前編
━ロートレック王国。
この国では王宮や社交界でデビュー前にも関わらず、話題に上がる2人がいた。
今年度王立学園にその2人が入学した。
1人は首席として新入生代表挨拶のため壇上に上がっている、ロートレック王国王太子であるヴィルジール・ロートレック。
もう1人は先王の妹を祖母に持つ公爵家の令嬢である、マリアンヌ・レスピナス。
艷やかな黒髪と緑の瞳のヴィルジールとストレートで腰まである銀髪と琥珀の瞳のマリアンヌは色彩こそ違うが、親戚というのは変わらないし、同い年。
ということで、必然的に幼馴染の間柄でもあるのだが‥‥
婚約者という訳ではない。
新入生代表挨拶をしているヴィルジールの視線がふと新入生の一団の先頭に向いた。
そして、その人物にドヤ顔を見せた。
向けられた本人は無性にイラッとしていた。
だが、今は入学式の最中だ。とぐっと堪えた。
(なんですの!?わたくしを見る必要はないでしょう!真面目に挨拶しなさいな!)
‥‥内心はどうあれ。
━入学式終了後。
それぞれのクラスの教室に向かうべく、入学式会場である学園の講堂を出ると。
「マリアンヌ!」
イラッとしたままのマリアンヌは振り向いてすぐ、声の主を睨んだ。
「‥‥なんですの?」
「いや、睨まなくても」
「はい?」
「‥‥ごめん。なんか無性に反応が見たくなっただけだったんだが‥‥」
「はあ?‥‥要は嫌がらせですのね?2位のわたくしに対する。」
「は?‥‥とりあえず、教室に行こう。」
「‥‥‥‥そうですわね。」
マリアンヌは王太子であるヴィルジールに対しても、親戚兼幼馴染ということで、一切の容赦なく対等に接していた。
それがヴィルジールの望みでもあったからだ。
この2人、親戚兼幼馴染ではあるが、同時にお互いをライバル視していた。
勉学・魔法・馬術等。剣術と体術は怪我を恐れた公爵から許可がもらえなかったため、マリアンヌは断念せざるを得なかったが、それ以外の許可が得られたありとあらゆる対決をヴィルジールとしてきていた。
━━毎回負けた方が勝った方の願いを一つ叶えるという約束と共に。
もちろん、常識の範囲内で且つお互いが嫌がることはしない。という暗黙の了解で。
それはこの王立学園の入試の結果でも同じで‥‥
入試で首席の座を手にしたヴィルジールがマリアンヌに『学園に入学してもこれまでと態度とか変えたりしないでくれ。』と願ったため、マリアンヌも令嬢らしい口調は変えないまでも、これまで通りの対応をすることに頷いた。
王太子と公爵令嬢。
いかに幼馴染で親戚といえども、身分の差は歴然。本来ならマリアンヌの対応は不敬と言われても仕方ないものもあった。
先程の様に睨んだりだとか。
だが、ヴィルジールがこの関係を壊したくないと何も言わないので、こうして学園に入学した今も変わらず気安い関係性のままだった。
***
━学園生活に慣れた頃、魔法実習にて。
「ふふっ。─殿下〜?ちゃんと避けてくださいませね〜?」
「は!?ちょ、マリアンヌ!?」
「問答無用ですわ!!」
合間にそんなやり取りをしながら、魔法の応酬を繰り返す2人。
やがて。
魔法対決は教師に強制終了させられた。
学園にはたまにこうして魔法の実力者が出た時のために、魔法を強制的に消す魔道具が用意されていた。
ということで、魔法対決は引き分け。
「「‥‥‥」」
むすっとする2人。
その様子にため息を吐く教師。
「‥‥殿下、レスピナス嬢。熱くなりすぎですよ。」
「「‥‥‥」」
2人はむすっとしていたものの、冷静になれば迷惑を掛けてしまったと理解し、態度を改める常識は当然、持ち合わせているので‥‥
「申し訳ありませんでしたわ‥‥」
「迷惑掛けました。申し訳ありません‥‥」
「ご理解頂けてよかったです。しかし‥‥」
「「?」」
2人が揃ってきょとんとすると、教師はくすりと笑って続けた。
「さすがですね、お2人共。お2人の魔法の実力は他の生徒達のいい見本となります。」
「「え?」」
「そう‥なんですの?」
「ええ。強制終了させるのがちょっと勿体ないなと思う程には。」
「まあ!嬉しいですわ。─ね、殿下。」
「ああ。─先生、これからはなるべく冷静に。を心掛けます。」
「!─わたくしもですわ。」
「ええ。お願いしますね。」
ということで、こんな感じに最後は全員笑顔で終わる。
***
━夏季休暇前の試験後。
「やりましたわ!殿下に勝ちましたわ!」
「くっ‥‥相変わらずのこの1点差。入試では辛うじて1点差でマリアンヌに勝てたが‥‥」
「1点差だろうと、勝ちは勝ち。それこそ入試の結果を確認した時に殿下がそう仰ったのよ?」
「‥‥‥そうだな。」
「ふふっ。─さて、何をお願いしましょうか‥‥」
「あれ?考えてなかったのか?─珍しい‥‥」
2人は基本、試験等結果待ちになるものはゆっくり結果が出る迄にお願いを考え、魔法の実習などすぐに勝敗が分かるものはその場で思いつけばその場で。思いつかないなら、後日思いついた時に手紙などで知らせたりする。
「考えてはいましたけれど‥‥これと言えるものが浮かびませんでしたの。」
「ますます珍しいな。─まあ、急がないからゆっくり考えてくれ。」
「分かりましたわ。」
「ところで、マリアンヌ。」
「?─なんでしょうか?」
「明日からの夏季休暇、どうするんだ?」
「いつも通り公爵領に家族で行きますわよ?」
「‥‥だよな‥‥」
「何かご用事がありますの?」
「‥‥‥マリアンヌも知ってるだろ?俺の婚約者をいい加減決めないといけないのは。」
「‥‥はい。今年度中に、でしたか‥‥」
「ああ。‥‥父上曰く、夏季休暇をゆっくり満喫していいのは今年までだそうだ。」
「あ‥‥王太子ですもの。公務や執務もありますからね。」
「そういうことだ。‥‥それで、だな‥‥」
「はい?」
「‥‥‥」
きょとんとするマリアンヌに、迷うヴィルジール。
この2人のやり取りは遠巻きではあるが、生徒達に見られていた。
何せ2人は試験の結果が張り出されている場所からさほど動くことなく、生徒達の注目を集めやすい場所で話していたからである。
2人は最初は歩きながら話していたが、途中でどちらともなく立ち止まってしまったからだ。
そして、王立学園に入学前から2人のことを知っている、同い年の1年生一同の心情は一つだった。
『殿下!!頑張ってください!!自分も公爵領に行っていいかと伺うだけですよ!』
2・3年生達は『おや‥‥?そういう雰囲気?』と様子見である。
そんな周囲のことなど気にする余裕などない、今のヴィルジールはというと‥‥
ものすごく言うのを躊躇っていた。
自分が試験に勝てば、お願いで公爵領に共に行きたいと言うつもりだったからだ。
ヴィルジールが躊躇って無言になってしまった様子を黙って待っているマリアンヌはというと。
(どうされたのかしら?)
と内心、首を傾げていた。
そして、閃いた。
「殿下。」
「っ!‥な、なんだ?」
不意に呼ばれたことで反応が遅れたヴィルジールだが、気にしなかったマリアンヌから無意識の救いの言葉が紡がれた。
「先程の試験に勝った分のお願い、今思いつきましたわ。申し上げてよろしいでしょうか?」
「え?─あ、ああ。もちろん。なんだ?」
「殿下が勝っていた場合、なんと願うおつもりだったのかを伺いたいですわ。」
「え?」『!!!』
『レスピナス嬢、女神!!!』と同級生一同。
『‥‥レスピナス嬢‥‥ただの興味本位では‥‥』
と2・3年生一同。
‥‥ちなみに上級生、正解。
そんな周囲の心の声など露知らず、ヴィルジールは目を見開いた。
「え?‥‥わたくし、そんな驚く様なことを申し上げましたか?」
「!─い、いや、予想してなかったから、驚いただけだ。」
「え?‥‥それにしても、驚き過ぎでは?」
「うっ‥‥─そ、それで、俺が何を願うつもりだったか、だよな。」
「はい。‥‥伺ってよかったことでしたか?」
「もちろんだ。勝ったら願うつもりだったことなんだからな。‥‥じゃあ、言うぞ。」
「はい。‥‥ってそんなに緊張することですの?」
怪しみだすマリアンヌ。
それに焦るヴィルジール。
「その、今まで頼んだことないから‥‥」
「あら、頼み事ですの?珍しいですわね。」
ヴィルジールは『落ち着け〜俺。』と念じつつ深呼吸を1回。
「明日からマリアンヌは公爵領に行くって言ってただろ?」
「?─はい。」
「それに、俺も一緒に行ってもいいだろうか?」
「え?‥‥殿下、我が公爵領に行ってみたかったのですか?」
「ああ。」
「あらあら。それなら、仰ってくだされば夏季休暇でなくともいつでも歓迎しますのに。」
「え?」
「王都や王家の直轄領だけでなく、他家の領地も視察して広い視野を持ちたいのでしょう?─ご立派ですわ、殿下。」
「‥‥‥」『‥‥‥』
伝わらないヴィルジールの本心。
それを目の当たりにした周囲もヴィルジールに憐れみの視線を向けていた。
だが、幼馴染ということで、こんなやり取りは何度も経験しており、そもそも2人が事あるごとに対決する様になった原因であるヴィルジールは復活も早かった。
「いや‥‥まあ、それもあるが‥‥」
実際、国王である父から領地視察もさせてもらえと先に公爵領行きの了承は得ている。
試験結果が出る前ではあったが、負けても『1回多く願いを聞くから』とどちらにしても公爵領行きを頼むつもりだった。
「?‥‥とりあえず、陛下の許可は?」
「もちろん得ている。」
「ならば、わたくしに否やはありませんわ。公爵邸に帰ったあと、お父様にも伝えておきますわ。」
「頼むな。─それと、視察もしたいのだが‥‥」
「合わて伝えますわ。」
「案内はマリアンヌに頼んでいいか?」
「え?わたくしですの?」
「駄目か?」
「いいえ。構いませんわ。‥ただ、わたくしがご案内するとなると、視察ではなく観光になるのでは?と。」
「それで構わない。公爵領の日常を見たいんだよ。」
「なるほど。それならば観光気分の方が良さそうですわね。」
「そういうことだ。」
「ふふっ。では、僭越ながらわたくしがご案内役を承りますわ。」
「ありがとう、マリアンヌ。」
「いえいえ。─では、また明日。」
「ああ。」
そうして、マリアンヌが帰って行くのを見送ったあと。
「‥‥‥言えた‥‥」
ぼそっと呟いたヴィルジールも学園を出て王城へと帰って行った。
***
━レスピナス公爵領。
レスピナス公爵家とヴィルジールは本当に一緒に公爵領へと向かった。
そして、領地の屋敷に到着した翌日から、マリアンヌとヴィルジールは端から見たらお忍びデートの様な観光をして回った。
目立つ2人は髪色等を魔道具で変え、服装も平民っぽくしている。
━もちろん生地は上等の物なので、ちょっと良いところの坊っちゃんと令嬢くらいの仕上がりなのだが。
そうして、平和に過ぎた夏季休暇。
‥‥に項垂れたのはヴィルジールだけだった。
***
夏季休暇も明けた新学期。
ヴィルジールは再び焦っていた。
『今年度中に婚約者を決める様に。』
父王からの厳命ではあるが、ヴィルジールにしてみれば婚約相手として考えられるのはただ1人だけ。
夏季休暇で距離を縮めるつもりだったのだが、上手くいった気がしなかった。
ヴィルジールも公爵邸に泊めてもらってはいた。
が、食事の際、家族の団欒に混ぜてもらっているので、家族の会話に加わったりしていいものかと遠慮したりしていたし、他の時間でもマリアンヌとは相変わらず何かしらの対決をしたりしてしまっていたからである。
そもそもの原因が自分にあることから、ヴィルジールは幼い頃の間違いを未だに後悔しまくっているのである。
*****
━今から6年前。
ヴィルジールとマリアンヌが10歳になるこの年、ヴィルジールの誕生日のお茶会で久しぶりに会った。
ちなみに、初対面は5歳の頃。
マリアンヌが父公爵に連れられて登城した際に引き合わされたのが初対面だった。
初対面の時はさすがにお互いをライバル視するなどなく、平和に終わった。
だが、この10歳の時のお茶会でそれは起こった。
ヴィルジールの誕生日祝いのお茶会なので、マリアンヌ以外にも令嬢や子息がいて、ヴィルジールはなるべく均等に。とそれぞれと少しずつ話して回っていた。
━もちろん、ヴィルジールの側近候補と婚約者候補の選別も兼ねていた。
その思惑を抱いていたのは親達なのだが。━
そんな中、マリアンヌは他の令息令嬢達と楽しそうに話していた。
それを見たヴィルジールが『面白くない』と魔法で手の平に収まる程度の小さい氷を形成し、マリアンヌの後頭部に当てた。
すぐに振り返ったマリアンヌは、周囲の表情や様子から犯人がヴィルジールと分かった途端、睨もうとしたが、痛みが先で涙が流れた。
さすがに声を上げて泣くことはなく、すぐに蹲って痛みが引くのをぐっと堪えた。
眼に涙を溜めたまま。
その間に、公爵夫人であるマリアンヌの母がマリアンヌに寄り添い、ヴィルジールも母である王妃に叱られた。
そして、王妃に無理やり連れて行かれ、マリアンヌの側に着いたヴィルジールだったが‥‥
『謝りなさい』という母の言葉にヴィルジールは初めて反抗した。顔を反らしてむすっとしていたのである。
それぐらい、当時は理由も分からないまま苛立っていた。
仕方なく、王妃が代わりに謝ったが、納得いかないのはマリアンヌだった。
痛みが引いたところでハンカチで涙を拭ったマリアンヌは、今度こそヴィルジールを睨み据えた。
「‥‥殿下。」
「っ!‥‥‥(やっぱり、もうヴィルとは呼んでくれないんだな‥‥)」
「はい?」
ヴィルジールの呟きは隣にいた王妃だけが聞き取れた。
なので、王妃は『え?』と息子を見たら、俯いたその横顔は悲しみに染まっていた。
マリアンヌは聞き返したつもりだったが、俯いまま続きがないことを悟り━
「わたくし、殿下に攻撃される様なこと、何かいたしましたでしょうか?」
「え‥‥?攻撃‥‥?」
今度は目を見開いてマリアンヌに返したヴィルジールを、マリアンヌは変わらず睨んでいた。
その表情を見て、冷静になったヴィルジールはさぁっと青褪めた。
自分がしたことが如何に危険なことだったかと、八つ当たり以外の何物でもないことにも気付いたからだ。
「攻撃以外になんだと仰いますの!?怪我をしていたらどうするつもりでしたの!?」
「‥‥‥」
「‥‥‥謝ることもできませんの?」
「!!‥‥‥」
「そうですか。─では、もう知りませんわ!!」
そう言ってマリアンヌは母親の手を引っ張ってそのまま帰ってしまった。
「(だって‥‥マリアンヌは俺がいなくても楽しそうだったから‥‥)」
再び俯いて呟いた息子に王妃は仕方なさそうに一息吐いたあと━
「それでも、先程の行動がよろしくないのは分かるわね?」
「‥‥はい、母上。」
「なら、どうするのかしら?」
「‥‥会ってくれないかもなので、手紙で謝ります。」
「そうね。─そうしなさい。」
「‥‥はい。」
その後、ヴィルジールは手紙で素直に謝った。
だが、次に会った時にマリアンヌはヴィルジールにやり返した。
もちろん、ヴィルジールと同じく手の平程の大きさの氷魔法だ。
当然、ヴィルジールも痛みが引くまで蹲った。
「どれ程痛かったか、理解しました?殿下。」
「‥‥理解はしたが、納得いかない‥‥」
「殿下は手紙でしたが、確かに謝ってくださいました。けれど、痛みを知らないとまた繰り返すかもしれませんでしょう?─だからやり返して差し上げたのです。」
「!!‥‥俺の、学びのため‥‥?」
「ですわ。」
「‥‥‥じゃあ、ありがとう‥‥と言っておく。」
「はい。‥‥殿下。氷魔法をぶつけた不敬をお許しください。」
「!‥‥ああ。元はといえば悪いのは俺だ。もちろん、許すに決まっている。」
「ふふっ。ありがとう存じます、殿下。」
「‥‥マリアンヌ。」
「はい?」
「これからはぶつけるのではなく、ちゃんと対決にしないか?」
「え?‥‥‥魔法対決、ですか?」
「ああ。どうだ?」
「‥‥‥殿下と対決など、不敬では‥‥?」
「俺から言ったことなんだから、誰にも咎めさせはしない。」
「‥‥‥‥‥ですが、殿下はわたくしが嫌いでしょう?」
「は?」
「久しぶりにお会いした、先日のお茶会。昔はマリィとお呼びくださってましたのに、マリアンヌと呼び捨てに変わりましたもの。‥‥それで、ああ幼馴染も終わりなんだ。と‥‥」
「違う!!」
「え?」
「違うんだ‥‥あれは一応公の場だろう?」
「‥‥はい。」
「だから、王子としてしっかりしたところを見せるべきだと‥‥」
「ですが、現に先程からもマリアンヌと‥‥」
「!!‥‥‥とりあえず、俺がマリアンヌを嫌うことなどない!」
そう言って、ヴィルジールはその場から逃げてしまった。
(昔より更に可愛くなってて、戸惑って呼び捨ててしまったなど言えるか!)
‥‥後に素直に言えばよかったと後悔するとも知らずに。
*****
━そして、現在に戻る。
改めて、何故あの時『昔より可愛くなってて戸惑っただけだ』と素直に言えなかったのかと、その後も何度となく見惚れる事があったというのに、素直になれない自分を呪い続け、後悔し続けていた。
そして、2人は何の進展もなく、関係性が変わらないまま時は過ぎてしまい━
学年末。3年生の卒業式が終わったあと。
ヴィルジールの焦りは日々増していた。
父王から催促されているのだ。
『いい加減、こちらで勝手に婚約者を決めるぞ?いいのか?』 と。
━いい訳がない。だが、自分が頼んだことだ。
だからこそ、ヴィルジールは最後の賭けに出る事にした。
ちなみに、ヴィルジールには学園入学と共に側近がついている前提にはしてますが、全く設定も名前も考えてないので、出しませんでした。