003
シミュレータでの腕試しを終えた月華と雷人の2人は、隣の司令部へと移動した。司令部側には多くの人間がおり、雷人はサドゥーの詰め所が月華の専用の棟になっていたことに気づき、異様な場所だったことに改めて気づいた。
「まぁ、今日から俺がそこに入るわけだから専用じゃないか。」
「なに独り言を言ってるのよ?さぁ、こっちの部屋よ。」
自動ドアが開き、管制室が見える。何人かのオペレータが月華に手を振ってくる。月華もそれに手を振りかえした。
「蓮沼君。随分と遅い到着だったが、何かあったかね?」
室内でダルマチャクラの制服を着た50代の男が月華に問いかけてきた。黒を基調とした制服に幾つかの金の線が走っている。雷人は線の数からここの司令部の長だと把握した。
「いいえ、ちょっと新人の腕前を確認してきただけですよ、大川支部長。」
月華が目の前の男性へと返事する。それに片眉をあげて大川支部長はため息をついた。
「それで、君の目から見た新人はどう映ったのかな?」
「かなりの大物ですよ、安心して私も眠ることができそうです。ね、雷人君?」
月華はにんまりとした笑顔をして返す。そのやり取りで、自分が話す番が来たと思い雷人が挨拶をした。
「本日からここでアルチスのサドゥーとなります乾雷人です。よろしくお願いします!」
雷人が礼儀正しく深々と礼をしながら自己紹介をした。
「このご時世、立派な挨拶ができる若者だな。あぁ、いや嫌味ではないよ。ここダルマチャクラ鹿嶋支部は君を歓迎する。」
そう言いながら、大川が握手を求めてきたので雷人もそれに右手を出して固い握手を交わす。
「君が乾綾人の弟か。綾人君は立派にこの地を守り抜いて戦い抜いた…。確か、君の方からこの支部への配置を願ったのだったね。理由を聞いても?」
手を離し、大川が雷人へと声のトーンを落として尋ねた。雷人は、胸を張りながら答えた。
「俺の兄さんが守っていた場所を、俺も守ろうと思ったんです。親は反対しましたけどね。でも、俺の決意は変わらないです。」
大川の目をまっすぐ見て、雷人は自分の心情を告げた。大川が考え込むように少し黙り、そして雷人に話した。
「そうか。この支部の内情は蓮沼君から聞いたかもしれないが、3年前の襲撃によってサドゥーは壊滅した。だが、ここは海上から襲ってくるハジュンも多く、街中で発生するハジュンも少なくない。正直、蓮沼君だけに重荷を背負わせるのが心苦しかったところだ。君がいてくれることで、我々は大いに助かる。実戦経験はまだのようだが、訓練所での成績が優秀だったことは聞いているよ。君には大いに期待させてもらおう。」
大川は苦々しい顔を作り、その後に表情を和らげて雷人の肩に手を置いた。雷人の方も力強くうなづき返した。
*****
司令部での挨拶も無事に済み、支部内にある宿舎へ荷物を置いて身軽になった雷人は支部の見学をしていた。
「そういや、俺のアルチスはどこにあるんだろうなっと。シミュレータと同じなら、ここら辺にあるんだけどな」
整備場にあると思って、あちこち歩いていると月華が佇んでいるのを見かけた。
「お、月華じゃないか。俺のアルチスがどこにあるのか知らないか?」
「ああ、あなたの機体ならこっちにいるわよ。ついてきて。」
整備場の奥に行くにつれ、月華の愛機ならば10体は軽く収容できそうなガレージに足を踏み入れる。すると、そこには雷人が探していた愛機の姿があった。横たわるヴァジュラは18mの大きさを持ち、横たわった状態で高さも3m以上ありそうであった。
「この機体でしょ?あなたの機体って。」
「その通りだぜ。アルチス、輝く炎って意味だったはずだぜ確か。俺向けにカスタマイズしてもらってるから、通常のカーンタイプと武装とかちょっと違うけれどな。」
その巨体を見上げるが、月華にはその違いはわからなかった。だが、思うところがあり月華は雷人に話しかけた。
「私ね、実を言うとあなたの機体が羨ましいの。自分で言うのもなんだけれど、私は優秀なサドゥーだわ。でも、みんなを守るためにはヴァジュラの力って絶対よね。よく言われたのよね、適合するカルマドライブがもっと強い物だったらよかったのにって。」
月華の愛機である紗月は型が出力の弱いカルマドライブ用に設計された物だった。もっと強い出力のカルマドライブの機体に乗れていたのなら、ハジュンを圧倒することもできたかもしれない、そう評価されることが多かった。派遣されていた別の支部からのサドゥー達を半ば強引に返して自分1人で戦っていたのは、ある意味では自分の意地を通すためだったところもある。
「本当なら、連携を取るべきだったんだけれどね。でも、我慢できなかったところもあるのよね。だから私は1人で戦ってた。あなたのお兄さんは皆で戦っていたのにね。」
「そうだな。兄さんならそうした。でも、月華はそうじゃない。それでいいんじゃないか?俺だって、そんなふうに言われて我慢できるかはわからないぜ。そこを自分の意地を通せたことに驚きだけどな。あの大群相手の銃捌きを見たら納得したぜ。あんだけ戦えるなら、大口叩いても許されるぜ。」
カラカラと笑いながら雷人が月華に言った。大群相手に下がることなく撃退してみせた技を思い出しながら、雷人は笑った。それに驚いた表情で月華がつぶやく。
「てっきり、機体の差が戦力差じゃない!とか言われると思ったけれど。でも、あなたに言われたならちょっとスッキリしたわ。これからよろしくね。」
「こっちこそだぜ。」
そう言って2人は拳を握ると、軽くぶつけ合った。
翌日、雷人は高校へと登校していた。坂の上にある高校で、地味に膝に疲れがくる。登りきったところで、バスが通過して行った。雷人が見ると高校の送迎バスのようだった。中から、同じ制服の高校生が降りてくる。
その中で、周りから浮いている女子生徒がいた。どうも、周りの輪の中から外れていると言うか、少し間を開けられているといった感じで歩いていた。気にはなったが、まずは職員室であれこれとやらなければいけないことがある。ならばちょうど良いと、職員室をその少女に聞いてみることにした。
「ごめんな、今日からこの高校に通うことになったんだけれど、何がどこなのかさっぱりでね。職員室がどこにあるか聞いてもいいかい?」
不意に声をかけれた少女は、急なことにびっくりしながらも職員室を教えてくれた。ふわっとしたボブカットの髪型も雷人の中で好感度がググッと上がる。
「1Fの靴箱で履き替えたら、右に進めば職員室だよ。それより、私にあまり話しかけない方がいい…よ。」
「なんでだ?」
「その、あまりいい噂が立たないからだよ。ごめん、もう行くよ。」
そう言って、少女は雷人から離れていった。
あまりに突然に会話を打ち切られたことに呆然としていると、雷人に話しかけてくる男子生徒がいた。
「あのさ、君って見ない顔だけれど転校生かい?佐藤美桜にはあまり関わらない方がいいよ。あいつの家ってハジュンを祀ってるおかしな家だって噂なんだ。」
「ハジュンを祀るって、新興宗教のアレか?もしかして、バスでやたら浮いてたのって。」
「そう言うことだよ。家じゃ姫様とか巫女様って呼ばれてるらしいから。君も、あまり近寄らない方がいいと思う。それじゃ、僕は自分の教室に行くから。」
内心、なんだかモヤモヤしたものを抱えて、雷人は親切な男子高校生に別れを告げて職員室へと急ぐ。名前を聞くのを忘れたが、縁があればまた会うだろうと思う。
職員室で諸手続きの説明を受けて、自分がサドゥーだと言うこともわかると、先生達から拍手が湧き起こった。鹿嶋支部のサドゥーが1人だと言う話は知られていたらしい。そりゃ、1人しか守り手がいないなんて知ったら、守られてる側の一般人としては気が気ではないかもしれないな。
よく聞けば、蓮沼月華はこの学校に席だけはあるらしい。自分と同学年の1年生。難儀なことをしてるな、と月華に対して思う雷人だった。
2Fに上り、1年3組の教室に先生と一緒に入る。先生は小林美穂という40代の女性で、ショートの髪型も相まって朗らかな雰囲気の人だった。緊張していた雷人は気分が落ち着く人だなと第一印象を抱いた。
朝のホームルームで簡単に自己紹介をしたが、その時に雷人は驚く羽目になった。朝の少女がこのクラスにいることに気がついたからだ。
(確か、佐藤美桜だっけな。ハジュンカルトって言うと、正直いい思いはしないな。俺たちが戦ってる敵を崇めてるってわけだろ?)
しかし、儚げなところがある美桜に対して、怒りを感じるかと言われると不思議とそこまでの感情は湧かないのだった。どちらかといえば、なぜか哀れみを感じる。その感情の出所がどこなのかはわからなかったが。
昼休みになり、各々が散る中でその場の主役は雷人だった。何せ、朝のホームルームで小林先生が盛大にサドゥーだということを発表したからだ。その時のクラスのざわめきは隣のクラスから別の先生が何事かと覗き見に来るほどだった。
「乾くん、サドゥーって大変?怪我とかしないの?」
「乾氏ッ!乗っている機体は何型でござるかッ!?」
「乾クンって、何か好きなことってあるのー?」
「大変だけれど、やり甲斐があるってやつだぜ!怪我は滅多なことではしないぜ。」
「俺の乗ってるのはカーンタイプのカスタムだぜ!名前はアチルス!!どこかで見たら手を振ってくれよな!!」
「好きなことっていうと、キャンプかな。大勢で行くのも楽しいし、1人で静かに焚き火を見てるのも心が落ち着いて良いんだぜ!」
四方六方からの質問攻めになり、一つ一つに答えていく律儀な雷人であった。その輪の中から外れて、コンビニで買ったようなパンを食べている佐藤美桜が何故か気になってしまってしょうがなかったが、自分から声をかけるほどではなく、昼休みが過ぎていくのだった。
いわゆる陽キャに分類される雷人だが、チャラいのとは少しベクトルが違いっていて、そちらの界隈は喋っていてズレを感じたらしく放課後になる頃にはヴァジュラ乗りというところをイジってくるくらいの距離に落ち着いていた。雷人が馬鹿正直すぎるのもあるが、基本は礼儀正しい真面目系なのである。
どちらかというと、ヴァジュラの機体を知りたがったオタクっぽいのと話が噛み合っていたりもする。やはり、自分のしてることを理解してくれている相手とは話が弾むし、サドゥーあるある話などで盛り上がってくれるのも楽しかった。
「ま、マジでござりますか!市内を破壊せずに歩けるだとっ、鹿嶋支部の精鋭は化け物かっ!?」
「いや、基本で教わる内容だぜ。」
「それは模範解答だよぅ、乾氏。カーンタイプって言えば、全長18mの大巨人。6階建てのマンションが歩いてるのに何も壊さないとか、怖っ。」
放課後、雑談をオタク系男子と話していたが帰りに職員室によるように小林先生に言われていたのを思い出し、慌てて別れて職員室に寄る。
「いらっしゃい、乾くん。渡すものがあったからね。えーと、保護者の方へ渡して欲しいものなのだけれど。」
「あー、保護者はいません。3年前に兄さんを亡くしてから、いわゆる天涯孤独ってやつなんで。」
バツの悪い顔をして小林教諭が思い出したようにトーンを落として喋り始めた。
「そっか、乾綾人さんね。私も名前は覚えてるわ。最後まで撤退することなく、守り切ってくれた我が市の英雄よ。」
「兄さんを覚えておいてもらえて、こんなに嬉しいことはないっス。一応、保護者という事でダルマチャクラの人に代行してもらってるんで。」
「なら、各書類はそちらにお渡ししてもらえるかしら?こんなこと言うのもなんだけど、応援しているわね。何かあったらぜひ言ってね。」
ニカっと笑顔を浮かべて、雷人は「ありがとうございます!」と大きめの返事をして、職員室を後にした。
夕暮れの時間となり、熱心な部活以外は大体が帰り支度をしている時間だ。雷人はうっかりと、カバンを教室に置き忘れていたので取りに戻るところだった。
誰もいないだろうと思い、ドアを開けると佐藤美桜が自分の席に座ったまま、夕陽を眺めていた。その横顔は、憂いを帯びていたが何か絵になるような姿だと雷人は感じていた。
「佐藤さん、だっけな。朝はありがとうな!あれ、教えてもらわなかったら見当違いのところに行くところだったぜ!」
努めて明るく振る舞う。校内で聞いた噂が脳裏にチラつくが、あえて忘れることにする。
「乾くん…。あなたは、私のことを気持ち悪いと思わないの?」
「なぁ、俺もサドゥーの1人として話すけれどさ。佐藤さんはハジュンカルトの雰囲気が無いんだぜ。あいつら、熱心になればなるほど現世利益を追求するから、どんどん傲慢な性格になってくもんだぜ。佐藤さんからは、そういうのを感じないんだぜ。」
雷人の言葉を受けて、微かに笑顔が浮かぶが、すぐさま仮面を被ったかのような無表情になる。
「そう。でも、私が信じてようがいまいが、周囲は私を信者だと見なすよ。ハジュンなんて、人間の敵を神様だと思って崇めてるよ。」
何かひどく疲れたような顔をして、彼女はつぶやいた。
「もう、わたしどうなっても良いのよ。だから、私にかまわないで良いのよ。」
言うだけ言ったとばかりに、美桜は教室から雷人とすれ違って出ていく。後には、雷人だけが残った。外は夕暮れから、夜へと変わりつつあった。