいた時にはアンリはすでに動作を完了し終えるところだった。間を置かず私の視界には天井が映ることとなる。次の瞬間にはその視界にアンリが入り込み、私目掛けて降ってくる。どうやらアンリもどうすれば勝ちとなるかを分かっているようで、このまま私を組み敷くつもりらしい。
――アンリに組み敷かれる.........?
「――ッ」
一瞬湧いてきた邪念を振り払い、体を右へ転がして降下してきたアンリを避けた。
この状況で自分の欲望が前に出るあたり私結構余裕あるなと自分で自分に感心する。その妙な思考により判断が後手に回ったことへの焦りが消え、今取るべき行動が見えた。
「ここッ!!」
私が避けたことにより床に着地することとなったアンリの背中...いや、首裏!そこ目掛けて木刀を振り下ろす。
しかし、木刀の手応えは首裏に到達するより前に、首を隔てた反対側から伸びてきたアンリの右手によって遮られた。そのまま右手は木刀を掴み、橙の光がわずかに走る。
「ぐっ――」
「うおぉりゃあぁぁッッッ!!!」
体が宙に浮いていた―――。私の木刀を掴んだアンリは、木刀ごと私を振り上げた。身動きは取れない、だが今できることは!
「うおぉおぉっ!!」
ありったけのオーラを木刀越しにアンリの右手へと流し込む。"減衰"により力の弱まったアンリの手は、私を叩きつけるほどの力は失い、私の体は持ち上げられた遠心力によって足から床目掛けて落ちていった。
そして今度はその遠心力を利用し私がアンリを振り上げる!
すでにアンリの右手の筋力は、小石を持ち上げるのも難しいくらいには"減衰"の影響を受けているはずだが、<静謐>のオーラが得意とするオーラの形質変化"吸着"により、未だ右手と木刀は繋がったままだ。
このまま叩きつけて抑えれば!
すでに"減衰"の影響は右手を介して体の半分近くに及んでいるはずだ。その状態からならアンリの体を抑えるだけで、静止の判定は下されるだろう。
しかし、少しの安堵が油断となりアンリの行動の発見を遅らせた。宙で振り上げられているアンリの左手が橙に閃いていた。
急いで振り下ろし切ろうと木刀を握る手に力を込めるが、それが仇となった。勢いよく振りかぶったアンリの左手は木刀の先端、右手との吸着部分に激突し、強く握っていた私の手に強い衝撃を与える。その衝撃に耐えきれず、僅かに力が緩んだ瞬間、木刀は"吸着"のオーラごと吹き飛ばされた。
まずい、静止の判定が―――!
すぐに出る気配はない、一瞬意識を持ってかれたが即座にアンリを見据える。アンリは木刀を吹き飛ばした反動で壁に着地しようとしていた。
そして、ダンッ!という音が轟く。
「勝負ありだよ!スズネちゃん!!!」
次の瞬間にはアンリは眼前に迫るはずだ。チャンスは一瞬――。
「――!!!!」
精神を研ぎ澄まし、真っ直ぐとこちらに向けて拳を突き出す、アンリの左腕を掌で"吸着"し、勢いを利用して叩きつけた。
「そこまでっ!!」
静止の判定がかかる。
「ただいまの組み手、勝者は――スズネ!!」