三十六話 魔法講習2
ーーーー数時間前。
「そうだ。お外に出るにあたって、カイト様に伝えておかなければいけないことがありました」
「んぇ?」
時は巻き戻り、朝ご飯の片付けを終えて一息ついていた頃。
フィオはそう言うと、俺の向かいの椅子に座って。いつの間に取ってきたのか、眼鏡を装着していた。
「なんで眼鏡?」
「突然ですが魔法講習をします。真面目モードにならなきゃなので、眼鏡はそのために」
「そ、そうか。……って、魔法講習? 本当になんで突然?」
眼鏡をかけてスイッチが入り、フィオは先生モードへ。相変わらず似合っていないが、その瞳は真剣そのものである。
この一週間。ほぼ毎日、空いた時間で魔法講習をしてもらってきた。
まあ正直、成果の方はほぼゼロに等しいのだが。知識こそ付いてきているものの、これっぽっちも魔法を扱うことはできていないのが現状である。
そんな魔法講習を、なぜ今突然行うと言い出したのだろうか。さっき言っていた「伝えておかなければいけないこと」とやらが関係しているのか……?
不思議に思いながらも、さっきまでのだらしない座り方をやめ、一応背筋を伸ばして聞く姿勢を整える。ともあれ、魔法講習を行うというのならその間はフィオが先生で、俺が生徒。ふざけた姿勢でいるわけにはいかないからな。
「おほんっ。いいですか? カイト様はとても頑張っておられますが、この一週間では依然、魔法講習の成果は出ていません。自身の魔法属性すら理解できていないのが現状です」
「う゛っ。あ、改めて言われるとなんか……クるな」
「ふふっ、責めているわけではないですよ。魔法が苦手で習得に時間がかかる人なんていくらでもいますし、別に不思議なことでもありませんから。ただーーーー」
「ただ?」
聞き返すと、フィオは真面目な表情で言う。
「ただ、お外に出るとなると今のままというわけにはいきません。この意味、分かりますよね?」
「……そういうことか」
言葉の糸を察し、呟いた。
俺に魔法を基礎の基礎から教えるという名目で始まった魔法講習。その内容は、多岐にわたる。
魔法を使うための知識はもちろんのこと……同時に、その他フィオが必要だと思った知識も並行して教えてもらっているのだ。
そしてその中には、この世界における根本的な知識も幾つか。おかげで、俺は知っている。
「モンスターが出るから、だな」
そう。俺の元いた世界には存在していなかったもの。それでいて、この世界では誰もが嫌悪するもの。ーーーーモンスターのことを。
ごくりっ、と息を呑む。
「この辺にも、いるのか」
「ええ。残念ながら」
「……そうか」
魔法なんてものが存在している世界だ。そりゃあモンスターくらい湧いても不思議じゃない。そうは思うのだけれど。
やはり……怖い。
だってそうだろう。フィオのように魔法が使えて、戦う手段のある奴ならまだいい。でも、俺はそうじゃないのだから。
俺は魔法の使えない、ただの一般人だ。そんな俺がもし、モンスターに襲われたりでもしたら……
「っ……」
嫌な想像をしてしまい、全身に悪寒が走る。
「大丈夫です」
「……えっ?」
しかし、そんな俺を励ますように……いや、安心させるように。身を乗り出してきたフィオの小さな両手が、瞬時に俺の手に被さる。
「不用意に怖がらせてしまってすみません。でも、安心してください。カイト様には……私がついています」
「お、おぅっ」
こ、コイツいきなり、なんてイケメンな台詞を……。
イケメンなのは、台詞だけではなかった。
俺を見つめる瞳も、小さくか細いはずの手も。何故かその瞬間だけ、とてもかっこよく見えてしまって。
「べ、別に怖がってなんてないんだからね!」
「ふふっ、なんで目線を逸らしながらなんですか?」
「うるせえっ! ばーかばーか! ド変態のくせに!!」
「な、なんで今変態なんて言葉が!? けど……ぁんっ♡」
思わず、謎のツンデレ台詞を吐いてしまうほどに。ドキドキさせられてしまったのだった。
(あ、危ねぇ。メスにされるところだった……)
本当に、顔面が強い奴というのは厄介だとつくづく思う。
まさか、可愛いだけじゃなくてかっこよくもなれるなんて。やだこの子、末恐ろしい……。
「と、とにかくですねっ。外に出るにあたって、カイト様にはちゃんとした知識を付けておいてもらいたいんです。備えあれば憂いなし、なんて言いますから」
それから。俺はフィオに、これまではあくまで最低限度の教養程度にしか教わっていなかったモンスターの知識ーーーーさながら「モンスター学」について、より詳しく講習してもらう運びとなった。
この辺りに生息しているモンスターの種類、特徴、弱点等々……。たしかにどれもこれも、外に出るというなら知っておいた方がいい知識ばかり。
当然、真面目に聞いていた。
聞いていた、のだが……
「……カイト様? ちゃんと聞いてますか?」
「へっ!? も、もちろん!」
「んもぉ。それでですね、このモンスターはーーーー」
時折、さっきのフィオのかっこいい顔が脳裏にチラついてしまっていて。
講習を受ける間ずっと……ほんのりとした顔の火照りを感じずには、いられなかったのだった。




