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カルマドライブ  作者: めーた
ジョティカヴァチャのサドゥー
15/15

015

 一ヶ月。それは、始まりは限られた短い期限に感じられたが、日を追うごとに、長く感じる期限だった。乾雷人――かつて鹿島支部で数々の戦果を挙げ、英雄とまで称えられた乾綾人の実弟が、新たな戦力として、到着する予定となっている。巨大なヴァジュラを自在に乗りこなすという、その驚くべき才能。彼の着任予定の一報は、孤独な戦いに疲れ切った月華にとって、暗闇に差し込む一筋の希望の光だった。そして鹿島支部も。彼らは、待ち焦がれていたのだ。月華と共に肩を並べ、この重すぎる責務を分かち合える頼りになる新たな仲間を。

 しかし、その希望の光が届くまで、鹿島に残された戦力はたった一人。あの初陣から、信じられないほどの戦果を上げ続けている高校一年生の少女、月華だけだった。昼夜を問わず襲い来るハジュンの群れに、彼女はたった一人で立ち向かい、その小さな肩に、この街の未来という、あまりにも重すぎる荷を背負い続けていた。疲労の色は隠せない。それでも、彼女の瞳の奥に宿る決意の炎は、決して揺らぐことはなかった。一ヶ月後。それは、彼女にとって解放へのカウントダウンであり、同時に最後の試練の時でもあった。


 夜の静寂が訪れるたび、月華は一人格納庫の片隅で夜空を見上げた。無数の星々が、まるで散りばめられた宝石のように静かに瞬いている。その光は遠く、何光年、何十光年も彼方から届いているという。その悠久の時の流れを前に、今の自分の戦いや苦悩など、ほんの一瞬の出来事に過ぎないのかもしれないと月華はぼんやりと思った。

 広大で、どこまでも深く、底知れない宇宙。それは、これから彼女が立ち向かわなければならないハジュンという未知の脅威を暗示しているかのようだった。彼らは一体どこから来たのか。その目的は何なのか。その力はどこまで及ぶのか。夜空の星々と同じように、その全てが謎に包まれていた。


 巨大ハジュン。あの悪夢のような存在が、再びこの地に現れたら――。想像するだけで、月華の心臓は早鐘のように打ち始めた。初陣でこそ、多くのハジュンを単独で撃破することができた。だが、それはあくまでも3m程度のハジュンだった。紗月は2m弱の大きさしかなく、あの全てを破壊し尽くすような巨大な力を持つ敵に、果たして自分と紗月は通用するのだろうか。

 

 シミュレーターを通した訓練や、過去の戦闘記録が、何度も彼女の脳裏をよぎった。巨大ハジュンの圧倒的な質量、繰り出される破壊的な攻撃。それらに、果たして自分の操る紗月は耐えられるのか。長距離狙撃という自分の得意な戦法が、巨大な敵にどこまで有効なのか。不安と焦燥が、彼女の心を深く蝕んでいった。

 眠れない夜が続いた。机上には、数多のハジュンの行動や弱点に関する資料が積み上げられ、彼女は明かりを落とした暗い部屋の中で、机に向かいながらもそれらを何度も読み返した。少しでも、巨大な敵に対抗するための糸口を見つけようと必死だった。


「私がやらなきゃ…。綾人さんのためにも。この支部のためにも。」


 何度もそう呟きながら、月華は自らを奮い立たせた。綾人さんが命を懸けて守ろうとしたこの鹿島を、自分が守り抜くしかない。その強い決意の一方で、拭いきれない不安が、彼女の心を重く覆っていた。新人着任の日まで、あとどれくらいの夜を、自分はこうして一人、重圧と戦い続けるのだろうか、と。


 それでも、月華は決して立ち止まらなかった。押し寄せる不安に押し潰されそうになりながらも、彼女は日々のルーティンをこなした。紗月の機体各部の状態を整備班へと伝え、隅々までチェックする。それは、来襲するハジュンへの静かな準備だった。シミュレーターの中では、仮想の巨大ハジュンを相手に、幾度となく戦闘訓練を繰り返した。最適な射撃エリアへの誘導、 武装選定の最適化、そして何よりも、決して諦めないという強い意志を、彼女は強大な敵にぶつけていった。勝率は20%を切っていたが、彼女は0.1%でも向上するならばとシミュレーションを欠かすことなく行った。


 そして、ついに乾雷人が鹿島支部に着任する日が訪れた。昨夜はほとんど眠れなかった。 不安と、そして微かな希望が、彼女の心を強く揺さぶっていた。格納庫への通路を歩きながら、月華は何度も深呼吸をした。頼れる仲間が、ついに来てくれる。

 15mクラスのカーンタイプ。強力な火力と重厚な装甲を持つヴァジュラだ。大きさでも決してひけをとらないそのヴァジュラなら、巨大ハジュンとの戦いにも一縷の希望を見せてくれる、と期待を抱いていた。


 朝の柔らかな光が、遮光カーテンの隙間から一条の光となって、月華の自室に差し込んだ。鳥のさえずりが遠くに聞こえ、穏やかな一日の始まりを告げている。軽く伸びをした後、月華はベッドから起き上がり、手慣れた動作で制服を着替えた。

 日の出と共に開始した基礎訓練を終え、心地よい疲労感に包まれながら、月華は一息ついた。今日は、リラックスも兼ねて、愛用の原付スクーターのエンジンをかけた。ヘルメットを被り、支部を出発する。買い物も手早く済ませることになったが、久々の街中は自分が守っている大切な場所を感じられて、暖かい気持ちになれる。

 

 慣れた道を進み、やがて支部の門が見えてきた。その時、月華の目に、見慣れない人影が映った。支部の前に、一人、背の高い青年が立っている。入学式以来行ってはいないが月華と同じ高校の制服に身を包み、快活な雰囲気を漂わせているが、その佇まいには、隠しきれない強い意志のようなものが感じられた。

 その顔を見た瞬間、月華は綾人の葬儀の時に涙を流していた少年を思い出した。あの時より3年が経っていたが、間違うはずもなかった。


(…あれが、乾雷人。)


 しかし、その青年の纏う雰囲気、そして、何よりもその瞳の奥に宿る、静かで強い光は堂々とした存在感を放っていた。月華は、スクーターの速度を緩め、その青年から目が離せなくなった。運命の歯車が静かに、しかし確実に回り始めたのを彼女は肌で感じていた。


 期待という名の微熱が、月華の胸の奥でじんわりと広がっていく。重くのしかかっていた一人きりの重圧から、ようやく解放される安堵感。そして、これから共に戦うことになる新たな仲間、乾雷人への期待感。二つの感情が、彼女の心の中で優しく渦巻き、久しぶりに軽い足取りでスクーターを走らせていた。

風が、頬を心地よく撫でていく。遠くの鉄塔のシルエットが、茜色に染まり始めた東の空に浮かび上がっている。燃えるような赤から、徐々に紫へとグラデーションを描く空の色は、息をのむほどに美しい。しかし、その美しさの奥には、否応なく迫り来る脅威の予兆が隠されているのかもしれない。

 月華は、スクーターを走らせながら、その夕焼け空をじっと見上げた。燃えるような夕焼けは、まるでこれから始まるであろう激しい戦いを暗示しているかのようだ。小さく、けれど確かに、彼女は息を吐いた。それは、安堵の吐息か、それとも、再び訪れるであろう戦いへの静かな覚悟の表れか。茜色の空の下、月華の心は期待と拭いきれない緊張感の間で揺れ動いていた。

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