#23「野営」
「わぁ...キレイ...!」
アンリが感嘆の声を漏らした。
私たちの眼下には、夕日と虹が映り込み鮮やかに煌めく川の水面が広がっている。本当にキレイだ...。
だが、感動に浸っている場合ではない。夜が来る前に準備をしなくては。
「さ、アンリ、野営の準備するよ。燃やせそうな木の枝を集めてきてくれる?」
「はーい!」
川の周りには、まだ森というほどではないが木がまばらに生えていた。今私たちが進んでいる方向には深い森があるはずなのでここから先も火起こしに困ることはないだろう。
「さてと。」
川から少し離れたところで携えていた刀と背負っていた鞄を下ろし、火おこしの準備をする。
まずは鞄からナイフを取り出した。それを使い近くにあった一本の木の枝を薄く削り出していく。
スーーッスーーッ
ナイフが枝を削る小気味良い音が耳に響く。
「...と、こんなもんかな。」
しばらく音に耳を傾けながら作業を続けていた私の手にある木の枝は、薄くめくれた木の皮が花びらを思わせるような形へとなっていた。
「スズネちゃーん!いっぱい持ってきたー!」
ちょうどアンリの声が聞こえる。声の方向に目を向ければ、両手いっぱいになった木の枝を抱えるアンリがいた。
「アンリナイスタイミング。早速、火つけちゃうね。」
そう言いながら、次は鞄から木の箱とライターを取り出した。木の箱の中には脱脂綿が詰まっており、この一部を取り出して先ほどの木の枝に絡ませる。
カチャッ...シュッ、ボッ
ライターの蓋を開け、火をつける。火は脱脂綿から木の枝へと燃え移っていき十分な火種となった。
「薪組めたよー」
私が火種の準備をする間、焚き火の基盤となる薪を組んでくれていたアンリが合図をくれる。
火種から組まれた薪へ燃え移り、......徐々に大きくなる火に少しずつ枝を加えていく。あとはしばらく様子を見つつ、火の調整をしていこう。
「...ねえねえ!スズネちゃん!」
しばらく様子を伺っていたアンリだったが、火が安定してきたのを確認できたからか少し興奮気味に話しかけてくる。
「どうしたの?」
「川にね!お魚いた!獲っていい!?」
木の枝を拾う最中にでも目にしたのだろうか、魚を捕まえる提案をしてくれる。
「いいけど、あんまり遠くに行かないことと暗くなってきたら収穫が無くても戻ってくること。守れる?」
「うん!守れる!」
「よし、じゃあ行っておいで。」
「はーい!行ってきまーす!」
アンリが川の方へ走りだす。もう、ホントに楽しそうなんだから...。
「あ、私も行かなきゃ。」
アンリを見送ってしまっていたが、私も川へ行って水を汲んでこなければならない。鞄から取り出した鍋を持ち、川へ向かう。
「よぉっと!1匹ゲットぉ!」
もうアンリが1匹捕まえていた。
アンリは持ち前の反射神経と<強靭>のオーラの"増強"による素早く正確な動きで魚や動物を捕まえるのが上手い。昔、家族で湖に行ったときも、釣りがうまくいかないからと直接水に入りその才能を発揮していた。
「あ、スズネちゃーん!1匹獲ったよー!」
こちらに気づいたアンリが手を振ってくれる。...反対の手によって掴まれている魚は暴れようとピクピク動いているが、アンリの手はそんな魚の芯をしっかり捉えているようで抜け出される気配はなかった。
「アンリー!その魚このままこっちに持ってきて!」
「はーい!」
川から上がったアンリがこちらに駆け寄ってくる。
「はい、スズネちゃん!お願いします...!」
アンリが近くの岩に魚を押さえつけ固定した。
「うん。...よいしょっとっ...!」
懐にしまっていたナイフを取り出し、魚の頭目掛けてトドメを刺す。
「私はこのまま魚の処理やっちゃうから、アンリは鍋に水を汲んで焚き火にかけておいてくれる?」
「うん!わかった!」
「あ、それとまだ魚を捕まえるつもりなら、今度はアレ持ってきてね。」
「アレ?」
「そう、アレ。1匹捕まえる度に私のところにきてたら大変でしょ。アンリの鞄にはこういう時のために何が入ってたんだっけ?」
「あ、そっか!」
どうやら思い至ったようだ。アンリの鞄には魚を捕まえておける網状の袋が入っているがさっきは持たずに行ってしまった。昔、湖で使った時は私が袋を持ってアンリが捕まえた魚を入れてあげていたから、自分で使うという感覚がなかったのかもしれない。
「じゃあ、行ってくるね!」
鍋いっぱいに水を汲んだアンリは焚き火の方へ向かっていった。
「......よし、私もやろう。」
岩の上で息絶えた魚のエラをナイフで切り、そのまま川の水につける。
しばらく水は赤く濁り続けていたが、川の水に流されながら徐々に濁りが現れなくなり、完全に赤色が見えなくなったところで川から魚を引き上げる。
「スズネちゃん!今度はいっぱい獲ってくるね!」
魚の血抜き作業を終えたところでアンリが戻ってきていた。
「いっぱい獲るのはいいけど程々にね?焼くのが大変になっちゃうから。」
「はーい!」
元気な返事と共に早速川に入ろうとしている。
「じゃあ私は一回戻るから、捕まえて終わったら呼んでね。」
「わかったー!」
私が言い終わる頃には、もう川へと入り次の標的を捉えているようだった。
そんなアンリを見届けて、血抜きをした魚を持ったまま焚き火の元へ戻る。
戻ってきた焚き火には三脚が立てられ、その頂点から垂れ下がる鎖の先のフックに鍋がかけられている。アンリがきちんとやってくれたようだ。
これで水を煮沸すれば飲み水の確保が出来るだろう。さっき私がアンリの分をほとんど飲んでしまったのでしっかり確保しなくては。
まあ、いざとなれば私の分をあげればいいのだけど。
そして、次は魚だ。鞄からまな板を取り出して手に持っていた魚を乗せる。
「えーと、たしか...」
血抜きをした後は、鱗を剥がし、内臓を取り出す。この処理をしておくことで魚の臭みが無くなり美味しく食べられるはずだ。
湖に行くことや村で魚を食べる機会というのは少なかったが、その少ない機会の時にお母さんに魚の処理方法を教えてもらった。
お母さんの教え通りに処理を終えた後は、木の棒をナイフで尖らせるように削り、魚を突き刺し火で炙る。
「よし」
これで魚1匹分の準備は終わった。
一応、アンリの鞄には保存のきく干し肉が多く入っているので、それも準備しておいた方がいいかもしれないが、アンリのあの様子では今日の晩ご飯は魚のみで充分になるだろう。
少し空に目を向けると、だいぶ陽が沈んできていた。もうあと1時間もしないうちに夜がやってくる。
旅が始まって最初の夜だ。なんだか無性に緊張感を感じてしまう。
そんな想いを持ちながらも、魚の焼き具合の確認をしつつアンリが戻ってくるのを待つことにした。




