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カルマドライブ  作者: めーた
ジョティカヴァチャのサドゥー
13/15

013

 中学校2年生の春、月華は慣れ親しんだ地元の学校へと転校した。その後も鹿島支部内で彼女は特別な訓練を受けながら、学校ではごく普通の学生生活を送っていた。友人たちとの他愛ない会話、そして少しばかりの勉強。部活の代わりに彼女はヴァジュラ操縦の訓練を行ったが、それでも鹿島の穏やかな日常が、彼女の成長をゆっくりと育んでいた。

 そして、中学校を卒業する頃には、彼女はサドゥーとしての基礎訓練を終え、高校生になるのと同時に、故郷の鹿島支部に正式な適合者として配属されることが決定した。

 鹿島支部は、彼女が生まれ育った街を守るための最前線基地。見慣れた風景の中にそびえ立つその白い建物は、これまでどこか遠い存在だったが、今日から彼女が身を置く場所となる。

 配属初日。真新しい支部の制服に身を包み、少し緊張した面持ちで支部の門をくぐった月華を出迎えたのは、厳格な表情の大川支部長と、優しそうな眼差しの先輩適合者たちだった。オリエンテーション、引き継ぐことになった紗月の機体の説明、そしてチームへの紹介。初めて触れる特殊な装備の数々、飛び交う専門用語、そして何よりも、これから共に戦う仲間たちの存在が、月華にとってとても心躍らせる体験だった。それは、期待と不安が入り混じった、高揚感に近いものだった。


 訓練を終えた午後、唐突にそれは現れた。ハジュンが現れたことを繰り返す市内放送、張り詰めた支部の空気の中、月華は格納庫へと走り、跪いた紗月の操縦席に乗り込んだ。綾人が握っていた操縦桿を強く握りしめ、深く息を吸い込む。モニターには、遠方に蠢く十数体のハジュンの影が映し出されていた。


「月華君、準備はいいかね?初の実戦だ。気を張り詰めすぎないでおくんだ。仲間もいる。」


管制室の司令の声が、緊張をほぐすように響く。


「はい、初の実戦ですが皆さんよろしくお願いします。」


月華の声は、見た目の華奢さとは裏腹に、静かで強い意志を宿していた。



 紫の雲が煙るの空の下、歪んだ空間から次々と姿を現す異形の影。それは、侵略者ハジュンの群れだった。ざっと見ても10体以上。それぞれが黒曜石のような体躯を持ち、エネルギーを射出する砲塔のような突起物と爛々と光る赤い瞳が、獲物を求める飢餓感を露わにしている。

 対峙するのは、3機のヴァジュラ。いずれも量産型であり、その装甲は鈍く輝く鋼の色。15mという巨体は、ハジュンと比べれば圧倒的な質量を持つが、その鈍重さが今は仇となっていた。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 最初に動き出したのは、船倉の操る長剣を装備したヴァジュラだった。巨大な腕を振り上げ、迫り来るハジュンを薙ぎ払おうとする。しかし、3メートルほどのハジュンたちは、その巨体を嘲笑うかのように素早く散開。まるで黒い奔流のように、ヴァジュラの周囲を縦横無尽に駆け回る。

 別のヴァジュラは、背部に装備されたエネルギー砲を展開しようとするが、その展開が完了するよりも早く、複数のハジュンがその脚部に飛びついた。鋭い爪が装甲を抉り、火花が散る。巨体はバランスを崩し、よろめき倒れる。

 残る一体のヴァジュラは、他2機の状況に戸惑っているかのように、その場で立ち尽くしている。どれに攻撃しても回避され、そして攻撃を返される状況に行動に移せないのだった。


「くそっ、なんて数なんだ!これまでの比じゃないぞ!!」


 その隙を逃さず、数体のハジュンが同時に跳躍。巨大な体に群がりつき、装甲の隙間や関節部を執拗に攻撃する。

「キシャアアア!」

 悲鳴のような咆哮が、ヴァジュラのスピーカーから響き渡る。巨体を持て余し、繰り出す攻撃は空を切るばかり。ハジュンたちの連携は巧妙で、一体が攻撃を引きつけている間に、別の個体が死角から致命的な一撃を加えようとする。

 10体以上のハジュンは、まるで狼の群れのように、ヴァジュラの弱点を的確に狙っていた。その俊敏な動きは、巨大なヴァジュラにとっては目にも留まらぬ速さであり、翻弄されるばかりだった。

 一体のヴァジュラが、痺れを切らしたように横なぎに切り払う。しかしそれもまた、素早いハジュンたちによって容易く回避される。大質量の剣が空を切る中、彼らは再び獲物へと肉薄する。

 巨体を持て余し、ハジュンを見回すヴァジュラ。しかし、どこを見ても黒い影が蠢いている。まるで悪夢のように湧き出てくるかのようなハジュンの群れに、3機のヴァジュラは完全に包囲され、その巨体を持て余しながら、ただ右往左往するしかなかった。その光景は、さながら巨大な獣が、狡猾な小さな捕食者たちの群れに嬲られているようだった。


 先に戦闘区域に展開した3体の機体を追うように、月華の操る紗月はアスファルトを蹴り上げた。白銀の装甲が輝き、研ぎ澄まされた視線が前方の商業施設を捉える。

立体駐車場となっている屋上へ続く道を駆け上がり、紗月は背中から巨大な銃身を持つ狙撃用ライフルを手に取った。ゴーグルの中の1画面には、市街地の惨状が映し出されていた。巨大なヴァジュラ3機が、黒い影に翻弄されている。


「まずは、群体の動きを止める。」


 月華の短い呟きと共に機体が動き出す。右腕に装備された大型ライフルが、ゆっくりと持ち上げられた。照準器が起動し、無数の赤い点が視界を埋め尽くす。ハジュンの姿を一つ一つ捉え、風の音、機体の振動、全てを意識から遮断する。彼女の世界は、照準器の中に凝縮されていた。

「…発射。」

静かな声と共に、トリガーに指がかけられる。次の瞬間、閃光が走り、轟音が屋上を震わせた。ライフルから放たれた弾丸の軌跡が、空を駆ける。その一撃は一瞬にしてハジュンの群れを切り裂いて一体のハジュンを仕留めた。

しかし、それはほんの始まりに過ぎなかった。紗月の戦いは、今始まったばかりなのだ。


 巨大な破裂音、しかし淀みのない連続射撃が屋上の静寂を切り裂いた。紗月の指がトリガーを絞るたび、ライフルの銃口から放たれた純粋な光の筋は、まるで意思を持つかのように一直線に伸びていく。その軌道に一切の迷いはなく、吸い込まれるように、次々にハジュンの胸部中央へと正確に突き刺さった。

 鮮烈な爆発音と共に、黒い肉塊と鋭利な骨片が四散し、宙に舞い上が理、紫の煙となって消えていく。しかし、月華の意識は既に次の目標へとロックオンされていた。爆発の余韻が消えぬ間にも、彼女のライフルは微動だにせず、新たなハジュンの姿を照準器の中央に捉えている。

 その一連の動作は、まるで精密機械のようだった。無駄な動きは一切なく、流れるようにスムーズ。それは、シミュレーターの中で幾度となく、数えきれないほど繰り返された訓練の賜物だった。風のわずかな変化、目標との距離感、そしてハジュンの予測不能な動き。彼女は、周囲のあらゆる情報を瞬時に脳内で解析し、まるで未来を予知しているかのように、最も的確な射線を弾き出す。

 一発の射撃は、必ず一体のハジュンの死を意味する。それは単なる破壊ではなく、核心を射抜く、精密な破壊だった。まさに「一撃必殺」。その四文字の言葉こそが、今の紗月の射撃を完璧に表現していた。彼女の指は、まるで自らの意思を持つかのようにトリガーを操作し、銃弾の牙が、次々とハジュンの命を刈り取っていく。

 

 彼女の瞳は、ただひたすらに照準器の中のハジュンを追い続けていた。トリガーが引かれるたび、白色の光の筋が夜空を切り裂き、触れたハジュンの体を貫いていく。そして、まるで幻のように、彼らは紫色の煙となって消滅していく。

数瞬前まで、無数の黒い影で埋め尽くされていたモニターは、紗月の正確無比な射撃によって、みるみるうちにその数を減らしていく。一体、また一体と、ハジュンが跡形もなく消え去る光景は、どこか現実離れした幻想的な光景だった。

 管制室のオペレーターたちは、固唾を呑んでその様子を見守っていた。悲鳴にも似たハジュンの叫び声、そして、紫の煙となって消えていくの映像。信じられない光景が、彼らの目の前で繰り広げられていた。つい数分前まで、絶望的な状況だった戦場が、一人の少女のライフルによって、劇的に変化を迎えた。

 モニターに表示されるハジュンの数は、秒を追うごとに減少していく。それは、まるで悪夢が徐々に終わりを迎えているかのようだった。オペレーターたちは、息を潜め、ただただモニターに釘付けになる。大川支部長も言葉を失っていた。

 紗月の指がトリガーを引くたび、希望の光が夜空に瞬き、絶望の象徴だったハジュンが、紫の煙となって静かに消滅していく。その光景は、疲弊した彼らの目に、一筋の光明として映っていた。


 十体以上いたはずのハジュンは、数分も経たぬうちに、その全てが沈黙した。あたりには黒い煙と破片だけが漂っている。信じられない光景だった。


「全ハジュン、撃破…。先に3機が展開していたとはいえ、ほぼ単独で…?」


 管制室のスピーカーからは、オペレーターたちの驚愕と、張り詰めていた空気が緩んだことによる安堵が入り混じった声が漏れ聞こえてきた。

「信じられない…」

「一体、何が…」

「数が、完全にゼロになった…!終わったぞ!!」


 モニターに映る戦場は、先程までの騒乱が嘘のように静まり返っていた。紫色の煙の残滓が、風に流されて消えていく。その中心に立つ紗月の姿は、まるで嵐の後の静けさそのものだった。


「紗月、戦闘終了。他に敵影はいますか?」


 どこか高揚した声が紗月から届く。管制室からは誰も答えることができない。一人、管制室のマイクを取り声をかけた。


「いや、もう敵影反応はない。帰投したまえ、紗月。ご苦労だった、蓮見君。」


 大川支部長が紗月に乗った月華に命じる。


「…了解。」


 紗月の短い返答が、静かに管制室に響く。彼女の声にも、初陣を終えたばかりのほんの僅かな疲労感が感じられた。


「お疲れ様。素晴らしい戦いだった。すまない、何も力になれなくて。」


 先に出ていたヴァジュラに乗っていた船倉からの月華への労いの言葉に、モニター越しの月華は静かに頷いた。照準器から目を離し、周囲の景色をゆっくりと見渡す。先程まで夥しい数の敵が蠢いていた場所には、今はただ、破壊された瓦礫と、紫色の煙の痕跡が残るのみだった。


「…守りました。綾人さん。」


 月華は通信が終了した後に、今は亡き綾人に言葉を捧げた。管制室のモニターには、紗月がゆっくりと機体を旋回させ、基地へと戻っていく姿が映し出されていた。その白い機影は、夜明け前の空に、一筋の希望の光を曳いているようだった。


 格納庫に戻った白銀の機体から降り立った月華の表情は、どこまでも冷静だった。だが、その瞳の奥には、確かな達成感が宿っている。

 この日、高校一年生となったばかりの少女が見せた驚異的な力は、壊滅的な被害から立ち直ろうとしていた鹿島支部に、一筋の希望の光を灯した。失われた英雄の愛機を受け継ぎ、新たな力を示した月華の鮮烈なデビューは、支部内の人々の心に深く刻まれた。彼女こそが、鹿島の新たな希望となるだろうと、誰もが信じた。

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