#14「あなたを想う」
「...すぅ......すぅ......」
アンリが寝息を立てている。
私の問いに答えている時点で声が随分と眠そうだった。やはり昨日の疲れが残っていたのか、それとも単に風の心地良さのせいか...いずれにせよ今はゆっくり休ませてあげたい。それに...
「......カワイイ寝顔...。」
毎日見ているが見飽きることがない。閉じられた目蓋は長いまつ毛を携え、どんな景色よりも美しく感じる。そんな目元に反して口元は無防備に少し開いており、とても愛らしい。
ホントにずっと見てられる。
愛しさが溢れて、思わず優しく撫でる。......私が先ほど切って、短くなった髪を......。
...私は、アンリの長くて綺麗な髪が好きだった。...毎朝、アンリの髪を結ってあげる時間が好きだったし、何より......私が結った髪を見て嬉しそうに笑うアンリが、...大好きだった。
でも、私のそんな気持ちが昨日の事態を招いてしまったと思うと...自分で自分が許せない......。
昨日の朝は、試練のこともあり気合が入っていた。何より、アンリの誕生日の前日ということもあり何かしてあげたいという気持ちが大きかった。それで、普段はたまにしかやらない、凝った髪型にしてあげてしまった...。その結果がこれだ...。
私は浮かれていたのだ...。
今回の試練を乗り越えればアンリの夢を一緒に追える...そんなことを試練が始まる前から考えてしまっていた。命のやりとりが行われるということに対する覚悟が出来ていなかったのは、私の方だったんだ...。
昨日の魔獣との戦闘...。アンリの力で結果的には勝つことが出来たが、私は上手くいかない事ばかりだった...。
悔しくて、悔しくて、悔しかった。
アンリのことは私が守ると言っておいて、結局私が守られてしまった。もう二度、こんな失敗は犯さない...。
だから、アンリ...
「私、もっと強くなるよ...」
眠るアンリに語りかけながら、悔しい気持ちを胸の奥に大切にしまい込む。この気持ちは、私をもっと強くしてくれる...そんな気がした。
後悔の時間が終わり、幸せな時間をが戻ってくる。依然、目の前には愛らしい寝顔のアンリ、私の幸せにはこれだけで充分すぎるほどだ。
――短くなってしまった髪も似合っている。
やはり、あの長い髪を切ってしまうのは...悲しかったし、辛かったけれど......でも、前を向くことにした。
私は、今にも飛び立ってしまいそうな夢を見るアンリと――この先もずっと一緒にいたいから。
それに、こんなに似合っているのだ、悪いことばかりじゃ無かったと思おう。
「......スズネ...ちゃ......すぅ......」
いろいろと考えてしまっていた私の名前がアンリの寝言によって唐突に呼ばれる。
......か、カワイイ...嬉しい......!
アンリの行動はいつだって私の感情の最前列に、幸せを運んできてくれる。
.........あぁ、やっぱり............
「――大好きだよ、アンリ」
私の身体は、優しくて温かい幸せな時間に溶けていった。
―――。
目を開けると、赤い光に照らされたアンリ。
...えへ、カワイ...ん?
ハッとなり、空を見上げる。空は赤く染まり、太陽と虹の場所が入れ替わっていた。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
「......んぅ......スズネちゃ...?......おぁよ...ふわぁ〜...」
え?カワイイ。
私の動きで起こしてしまったのか、アンリが目を覚ました。寝起きのせいか呂律が回っていない。
え?待ってホントにカワイイ。
「おはよ、アンリ。もう夕方になっちゃったけどね?」
「......んん...?...そっかぁ......。」
あんまり頭が回っていなさそう。カ ワ イ イ。
「もしかしたら、お父さん帰ってきてるかもだし、そろそろ下に戻ろっか。」
予定ではお父さんはもう帰ってきてるはずだ。
「......はぁい。...スズネちゃん...だっこー」
私の言葉を聞いて体を起こしたアンリが両手を広げている。一瞬耳を疑ったが、――確かにその言葉を聞いた。
.......え?...待って?何何何?なにこれ?カワイイの暴力?大洪水??
ここまでアンリが寝起きにむにゃむにゃなのも珍しい。やはり疲労が多かった分、眠りが深かったのだろうか。というかむにゃむにゃって言葉かわいい。むにゃむにゃアンリ......カワイイ。
「...スズネちゃぁん......はやくぅ...」
アンリのあまりのカワイさに固まる私に催促するアンリ。
えぇ〜?どうしたの〜?なんで今日はそんな甘えたなの〜?♡
アンリの催促に慌てて身を起こし両手を広げる。
「アンリ、おいでぇ♡ふへっ...えへへ...♡」
「わぁい...!やったぁ!」
嬉しそうな笑顔でアンリが飛びついてくる。――勢いよく。
「え、あっ、アンリ!ちょっと待っ――」
2人で登った屋根の上、私の背には足場などなかった。
ドシンっ
「――んッ......あいたぁ...」
私はアンリの下敷きになる形で屋根の下の地面へと落ちた。
「!アンリ、大丈夫!?」
咄嗟にアンリを心配する。私が下敷きになったとはいえ、何処か怪我などしていないだろうか。
「...んぇ?......。......あれ、わたしいま...?...あ!ご、ごめんねスズネちゃん!大丈夫!?」
どうやら問題はなさそうだ。完全に眠気が覚めてしまったのか、正気に戻ったアンリが私の心配もしてくれる。......でも、ちょっと残念かも...。むにゃむにゃアンリ...。
そんな私の僅かな落胆をよそに、すぐ隣の扉が勢いよく開かれた。
「アンリ!スズネ!」
さっき落ちた音のせいだろう。血相を変えたお父さんが慌てて飛び出してくる。
扉から出たお父さんはすぐこちらを見つけると駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫かい!?一体何が――」
「あ、えっと...わたしがスズネちゃんを、落としちゃって...」
「アンリに落とされちゃって」
少しバツが悪そうに言い淀むアンリに合わせて私も状況を伝える。まあ、アンリのカワイさにはいつも落とされてるんだけどね!
「そ、そうか。怪我は無いかい?」
「うん。私は大丈夫。アンリは?」
「うん、わたしも大丈夫...。本当にごめんね...?スズネちゃん......」
申し訳なさそうにちょっと俯いている。
「もう、大丈夫だから。そんなに気にしないの。」
「うん。......ありがと、スズネちゃん!」
アンリが元気な笑顔になり、お礼を言ってくれた。...むしろお礼を言うのはこっちの方だ。......あんなにカワイイむにゃむにゃタイムを堪能させてもらったのだから。思い返すだけでニヤけそう。
「あ、というかお父さん、帰ってきてたんだ!おかえり!」
「...ん?あ、ああ、ただいま。」
お父さんが帰ってきたという事実を認識したアンリが、唐突なただいまによってお父さんに面食らわせている。
「とにかく二人とも怪我が無いようで良かった。...それからアンリも、元気そうで安心したよ...。」
そういえばお父さんは朝から出かけていたので、目を覚ましたアンリと会うのはこれが最初だった。
「うん...!わたしはもう大丈夫!」
アンリが元気よくお父さんに笑顔を見せる。
「ああ...。そうみたいだな......。...よし、それじゃあ二人とも、家に戻ろうか!お母さんがごちそう作って待ってるぞ!」
安心した表情になったお父さんは私たちを家へ促した。
「ほんと!?」
「ごちそう」の言葉に反応したのか、アンリの目が輝く。
「ふふっ、もう、アンリってば。...ほら立って?ごちそうが待ってるよ。」
未だ私に覆い被さった状態のアンリに立つよう促す。この状態も少し名残惜しいけども。
「うん!」
私の言葉に返事をしたアンリと共に立ち上がり、お父さんと一緒に家に入る。
――今日はアンリの誕生日。今から誕生日パーティーだ。