四十一話
「……わぁっ! わぁっ!!」
パカッ。ランチボックスの蓋が取れ、一段目の中身が露わになる。
すると、フィオは某小さくて可愛いやつのような声を上げながら。それを前に今にも飛びかからん勢いだった。
一段目のコンセプトはーーーー副菜。
詰められているのは、そのどれもが新鮮な野菜を使った料理たちだ。
右からごま油とキャベツのサラダに、きゅうりのお漬物、シュガートマト、小松菜のおひたし、キムチきゅうり等々。彩りや栄養バランスもある程度考えつつ、フィオからの評判が特によかったものをこれでもかと詰め込んでみた。
「お、美味しそう……カイト様っ! カイト様っ! 早く食べさせてくださいっ!!」
「まあ待て。落ち着けって。一段目でその調子じゃあ二段目と三段目まで持たないぞ?」
ひとまず、一段目の食いつきは上々といったところか。
だが、これはあくまで副菜。俺のお弁当はここからが本番だ。
二段目のコンセプトはーーーー主菜。
「〜〜っ!? か、カイト様……これはッ!!」
「ふふふっ。お前の好きなもの、全部盛りだッ!!」
「:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:」
詰められているのは、もう誰が見ても「こんなん美味いに決まってるだろ!」となるレベルの主役級たち。
右からハンバーグ、オムレツ、唐揚げ、肉と卵のいりつけ、グラタン等々。
フィオに喜んでもらうため、もうとにかくこれでもかってラインナップで作り上げてやった。準備は死ぬほど大変だったが……この反応を見るに、どうやら決して無駄ではなかったらしい。
「カイトしゃまぁ……っ」
「はは、頑張ってよかったよ」
さて、と。極限の空腹状態でここまでいろんなものを見せつけられて、いよいよフィオさんも限界だろう。
勿体ぶらず、最後の段へ。
三段目のコンセプトはーーーーお米尽くし。
「ほにゃぁぁっ。お、お米まで、こんにゃにぃ……っ♡」
「一個一個具を変えて結んであるから。これでもかってくらい堪能してくれ」
「ひゃ、ひゃひっ♡」
所狭しと並んでいるのは、俺が丹精込めて握ったおむすびたち。
その数総勢二十個。しかも同じ味は決して作らず、それぞれ一つずつ異なる具材入りだ。
ちなみに味の種類は定番の「梅」、「昆布」、「高菜」、「ツナマヨネーズ」、「たらこ」、「塩」などから、少し変わり玉で「ウインナー」、「お漬物」、「煮卵」などまで様々。あえて外側からは何が入っているのか分からないようにして、実際に食べてみるまでのドキドキ感も味わえるようになっている。
これにて……俺のカードは出揃った。
それぞれ貨幣の異なる計三段にのぼるお弁当。それらを全て横並びにブルーシートの上に置くと、蓋をバスケットの中にしまって。最後に紙コップへお味噌汁を注ぎ、いただきますの準備を整えていく。
いやあ、自分で言うのもなんだが……こうして並べてみると、中々に圧感の光景だ。
少し頑張りすぎただろうか。いくらフィオが食いしんぼだとは言っても、この量は……
(……いや、いらない心配か)
フィオは百パーセント食べ切れる。だから心配などする必要はない……という意味ではなくて。
そもそも食べ切れるかどうかとか、その心配をすること自体が必要じゃないということだ。
だってそうだろう。俺はフィオに喜んで欲しくて山盛りのお弁当を作った。そしてフィオはそれを見て、こんなにも目を光り輝かせてくれている。
つまり喜んでくれているのだ。そしてそれは俺がこれだけの量を″本気で″作ったからこそ。
なら仮に分量が間違っていて二人では結局食べきれなかったとしても悔やむ必要もない。別にお残ししたら食材が無駄になるってわけでもないしな。残った分はフィオにちょちょいと冷凍してもらって、今日の夜から後日に食べればいいだけのこと。
ならば今はいらぬ心配などせず、ただ純粋に。目の前のこのご馳走を共に楽しもう。
「じゃあ、そろそろ」
「えへへ……っ」
示し合わせたように。二人で隣り合わせてちょこんと座ったまま、視線を交錯させることもなく。同じように、同じ速さで。両手を合わせ、同じポーズをとる。
それは、俺が日本にいた時から……そしてこの異世界に来てからも。食前に必ず行っていた儀式。
そして同様に、フィオにとっても。幼い頃から怠ることのなかった、作り手と食材に感謝を込める言葉。
「お願いします、カイト様」
「おう」
タイミングなど、もはや示し合わせる必要もない。
共に暮らすようになってから……俺たちは毎日、必ず三回。同じ時を過ごし、共に叫んできたのだ。
すぅっ、と。小さく息を吸う。
味噌汁の匂いに鼻腔をくすぐられながら、心地のいい風を受けて。心が高揚するのを感じつつ……隣からも同じく感じているのであろう気持ちが、ひしひしと伝播してきた。
それに思わず笑ってしまいそうになったけれど。押し殺し、そっと目を閉じる。
「「……」」
そうして、数秒。
「「いただきます!!」」
俺たちの揃った声がこだましーーーー風と共に、草原を揺らした。




