四十三話
「「せーのっ!」」
がぶっ。二人して、三角形おむすびの頂点から。同時にかぶりつく。
「ん、これは……ツナマヨですっ!」
「こっちは……昆布だな」
え? 一口かぶりついただけで具まで届いたのかって?
ああ、もちろんだとも。きっとコンビニやスーパーで売っている″売り物の″おにぎりと比較してそう思ったのだろうが、生憎とこれは俺がただフィオと食べるためだけに結んだものだからな。
原価などを考える必要もない俺は、とにかく具材をふんだんに詰めたのだ。おむすびの具なんてあればあるほどいいですから。
「えへへ。一つ目から大当たり引いちゃいました♪」
「好きだよなぁ、ツナマヨ」
「はい! ツナもマヨも元々どちらも大好物ですから!」
子供っぽ……ああ、いや。なんでもない。
と、というか子供っぽいってより、まだ未成年なんだし実質子供みたいなもんなんだよな。……身体と性的嗜好こそかなり大人びているけれど。
フィオの歳はたしか十七。うん、たしかに俺も五年前はこんなもんだった気がする。コンビニでおにぎりを買うときは必ず率先してツナマヨ味を買っていたし。
まあ今でこそ二十歳を過ぎてお酒を飲んだりし始めてから少しずつ舌が変化し、おにぎりは高菜か昆布、それか具材の無い塩おにぎりなんかを選ぶようになったが……って、なんかこの回想じじい臭いな。これ以上はやめておこう。
パリッ、パリッ、と。海苔の心地いい音を鳴らしながらこれまた美味しそうにツナマヨおにぎりを頬張る彼女の姿を横目に。俺も、ゆっくりと昆布おにぎりを咀嚼する。
お弁当にしたこともあり、お米はあまり暖かくはない。
しかしそれでも美味しいのが、おむすびという料理の凄いところだ。
少し冷たくなったお米と、パリパリの海苔と。そして具材の昆布を少量同時に口に含み……飲み込んでからすぐにお味噌汁を啜る。
なんかこう、ものすごく「和」を感じた。まあ隣はツナマヨとかいうゴリゴリの「洋」だけれど。そこはあまり気にしないでおこう。
「にしても、お互い一発目は普通の引いたな。もっと変わり種のいっぱいあるのに」
「あっ! い、言わないでくださいよ? どんな味があるのか楽しみにしてるんですから!」
「ふっ……分かってますとも。その楽しみを奪うほど野暮じゃないってんだ」
「流石はカイト様です!!」
「もっと褒めてもいいんだぞ?」
「お料理上手! かっこいい! 私の未来のご主人様!!」
「ふふんっ。……って、ちょっと待てなんだ最後の」
褒められ、一瞬天狗になりそうになって。それから冷静になりツッコむ。
なんだ未来のご主人様て。俺はペットを予約購入したりした覚えはないんだが?
というか。こういう時の相場はご主人様などではなく、旦ーーーーいや、やっぱりなんでもない。
思わず浮かんだよからぬ言葉に。俺は全力でそれを無かったことにし、忘却の彼方へと葬った。
ち、違うぞ。俺にそういう願望があるとか決してそういうわけじゃなくだな……
我ながら、一体誰に向けて取り繕っているというのか。今の一連のは一つも口に出してはいないのに。動揺しすぎだ。
「はむっ。はむはむ……ごくんっ。美味しすぎてぺろっと食べられちゃいました。さてさて、次はどの子にしましょうかね……」
しかしそんな、俺の心の中が大変なことになっていることなど梅雨知らず。どうやら速攻で一つ目のおむすびを食べ終えてしまったらしいフィオは、二つ目に手を伸ばす。
「決めました! 次はこの子です!」
して、選ばれたのはど真ん中に位置していたおむすび。
ズバッ、と勢いよくそれをおむすびの大群から引き抜くと、フィオは好奇心のあまりワクワク顔でそれを両手で持ち、顔の前へと持ってくる。
「わ、わわっ。なんかさっきのツナマヨより明らかに重いです……。これは再び大当たりの予感!」
「おっ、ほんとか。フィオは引きが強いな」
「え、えへへっ。そうなんですかね?」
なんて。口では言ったものの。
(そんなに重いって……一体どれを引いたんだ?)
具材の少ないおむすびならともかく。俺の結んだものとなると、たしかに具材によって重さが違ってくる可能性は大いにある。
例えばさっき俺たちが食べた二つ。持ち比べていないからはっきりとしたことは言えないものの、おそらくはツナマヨの方が昆布より重かったはずだ。一つ一つが細かくそのうえ小さいツナマヨと一枚一枚がペラペラな割にそこそこ大きかった昆布では、きっとおむすびの具として同じサイズのスペースに入れる量は異なってくるはずだからだ。
だがその理屈でいくと、他の具材と比べてもツナマヨはかなり重い部類に入るはず。そもそも俺の記憶が正しければ、ツナマヨはフィオが引いた時喜ぶだろうからとかなりの量を入れていたからな。
じゃあ、それより重い具というのは? それっぽいのは他に何があったかな……
「大当たりおにぎり第二号……いただきますっ!」
なんて、考えているうちに。フィオは推定大当たりなそれが一体何なのか一秒でも早く知りたいと言わんばかりに、俺がその候補を絞るよりも早く……おむすびにかぶりつく。
「! こ、これ……っ!?」
「? どうしーーーーって、うおっ!?」
「カイトしゃま……な、なんでおむすびにこれなんれふかぁっ!?」
途端。中身に驚いたような表情をしたのが気になり、目をやると。そのとてもおにぎりを食べているとは思えない光景に、俺も思わず声を上げた。
「そういえば作ったわ……そんなの」
「ふみゅぅぅぅっ!!」
″それ″は、おむすびから口を離したはずのフィオから離れることなく。びよーんっ、と。おむすびとフィオの口の間で激しく伸び、そのうえ千切れようともしない。
この光景は……そう。ピザを食べている時によく見る光景だ。
即ち、あれの正体はーーーー
「はは、頑張れフィオ〜」
「んぐ、んぐっ! 千切れないれふ〜っ!!」
万能食材にして、「洋」の象徴。ピザでもパンでも、時にはお米の上にも出張する何でも屋。
ーーーーチーズさんであった。




