#11「おはよう」
その時、敵意というものを初めて感じた。
その眼光、牙、鋭い爪...そのどれもが、わたしを殺すために存在する......そんな感覚。
それを感じた時、わたしは走り出していた。力強く、ただ真っ直ぐに走り、眼光を見据え、敵を――殺す。
だって、わたしはキミより強いから―――
***
「――んん...」
目が覚めるといつもの天井だった。
窓からは朝日が差し込み、風が通っている。
いつも通りの朝なのに、何かを忘れている気がする。ええと、昨日は確か―――
そこまで考え、ハッとして飛び起き――ようとしたところで体が重たいことに気づく。
何か乗って......。
「うふっ、ふふふふっ.........アンリぃ......♡」
自分の体の上の存在を認識すると同時に、聞き慣れた声が耳元で発せられる。
――スズネちゃんだった。
スズネちゃんはわたしの右半身に殆ど覆い被さるような形で抱きついており、起き上がるには強引に振り解こうとでもしないと難しそうだ。
なんだか幸せそうで、無理に起こすことも躊躇われたので、起き上がることを諦めて昨日の記憶を整理する。
そう、昨日は...。
――朝、いつも通り道場へ向かったところ、いつもは許してもらえなかったスズネちゃんとの組み手をさせてもらった。結果はスズネちゃんの勝利。わたしは一瞬勝ちを確信したものの、スズネちゃんにわたしの勢いを利用され叩きつけられてしまい、勝負ありとなってしまった。
あの時のスズネちゃんは本当にすごかった...!
自分の武器である木刀を失ったのに、咄嗟にあんな判断が出来るなんて...、さすがスズネちゃんだ。
その後、道場へやってきたカンくんに魔獣が出たと告げられたお母さんは、魔獣狩りへわたしとスズネちゃんも連れてってくれた。
しかも、ただ同行させてもらえるだけでなく、2人だけで戦っていいと、その上<壮烈>のオーラの使用まで許可してくれた。
昨日は本当にいつもと違うことばかりだったなあ......。
いつもはダメと言ってることを立て続けに許してくれるなんて......、お母さん、何かいいことでもあったのかな?
うーん、でも気分だけで許可してもらえるようなことでもない気がする...。じゃあ、昨日のことはなんだったんだろうか...?
記憶の整理の最中、最大の疑問へ行き当たった。特に答えも出ないまま悩んでいたが、わからないので諦めた。
それで、次は...。
そう、次は2人での魔獣狩り、――あの猪のとの戦いだ。最初、あの猪のは見つけてからそうたたない内に眠り始め、スズネちゃんも作戦を立ててくれたから、きっと難なく倒せると思った。でも、猪は近づいてくるわたし達にいち早く反応し、スズネちゃんが危なくなると思ったわたしは全力で猪へ突撃した。その衝撃で猪を吹き飛ばすことは出来たが、その後...
――そう、その後だ...。
スズネちゃんの声で、すぐにこちらへ突進しようとする猪に気づき避けようとした。ここまではよかったが、わたしの髪のお団子になっている部分が猪の牙、...骨の一本に捕まってしまった...。
あの髪は、スズネちゃんが朝やってくれたものだ。しかも、いつもより気合の入った結い方をしてくれていた。......だから、崩されたく無かった、...なんとか崩れないように逃げられないかと思ってしまった.........。
でも、それは...間違いだった。
生き残る為に――。
そのためには、余計なことは考えない。
...スズネちゃんがやってくれた髪を余計なことだなんて思いたくはない...、けど、そのために、自分を蔑ろにするようなことはダメだ、とスズネちゃんに言われてしまった...。
スズネちゃんは泣いていた...。いや、わたしが泣かせてしまったんだ...。
あの時は、スズネちゃんの涙をどうにかしたくて強い気持ちを持てた...、でも今は...
「悔しいなあ......」
胸が苦しくなり、涙が溢れてきてしまった。
わたしの安易な行動で自分だけでなくスズネちゃんまで危ない目に遭うところだったかもしれないこと、なによりスズネちゃんを泣かせてしまったこと、それらのことを考えるとなんとも言えない無力感を痛感する。
わたしは、スズネちゃんと2人ならなんでも出来る気がしていた......。...でも実際はダメダメだ。きっとわたし一人では、何もできない...。スズネちゃんに頼ってばかりで...、そんな自分が堪らなく悔しい...。
「んぅ......。」
スズネちゃんが、少し動いた。
いけない、早く涙を拭わないと、きっと心配させてしまう。
そう思い、左腕で強く目元を擦ったが、かえってそれが良くなかった。
「んん......、アンリぃ......?.........――ッ!どうしたの!?泣いてるの!?」
見つかってしまった。
「あ!?っていうか目が覚めたの!?体は!?大丈夫!?」
勢いよく心配されてしまい、なんだか笑みがこぼれてきてしまう。
「大丈夫だよ、スズネちゃん」
スズネちゃんを安心させたい気持ちを声に出す。
「本当に?どこも痛まない?というか泣いてるってことはやっぱり何か――」
「スズネちゃん、」
優しく声をかけると、スズネちゃんは一旦止まってくれる。
「――おはよう」
「......あ、......うん、おはよう。」
スズネちゃんは、少し困ったように笑うと、朝の挨拶を返してくれた。