010
高校生活は、あっという間に過ぎ去り三人にとって遠い幻のようだった。気づけば、彼らは専任のサドゥーとして、この鹿島を守護する存在となっていた。欠けることなく三人――月華、雷人、そして美桜は、それぞれの持ち場でその力を発揮している。
撃墜数でいえば、月華はまさに別格だった。その卓越した操縦技術と冷静な判断力は、数多のハジュンを葬り去り、「鹿島の白閃」として大いに頼られた。だが、雷人もまた記憶に残る戦果をいくつも上げている。格上の敵を鮮やかに打ち破る、まさしくジャイアントキリングで、その名を轟かせていた。
あれから三年近い月日が流れ、彼ら三人は皆、生粋のベテランパイロットとなった。直接戦闘には参加しない美桜は、常に後方から二人を支援する。縁の下の力持ち――それが彼女の役割だ。しかし、支援機操縦者としての腕も、界隈ではそれなりに評価を得ている自負があった。
だが、美桜の名がより広く知られているのはハジュンカルト対策活動家としての一面からだろう。かつて、彼女はハジュンカルトの家族だった。その内情を知る者として、今はアンチカルトの急先鋒に立っている。あの忌まわしい組織の犠牲者を一人でも減らすために、彼女は声を上げ続けていた。今では、3桁の人数をハジュンカルトから解放してきた。時折、ハジュン問題が起こるが、このチームで迅速かつ的確に対処してきた。
ある日の作戦後、雷人は珍しく、沈んだ表情で月華に話しかけた。
「もし、兄さんが生きていたら……月華は、普通の高校生として過ごせていたのかもしれないな。」
「何、どうしたの、急に…?」
雷人の兄は、かつての戦いで命を落とした。回り巡って、その戦いで乗っていた機体を月華が受け継ぐことになった。いわばその死が、月華の人生を大きく変えたのだと、雷人は思っているのだろう。今日は雷人の兄、乾綾人の命日だと月華は気が付いた。普段は快活な雷人が沈痛な面持ちをしているのは、兄の死を思い出しているのだろう。
月華は、少しの間沈黙した後、静かに答えた。
「私は、後悔はしていないわよ。」
雷人を見るその瞳には、優しい光が宿っていた。
「私だからこそ、こうして大勢の人を助けられているのかもしれない。……なんて、おごり過ぎかしら?」
雷人は、力強く首を横に振った。
「いや、そんなことはないぜ。月華はうちの支部どころか、関東きっての撃墜王だ。みんな、月華の背中を追っているんだぜ」
「鹿島支部の巨人殺しに言われると気分がいいわね。」
月華がおどけて答える。鹿島支部では15m級、ときには30m級なんて化け物とも戦い、勝利を収めた。それには、最前線で戦う雷人の機体、アルチスが不可欠な存在になっていた。もちろんそのときにも月華は美桜と共に戦っていたが、勝利のカギとなったのはアルチスあってのことだった。
あの時のことを思い出す。巨大な影が、鹿島の空を覆い隠すように迫ってきていた。全長30メートルを超える巨軀を持つハジュン――その異様な姿は、見る者に絶望感すら抱かせる。地を揺るがす咆哮が響き渡る中、一機の真紅の機体が、果敢にもその巨体に立ち向かっていた。雷人の駆る強襲機、アルチスだ。
アルチスの機体各部が唸りを上げ、高機動戦闘に対応するためのエネルギーが奔流のように循環する。雷人は、苛立ちを押し殺し、照準をハジュンの巨大な頭部へと定めた。
「くそっ、デカすぎるぜ!」
モニターに映るハジュンの姿は、まさに動く要塞だった。通常のハジュンとは桁違いの質量と装甲。正面からの攻撃が容易に通じるとは思えなかった。その時、通信回線が開き、冷静な声が響いた。
「雷人くん、落ち着いて。紗月とエイダの援護が到着するわ」
それは、後方支援を担当する美桜の声だった。彼女の的確な指示が、常に雷人の背中を支えている。
直後、蒼い光を纏った二機の機影が、アルチスの左右から急接近してきた。一機は、長銃身の長距離砲を装備した狙撃機、紗月。そしてもう一機は、全身からエネルギーを放射する、美桜の駆る白い機体エイダだった。
「雷人、正面の牽制は任せて!」
紗月の声と共に、彼女の機体から放たれた超高速の金属弾丸が、ハジュンの巨体をターゲットめがけて正確に着弾した。通常のエネルギー兵器とは異なり、運動エネルギーを限界まで高めたその一撃は、ハジュンの分厚い装甲を容易にえぐり取った。
「ナイス紗月!」
雷人が叫ぶと同時に、エイダの機体が特殊能力を発動する。操縦席にいる美桜が読経を読み上げると同時に彼女の全身から放たれたエネルギーが、波のようにアルチスと紗月の機体を包み込んだのだ。
「二人とも、機体制御系の反応を増幅させたわ! より速く 、より正確に動けるはずよ!」
エイダの支援によって、アルチスのスラスターの排気が一段と強烈になり、機体の機動性が著しく向上したのがわかった。紗月の照準システムも、以前よりターゲットを捉えやすくなっている。
雷人は、その強化を最大限に活かし、アルチスをブースト全開でハジュンの足元へと素早く潜り込ませた。巨大な足が踏み潰そうと迫るのを、ギリギリで回避する。
「紗月、頼む!」
雷人の合図を受け、紗月は長銃身の狙撃ライフルを構え直した。エイダの強化によって安定性が増したことで、以前は困難だった動き回るターゲットへの超長距離精密狙撃も、今ならば可能となっていた。
「 ターゲット確認……発射!」
静かな声と共に、再び超高速の弾丸が空気を切り裂き、ハジュンの片目を正確に貫いた。巨大なハジュンが、苦痛の叫びを上げる。
その隙を見逃さなかった雷人は、強化されたアルチスの機動力を活かし、ハジュンの巨体の背後へと回り込んだ。エイダは、 絶え間なくアルチスにエネルギーを照射し続け、アルチスの動きをさらに加速させ、相手の動きを上回る運動性能を手に入れていた。
「これで終わりだ!」
雷人は叫び、アルチスの胸部にに装備された高出力熱線砲、火炎閃を最大出力でチャージし、無防備なハジュンの背面へと撃ち込んだ。
灼熱のプラズマの奔流が、ハジュンの装甲を容易に焼き払い、内部機構を破壊していく。激しい爆発と金属質の表皮が砕け散る音が響き渡る。ハジュンの巨体が、ついに体勢を崩し、ゆっくりと地面へと倒れていった。
勝利を感じた瞬間、紗月の機体が、長距離ライフルを静かに下ろした。白い機体のエイダも、エネルギーの放出を停止させ、静かに彼らの近くに降り立つ。
三機の機体は、無数の傷跡 を残しながらも、確かにそこに立っていた。30m級という脅威的なハジュンを打ち破った、鹿島支部の3人の勇敢な戦いの証として。
そんな戦いもあったな、と振り返りながら雷人が月華に喋る。あれは強かった、と。それには力強く頷く月華が居た。
そんなやりとりをしつつ月華は、ふっと微笑んだ。
「それに……貴方や美桜と、こうして繋がりが出来た。私は、今の生活を気に入っているから」
一時は一人で孤独に鹿島支部で戦い抜いていた。そのことを思い出しながら、雷人の方を見る。少し照れた様子の雷人がそこには居た。夕焼けが差し込む待機室。二人の間には、穏やかな空気が流れていた。
「おじゃまだったかしら?」
背後から、明るい声が響いた。振り返ると、にこやかな表情の美桜が立っている。
慌てて顔を見合わせ、同時に首を振る二人。
「い、いや、そんなことは……」
「別に、邪魔なんかじゃ……」
二人の言葉は、どこかぎこちなく重なった。
美桜は、二人の慌てた様子を見て、くすくすと肩を震わせていた。しかし、その直後に表情は先程までの茶目っ気から一転、鋭いものへと変わる。
「実はね……」
美桜は、低い声で言った。
「ハジュンカルトの内部情報で、都内に大規模なハジュン召喚計画があるって話が入ってきたの」
その言葉に、月華と雷人の表情も瞬時に引き締まる。先程までの和やかな空気は消え去り、張り詰めた緊張感が部屋を包んだ。
「大規模な召喚……そんなことして一体、何を企んでいるんだ?」
雷人が、低い唸りのような声で呟いた。
月華は、冷静に問いかけた。
「情報は確かなの? 具体的な日時や場所は?」
美桜は頷いた。
「まだ断片的な情報だけど、かなり大規模な儀式を準備しているみたい。都心部を狙っているのは間違いないわ。詳しいことは、これからブリーフィングルームで話される作戦会議で説明があるはずよ」
彼女は二人を見据え、真剣な眼差しで続けた。
「二人とも、すぐに来て。私たちの経験と力が必要になるわ」
月華と雷人は、頷き合った。この世界を守る者の一人として、そしてハジュンカルトの脅威を知る者として、彼らに迷いはなかった。新たな厄災を未然に防ぐため、3人はブリーフィングルームへと足早に去っていった。