#20「最初の一歩」
「見て!スズネちゃん!見えてきたよ!」
揺れる荷馬車の上、アンリの嬉しそうな声が発せられる。
「はいはい、見えてるから。」
私達の視線の先には、石造りの外壁に囲まれた大きな街が見えている。
街へ行くのは初めてではないが、滅多に行くことがないため、あのスケールの大きさには少し慣れないところがある。
「ふふっ、はしゃいで落ちないようにねー」
「はーい!」
アンリのはしゃぎっぷりに、マーノさんの注意が入った。
私達と...大量の肉を乗せたこの荷馬車はここまでに、整備された街道とはいえ少しの森と湖の近くを通るくらいの景色の移り変わりのある距離を走ってきたため、村から出てからすでに数時間経ち、時刻としてはお昼近くになっていた。
「そうだ!街に着いたら、案内の前に街のご飯を奢ってあげるよ!」
「ホント!?」
マーノさんも時間を意識したのか、ご飯の提案をしてくれる。
「いいの?マーノさん。」
「もちろん!旅立ちのお祝いだと思ってー!」
「やったー!」
マーノさんのありがたい言葉にアンリが歓声を上げる。
「じゃあ、街までもうすぐだし急いじゃうよ〜!」
そう言うとマーノさんが手綱を引き、荷馬車のスピードが上がる。
街までもうすぐだ。
―――。
「よぉ、マーノちゃん。珍しいねえ、3日連続かい?」
「はい!今日は特別なんです!」
街へ着き門の検問を抜けると、マーノさんが荷馬車置き場の受付のお爺さんに話しかけられていた。
「特別ぅ?...ん?確かにいつものプルウィア先生じゃなくて、かわいい嬢ちゃん達が乗ってるじゃねぇの。」
「こんにちはー!」
こちらに視線を向けられるとアンリが元気よく挨拶する。
「おぅ、こんにちは!」
私も軽い会釈を返しておいた。
「この2人は、そのプルウィア先生の娘さん達なんですけど、なんと今日!北へ向かって旅立つのです!」
「そうなんです!」
マーノさんの仰々しい説明に合わせて、アンリも胸を張って同意している。あぁ、カワイイ。
「北へって、この嬢ちゃん達2人だけでかい...?ん、いやプルウィア先生とこの娘さんてこたぁ、あのエリナさんの娘さんってことか...はぁ、そりゃ納得だ。」
お爺さんがお母さんの存在を意識したことで納得したようだ。
昔からお母さんの評判は街でも噂になるくらい轟いていたらしいが、アンリの10歳の誕生日の少し前、あの時に大量の猪を狩っては売り捌き、狩っては売り捌きとしたようで、それ以降街では軽い伝説となっているとマーノさんに教えてもらったことがある。
「そうなんです、2人ともすごく強くて!一昨日も2人だけでおっきい猪の魔獣を倒したらしいんです!」
「ほぉ...!そりゃすげぇな。南の人たちは強いとは聞いちゃいたが、まさかそこまでとは...!」
「えへへ...」
お爺さんの称賛にアンリが照れ笑いを浮かべる。
あの猪との戦いは苦い思いも多かったが、こうやって褒められることは私も悪くない気分だ。
「...よしっと。じゃあいつも通りお肉はお願いします!アンリちゃん!スズネちゃん!そろそろ行こっか」
受付で書類を書いていたマーノさんは、書き終わるとお爺さんに荷馬車の肉を任せ、私達を街の賑わいへと促す。
「嬢ちゃん達、頑張れよー」
お爺さんの声援にアンリと共に手を振り、私達は街の中へと向かっていく。
―――。
「じゃーん!これが私のおすすめ、鶏肉の香草焼きでーす!」
マーノさんとの約束通り、街のレストランへとやって来た。
目の前に差し出された皿には、こんがりとした焼き目の付いた鶏肉が乗っているが...なんだか...
「いい匂い〜〜!!」
私と同じことを思っていたアンリが鶏肉の香り目を輝かせている。
「そうでしょ!?これはね、ケントルアとの交易で持ち込まれたハーブが使われているんだけど、そのハーブはずっと高価だったの!でも最近になってイニティアでの栽培に成功したらしくて、それでお店でも味わえるようになったんだよ!!」
急にマーノさんが早口で捲し立てた。街好きなだけあって色々と詳しいみたいだ。
「なんだかよくわかんないけど、すごいんだね!」
「うん、そうなの!」
アンリに内容は伝わっていないようだが、2人とも楽しそうだ。
「...っていけない、せっかく味わってもらいたかったのに、このままじゃ冷めちゃうね。ささ、2人とも食べて食べて!」
「うん!」
「ありがと、マーノさん」
ハッとなったマーノさんに急かされ、料理を口に運ぶ...。
――鶏肉が舌に触れるとスパイスの効いた辛味がまず感じられた。そしてその直後、マーノさんが言っていたハーブ?の香りが鼻を通り抜ける。辛味を感じる中に爽やかな香り...新鮮な感覚だ。
その感覚に背を押される様に、鶏肉の咀嚼を始める。普段村では猪の肉を食べることが多いので、鶏肉のこのプリっとした食感...これもまた新鮮だった。そんな新鮮な感覚に感動を覚えていると、鶏肉から溢れた風味がスパイスの辛味、ハーブの香りと混ざり合う......。これは......!
「すごい......!」
「おいしい!!」
私とアンリがほぼ同時に声を上げる。
「でしょでしょ?気に入ってもらえたみたいで良かったよー!」
私達のリアクションを見てマーノさんが嬉しそうに笑う。
「それじゃ、私も......ん〜!やっぱこの味だよね〜!」
自分の分を食べ始めたマーノさんが、美味しそうな声を上げる。......なんだかその様子を見てると......。
私もアンリも二口目に手が伸びていた。
――旅立ちの初日、最初のご飯。それは新たな発見に溢れ、これから始まる旅の最初の一歩を踏み出したようだった。




