#12「今日は何の日?」
「アンリ、無理はしちゃダメだからね。」
ベッドから起き上がるわたしの体をいつでも支えられるようにと隣にいるスズネちゃんが釘を刺してくる。
「もう、大丈夫だってば」
スズネちゃんの心配は嬉しいが、本当に体は何ともない。むしろスズネちゃんの心配する表情に申し訳なさを感じてしまい、安心させようにも曖昧な笑顔が浮かんでしまう。
「......昨日、帰ってきてから、ずっと目を覚さないんだもん......。トトさんに"再生"の能力を使ってもらっても寝たきりだったし...、お母さんは大丈夫だって言ってたけど、このまま目を覚ましてくれなかったらどうしようって......」
スズネちゃんは、今にも泣き出しそうな表情になってしまう。......よく見ると、目元が腫れている...。昨日、わたしが寝たきりだった間、ずっと泣いてしまっていたのかもしれない...。
「大丈夫、大丈夫だよスズネちゃん...。わたしは、ちゃんとここにいるよ...。」
少しつま先を伸ばし、スズネちゃんの首へ腕をまわして抱き締める。
「......うん」
少し啜り泣く音が聞こえながら、わたしの腰にもスズネちゃんの腕がまわされる。その腕は強く、温かく、わたしを包んだ。
「えへへ、苦しいよスズネちゃん」
「...うん、ごめん...もうちょっと......。」
肩を震わせながら発せられたスズネちゃんのその言葉を最後に、しばらくの間優しい沈黙が流れた――。
―――。
すごく長い時間のような、それでいて一瞬のような、そんな沈黙を最初に破ったのはスズネちゃんだった。
「―――すぅー。ふぅーー。...うん。よし、もう大丈夫。......アンリ、ありがとう。」
「......ううん。わたしも...ありがとうスズネちゃん」
心配してくれて、わたしのために泣いてくれて、わたしを...大切に想ってくれて...。
スズネちゃんの「ありがとう」に、わたしからもいろんな想いの乗った「ありがとう」を返す。
お互いに「ありがとう」を言い合う状況がなんだかおかしくて、2人で少し笑ってしまう。
「ふふっ...。...よし、じゃあお母さんのとこに行こっか、アンリが目を覚ましたこと教えてあげなくちゃ。」
「...あ、うん!そうだね!」
一晩目を覚さなかったんだ、お母さんも心配してるかもしれない。早く行かないと。
こうしてスズネちゃんとわたしは一緒に部屋を出た。
―――。
「お母さん!アンリが目を覚ましたよ!」
「あら、本当?朝ごはんを部屋まで持っていく手間が省けたわ。」
すでに朝食の準備を始めていたお母さんは、普段と変わらない声色でそう言う。
あれ?あんまり心配されてない?
なんだか安心したような、ちょっと寂しいような...。
そんな複雑な感情を味わっていると、わたしの顔を見たお母さんが近づいてきた。
「私の子だもの、あれくらいへっちゃらよね?」
そう言いながら優しい表情でわたしの頭を撫でるお母さん。
「――うん!」
お母さんの言葉に元気よく頷いた。
「ふふっ、そろそろごはん出来るから席についててね。」
そう言うとお母さんは台所の方へ戻ろうと――したところで、何かを思い出したようにまたこちらを振り向く。
「――アンリ、おかえり」
「――!...うん!ただいま!!」
―――。
いい匂いが立ち込めている。もうすぐごはんがやってくる。匂いから察するに、メニューは昨日と同じ......
「はい、どうぞ。」
コトン、と置かれた目の前の皿に乗っていたのは、
ベーコンベーコントマトベーコンエッグトマトトマトベーコン......サンドっといった感じのものだ。
「お、おっきぃ......!」
素直な感想が口から溢れる。
「もう、お母さん適当すぎ。」
大きく積み上がったサンドイッチを見るスズネちゃんが呆れるように笑った。
「なによ、いいでしょ。はい、スズネのはこっち。」
スズネちゃんの前には、昨日と同じサンドイッチが差し出される。
あれ?
「コレ、わたしだけ?いいの?」
「ええ、あなた昨日の夜何も食べれてないのよ?しかも、あんな戦いを続けた後なのに。だからいっぱい食べなきゃなの。」
お母さんはそう言うとさらに続ける。
「そ・れ・に、アンリ、今日が何の日か分かる?」
楽しそうなお母さんの質問に頭を働かせる。
......今日?今日何かあったかな...。確かに昨日はいろんなことがあったけど、...特に今日何かあるという話はしていなかったと思う......。
「やっぱり分かってないわねー。」
頭を捻り、唸るわたしの様子にお母さんがクスッと笑う。
「今日はねアンリ、――あなたの誕生日よ。」
誕生日......。
「誕生日!」
ああ、確かにもうそんな季節になっていた。冬の寒さはとうに過ぎ、暖かい日が続くようになってきている。毎年この季節にわたしの誕生日はやって来る。
「だから、このお母さん特製、具沢山サンドイッチはお祝いもかねて、ね。ちゃんとしたお祝いは夜にするから楽しみにしてなさい♪」
「ホント!?たのしみー!」
毎年、家族の誕生日には豪華な夕食が準備される。お母さんの料理はいつも美味しいが、この日に出る料理はもっと美味しい。メニューが豪華なこともあるが、やはり家族と過ごす特別な時間というものはそれだけでもっとごはんを美味しくさせる。
そう考えているうちに、ふと気づく。
「あれ、そういえばお父さんは?」
「お父さんなら今日も朝から街よ。朝、あなた達の寝てる姿だけ見て家を出たから、帰ってきたら元気な姿を見せてあげてね。」
「...うん!」
お父さんはまた街に行っているらしい。二日連続というのは珍しいが、お仕事が大変なのだろう。
がんばれ、お父さん!
心の中でお父さんにエールを送った。
「...それじゃあ〜」
しばらく続いた会話が一区切りついたところで、ずっと目の前にそびえていた「具沢山サンドイッチ」に視線を向ける。大量の具が挟まれた上下のパンは、手を大きく開いてギリギリどちらも触れられる位置にあり、そこに触れた両手の指に力を入れると中の具材が溢れ出してくる。
「ぉおっと!」
慌てて大きな口を開き、飛び出したベーコンを舌ですくいながら、幾重にも重なる肉の層へかぶりつく――!
「ん〜〜!!」
大きく開いた口は、パンまで到達することは出来なかったが、その代わりに肉、肉、肉の洪水がわたしの口を満たした。止めどなく溢れる肉汁と旨み。時折舌に触れるトマトの酸味がアクセントとなり、飽きること無く味わい続けられる。口の中を満たしていた幸せを喉へ落とし込むと、すぐに二口目、三口目と――
「あ、そうだ。」
共に席に着き、自分の分のサンドイッチを食べ始めていたお母さんが口を開く。
「昨日の疲れもあるだろうから、今日は二人とも夜までゆっくりしていなさいね。...それとスズネはアンリの髪、切ってあげて。」
お母さんはわたしたち2人に言葉をかけた後、スズネちゃんの方を見て、優しい声色でそう言った。
そういえば昨日のことがあり、私の髪の右側はは本来の長さの半分ほどになっている......。
「......うん。」
寂しそうな表情をして頷くスズネちゃんの声が、いつまでも耳に残った。




