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カルマドライブ  作者: めーた
カーンのサドゥー
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004

 佐藤美桜は人気のない暗くなった帰路を歩いている。点々とつく街頭は不安を感じさせる暗さ。その中を美桜が歩きながら考えている。考えの中心は雷人のことだった。


(乾くんは、わたしのことをよく知らないから、ああ言うふうに接することができるだけよ…。すぐに他の人たちと一緒になって私のことなんて無視するに決まってるよ)


 次の曲がり角を曲がれば、自宅に着いてしまう。自宅には帰りたくなかったが、助けてくれる友人も今となってはいない。曲がり角前で立ち止まる。だが、何もできることが無いのを思い出して、諦めて家に向かって再度歩き出した。

 美桜の家はここら辺では大きい部類に入る。門があって、複数台の車が美桜の目に映ったが何台あるかは興味はない。3年前から「教団」の道に入った両親に無理矢理入信させられたが、自分はなるべき関わらないようにしていた。それでも、噂がすぐにたち自分はクラスで排斥されるようになった。当然だと思う。怪しげな薬を飲んで、よくわからない祈祷の言葉を叫びながら一心不乱に拝む姿を見ていれば、自分の親でも縁を断ち切りたいと思う。断ち切れないのは、自分の持病だった重度アレルギーが教団に入ってしばらくしてから治ったこと。治してくれたのは医者だと思っているけれど、それに費やした時間とお金は簡単に集められるものじゃなかった。自分のために動いてくれたことは間違いなくて。その事が両親の愛の形だと思えるから、家出などもせずに惰性のままこの家に帰っている。


 玄関をあがり、何かの儀式の準備をしているらしい両親を含めた信者が8人ほどいた。その中の父親が美桜に声をかけてきた。


「おかえり、巫女よ。今日は遅かったな。もうすぐお前の出番だ。支度をしてきなさい」

「お父さん、わたしはしないよ。前にも言ったよ。お父さんたちの信じてるものを否定はしないけれど、私は私だよって。」

「ダメだ!今日はお前に行ってもらう降臨の儀がある。これは上の方から賜った大事な儀式だ。できないと言うわけにはいかないのだ。皆、手伝ってくれ!!」


 8人がかりになると、流石に美桜は抵抗する気もなくなり隣室の中で巫女の装束とやらに着替えていた。黒一色に見えるが、紫の光沢のある部分が縁を飾っている。この装束に腕を通すたびに自分がなりたくもないものになったという事実が積み重なって、教団の1人になった気がしてくる。

 着替えて出てくると、周囲の信者たちから歓声が上がる。その歓声のテンションと逆に美桜は沈んでいく。

 

父親が何か得体の知れない紫色の粉末を皿に入れて持ってきた。


「さぁ、巫女よこれを飲みなさい。降臨の儀に必要なものだ。これを飲むことで御神体がお前の体に宿り、神聖な体となるのだ。」 


 そう言いながら、粉末を水に溶かして紫色の液体をグラスの中に作り出す。父親が左手をあげると、周りにいた信者が羽交い締めにするなどして拘束した。美桜は逃れられないと悟り、涙が流れた。それは、自分に優しかった父も、助けてくれる母もいなくなったことに対してだった。


「巫女よ!おおッ!巫女よッ!我らの神となりたまえッ!!」


 大声で歓声を上げる父母を含んだ信者たちの声を聞きながら、美桜は意識が溶けていくのを感じていた。



*****

 薄暗い密室の中に、まばらに光源が焚かれている。灯りはオイルランプのようであり、点々と部屋の中を照らしている。その中に薄暗い故に判別がつきづらいが、40代と思われる男性の声と、20代後半の女性の声が聞こえていた。


「鹿嶋の御神体降臨の儀はどうなっているかな?折笠君」


 40代の男性が落ち着いた低めのトーンで語りかけた。女性の方も返答する。


「滞りなく進んでおります。今日中には巫女に宿らせる手筈となっています。」


 その答えを聞いて、男は口元をニヤリと歪めた。


「そうか、鹿嶋のダルマチャクラ支部が壊滅できれば海よりの来訪が容易になる。そのために色々な根回しもした。3年前の失敗は許されん。」


 鹿嶋支部への侵攻を極端に抑え、裏から配置されているヴァジュラの数を減らすように働きかけした。予想外だったのは、突出した人員の1人が原因でほとんどのサドゥーを派遣元に戻らせることになったが、結果よしと言えた。ここにきてヴァジュラを追加で1機配備されたのが痛手だったが、1機では大した違いにはなるまいと男は踏んでいる。


「心得ております、阿久津様。それでは、失礼します。」


 女が暗い室内から消えるように去っていく。ドアがどこかで動いた音がしたがこの薄暗がりでは判別もつかなかった。残された男は、前祝いだとばかりに近くのボトルからグラスへと酒を注ぐと、一気にあおったのだった。


*****

 モヤモヤを抱えたまま雷人は月華と訓練をしていた。今回は実機によるシミュレーション訓練だ。ダミーへの攻撃などを想定しているが武装はロックされた状態になっており、射出した攻撃などは全てVR上の対象を破壊する仕様となっている。実機で動かす訓練はシミュレータでは培えない経験などををするためにあった。

 コックピットに映る敵は10体、過去の3年間にこの鹿嶋支部へと襲ってきているハジュンと同タイプをシミュレートしている。10体程度ならば、月華が操る紗月の的にしかならず、1撃で粉砕していくため雷人が暇を持て余していた。

 

「月華よぉ、これじゃ俺の訓練にならないんだぜ。」

「私の訓練にはなってるけれど?」


 いや、そうじゃない。と言う言葉を飲んで、周辺警戒をする。どこからハジュンが現れるかはわからないからだ。しかし、警戒は空回りし、第一訓練は終了となった。


「結局、俺の当てた攻撃は2回か。めちゃくちゃ当ててないぜ…。」

「仕方ないじゃない。当たる相手が悪いのよ。」


悪びれもせず、さらっと言ってのける月華。コックピット内に内部カメラからの映像で、したり顔の月花が映り込んでくる。


「まぁ、いいんだぜ。俺のアルチスはタイマン仕様だから!大型ハジュンが出てきた時が、俺の出番だぜ。」

「…そうね、大型ハジュン。実はここって大型ハジュンが滅多に現れないのよね。だから、私1人で守れてるんだけれど。いざとなったら、近隣支部から応援を呼ぶ手筈にはなってるけれど、そんな事態になったことないわ。」

「うぇ?それって、俺がいる意味あるのか?いや、0じゃないだろうけれどさ。うーん、悩むぜ。」


 管制室から、声が割って入る。大川支部長だ。


「悩むことはない、雷人君。そもそもが、1人体制で守っていたことが異常なのだから。可能なら、あと1機は欲しいところなのだが、蓮沼君が全てに対処できてしまうが故に、都合がつかんのだ。君をこちらに配属してもらえたのも、1年嘆願し続けて、ようやくと言ったところだからな。」


 支部長の苦労を感じる雷人だった。この場合、月華が悪いわけじゃないところもポイントだった。何せ、彼女はただひたすらに優秀なだけであり、彼女がいなかった場合、この支部には何体かのヴァジュラがいただろうが、月華のように一撃で仕留めるほどではないだろう。損害もそれなりに出ていたと思えば、やはり彼女が優秀すぎたが故の悲劇とも言える。


「とりあえず、一旦休憩にしよう。30分後に、別パターンのシュミレートを行う。では、解散。」


 とはいえ、30分の休憩なら操縦席のままの方が楽という話で、雷人は操縦席にもたれかかっていた。ふと、思い出したように月華に話しかける。


「月華、佐藤美桜って女の子知ってるか?」

「美桜?美桜なら私の中学生からの同級生で、今も一応同じクラスよ。学校には行ってないから、最近はあってないけれど。」


 それを聞いた雷人は佐藤美桜が取り巻かれている状況を説明した。


「あぁ、なるほど…。あの子の両親、彼女のアレルギーを治してあげたくて色んなことをしてたわ。病院を変えて遠くの方まで足を運んだりしてたらしいもの。でも、まさか新興宗教にまで手を出してたなんてね。ハジュンカルトでしょう?悪質なところは本当にハジュンを御神体として崇めてるらしいわね。現世御利益がどうとか知らないけれど、絶対に何かに騙されてるわよ。」


 ざっくりと切って捨てる月華。概ね同意なのだが、雷人は月華に胸の内をこぼした。


「佐藤って、あいつ自身は信じてないんだと思うんだぜ。だから、親に振り回されてるだけで、なんか可哀想でさ。」

「ご両親も、何かグッズみたいなのを買って美桜が治ってから、傾倒してったみたいだったからね。何もなければ、あんな風にならなかったんでしょうけれど。」


 二人の会話の糸が切れたところで、大きな警報音が鳴り響く。ハジュン出現の警報音だった。二人が操縦桿を握り、カルマドライブの出力を安定状態から、戦闘移動状態へと増大させる。

 大川支部長から、マイク越しに操縦席に声を響かせる。


「二人とも、緊急出動だ!場所は鹿嶋市市街。まずいぞ!あのあたりは民家が多い!!気を付けてくれたまえ!!詳しい情報はそちらのマップへと転送する!」

「周囲民間人の避難開始!避難完了まで20分と思われます。エリアでの戦闘可能区域を割り出しました!ハジュンを誘導して戦ってください。」


 管制室のオペレータが状況を説明し続ける。


「緊急出動だな!アレが火を吹くぜ。管制室、ブースターの着用許可を!それを使って、紗月ごと現地まで吹っ飛んでいくぜ!!」

「ブースターの着用は許可。ただ、紗月を保持して行くというのは…。」

「落としたりしない!信じてくれ!」


 管制室ではそのような前例がなく、どうするか迷っているようだった。大川支部長は結論を出し、雷人へ告げた。


「いいだろう、雷人君。責任は私が持つ!やりたまえ!蓮沼君、いいか?」

「もちろん!一刻でも早く辿り着けるなら、その方がいいわ。」


 18mの巨人に巨大なブースターを取り付けていく。18mクラスのヴァジュラの設備がないため、膝立ちで高度を下げて取り付けを行っている。ところどころ、紗月がサポートしている。


「早めにアルチスのハンガー作ってくれよな、大川支部長!」

「もちろんだとも。急ピッチで急がせるとするが、今は目の前のことを頼む。」

「了解だぜ!詳しいマップも受けとったぜ。月華も場所の確認はOKか?」


 しかし、月華の応答が返ってこない。どうしたのかと疑問を抱いていると、月華が彼女らしからぬ叫び声をあげた。


「大変よっ!この場所って、美桜の自宅付近じゃない!!」

「何だって!?それじゃ、早速飛ぶとするぜ!!しっかりと捕まってろよ、紗月!!」


 背中に増設した巨大ブースターが炎を上げる。急拵えの発射場に大量の熱と炎が吹き荒れる。


「飛ぶぜ、アルチス!」


 雷人の掛け声と共にブースターからの炎は一直線に飛び上がり、市内へと方向を変えて見えなくなっていくのだった。

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