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明るい白の壁の廊下を2人が歩いている。長い髪をポニーテールにした少女の月華と少し遅れたところを緊張気味に歩く雷人だった。歩きながら、先に挨拶するところとかがあると思う雷人だったが好奇心が抑えきれずに先をゆく月華に着いていく。
「あのさ、俺さっきの迎えの車で行くところと別のところに来てないか?」
「そうなの?まぁ、ここが主な職場になるから今知っておいても損じゃないわ。支部長とかへの挨拶はその後でも十分よ。」
内心、そうなのか?と呟いてしまうところだったが、とりあえずは短時間で終わると踏んで月華の後ろについていく。少し歩くと、ドアがありそこを開くと10人前後なら軽く座れる広めの部屋に出た。10人分の机と椅子があり、今は使ってないと見えて少し埃が溜まっているように見えた。一箇所だけ机の上にノート型PCがあり、そこが月華の場所なのだろうと察した。
「奥の部屋に訓練用のシミュレータがあるわ。そこで腕試ししましょ?もう1人のサドゥーがどのくらいの腕を持ってるのか分かれば、私も安眠できるしね。」
月華が奥の部屋を指差し、雷人を連れていく。そこにはヴァジュラの操縦席を模した作りになっている装置が6台置かれていた。雷人が訓練所で使っていたものと同じもので、確認してみると雷人のヴァジュラと同じアーキタイプも登録されていた。
カルマドライブのエネルギー出力は完全に個体差が出る不安定なもので、それに合わせた設計を行うので量産が難しい側面がある。それでも、ある程度までは出力範囲があるため型が設計され、それを個々に調整することで仕上げていた。シミュレータはそのアーキタイプのところまでが設定されており、実機とは違うがある程度までは感触を掴めるものとなっていた。
「いいぜ。俺のカーンタイプもあるしな。挑戦を受けてたつぜ!負けても泣くなよ、月華?」
「泣くのはどっちか、すぐにわかるわよ。伊達に、ダルマチャクラ鹿嶋支部の守備範囲を1人で守ってないからね。」
ダルマチャクラはハジュンが出現を確認された直後に存在を公式に表し、ヴァジュラ作成のノウハウを各国に公開した。公開理由は単純で、カルマドライブは適合者がいなければその無限のエネルギーを発揮することは叶わず、広く適合者を探すためとされている。各国でヴァジュラ自体は量産されているものの、適合したパイロットが不足しているのが現状となっている。
適合者の判定は少量の血液でできるため、現在のダルマチャクラ設置国は15歳までの判定を国民に義務つけている。日本の場合、15歳未満に適合が確認された場合はサドゥーとしての登録は免除されおり、戦場に立つことはない。しかし、15歳からは適合者はサドゥーとして適合され、ヴァジュラに搭乗する義務が発生する。雷人も月華も2人とも16歳であり、ヴァジュラ搭乗の義務があった。2人とも、義務だけではなくそれぞれの理由を持って搭乗していたが。
「準備OKだぜ!」
「それじゃ、5秒後にスタートよ。」
雷人の声に月華が答えた。コクピットに座った雷人はVRゴーグルを被り、視界は鹿島支部をシミュレートしたものになっている。訓練場の外に出たりすることも可能だが、ある程度以上の距離を離れると敵前逃亡と見做され、敗北判定となる他、可能な限り施設や家屋などを破壊しないように設定されているため、建物損壊率などが勝敗に絡んでくる。視界の中に示されたカウントダウンが0になり、勝負が開始される。今回の勝利条件は、出現ハジュンの殲滅というシンプルなものになっている。当然、撃破数や機体損壊率、建物損壊率などが数値化され勝敗を決することになる。
「よし、俺の愛機と大体同じだな。シミュレータのカーンタイプって感じだぜ。これなら慣れてるからイケるな。」
カーンタイプは公開時期がダルマチャクラ黎明期に公開されたものでありながら、カルマドライブの適合率がかなり低く、量産はされていないタイプである。
不動明王の梵字から取られた名前を持ち、分厚い装甲と18mの全長に相応しい強力な出力を余すことなく使用できる武装を装備している。シミュレータの装備は両腕部を射出攻撃する「爆砕鉄拳」、目から破壊光線を放つ「明王破眼」、敵対した相手の装甲を溶かす「溶解の嵐」、胸部装甲を白熱させて熱線を放つ「火炎閃」の4種類が装備されていた。強力な攻撃能力と装甲で1対1の戦いを得意とする機体である。
「建物は破壊しないように歩かないとな。実戦で人の家を潰すのも勘弁したいもんだしな。」
カーンタイプは18mの全長通りに巨大な人型兵器である。横幅もそれなりにあるため気をつけて進まないとあっという間に瓦礫の山を生むリスクを持っている。倉庫のハッチを全開にし、横たわった状態から立ち上がった鉄の巨人を雷人は慎重に操作をして訓練場まで歩ませた。
「遅かったわね、先に始めてるわよ?」
銃の発射音が連続して鳴り響き、訓練場に近づいていた鳥型のハジュンが次々に撃墜されていく。遠目から見て、全長が3mあるハジュンでよく見られる数で攻めてくるタイプのハジュンだった。
音の正体は月華の操るジョティカヴァチャタイプのヴァジュラが両手に装備した巨大ライフルを連続して発砲していた音だった。気づけば、月華の機体は近場の建物に登って屋上から射撃していた。全長3mの機体の弱点を建物に乗って車線を確保していたのだった。
「ずっりーっ!それ、カスタマイズしてあるじゃねーかっ!?」
雷人が言った言葉の真意は月華の機体の装備にあった。月華の乗るジョティカヴァチャタイプはサンスクリット語で光輝く鎧を意味する。3mとヴァジュラとしては小柄な大きさで、適合者が比較的多い出力のカルマドライブを搭載しているため量産されている。通常のジョティカヴァチャは雷人の兄、綾人が使用していたように日本刀を模したものを装備しているのが通常使用だが、月華は大口径のライフルを2丁持つというスタイルに変更してあった。
「仕方ないでしょ、あなたの機体データ私知らなかったもの。」
連続して放たれる銃撃は的確にハジュンを次々と倒していく。このままだと倒す敵が無くなると焦り、雷人は両腕を前に突き出す構えをカーンタイプにさせる。前腕部の継ぎ目から炎が噴き出て切り離される。そのまま、1匹の鳥型ハジュンを放たれた両腕が貫き大きく弧を描いて戻ってくる。指先から炎を逆噴射させるようにして元通りに腕が接合される。
雷人が1体倒すところで、月華は5体倒していた。圧倒的な差が生まれていた。焦りを募らせるが、雷人の操る機体は1対1の戦闘が得意であり、多数を相手にするには向いている武装が搭載されてなかった。
「くっそー、せめて俺のアルチスならなぁ!言っても仕方ないか!!」
雷人がVRゴーグルの中で示される月花と自分の得点差を見ながら歯噛みする。そこに、新手が現れたことを示す警告音が鳴り響いた。鳥型ハジュンの後方から別のハジュンが現れたことをマーカーが示した。大きさは15mを超える巨大な一角を持つ鬼といった外見のハジュンが不釣り合いに巨大な4本の腕で住宅を瓦礫に変えて雷人たちへと放り投げてきた。
投げられた瓦礫を見て、雷人は両腕をクロスさせてガードする。月華の方は建物から飛び降りて直撃を避ける。多少無理をさせたので機体の脚部が悲鳴を上げるが仕方ない。
「この高台は放棄するしかないわね。あの大きさなら、斜線は通るから問題なし。攻撃は続行よ。」
宣言通りに月華が射撃を行うが、先の鳥型ハジュンに比べて装甲となる外皮を纏っているようで、銃弾が直撃しても致命傷には程遠いようだった。
「ここは俺の出番だな!いくぜ、カーンッ!!」
敵を射程内に収めると、雷人は操る機体の口元から溶解液の霧を嵐のように吹き出させて敵の装甲をボロボロにする。そこに流れるように両腕を飛ばして打撃を与える。さらに敵が動きを止めた瞬間にカーンの目から光線を放ち鬼型ハジュンに攻撃を浴びせ続ける。
「止めだッ、火炎閃ッ!!」
カーンの胸部装甲が白熱し、放たれた熱線が鬼型ハジュンを高熱で炙り燃やし尽くす。
「嘘、あの大きさのハジュンを瞬殺できるの?カーンタイプの火力が凄いってことは聞いてたけれど、よくあんなに攻撃を繋げられるわね。」
月華は正直なところ、もう少し長引くと思った戦いが一瞬で終わったことに驚いていた。自分と雷人の機体の間に火力の差があることは理解していたが、その火力を正確無比に使用できる操縦手だと思っていなかったのだ。カーンタイプは確かに火力が高いがその搭載武装を十全に運用できるサドゥーがいることが信じられなかった。カーンはいわゆるカタログスペックが高いだけで、使いこなせる人間はいないと聞かされていただけに目の前の光景が少々信じられないところがあった。
「でも、シミュレーションは私の勝ちね。」
月華が仮想のコクピットの中で呟いた通り、得点は月華が僅差で勝利していた。残念ながら、雷人は最後に放った熱線で敵もろとも住宅地に火を放ってしまったのがマイナスポイントになったのだった。
「う、マズったな。シミュレーションとはいえ、一般家屋に火をつける結果になったのは流石にダメだったぜ。」
VRゴーグルを外しながら、項垂れる雷人。敵を倒すことに集中したあまりの結果だった。
「でも、あなた操縦に関しては凄いセンスしてるのね。正直、みくびってたわ。」
対面側のシミュレータから降りて、拍手をしながら月華が近づいてきた。雷人もシミュレータから降りて、月華に言葉を返す。
「そっちこそ、宣言通りだったぜ。確かにこの支部を1人でやっているだけあるぜ。あの遠距離から、よくも正確に撃ち抜いていたよな。最も、俺も愛機のアルチスで出撃すれば今度は負けないぜ。」
自分の愛機となら勝てると豪語する雷人に、月華が笑みを浮かべた。
「まぁ、そういうことにしといてあげるわ。それよりも、到着の挨拶するんでしょ。司令部に行きましょ。隣の棟がそうだから、歩いていけるわ。」
そういって、月華が先を歩き出す。それに倣って、雷人も同じ方向へ歩き出した。