#18「最初の目的」
とんだ醜態を晒してしまった。
た、食べ過ぎてトイレに駆け込むなんて...!
せっかくのアンリの誕生日だというのに、何をしてるんだ私は...!
ケーキが最後の一押しとなり、限界を迎えてしまった私は、強い自戒と――
...でも、美味しそうに食べるアンリの顔......カワイかったなぁ......♡
――果てしない幸せを繰り返し反芻していた。
...そんな思考の中しばらくトイレに篭ることにはなったが、少し落ち着いたのでお腹をさすりながらもリビングへ戻ろうと廊下を――
「やったーーーーーーー!!!!!!!」
突然、アンリの大きく愛らしい声が家中に響き渡った。
え、なにごと...――あっ
廊下を駆け、勢いよくリビングの扉を開ける!
「お父さん!お母さん!もう話しちゃったの!?」
私の唐突な登場に3人の注目が一斉にこちらへ向く。
「だって、あなたいつまでかかるか――」
「スズネちゃん!!!」
お母さんが何か言おうとしていたようだが、私の意識はすぐに笑顔で駆け寄ってくるアンリ一色になる。
「わたしね!旅に出てもいいんだって!!広い世界を見に行けるんだよ!!スズネちゃんも一緒に――」
あぁーコレコレコレコレ。コレが見たかったの私は。
アンリがずっと夢見ていた広い世界、それを見に行くことを許された時の表情......コレが何よりも楽しみだった。
伝えられた直後の様子を見れなかったのは残念だが...、今のアンリ――目をキラキラと輝かせ...興奮気味なのが一目でわかるような落ち着かないようすで、もうずっと笑顔...コレを見られるだけで私は幸せだ.........。
だが、アンリの表情が少し曇る。
「――あ......。ね、ねえお父さんお母さん、スズネちゃんも一緒に行ってもいい......?」
「...ええ、もちろん。というか言ったでしょう?組み手の試練の条件はスズネが勝つこと。...あれは、力が不安定なアンリを守る力がスズネにあるか試したの。だから、むしろ一緒じゃなきゃダメよ。」
「あ...。」
アンリを守るために、アンリを抑えられるだけの力があるか...私はそれを試されていた。
基本的にアンリは聞き分けのいい子だ。この先、どんな困難があってもきっと私の言葉に従ってくれる。しかし時折、猪に<壮烈>のオーラを使った時のように強い意志を見せることがある。そうなったアンリは、ただ真っ直ぐに進んでしまう...。だからそんなアンリを止めなくてはならない時に、私にそれができるかは旅に出るために必要なことだった。
「スズネもこの為に張り切っていたしね♪」
「え、ちょっとお母さん...!」
...別に隠すつもりはなかったが、少し気恥ずかしさを感じてしまう。
「そっか...スズネちゃんも知ってたんだもんね。...ありがとうスズネちゃん!わたしのために頑張ってくれたんだよね?」
「う、うん。そうなるかな...。」
アンリの旅立ち...そのために頑張ったというのは間違いないが、何より私がアンリの喜ぶ顔が見たかったというのもあり、感謝されることに少しの申し訳なさのようなむず痒さのようなものを感じていた。
「じゃあこれでスズネちゃんも一緒だ!嬉しい!」
「アンリ...」
眩い笑顔だ...。
アンリが私と一緒にいられることをこんなにも喜んでくれる...。なんだか私の方がプレゼントを貰っている気分だ。
「もうアンリ、話はまだ終わってないのよ?」
「そうだね。旅立つことは認めたけれど、それでもいきなり何でも自由、というわけにはいかない。詳しい話をするから、二人とも一度席に着いてくれ。」
「はーい」
「うん。」
「――よし、じゃあ二人のこれからについて説明するよ。」
お父さんが話し始める。
「旅に出ると言っても、最初は僕たちが指定した場所を目指してもらいたいんだ。」
そう言いながらお父さんは地図を取り出す。――私たちが住むこの村のある、大陸の地図だ。
「僕たちのいる、このイェソド大陸。この南端付近にデシデ村はある。ここから北に向かって進んで行き、この北端に位置している『研究都市ノーティア』、二人にはここを目指して旅立ってもらう。」
お父さんが地図を指差しながら説明する。
あれ、確かここは...
「昔話したこともあるかもしれないが、ノーティアはお父さんの生まれ故郷だ。」
「それから、お父さんと私が出会った場所でもあるわ。」
お母さんがお父さんに続けるように言う。
そう、昔聞いたことがあったはずだ。お父さんの育った故郷、お母さんとの馴れ初め...少しだけだが話してもらったのを覚えている。
「...うん。それで、ここにはお父さんのお父さん......つまり二人のおじいちゃんになる人が住んでるんだ。」
それも聞いたことがある。だが、あまり実感のないことなので、おじいちゃんの存在を意識することは少なかったように思う。
「僕とおじいちゃんは、時折手紙でのやりとりをしていてね、今回の二人の旅についてもおじいちゃんは知ってくれてる。だから二人にはノーティアに向かい、まずおじいちゃんに会って欲しいんだ。」
おじいちゃんに会いに行く...。私としても会ったことのない家族の存在というのは気になるし、会ってみたいとは思うが...
「おじーちゃんに会いに行くの?」
アンリが首を傾げる。
アンリの夢である広い世界を見たいという気持ちを考えれば、旅の先というのはここより外...大陸から出て行くことを想像していたのだろう。しかし、まず提示されたのはおじいちゃんに会うために北端を目指せということだった。
まあとはいえ、いきなり海を超えていくことが難しいことは分かるし、北端を目指すとなれば大陸を縦断することになる。それだけでも十分に旅と言えるものではあるだろう。
「不満かしら?でもちゃんと意味があるのよ。」
お母さんが話し始める。
「一つは単純に危険が少ないこと、...知っての通り北に行くほど魔獣は少ないわ。だからまずは危険を冒さないようにしつつ村の外の世界を見てきてほしいの。」
魔獣は南からきて北へ向かうという性質がある。海を超えてきたり、いつのまにか発生したりする魔獣は、このデシデ村を筆頭に大陸の南側の村で多くがせき止められる。そのため北に行くほど魔獣の出現数は少なく、比較的安全だということなのだろう。
「そして二つ目...。こっちが一番の理由なんだけど、二人にはノーティアに行ってもっと強くなってもらいます。」
「強く!?」
「強く...。」
お母さんの言葉に私とアンリは同時に反応する。...反応の色は違っていたが。
「ええ、ノーティアでは様々な研究が行われているけど、その中の一つとしてオーラに関する研究もあるの。」
「そうなんだ。その研究者の一人が、実はおじいちゃんでね、二人にはおじいちゃんに会ってオーラの使い方をより深く学んでもらいたい。」
お父さんが新しい事実を明かしながら、具体的な目的を口にした。
....「強くなってもらう」という言葉の意味はノーティアでオーラについて学び、より強くオーラを扱えるようになれ、ということなのだろう。
「うん!わたしやるよ!!」
アンリがやる気満々という雰囲気で答える。
アンリは闘争本能が強いのか、昔から強くなることに積極的だ。
「ふふっ、落ち着きなさい。まだまだこれから旅立つにあたって色々伝えておきたいの。......でも、まずこれを聞いておくわ――」
お母さんがアンリを宥めながら問いかける。
「アンリ、旅立ちはいつがいい?」
「――明日!!!」
ほぼ即答だった。
事前に今回の旅立ちの計画を知っていた、私たち家族、それから村の人たちも、みんなアンリならこう言うだろうと思っていた。
予想通りの答えに私たち3人は少し笑ってしまう。
「?」
私たちの反応を見るアンリは少し不思議そうにしていたけど。
「そうね。明日発つというならなおさら色々話しておかなきゃね。しっかり聞くのよ。」
「うん!」
こうして、私たちの旅立ち前夜...その夜が耽るまでお父さんとお母さんに色々な話を聞かせられることとなった...。
―――。
「楽しみだねぇー」
真夜中。私たちは自分たちの部屋のベッドで横になっている。
「楽しみなのは分かるけど、早く寝ないと。明日眠くて体調が悪いーなんて言ったら旅立たせてもらえないかもよ?」
「!早く寝なきゃ!............。......うぅ、楽しみで眠れない......。」
数秒で眠るのを諦めて嘆いてしまった。あぁ...カワイイ......。
私はアンリを寝かしつけるために抱きしめる。...理由の半分は自分の欲望のためだけど。
「アンリ、いい子だから寝よっか。」
「...うん......」
頭も一緒に撫でてあげる。いつもアンリが落ち着かない時はこうしてあげると、安心してくれるのか眠りに落ちていく。
しばらくアンリの顔を見つめ、頭を撫でていると次第にアンリの呼吸は寝息となっていった。どうやら眠ったようだ。
「おやすみ、アンリ」
最後にひと撫でして私も目を閉じる。
明日からの旅に想いを馳せながら――




