#16「覚悟と限界」
「ふぅー」
一息つく。
目の前には乗せるものが無くなった皿がいくつか。未だ積み重なる肉の層も残すところあと7枚と言ったところだ。結局、わたしはステーキを23枚、シチューを12杯、パンを8個、合間合間でサラダにも舌鼓...と言った感じで大満足の夕食を食べることとなった。そしてお次は――
「ねえねえ!デザート!デザートは何!?」
これだけのごちそうの後に待ち構えるデザート...。いったいどんものが......。
「はいはい、わかったから。ちょっと待ってなさい。」
お母さんは席を立つと、奥の台所へ向かう。
「うっ...。アンリ...よく、まだ食べれるね...」
隣で机に突っ伏すスズネちゃんが呻くように漏らしている。
「す、スズネちゃん大丈夫!?」
目の前には半分ほど食べ進んだところで手が止まっているステーキが皿に乗っている。スズネちゃんも10枚以上は食べていたはずだ。
「スズネ、無理に食べなくてもいいんだぞ?」
「...う、うん。わかってる...。」
お父さんの心配にも弱々しい声で答えている。
「もう、デザートがあるからお腹いっぱいまで食べちゃダメって言ったのに。まさかスズネの方がそうなっちゃうなんてね。」
そう言いながら戻ってきたお母さんの手には、白い箱......あ、あれはまさか...!
「アンリが...美味しそうに食べてる、顔を見ながら、食べてたら...限界を、超えてて......」
「何やってるの...。」
呆れているお母さんに堪らず聞いてみる。
「ねえ!お母さん!それって...!」
「ふふっ、気づいちゃうわよねぇ。お父さんが買ってきてくれたのよ。」
「ああ、今回は奮発したからね。きっとアンリもお気に召すぞ?」
もしかして、珍しく2日連続で街に行っていたのはこのため...!
期待が確信に変わっていく。
「はい、それじゃあ開けるわよ!」
お母さんが机に乗せた箱を開き、中から出てきたのは――
「わぁぁ.........!!」
真っ白な雪のようなコーティング、それを赤、オレンジ、緑の瑞々しい果肉が彩る......フルーツケーキだった!
いつもの誕生日のお祝いでは、家で作ったりんごたっぷりのスポンジケーキが用意されることが多かった。もちろんそれもたまらなく美味しいが、このフルーツケーキは別格だ...!
街のケーキ屋さんだけで買えるもので、たっぷりのホイップクリーム、見たことないフルーツたち、それが交わり舌でとろけ合う感覚は、一度しか食べたことがないのに今でも忘れられない。
これを以前食べたのは、わたしの10歳の誕生日の時だった。節目の年ということもあり、いつもより豪華にしてあげるから何が食べたい?と、問われたわたしは、過去に訪れた町で見たことのあったあのケーキが食べたいと答えた。その答えはお父さんとお母さんにとって予想外のものだったようで、高級品であるケーキを買えるかを相談し始めてしまったもだが、その様子を見たスズネちゃんが、「今年の私の誕生日は何もなくてもいいから、アンリにケーキ買ってあげられない?」と口にしたことで、「なんとかして見せるから」とお母さんが約束してくれた。そして実際に、誕生日当日にはフルーツケーキが用意された。
そんな思い出もあり、わたしにとっては味だけじゃなく、忘れられない一品となっている。
...ちなみに、後から聞いた話では、ケーキを買うためのお金はお母さんが動物を狩りまくり、街で売り捌きまくり、何とか工面したということだった。さすがだ...。
そのおかげもあってか、ケーキを買えるほど豪華ではなかったがきちんとその年のスズネちゃんの誕生日のお祝いも出来た。...やっぱり出来ないのは寂しいもんね。
「そ、そのケーキ...私の分は、アンリにあげて...」
そんな思い出を振り返るわたしをよそに、スズネちゃんが口を開く。
「え!?ダメだよ、スズネちゃん!...スズネちゃんも一緒に食べよ?」
10歳の誕生日の時もそうだったが、いつもスズネちゃんは自分よりわたしだ。嬉しいけど、少し寂しく感じる時もある...。
「...あ、...違うのアンリ、普通にもう、入らないだけ......私のデザートは...アンリの笑顔だから......安心して......」
わたしの言葉から勘違いを察したのか、単なるギブアップであると申告された。最後の方は消え入りそうな声となっていたし、確かに無理そうだった...。
「そっか...。一緒に食べたかったけど、無理はよくないもんね...。」
少し視線を落としてしまう。
「――やっぱ食べる。」
え?
突然スズネちゃんが起き上がり、前言撤回をした。
「お、おいスズネ?さっきも言ったけど無理は――」
「ううん。食べるの。」
心配するお父さんの声を遮る、力強い声...。す、スズネちゃん、本気だ......。
「スズネ、その目...。覚悟出来てるようね。」
「うん。」
「なら、私は止めないわ。はいどうぞ。...あ、アンリは多めに乗せたからこっちね。」
お母さんはスズネちゃんと真剣な声色でやりとりしていたかと思うと、一転していつもの調子でわたしにもケーキをくれる。
ケーキは8等分され、そのうちの3切れをわたしが、1切れをスズネちゃん、残り残りを2切れずつお父さんとお母さん、というふうに分けられた。
「じゃ、食べましょうか。」
「う、うん」
もはや感情を失ったような表情でケーキを見つめるスズネちゃんを前にわたしはどうすることもできず、横目で見守りながらケーキを食べ始めることにした。
切られたことによって中のスポンジが顔を覗かせる断面は、上部と同じ色のフルーツがクリームと共に挟まっている。そこにフォークを突き刺し、一口大に切り分け、口へ運ぶ...。
「んん〜〜!!」
下に乗せた途端にスポンジの甘み、とろけるクリーム、フルーツの酸味...それらが一斉に押し寄せる。
昔食べた味と変わらない。最高に美味しい味だ...!
「んん......。」
わたしが最初の一口を飲み込む頃、スズネちゃんも最初の一口...ケーキの形を見るにずいぶん小さいが...、その一口を咀嚼しているところだった。
「ん......ん......。」
やはり少し心配だったので様子を伺っていたが、...咀嚼が終わる気配がない。
「.........ん.........ん......」
なんだかどんどん顔色が悪くなっているような......。
「す、スズネちゃん、無理はダメだよ...?」
ごくん
スズネちゃんはわたしが話しかけると、咀嚼し続けていた口の中身を飲み込んだ。
「だ、大丈夫...だから。まだ、いけるから...。」
もう無理そうだ...。きっとスズネちゃんがこんなに頑張っているのは.........
「スズネちゃん。わたし、スズネちゃんと一緒に食べたかったけど...無理するスズネちゃんは見たくないよ...?」
...たぶんわたしの為だ。
「!.........うん...そうだよね......。ごめんね...アンリ......ありがとう......。」
わかってもらえたと安心するのも束の間、スズネちゃんは席を立ち足早に部屋を出ていってしまう。
「スズネちゃん...!」
慌てて追いかけようとするものの――
「アンリ、放っておきなさい。」
お母さんの静止の声がかかる。
「で、でも――」
「たぶんトイレよ。」
あ。
確かに廊下の方からトイレの扉が閉まる音が聞こえる。
わたしはおとなしく席に戻り、ケーキの続きを食べ始めた。
......うん。美味しい。