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カルマドライブ  作者: めーた
ジョティカヴァチャのサドゥー
14/15

014

 月華の鮮烈な活躍による束の間の喜びは、すぐに終わりを告げることになった。各地で、まるで人間を絶望に叩き落すかのようにハジュンの活動が活発化し始めたのだ。その報告は、鹿島支部にも次々と届き、緊張感が再び支部全体を覆い始めた。そしてついに、東京支部からの無情な通達が下された。派遣されていたサドゥーたちへの帰還命令。国内のハジュン発生の高まりを受け、手薄になった本拠地の防衛体制を立て直す必要があったのだ。


 鹿島の穏やかな海風が、ダルマチャクラ鹿島支部のコンクリート壁を優しく撫でる。壊滅から3年という月日は、そこで共に過ごした支部のメンバーたちにとって、あっという間だった。壊滅した支部の立て直しに、日々の業務をこなし、時には互いに励まし合い、支部という一つの共同体を築き上げていく中で生まれた連帯感は、言葉にはできない強い絆となっていたはずだ。

 しかし、今日のダルマチャクラ鹿島支部には、いつもとは違う、どこか落ち着かない空気が漂っていた。内線電話が頻繁に鳴り、その度にメンバーたちの顔に一抹の不安がよぎる。そして、午前の業務終了を告げるチャイムが鳴り響く直前、支部長からの沈痛なアナウンスが、支部全体に響き渡った。


「船蔵光一以下、派遣サドゥーへ通達する。本部より緊急の召集がかかった。二ヶ月間、応援に来てくれていた東京支部のメンバーは、直ちに業務を中断し、司令室へ集合するように。」


 その短い放送に、支部の空気は一瞬にして静まり返った。顔を見合わせる者、ペンを握りしめたまま動けない者。3年間、この鹿島の地で共に過ごした頼りになる仲間たちが、東京へと引き上げる日が来てしまったことが彼らの胸に重くのしかかった。

 昼食も食べずに、東京支部から来ていたメンバーたちは司令室へと集まっていった。昼食どきとあって、食堂は普段は活気に満ちた場所も、今は別れの空気に包まれている。東京支部への帰還命令は急なもので、詳しい理由は司令室に集められた者以外には知らされていない。しかし、皆、それぞれの胸に、何らかの悪い予感を抱いているのは明らかだった。


 昼が終わりを告げるチャイムがなり、船倉たちは急ぎ支度を進めていた。東京支部へと戻る準備である。準備ができたあとはロビーにて簡単な挨拶を行なった。

 船倉たちと支部の皆は互いに言葉少なに頷き合い、握手を交わす。中には、別れを惜しむように、言葉を交わし続ける者もいた。3年という短い期間ではあったが、共に苦労を分かち合った 支部員の言葉は、彼らの心に深く刻まれていた。

 

 船倉が一人、東京へ戻る一団から歩み出て月華へと近づいた。そのまま、彼女へと喋りかける。

 

「急な話ですまない、月華君。俺たちは東京支部へと戻ることになる。東京支部で50機のヴァジュラが大破するハジュン事件が発生し、こちらにはもう数を割けないということだ。1か月後に、新たな専任のサドゥーがこの支部に配属されるとなっている。それまでの間、ここに残れないか打診したんだが、答えは東京支部が優先との事だ。本当に申し訳ない。」


「そんな。船倉さんのせいじゃないじゃないですか。大丈夫です。たった一カ月なら、私一人でも守り抜いて見せます。」


「そうだな、君なら出来るかもしれない。いや、出来るとも。今でもハッキリと覚えている。俺たちが手足も出ないハジュンの群れ相手に一人で立ち回ったあの時のことを。」


 目を閉じて、その光景を思い出す船倉。脳裏に焼きついている、神業の如き月華の射撃を。


「いえ、そんなこと。船倉さんたちが先にハジュンを釘付けにしてくれていたからこそ、できたことですよ。」


 謙遜をする月華の言葉が返される。そこにバスのエンジンが鳴り響き別れの時が訪れたことを知らせる。バスの扉がゆっくりと開き、次々に東京組は乗り込んでいく。

 言葉にするものはいなかったが、4機あったヴァジュラが1機になるという事態に不安を隠せない支部員も多かった。

 送迎車がゆっくりと動き出し、ダルマチャクラ鹿島支部を後にする。見送る鹿島支部のメンバーの目に、別れの寂しさが滲む。月華にとっても二ヶ月間、共に修羅場を潜り抜けた仲間たちの姿が遠ざかる送迎車と共に、みるみると小さくなっていく。鹿島の空には、暑い8月の陽光が降り注いでいた。


 かくして、鹿島支部は、否応なく、まだ幼さの残る一人の少女の双肩に、その存亡の全てを委ねられることになった。初陣における、目を疑うばかりの戦果。それは、単なる幸運などではなく、彼女が秘めたる圧倒的な潜在能力の証明だった。その後の戦闘においても、彼女の機体、紗月が敵を薙ぎ払う様は、まさに圧巻の一言に尽き、もはや月華の才覚に異を唱える者は支部内には一人もいなかった。

 しかし、楽観ばかりしていられる状況ではなかった。ハジュンの発生頻度は、日を追うごとに明らかに増加の一途を辿っていた。まるで、失われた駒の穴を埋めるかのように、その数は増殖し、鹿島への侵攻の圧力を強めていたのだ。そんな状況下で、まだ高校に入学したばかりの、経験の浅い少女に、この区域の防衛を一任することへの不安の声は、支部の熟練隊員たちの間で、小さくない声が上がっていた。


「いくら天賦の才があるとはいえ、まだ実戦での経験が圧倒的に足りない…。」

「あの壊滅的な被害を出した、あの時のような巨大なハジュンが再び現れたら…一人では、どうすることもできないだろう。」

「新人が到着するまでの、ほんの一ヶ月とはいえ、あまりにもリスクが高すぎるのではないか…。今からでも他支部から応援を呼んだ方が…。」


 支部の会議室では、月華の非凡な能力を認めながらも、彼女にのしかかるであろう過酷な負担を懸念する意見が、次々と口にされた。彼らの脳裏には、3年前に起きた壊滅的な襲撃事件の惨状が、鮮明に焼き付いている。二度と、あの悪夢のような光景を繰り返してはならない。その強い思いが、彼らを不安へと駆り立てていた。だが、対案と言えるものはなく、ただ時間が過ぎていくのであった。


 そんな重苦しい空気が流れる中、支部長は静かに月華を自室へと呼び出した。扉が閉じられ、しんとした静寂が部屋を満たす。向かい合う二人の間には、言葉はなく、ただ時間がゆっくりと流れていった。しかし、支部長の鋭い視線を受け止める月華の瞳には、迷いや不安の色は微塵も感じられなかった。その奥には、確固たる決意と、静かな自信が宿っていた。


「皆が、私のことを心配してくれているのは、ちゃんと分かっています」


 月華は、その華奢な体躯からは想像もできないほど、落ち着いた、芯のある声で言った。


「でも、私は綾人さんが命を懸けて守ろうとした、この大切な鹿島を、絶対に、何があっても守り抜きます。訓練で得た私の力、そして、共に戦う紗月と力を合わせ、私にできる全てを懸けて、必ず、この街を守り抜きます」


 その小さな体から発せられる、力強い言葉。そして、支部長の目をまっすぐに見つ返す、揺るぎない強い眼差し。その瞳の奥には、今はもういない、大切な仲間、綾人の無念を背負い、彼の代わりに、この愛する故郷を守り抜くという、固い決意が、炎のように燃え上がっていた。


 長い、息が詰まるような沈黙の後、支部長はゆっくりと、重々しく頷いた。


「分かった。君の覚悟、しかと受け止めた。新人隊員が着任するまでの一ヶ月間、鹿島支部の防衛は、全て君に任せることになる。決して短い戦いではないだろう。辛く、苦しい局面も必ず訪れるだろう。だが、これは君にしかできない、重要な役目だ。頼むぞ、月華君。」


 支部長の、その重みのある言葉に、月華は背筋を伸ばし、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。必ず、支部長の、そして皆さんの期待に応えてみせます」


 こうして、周囲の隊員たちの拭いきれない不安を押し切るように、まだあどけなさの残る高校一年生の少女、月華は、一ヶ月という期限付きではあったが、鹿島支部の命運を、たった一人で背負うことになったのだった。


 月華は正直に言えば、不安でしかなかった。しかし、それをここでいう訳にもいかなかった。何よりも綾人の残した紗月と鹿島支部を守り抜きたいという一心で月華は一人で戦うことを決意した。

 紗月のメンテナンスを欠かさず行い、来る日も来る日もシミュレーターでの訓練に励んだ。遠方の巳垣教官にも指南を頼み、彼女は自身の射撃の精度をさらに高め、同時に、万が一の近接戦に備えて、紗月の機動性を極限まで引き出すための操縦技術を磨き上げていった。


 容赦という言葉を知らぬかのように、ハジュンは漆黒の群れを成して鹿島の空へと押し寄せた。一体、また一体と、異形の影が視界を覆い尽くす。その度に、月華は白銀の機体、紗月へと乗り込み、たった一人で、その圧倒的な数に立ち向かった。幸いなことに、あの壊滅的な被害をもたらしたような巨大なハジュンの姿は、今のところ確認されていなかった。

 そして長距離からの精密射撃。それは、月華が訓練で最も磨き上げてきた彼女の得意とする戦い方だった。遠く離れた安全圏から、照準器を通してハジュンの動きを冷静に見定める。風の向き、距離、そして敵のわずかな挙動の変化。全ての情報を瞬時に脳内で処理し、導き出された最適解は、一閃の光となって放たれる。ライフルの銃口から伸びた光の筋は、寸分の狂いもなくハジュンの急所を貫き、一体、また一体と、確実にその活動を停止させていく。爆発音と共に散る黒い残骸の数は、彼女の確かな腕の証だった。

 時には、複数のハジュンが連携を取り、同時に襲い掛かってくることもあった。しかし、月華の冷静さは、いかなる状況下でも揺らぐことはなかった。彼女の瞳は、複数の敵の動きを同時に捉え、その攻撃パターンを瞬時に解析する。最小限の動きで迫り来る攻撃を最低限の損傷で抑えながらも、決して照準を乱すことなく、的確に反撃のトリガーを引く。まるで、踊るように、あるいは精密機械のように、彼女は戦場を舞い、敵を翻弄していく。

 今までの訓練で彼女が得た成果は、目覚ましいの一言に尽きた。以前にも増して洗練され、寸分の狂いもなくなった照準技術。ほんのわずかな動きの変化も見逃さない、研ぎ澄まされた感覚。そして、何よりも、どのような絶望的な状況に置かれても、決して心が折れることのない、鋼のような強靭な精神力。それは、綾人の遺志を継ぎ、この鹿島を守り抜くという、彼女の強い決意の表れでもあった。少女の操る白銀の機体は、漆黒の敵の群れの中で、一筋の希望の光を与え続けた。

 

 夜空を焦がす閃光と爆発音。それは、孤独な戦いを続ける月華の存在を、鹿島の人々に知らしめる狼煙のようだった。人々は、まだあどけなさの残る少女の勇敢な姿に、かすかな希望を見出していた。

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