三十九話
「カイト様……かっこいいお顔が真っ赤です♡」
「う、うるさいなっ」
こんなに大きくて柔らかいものを腕に押し付けられたら、男は誰だって……
顔が熱くなるのを感じながら、くっついているフィオの小さな歩幅に合わせて。少しだけ歩くスピードを少しだけ落とし、また特徴の無い木々の間を幾度も通り抜けていく。
ある程度人が通れる道とはいえども。コンクリートで舗装されたりしているわけでもない半獣道な森の中を進んでいくにはとても似つかわしくない、まるでデートの最中かのようなひっつき歩き。
しかし男に生まれたのであれば、やはり美少女とのそれを煩わしく思うことなどできないわけで。
そのか細い身体を振り解くことなく更に歩き続けること、しばらくーーーー
「あれ? なんか急に道が……」
「あっ、話している間に着きましたね! ここが第一の採取ポイントです!」
これまではひたすらに所狭しと木々が並んでいたというのに。
突然道が開けると、そこに出現したのはーーーーまるで俺たちの住んでいる家の周りのような草原。周りを木々に囲まれながらもぽつりと存在している、言わば広場のような場所だった。
「へぇ。なんかピクニックにおあつらえ向きな感じの場所だな」
「でしょう? お昼ごはんはここにシートを敷いて食べたらとても気持ちいいと思うんです!」
「よし、ならそうするか」
「o(≧▽≦)o」
フィオの言うとおり、ここは風通しも良くて、まさにピクニックでごはんを食べるには絶好のスポットだろう。
ちょうど時間も時間だし、割としっかり腹が空いてきたところだ。とっととシートを敷いてもうごはんタイムにしてしまおうか。
「あ、でもちょっと待ってください? お昼はもう少し我慢しましょう!」
「え? なんでだ?」
なんて、考えていると。彼女はそう言い、場所作りを始めようとした俺を静止する。
「お腹、まだ空いてないのか?」
「まさか! もうぺこぺこのぺこです!」
「じゃあ……」
「けど、今食べちゃダメなんです! 心当たり、ありませんか?」
「心当たり……あっ」
言われ、はっとして。過去の記憶を振り返る。
思い浮かべたのは、日頃のお昼ごはん後の光景。
『『(( _ _ ))..zzzZZ』』
「……」
「どうやら、分かってくれたみたいですね」
そうだ。そうだった。
美味しいごはんを食べた後。俺たちは必ず、睡魔に襲われる。
そのためそれに負けて食器洗いなどを後回しにし、そのままお昼寝をしてしまうことも少なくない。
そんな俺たちにこんなに心地のいい場所でお昼ごはんだなんて。お昼寝まではいかなくとも、少なくともしばらく動けなくなることは必至だ。思えばこうやって二人分のごはんがしっかりと詰まったお弁当を作って持ってきたのも、家でお昼ごはんを済ませてしまってはその後出掛けるどころでは無くなってしまうからだったな。
俺たちはピクニック気分でこの森に来た。
しかし、本当の目的を見失ってはならない。
「やること、全部終わらせてからにするか」
「ええ、きっとそれがいいです。大丈夫ですよ、他の採取スポットもそう遠くはありませんから。一時間もあれば色んな食材でその籠を満タンにできます!」
「……よし。決まりだな」
歩き続けた疲れも脚に溜まっており、できることなら一度ゆっくりと腰を下ろしたいところだったが。
一度は地面に置いた籠を再び背負い、息を整える。
じわじわと身体に疲れは蓄積されてきているものの、まだ表面上に現れるほどではない。普段なら数十分も歩き続けるなんてしたら簡単にバテてしまいそうなものだが……隣の美少女さんが癒しを与え続けてくれたおかげだろうか。まだ動いていられそうだ。
「じゅるっ……。きっと一時間後なんて私は極限までお腹を空かせていることでしょうから。そんな状態で食べるカイト様のお弁当……楽しみです……」
「はは、期待に応えられるといいんだけどな。まあ気合い入れすぎて二人で食べ切れるか怪しいくらいのをぎゅうぎゅうに詰めてるから、ひとまず量だけは安心してくれて大丈夫だぞ」
「そんなこと言って、カイト様のお料理が美味しくなかったことなんてただの一度もありませんよ? ふふふふふ、期待せずになんていられませんッ!」
「ああオイ、よだれよだれ……」
「じゅるじゅびじゅるるるっ」
こ、コイツ、こんな状態で一時間なんて我慢できるのか? あの溢れんばかりーーーーというか既にドバドバ滴り落ちているよだれに加え、なんと言ってもあの目。
あれはもう、捕食者の目だ。このお弁当、ちゃんと一時間後まで守れているといいのだが……。
「頼むから襲ってこないでくれよ?」
「じゅるっ。お、襲うだなんてとんでもない。私はいつでも襲うより襲われたい派ですよ?」
「……初めてだよ。お前のド変態発言を聞いて信用ならないと思ったのは」
と、とにかくだ。
一時間だなんて悠長なことは言ってられそうにない。
一刻も早く採取を終わらせて、お昼ごはんタイムにしなければ。
……このお弁当と、あと俺の身の安全のためにも。




