005
空に浮かぶ雲を二つに割いて、一筋の線になって猛スピードで飛んでいく物体が一つ。それは、鹿嶋市内の住人が見上げて何事かとあっという間に噂になった。空を行く物体は18mの巨体を誇るカーンタイプのヴァジュラ、雷人の愛機アルチスである。光輝く炎の名前は伊達ではなく、それそのものになって空を飛んでいくのだった。その懐には大事に抱えられた3mのパワードアーマー紗月があり、その操縦席には月華がいた。
「しっかりと掴んでおいてよねっ!途中で落としたらタダじゃ済まないんだからっ!!」
「大丈夫!アルチスのアームはいざという時には飛ばせるんだぜっ!」
「何も大丈夫じゃないっ!」
視界はぐんぐんと進み、目的地まで飛び立ってから5分もかからずに着きそうだった。これを陸路で行くとなると、3mの紗月は専用トレーラーを使って運ぶことができるが、アルチスは自力で歩いていくしかなく、市街地に向かうため慎重に動くことになり時間は20分以上はかかる見込みだった。ハジュン災害は到着が遅れることでその被害が加速度的に増えることが知られている。訓練所でそれを嫌というほどに叩き込まれた雷人は、アルチスのカスタムにブースターを取り付けていた。これがあれば、カーンタイプの欠点である移動力の無さを補ってくれる。片道分しか使用できないのが欠点だが、この場合は目を瞑るべきだろうと雷人は思っている。
「よし、ハジュン確認!でかいな、15mはありそうだぜ!」
「周りに取り巻きの小柄なハジュンもいるわけね。そちらは私に任せてっ!!」
雷人は上空から着地ができそうな野原にブースターを逆噴射させて着地する。月華の操る紗月は近くの少し高めになっている丘に降ろしてきて、しっかりと射線を確保している。取り巻きのハジュンはトゥッチャと呼ばれる雑魚ハジュンで、数に任せた攻撃を仕掛けてくる。3mから5mくらいの大きさが一般的で、別のリーダーのハジュンを強化するなど残しておくと厄介な存在でもある。
「周囲の一般人の避難を確認しました!トゥッチャを20体観測、大型ハジュンはラーガドゥッカと断定。」
「なるほどな、これは雷人君が適任になる。よろしく頼む。」
「了解だぜ!」
管制室からオペレータに続き、大川支部長の声が届く。雷人は大きくうなづき、返答した。早速、ラーガドゥッカへとアルチスを向かわせる。15mのハジュンはラーガドゥッカと呼ばれるタイプで、家族や、愛するものがいる相手に呪いをかけてダメージを増幅するという魔力を持ったハジュンだ。見た目は全長15m、幅20mになろうという大きな猛禽類の形をしている。おそらく、足元にあるのが佐藤美桜の自宅だったところだろう。平均的な家屋よりも広い敷地を持っている。門がまえも立派だったろうに、今は見るも無惨な形を残しているだけだ。
「よし!やってやるぜ!!…って、何だよありゃ!?」
雷人が驚き叫ぶのも無理はなかった。大鷹の頭部にガラス状の器官があり、そこに佐藤美桜が眠った胎児のように体を丸めて浮かんでいた。
「こちらでも確認したわ。ハジュンのコアになったってこと?パーパピジャを宿したのね。どこから手に入れたのか知らないけれど、ハジュン教団はホンモノだったってことなのね。」
月華が言ったパーパピジャとは、ハジュンが破壊を尽くした後に現れる紫の森から撒かれる紫の種子のことである。これを宿したものは生物、無生物問わずにハジュンへと変貌する。
「とにかく、これ以上被害を広げるわけにはいかないんだぜ。いくぜ、溶解の嵐、爆砕鉄拳!」
雷人がアルチスを操作し、溶解液の嵐をラーガドゥッカへとぶつける。ジュオゥという音を立てて大鷹の羽毛が焼けていく。そこに切り離されたアルチスの両腕がめり込み大鷹の飛び立ちを阻止した。
「お前の相手は俺だ!どこにも行かせはしないぜ!!」
アルチスの存在を確認し、改めて向き直る大鷹。アルチスより背後から連続した射撃音が辺りに響き渡る。トゥッチャたちへ月華の支援射撃が飛んだ。しかし、月華にとっては予想外のことが起こった。
「嘘、こいつら硬い!私のライフルじゃ一撃じゃ倒せない!!」
今までのハジュンは一撃で倒してきた月華が狼狽える。20体全てに命中弾を当てているが、そのどれもがまだかろうじて動くようだった。
「大丈夫だ!アルチスの装甲はそんじょそこらのハジュンの攻撃では落ちないぜ!次の攻撃で仕留めてくれ!俺はこのまま敵陣に突っ込む!!」
宣言通りにアルチスを前進させる。周囲のハジュンたちから攻撃が殺到する。しかし、アルチスは分厚い装甲に任せて強引に一歩一歩と踏み出していく。無論、無傷では終わらないが、致命傷には程遠いダメージだ。しかし、ラーガドゥッカの巻き起こす魔性の風は一味違った。風に乗って抜け落ちた羽が刃の如き鋭さで何十本と襲いかかってきたのだ。そして、それは装甲に突き刺さると爆発を起こした。
「ぐっ!?くそ、ミサイルみたいだぜ!!お返しだ、明王破眼!!」
アルチスの眼から放たれる光の筋がラーガドゥッカを焼いていく。「キェェェェ」と甲高い鳴き声を叫んで苦しみを表しているようだ。それに合わせて、頭部の美桜も苦しげに悶える。
「マジかよ、繋がってるのか?どうすりゃいいんだ、佐藤さんを助けるには。」
「とりあえず、周りの雑魚を倒すわ。話はそれからにしましょう。」
月華が宣言し、ライフルを連射していく。先ほどは一撃では倒せなかったものたちが、2発目以降を受けて紫の影に分化して消えていく。
「これで、だいぶ静かになったわ。どうするの、彼女の救出は作戦の中には入ってないわよ。」
「あの頭以外を攻撃して助けられると思うか?」
話している間にもラーガドゥッカの攻撃が続き、両腕をクロスさせてガードで凌いでいる。アルチスの装甲は爆発でボロボロになっていく。一際大きな爆発が起こり、操縦席が大きく揺さぶられる。中の雷人も強い衝撃でヘルメット越しとはいえダメージを受けた。目の前がぐにゃりと歪むが、すぐに元通りになった。だが、このままだと長期戦には耐えられない。紗月からの射撃も合わさり、大鷹にもダメージが積み重なっていく。このまま行けば、戦いに勝つのは雷人たちだ。だが。
「俺は、助けるぞ!何のためのヴァジュラだッ!何のためのヒーローだってんだぜぇぇぇぇ!カルマドライブ全開!120%で頼むぜぇ、アルチスッ!!」
雷人が轟き叫ぶ、カルマドライブが激しく回転し、描かれた写経が1分間に何千回転もする。その功徳エネルギーが操縦桿を通し、雷人に輝きを与える!アルチスの本分は守りではなく攻撃!黄金に輝く両腕が大鷹の胸を貫き動きを止めた。胸部装甲が白熱し大出力の熱量を発生させる。必殺の火炎閃が頭部と胴体を切り離した。
「おっと、15m落下して流石にただじゃ済まないだろうぜ。」
「あなた、本当に器用ね。そんな精密にカーンタイプを動かせるなんて。」
市街地で戦っていた割には、損害は微小だった。紗月のライフルは特定のピンポイント攻撃が得意だから、納得はできた。それでも一般的な見方からするとかなり異常なのだが。しかし、雷人の操るアルチスはそれを上回って異常だった。移動経路、攻撃視野、破壊した対象の崩れる方向などなど、まるで計算に含んだかのように損害を出さないように攻撃し、防御していた。
「俺が目指すのは、皆を助けるヒーローだぜっ!その為には、周りを壊してちゃ世話ないからな!!」
言い切るライトだが、それがどれだけ異常なのかはサドゥーとしてヴァジュラを操るものなら誰でもわかる。ミニチュアの市街地の上で攻撃してくる同じくらいの相手にドッジボールを当てて倒す。ミニチュアには被害は出さないように。そんなことをしてのけたのだ。
「なるほど。巳垣君が傑物だと褒めちぎっていたわけだ。」
「巳垣さんて、確か本部で新生サドゥー相手に訓練をする教官をしている…?」
大川支部長の独り言に、近くのオペレータが目を丸くして反応する。
「そう、あの名物教官が太鼓判を押していたんだ。この目で見るまでは信じられなかったが。なるほど、乾君の弟だな。」
感慨深げに大川支部長がつぶやいた。鹿嶋支部を守り抜いた英雄の弟は、大器を感じさせる人物だった。
雷人はアルチスの手のひらを地面につけ、緊急用のタラップで降りてくる。しゃがみ込ませても地表6mは下らない。風が吹けば、それだけで肝が冷える。
「くぅ!緊急用のタラップなんて使うもんじゃないぜ!おおい、佐藤さん!大丈夫か!?」
近くに来た紗月から月華が抜け出してアルチスの手のひらに登ってくる。
「とりあえず、息はしてるわね。脈拍も正常みたいだし、ひとまず助けられたんじゃない?あなた、本当に大したサドゥーだわ。噂に聞く聖人さん?」
ダルマチャクラ内で、というよりもサドゥーの間で噂になるハジュンを破壊し、救うべきものを救う聖人がいるという噂のことを月華が雷人に言った。
「いや、そんなんじゃないぜ。ただ、カルマドライブの出力を上げてぶった斬れば、イケそうな気がしたんだぜッ!」
「あんた、天然なの?それでいけると思った理由が浅すぎるでしょ!?」
雷人の言い分に流石に呆れて、紗月の中に戻る月華。去り際に雷人に伝えておく言葉があった。
「見て、雷人。この夜景、あなたが守ったものよ。」
「…おう!」
顔を上げると、そこには人の営みが光り輝いていた。その数だけ、自分が救えたのだと思って。雷人は胸中で兄にやり遂げたことを告げたのだった。




