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二十九話 奉仕の心

 わしゃっ。


 わしゃわしゃわしゃっ。


 わしゃわしゃわしゃわしゃっ。


「力加減、大丈夫ですか?」


「……ん」


「気持ちいいですか?」


「…………不覚にも」


「えへへ♡」


 俺の言葉に、フィオは甘い笑みを浮かべて。引き続きタオルを持った腕を上下に動かす。


「んっしょ……んっしょ……」


 なんだろう、これ。


 ーーーー可愛い。


 フィオのか細い手先が必死に力を込め、俺の身体を洗っている。まるで、必死に尽くすかのように。


 背中の真ん中から始まり、肩周り、腕周り、腰回りにも。タオルの感触は徐々に広がっていった。


 きっと本人はかなり強めにしているつもりなのだろうが、力加減は実に丁度いい。程よく擦られているという感覚を残しながらも、決して痛くはなく。


 もしかすると、娘に背中を洗ってもらう父親というのはこういう感じなのだろうか。タオルから伝わってくる「奉仕」の感情に、じんわりと胸が温まった。


「次は手の方、失礼します。右手、出してください」


「あ、あぁ……っお!?」


「?」


「い、いや。なんでもない」


「ふふっ、″なんでもない″ですか」


「ぬぐっ……」


 背後を擦り終えて。ひょこりと顔を出したフィオが、ゆっくりと俺の隣へと移動してくる。


 言われた通りに腕を出し、無意識にそちらの方へと視線をやると……その身がひとまずバスタオルに包まれていたことに安心する間もなく。それはそれは深く長い″谷″へと、目線を奪われてしまう。


 思わず咄嗟に顔ごと方向転換したものの。その光景を脳内から消すことなど、出来うるはずもなかった。


 また、あまりに分かりやすく動揺してしまったことを今更誤魔化すことも不可能で。


「し、仕方ないだろ。俺だって男なんだから」


「別に怒っていませんよ。むしろ嬉しいです。その赤い顔は、カイト様が私にドキドキしてくれたという何よりの証拠ですから」


「ど、ドキドキなんて……」


「して、ないんですか?」


「…………してない。と言えば嘘になる、けど」


「〜〜っ! えへへ。私が言わせたのに。て、照れますね……」


 顔の火照りを抑えられない俺を前に、また彼女も。頬をほんのりと紅潮させながら、ぽりぽりと頬を掻く。


 全くだ。自分から言わせたくせに。


(そんな顔、しないでくれよ……)


 目線を逸らしながら。心の中で思わずそう、呟いた。


 だってそんなの……反則だ。

 

(……って、なんだこのドキドキ!? クッソ、なんなんだよマジで……ッッ!!)


 今日一日。俺は、何度フィオにドキドキさせられたか分からない。


 当然、ドン引く回数や呆れる回数も多かったけれど。


 それ以上に、不意に出る可愛さや……我ながら最低だとは思うが、身に付けられているたわわに。何度も何度も、心を揺さぶられたのだ。


 そしてそうなってしまうことには、自分の中ですぐに合点がいく。


 だってフィオは可愛くて。エッチで。ドキドキさせられて″当然″と言えるほどの、美少女だから。


 でもーーーー今のドキドキは、可愛かったからとか、立派や果実を見せつけられたからとか。そういったところから来たドキドキではなくて。


 もっと……なんか、こう……何と言えばいいのか。上手く言葉として出力できないけれど。


 一番近いもので言えば、もっと「深い」。そんなドキドキのような気がした。


「けど、それ以上に嬉しいです。やっぱりお風呂に忍び込んできて正解でした」


「……そういえば。言うのが遅くなったけど、何さらっと忍び込んでんだよお前」


「ぎくっ。ま、まあまあ。細かいことは気にせずに。カイト様はただ気持ちよくなっていてください?」


「き、気持ちよく……」


「あぁ〜っ。今、えっちなこと考えました?」


「っ!? か、考えるわけないだろそんなの!!」


「えへへ、カイト様は本当に嘘や隠し事が下手くそですよね」


 否定したかったが、できなかった。


 だって否定も何も。今の俺の反応が、何よりの証拠だったのだから。


「私の方にはその気は無かったのですが……。カイト様が望むのであれば。私の身体、好きに使ってくれてかまいませんよ?」


「す、好きに……って! おま、ド変態も大概にしろよ!?」


「あぁんっ♡ ド変態な私を躾けてください、ご主人様っ♡」


「ッ……」


 豊満な身体を持て余した美少女がたった今、バスタオル一枚の格好で目の前にいる。


 手を伸ばせばすぐに届く、そのあまりに魅力的過ぎる提案を前に。


 しかし湧き上がる欲望を前に。彼女の発言が引っかかり、踏みとどまる。


(私にその気は、無かったのですが……?)


 彼女は今確かに、そう言った。


 その気というのはまさに、″そういうことをする気″ということだろう。


 フィオには、それが無かった?


 むしろ俺は、その気しかないくらいだとすら思っていたのに。


 その言葉を信じるのならば。俺は考え過ぎだったということになる。


 フィオにはその気ーーーー即ち、風呂に入ってきて俺とそういうことをするというような企みは無かった。


(なら、もしかしたらフィオは……)


「なあ、フィオ」


「は、はひっ!」


 だとするならば。


 これもまた、俺の考え過ぎかもしれないけれど。


 確かめずには、いられなかった。



「お前、もしかしてーーーー」

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