#24「最初の夜」
「.........」
目の前には緩やかに流れる川。辺りは暗くなり始め、先ほどまで見せていたほどの煌めきはなくなってきていた。
そんな川の中に一つの影。川の流れに逆らって動くその影は徐々にその位置を動かし、やがてわたしの射程へと――
ズンッ
捉えた!
「よぉっ!!っと、5匹目ー!!」
勢いよく川へ飛び込んだわたしの右手には、しっかりと捉えられた魚が1匹。それを腰のベルトに括り付けた袋に入れる。
これで、5匹目...さっきスズネちゃんに渡した分も含めれば6匹だから、2人で3匹ずつ食べれる。
「うん!戻ろう!」
辺りも暗くなり始めてきている。暗くなる前には戻るように言われていたし、早く戻った方がいいだろう。
―――。
「スズネちゃーん!」
魚を捕らえているうちに少し離れてしまったので走って戻ってきた。焚き火の近くには布を敷いて寝床の準備をしてくれているスズネちゃんがいた。
「あ、やっと戻って来た。そろそろ呼びに行こうかって思ってたんだから。」
「えへへ、ごめん。」
やっぱり少し咎められてしまう。
「でも、追加で5匹捕まえて来たよ!はい!」
腰の袋を外してスズネちゃんに手渡した。
「もう...。うん、ありがと。血抜きしてきちゃうからアンリは休んでて。さっき焼いた魚も先に食べてていいから。」
「はーい!」
川に向かうスズネちゃんを見送ってから、用意してもらっていた布に腰を下ろす。布の端には木の皿に乗った焼き魚が置いてあった。
「美味しそう...!」
先ほどまで必死に暴れてようとしていた様子は見る影もなく、目の前の魚はこんがりとした焼き目が付き、破れた皮からは脂の滴る艶やかな身が覗いている。
口から突き出た木の串を手に取り、たまらずかぶり付いた。肉厚な胴体からはじっとりとした脂が染み出し、スズネちゃんが付けてくれたであろう塩味の柔らかな身からあっさりとした旨みが口に広がる...。
んーおいしい〜!
勢いで食べ進め、骨だけを残すまで身を食べ尽くした。
「おいしかった〜」
すぐ食べ終わってしまったが、スズネちゃんが戻ってくればあと2匹食べられる。
早く戻って来ないかと様子を見に行こうとも思ったが、「休んでて」とも言われていたので大人しく待つことにした。
パチ、パチ、パチ......
焚き火が燃える音に耳を傾けながらふと空を見上げる。
空はだいぶ暗くなってくており、頭上には虹が架かっている......。
わたしはこれからあの先のどこかへ――
いよいよ始まった旅。その旅の行き着く果てへ思いを馳せる。これから、見たことのないものをいっぱい見に行ける。やっぱりそれを考えるとワクワクが止まらなくなってしまう。
......今日も眠くならなかったらどうしよ......。
少しの不安がよぎりながらもスズネちゃんの帰りを待った。
―――。
「んー。そろそろいいかも。」
魚の血抜きを終えて戻ってきたスズネちゃんは、すぐに焼く準備を終わらせて焼き始めてくれた。しばらく経ち、いい匂いが漂ってきてからも少し待ったがもう食べられるようになったようだ。
「はい、どうぞ。」
スズネちゃんが皿に乗せた魚をくれる。
あれ、3匹...?
「スズネちゃん、わたしはさっき食べたから2匹で半分だよ?」
「いーの。私は2匹で充分だから。それにアンリはいっぱい食べたいでしょ?」
「うん...。そっか、ありがとスズネちゃん!」
もしかしたら譲ってくれたのかもしれないけど、スズネちゃんは自分に必要な量を分かってるはずだからきっと大丈夫。ありがたく受け取ろう。
「じゃ、食べながらこれからの予定を少しおさらいしよっか。」
「うん?」
早速魚にかぶりつき始めていたわたしにスズネちゃんが言う。
「昨日のお父さんとお母さんの話で色々と聞いたけど、アンリは興奮で忘れちゃってるかもしれないでしょ?」
少しいじわるな笑顔だ。
「うぅ、確かに...」
否定はできない。昨日のお父さんとお母さんの話は真剣に聞いていたつもりだが、ずっとワクワクした気持ちが消えなかったのも事実だ。
「ふふっ、じゃあまずは、私たちが最初に向かうところ、分かる?」
「えぇと...あ、山の向こう!山に行ける!」
「そうだね、半分正解!私たちは山の向こうにある、この大陸の中央都市『ケントルア』をまず目指すの。」
そう、遥か北には大きい山があるらしく、それを見るのも楽しみなのだが、なにより...
「鉄道があるとこ!」
「そう正解!昨日もこの話にはすごい食いついてたもんね。」
「うん!」
ケントルアには高架鉄道というものがあり、そこを走る乗り物は大陸北にある様々な街を繋いでいるらしい。しかも、鉄道というのは馬も使わずに走るらしい...。一体どんな乗り物なんだろう...!
「それで、その鉄道に乗って最終的な目的地であるノーティアに向かう。...だから、まずはケントルアに辿り着くこと。これが最初の目標ね。」
スズネちゃんの説明にコクリと頷く。
「で、ここからが明日からの予定の話。」
スズネちゃんの声が少し真剣味を帯びた。
昨日聞いた話では、鉄道にさえ乗れてしまえばノーティアまでの道のりで危険なことはまず無いらしい。そのため、わたしたちが乗り越えなければならないのはケントルアまでの道のりで現れるかもしない危険だ。
「この周辺もそこそこ木が生えているけど、このまま北に進むと深い森があるらしいの。昨日の話では山の方向に続いている川か街道を辿って行けばいいって言ってたから、水や魚を確保するためにもこのまま川を辿って進んでいく...。ここまではいい?」
「うん。大丈夫...!」
何となくだが、昨日聞いた話として認識出来ていることだった。
「じゃあ、次はもし森で迷った時...基本的には川か街道を見つけて辿っていくのがいいんだけど、もし見つけられなくなって進む方向が分からなくなったらどうする?」
「あ、はいはい!コレ!」
鞄から小さな丸い板のような道具を取り出す。
「正解!...だけどその方位磁針をどう使うかは分かる?」
えぇと...確か
「赤色が指してる方向に...すすむ...?」
あれ?
「合ってるけど、縦に持たないの。ほら、地面と水平になるように...」
「あ、そっか」
赤色は真っ直ぐ空を指していたので何事かと思ったが、使い方が間違っていたようだ。水平に持ち直し中の針が止まるのを待つ。
「......じゃあ、北はあっち...?」
「うん。よく出来ました。」
スズネちゃんが軽く拍手をしてくれた。
昨日お父さんにもらったこの方位磁針というものは、針の赤い部分が常に北を向くようになっているらしい。貰ってすぐに持ったままクルクル回ってみたけど、ずっと同じ方向を向こうとしていた。不思議だ...。
「でも、思ったよりちゃんと覚えてたね。ちょっと安心。」
「えへん!」
「ふふ。はい、えらいえらい。じゃあおさらいも終わったことだし、早く食べて明日に備えて寝なきゃね。」
「うん!」
そんなやりとりをしながら残りの魚を食べ切った。
―――。
「アンリ、おいで。」
一度川へ行き洗ってきた皿や鍋を鞄にしまい終わったところでスズネちゃんから声がかかる。
「一緒に寝よっか。」
「うん!」
スズネちゃんは寝床用の布を隣合うように引き直し、こちらに手招きしてくれていた。
焚き火の火から少し距離をとった位置で2人一緒に横になる。
「アンリ、今日はすぐ寝れそう?」
「うぅん、むずかしいかも...」
「そうだと思った」
スズネちゃんが抱きしめてくれる。
「あ、そうだ。周りには"知覚"のオーラを込めた枝を刺してあるから安心して眠ってね。」
「うん、わかった...」
<叡智>のオーラを込めた物体は、多少離れた距離でも何かが接近してくればそれを"知覚"出来る。それを利用し、寝る時に外敵の接近に対して警戒をするようにお母さんが言っていたっけ...。
そんな思考にやってきた眠気が覆い被さっていく。
......スズネちゃんの体温と鼓動は、すごく安心して......いつもすぐに眠く......。
「おやすみ、アンリ」
「おや...す、み......」
優しい声色が耳に届き、ゆっくりと温かな眠りに落ちた――




