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三十八話

「〜〜♪ えへへ、今日は風が気持ちいいですね。絶好のピクニック日和です」


「お、おう。そうだな」


「ふふっ、第一の採取ポイントまではもう少しですからね。あっ、もし歩き疲れたようでしたら私が運ぶのでいつでも言ってください? 私が四つん這いになって背中にカイト様をお乗せするのでーーーー」


「結構です」


「……ぁんっ♡」


 広大な森の中を二人きり。手を繋ぎ、進んでいく。


 雲一つ無い快晴の空、程よい気温、心地よく吹く風。まさしくフィオの言った通り、ピクニック日和である。


 そんな中をこうしてのんびりと会話しながら歩いていると先刻の不安はどこへやら。モンスターの気配などこれっぽっちも無く、ただただ木々が風に揺れる音だけが響く環境と、隣から上機嫌そうに手を握ってくる美少女の存在に。俺は既にかなりの″癒し″を感じつつあった。


「……にしても、本当広いなこの森は。もうそこそこ歩いてる気がするけど、全く景色が変わらないし」


「私たちが見渡せる範囲なんて、全体からすればせいぜい十パーセントにも満たないくらいですからねぇ」


「そ、そんなに……てか、それだけの土地を管理してるステラさんって……」


「まあ、そういうことです」


「……」


 フィオの恩人でありあの家の先代の住人、ステラさん。


 この森はその人が管理しているものだ。土地として所有しているのかとか、そういう細かいことは一旦置いておくとしても。


 とてつもない広さの森を管理していて、そのうえその奥に屋敷まで建てている。おまけに元々住んでいた家は一人の少女に無償で譲るという太っ腹具合。


 もしかすると、俺の想像していた金持ち度合いより数段……いや、十数段は上に位置している人なのかもしれない。

 

 もはや想像することすら難しい領域に、思わず肩を振るわせつつ。これ以上金持ちエピソードが出てくるといよいよいずれくる初対面が恐ろしくなってしまいそうなのでこの話題はここで終わらせることにした。


 そして代わりに。気になっていたことを尋ねる。


「そ、そういえばさ」


「? なんでしょう?」


「いや、大した話じゃないんだけどな。お前……さっきから迷いなくすいすい進んでいくけどさ。よく道が分かるな?」


「えっ?」


 この森に入ってから、おおよそ十分といったところだろうか。


 歩きながら、何気にずっと気になっていたのだ。


「なにか変でしょうか?」


「変、というか。凄いなと思って。こんなに同じような木ばっかり生えてる森の中を、なんの目印も無しにだからさ」


 フィオの先導には、とにかく迷いが無い。


 おそらくちゃんと道を覚えているということだろうが。それは俺の感覚で言うところの近所のコンビニやショッピングモールの場所を覚える感じとは、あまりにも訳が違う。


 森には街灯も、ちょっと変わった建物も。印象に残る道路だって存在しない。


 ただあるのは、それぞれに独立した個性と呼べるほどではない些細な違いがあるだけの木々の連なりだけ。


 かと言って、それらしき人工的な目印などが施された跡も見つからない。これで一体どうやって道を覚えているというのか……不思議でならなかった。


 質問の意図を汲み取ったのか。フィオは軽く首を捻ってから、やがて理解したように答える。


「ああ、でも言われてみればたしかに……。初めてここに来る人からすれば、不思議に思われても仕方ないかもしれないですね。とてもじゃないですが分かりやすい道とは言えませんし」


「だろ? 一体どうやって道を覚えてるんだ?」


「う〜ん。どうやって、ですか……」


 少し悩むようにして。数秒間の沈黙が流れる。


 するとその後。フィオは目の前の大きな木を指差しながら再び口を開いた。


「例えばですけど、この木。他の木に比べて、枝の位置が随分と低くないですか?」


「枝?」


 言われ、その木と他の木を見比べる。


「まあ、言われてみれば?」


 本当に、言われてみればというレベルの差だった。


 意識して見てみると、たしかに木としての高さは周りと同じなのに、枝の生えている位置は妙に低い。


「他にもあの木。上の方に赤色の小さな木の実が幾つも生っています。あっちは根が大きく地面まで盛り上がっていて、そっちは幹の色が濃いです」


「……なるほどな。そういうことか」


 とても分かりやすい特徴とまではいかない、木々それぞれの微細な差。それを俺は、目印には到底できるものではないと注意深く見ることはしなかったけれど。


 どうやら、フィオにとっては違ったようだ。


「凄いな。まさか木の特徴を覚えてそれを目印に道を覚えてただなんて」


「そ、そこまで言われるようなことではありませんよ! 私だって最初の頃は道に迷うことも何度もありましたし……」


「そうなのか?」


「はい。なのでこれはほんとにただの慣れというか。なにせこの生活を始めてもう一年は経ってますから」


「はは、俺は一年後でも道を覚えられるようになれる自信ないけどな……」


 フィオが一体どうやってこの森での道を覚えているのか。そのからくりは理解できたけれど。


 とはいえ、生憎と俺も同じようにとはいかないような気がする。本人曰く″慣れ″だそうだが、そもそも俺は元々方向音痴気味だしな……。


「だ、大丈夫ですよ! カイト様が道を覚えられなくても、私がいつまででも先導します! ……というか、させてほしいです」


「? そうなのか?」


「だ、だって……」


「おわっ」


 ぎゅっ。俺の手を握っているか細い指先一つ一つから伝わってくる力が強くなる。


 同時に。むぎゅっ、と。柔らかなものが二の腕に押し付けられ、思わず小さな声をあげてしまった。


「だって……お外に出る時もずっと、一緒にいたいです。一人で行ってほしくありません」


「…………おっふ」


 

 ……色々と、反則だ。

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