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四十二話

「ふふっ……それではまず、お味噌汁から」


「熱いから気をつけろよ?」


「だ、大丈夫ですよぅ!」


 湯気の立ちこめる紙コップを手に。フィオは少し恥ずかしそうに言い返してくると、二度、三度、四度、と。念入りにふーふーを繰り返し、コップの淵に唇をつける。


「んっ……おいひい……」


「何よりです」


 それから彼女の頬が緩んだのは、少量のお味噌汁が喉を通ってすぐのこと。


「これ、いつものカイト様の味です。あったかくて、優しい味♡」


「な、なんかくすぐったくなる褒められ方だな」


「え〜、なんでですか? すごく褒めてるのに」


 いやだって、なあ?


 俺の味って……なんか。それ自体をそもそも褒められてるわけだし、決して嬉しくないわけではないんだけれど。


 やっぱりこう、むず痒い。


「……熱っ!」


「ああもう、カイト様? ちゃんとふーふーしないと危ないですよ? ……私がしましょうか?」


「い、いいっ! 自分でするから!」


「そんなに照れなくてもいいのに……」


「照れてない!」


「はぁい」


 だから、照れ臭さを紛らわそうと味噌汁に手を伸ばしたのだが。


 ーーーー俺は、一瞬にして。見事に舌を火傷した。


(ひ、ひりひりする……っ!)


 フィオ同様。俺も俺で、れっきとした猫舌の持ち主だ。


 全く情けない。ついさっき、フィオに揶揄うように言ったばかりだというのに。結局俺の方が火傷してしまうとは。


「さてさて。私はもうガマンできないので先にいただきますよ! まずは副菜から!!」


「……」


 火傷した舌を冷やすべくお茶をコップに注いでいる俺を待つことはせず。早速、と。フィオはお箸を手に取り、副菜に狙いを定める。


「えへへ〜。これとこれと〜、あとこれも!」


 しゅばっ。しゅばばばっ。


 そうして紙皿に盛り合わせられたファーストチョイスは、三つ。


 その中から最初にフィオの口へと運ばれたものはーーーー


「ん〜〜っ! これめんつゆで作ってるんれふか? 味が染み込んでて美味ひいれふっ!」


「……よかったれふ」


 選ばれたのは、小松菜のおひたし。


 フィオの言う通り。あれは基本的な味付けのしょうゆとみりんに加え、めんつゆを入れて味を整えたものである。


 シャキシャキの小松菜とそれをひたすめんつゆ風味な味付け、そしてアクセントのごま。実は副菜の中でも、結構個人的にお気に入りの一品に仕上がったものだったりする。


「こっちのキャベツもごま油が効いてて美味しいですし、シュガートマトも甘くってまるで果物みたい! 流石の腕ですね……負けてられないです」


「ふんっ。そうかんらんにおいふけると思うなよっ」


「……カイト様。その格好で凄んだらびっくりするくらい弱そうです……」


「怒りマーク」


 こ、コイツ。舌を火傷する痛みはよく知っているだろうに。


 本当はもう少しお茶で冷やしていたかったのだが。「びっくりするくらい弱そう」なんて言われてしまったらそうもいかず。


 俺は額に怒りマークを浮かべると、そのままの勢いで。コップの中のお茶を一気飲みしたのだった。


「ふふ、もう冷やしてなくていいんですか?」


「うるせぇ。これくらい大丈夫だっての! てか俺も食う!!」


 当然嘘だ。未だ舌はかなりひりひりしていて痛いし、さっきの熱い味噌汁が喉を通って身体がびっくりした感覚の余韻だってまだ残っている。


 しかし、これ以上惨めな姿を見せて笑われるのも癪だ。あと……フィオがあまりに美味そうに食うもんだから。そんなのを真横で見せつけられて、いい加減耐えられない。


「キムチきゅうりと……それから唐揚げ!!」


「あっ、ズルいですよ! まだ私主菜の方ノータッチだったのに!」


「ふんっ、早い者勝ちだ! ……というか多分この量は二人がかりでもそうそう簡単に無くならないから心配すんな!」


 痺れる舌でそう言い、キムチきゅうりから頬張る。


「〜〜っ!!」


 シャキッ、と口の中で良い音が響いて。……ピリッとした味付けに、しっかりと舌に痛みが走った。


「ふ、ふぐぉ……」


「唐揚げおいひ〜れふ〜っ♡」


 だがそんな俺とは対照的に。フィオさんの浮かべる顔はそれはそれは幸せそうで。


 まるで、ほっぺたが落ちるとでも言わんばかりだ。くそぅ、俺も味は美味しく感じられるのに。痛い……


 ただひたすらにぱくぱくと食べ進めていくフィオと、舌の痛みから口に優しそうなものを選別していく俺。


 食べてお茶を飲んで、再び食べて味噌汁を啜って。


 主菜副菜問わずその両方をしばらく摘んでいると。やがてすぐに二人とも三段目に手が伸びた。


「やっぱりお米、欲しくなりますね」


「好きなものを選ぶといい勇者よ。ちなみにどの具をどこに入れたのかはもう俺も覚えてない」


「ふむふむ……」


 作っている時は、なんとなくこれはここで……みたいなのを無意識に覚えていたんだけどな。


 なにせ数が二十個もあったし、そのうえそのどれもが全く風貌の変わらない、分かりやすい例で言うとコンビニおにぎりのような感じの全面を海苔に包まれた個体たちだ。すぐにどれがどれかなど分からなくなってしまった。


 まあ別にいいんだけどな。嫌いなものなんて一つも入れてないし。一瞬遊び心で一つくらいわさびとかカラシとかのハズレを用意してロシアンルーレット風にすることも考えたが……多分二人ともどちらもそんなものは食べ切れないので、食材を無駄にするまいとやめておいた。


「じゃあ私は……これを!」


「俺はこれにしよっと」




 さて、一体どんな具が出てくるかな。

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