008
ダルマチャクラ鹿島支部の滑走路を蹴り出し、私の駆るナーダタイプのヴァジュラ、エイダは滑らかな動作で飛行モードへと変形し、空へと舞い上がった。翼を広げた鳥のような流麗なシルエットが、宵闇の空に吸い込まれていく。初めての実戦。優雅な飛行とは裏腹に、私の胸には緊張が張り詰めていた。
「行くよ…、お父さん、お母さん。」
飛行モードは広範囲の移動には適しているが、近接戦闘能力はロボットモードに劣る。今日の敵は住宅地に現れた15m級の大型ハジュン。いずれ、接近戦は避けられないだろう。訓練通りに行くのなら接近する雷人くんのアルチスのサポートに徹することになる。すでに前線を構築するためにアルチスに乗る雷人くんは先行している。その雷人くんから通信が入る。
「先に前に出て俺が壁になる。ハジュンはこれ以上先には動かさないぜ!!月華、佐藤さんサポート頼むぜ!!佐藤さんは初めてなんだ、無茶するなよ!?」
「わかってるよ、雷人くん。月華、後ろからの支援はお願いするね。私は雷人くんの援護に回るわ。」
通信機越しに、私は努めて冷静に告げた。飛行形態のエイダは人型と違って、少し動かすイメージを作りづらい。操縦に集中してしまう。
月華の操る紗月は、両腕で保持した高精度長距離狙撃ライフルを、既に捕捉した雑魚ハジュンへと向け、跳躍を繰り返しながら静かにエネルギーをチャージしていた。小型機ならではの高い機動性を活かし、安全圏を確保しながらの精密射撃を行う手筈だ。その連射性と一点集中型の破壊力は、彼女の最大の武器だ。今は標的を狙いやすい高台を探しているところだった。
「了解。雑魚の処理と、大型への援護は任せて。美桜は雷人のサポートを頼むわよ。」
落ち着いた月華の声が返ってくる。出撃前の、確固たる自信が彼女のその言葉には宿っていた。彼女にはこの鹿島支部を一人で守り抜いていたという自負がある。それは月華に揺るぎのない自信を与えていたように感じる。初出撃の私にはそんなものはないけれど、巳垣教官の訓練を思い出し、自分を叱咤する。大丈夫、私もやれる。
飛行形態のエイダが到着する頃には一際早く、雷人くんの駆るアルチスが真紅の機体をブースターの炎で加速させ、凄まじい速度でハジュンの出現地点へと肉薄する。高機動と重武装。両立が難しいその特性を併せ持つアルチスは、まさに戦場の要となる機体だ。両腕に格納された爆砕鉄拳、頭部にエネルギーを集束させる明王破眼、そして一撃必殺のエネルギー砲火炎閃。その豊富かつ強大な火力を活かし、大型ハジュンを足止めし、戦線を押し上げさせないことが彼の任務だ。
「ここから先には行かせないぜ、ハジュン!」
アルチスを仁王立ちさせて雷人くんが吠える。その後ろ姿はこちらから見れば頼もしい限りだ。私は彼のためのサポートに徹するため、初実戦で緊張する頭をどうにかして訓練通りに動けるように頭の中で動きをイメージし、それをエイダにトレースさせる。飛行形態から人型形態へと変形着陸し、前線で何かあった場合に咄嗟に動けるようにする。
その時、住宅街の一角の破壊された家々の隙間から、巨大な異形が姿を現した。その歪んだシルエットは、周囲の建物を容易く押し潰すほどの威圧感を放つ。体長はアルチスとほぼ同じ15m。そして、その周囲には、まるで群がる虫のように10体以上の5m級の雑魚ハジュンが蠢いていた。
「5m級か。こいつは月華の腕の見せ所だな。俺はデカブツ担当に専念するぜ。」
アルチスが、その巨体に肉薄しようとした刹那、無数のエネルギー弾が雨あられのように降り注いだ。雑魚ハジュンのトゥッチャの一斉射撃。直撃すれば、重武装のアルチスといえど、無視できないダメージを受けるだろう。
「ちっ!雑魚の砲撃か!!」
「雷人!避けて!!」
月華の警告とほぼ同時に、私はエイダにイメージを伝え、機体全体から淡い光の粒子を放出し始めた。それは、陽炎のように揺らめきながら、雷人くんのアルチスを優しく包み込む。エイダのコクピット内に静かに、しかし深く私の読経の声が響き渡る。
「オン・アビラウンケン・バサラダトバン…」
それは精神を高め、防御力を向上させる加護の祈り。エイダの光の支援を受けたアルチスの装甲表面には、金色に輝く梵字が浮かび上がり、強固な守りの結界を形成した。降り注ぐエネルギー弾は、アルチスの機体を激しく揺さぶるものの、その防御を貫通することはできない。
「サンキュー、佐藤さん!」
危機を脱した雷人くんの声が、荒々しい息遣いと共に通信に乗る。アルチスは、その勢いを殺すことなく、巨大なハジュンへと距離を詰める。まずは両腕ごと発射する爆砕鉄拳を射出した。爆炎を纏い、勢いよく飛んでいく両の拳は、敵ハジュンへと一直線に飛翔し、鈍い衝撃音と共に強烈な打撃を与えた。
ほぼ同時に、安全圏を確保した月華の紗月が、構えた狙撃ライフルから銃弾を放った。一点に収束された光は空を切り裂き、動きの鈍い雑魚ハジュンを次々と貫いていく。小型のハジュンにとって、その一撃は致命的だ。異形が四方に爆散していく。10体いた雑魚ハジュンは、月華の研ぎ澄まされた長距離射撃によって、瞬く間に数を減らしていく。
アルチスの爆砕鉄拳を受け、巨大なハジュンが異質な咆哮を上げた。その歪んだ体躯は、まるで複数の異なる生物のパーツを強引に繋ぎ合わせたような、見るも悍ましい姿をしている。4本腕にカギ爪を備え、頭部には鋭利な角が幾重にも突き出し、その異形さを際立たせていた。グロテスクな4本腕の巨人、というのが見た目の印象だった。
「15mクラスのハジュン…」
私は、エイダのセンサーが捉えたハジュンの異様な形状に息を呑んだ。間近で見るその姿は、黒く淀んだ禍々しいオーラを放っているように感じられた。
「雷人くん、あれの名前は…」
私の声は、敵ハジュンの雷の如き叫びにかき消された。
「グォァァガァァァッ!!」
「クソッ!硬いぞ!」
アルチスの爆砕鉄拳は確かにハジュンの装甲を削っているものの、決定的な破壊には至っていない。射出された腕を回収し、元の腕に接続すると同時に、アルチスは再び距離を詰めていく。巨大なハジュンは、その巨体を揺らし、太く巨大な腕を4本の腕をアルチス目掛けて振り上げた。その瞬間、アルチスの眼光からが眩い光を放ち、高熱のビームが炸裂した。 相手の腕部を焼き焦がす明王破眼の高エネルギーの奔流。しかし、それでもハジュンの動きは、僅かに鈍っただけで完全に止まることはなかった。逆に振り上げた4本の腕についたカギ爪を振るい、アルチスの装甲を削りとっていく。
「くっ、冗談じゃないぜ!アルチスの装甲をここまで削るなんて。佐藤さんの支援を受けてもこれじゃ、短期決戦に持っていきたいところだぜ!」
雷人くんが苦しげに叫ぶ。その時、私の脳裏に苛酷な訓練の日々、巳垣教官から叩き込まれた膨大なハジュンの情報が鮮明に蘇った。15mクラスの中でも、その異質な形状と、信じられないほどの強靭な装甲を持つ個体…。
「あれは…まさか…クループ・アーツマー!」
私の声は、初めて遭遇する強敵への強い警戒の色を帯びていた。醜く歪んだ魂を持つ幻影。その異名が示す通り、それは並の攻撃では容易に倒せない、危険な存在だったのだ。その直後だった。巨大なハジュン、クループ・アーツマーの無数の鋭い眼が、アルチスではなく、後方に展開する私のエイダを捉えたのだ。まるで、ひ弱な獲物を見つけたかのように。そして、信じられない速度で、その巨体をエイダに向けて動き出した。
クループ・アーツマーは醜い魂といった意味合いを持たせたつもりです。