001
他作品が完結していないのになんですが、目下作成中のTRPGの世界観設定、おさらいを兼ねまして小説を投稿します。
(ちょっと改稿しました。ストーリーに変化はありませんが、ディティールを上げました。)
(月華の着任期間を1年前→3ヶ月前に変更しました。)
半壊した市街が広がる。瓦礫が至る所に散らばり、生きている人間は皆無のようだった。画面に亀裂が入ったスマートフォンには緊急避難通知が繰り返し流れているが、その画面は空から落下した巨大な「足」に踏み潰され跡形もなく消え去った。
廃墟と化した市街の中、動く物体が二つあった。一つは全長20mを超えるかという巨大なトカゲ型の4足歩行をする存在。果たして、生物と言っていいものだろうか。しかし、それは巧みに尻尾を操り周囲に破壊を振り撒いていた。その存在は「ハジュン」と呼ばれる人類に対する敵対存在。ハジュンとは仏教用語における悪魔を指したものだ。ハジュンは既存兵器では傷つけることができず、あらゆる攻撃を再生してしまう。「ある攻撃」だけ除けば。
もう一つは、それに比べるとか弱く見えるが、3mに届く大きさの人型のパワードアーマーだった。対ハジュン用人型兵器「ヴァジュラ」だ。仏教における煩悩を打ち払う法具から取られた名前だった。カルマドライブと呼ばれる特別な動力炉を備え、無限の力を発動する。このカルマドライブで動くヴァジュラが、カルマドライブの輝きを帯びた攻撃こそがハジュンに傷をつけることができるのだった。
ハジュンと対峙するヴァジュラは小さく見えたが、その身には不釣り合いなほどに長い日本刀のような武器を構えて巨大なトカゲのごときハジュンを市街の奥へ所狭しと立ちはだかっているのだった。
「やらせるか、これ以上!」
そう叫んだ男の声は、パワードアーマー型ヴァジュラの操縦席で響いていた。男の名前は乾綾人。この「ヴァジュラ」の乗り手である。8倍以上の大きさを持つ相手に、彼は善戦をしていた。もう幾多の攻撃を与えた仲間はすでに倒れ伏している。敵であるハジュンには無数の傷ができており、流れ出る紫の血で地面に血溜まりができている。しかし、それをものともせずに長大な尻尾を振るって綾人の操るヴァジュラにぶち当てた。その衝撃でヴァジュラは数軒分の距離を吹き飛ばされて転がっていった。
「(人間よ、滅びを受け入れよ。定命のものの必然なり)」
トカゲ型のハジュンが声なき声を綾人の頭へと響かせる。その声は今の綾人には甘美な誘いにも思えた。もう、ここまで力を尽くしたんだ。折れてしまってもいいじゃないかと。転がったまま、力無く倒れたヴァジュラの中で彼は思った。しかしー。
「受け入れるわけにはいかないんだよ。僕の後ろには…、まだ沢山の人たちがいるんだ!」
自分を叱咤し、綾人は奮起した。彼の愛機、「紗月」はもうボロボロとなっていた。操縦者が多く、量産されているヴァジュラである。基本武装は日本刀型の武器であり、カルマドライブから生み出されたエネルギーを刀身に走らせることで、よりハジュンを破壊しやすくしている。操縦者の霊力を増幅する霊力駆動と合わせて、操縦者の力量で機体のポテンシャルが千差万別となるヴァジュラでもある。
だが、綾人の紗月は本人の霊力を増幅して機体の力へと変換する霊力駆動を持ってしても激しい動きはもはや不可能なほどに消耗している。白い機体だったが、灰燼にまみれ、数発受けた打撃によりボディは歪み、元の原型を崩していた。両腕のマニュピレーターも何本かが使い物にならなくなり、武装を握るのがやっとという有様だ。
激しい衝撃で操縦席にいる綾人も負傷が大きく、意識も朦朧としながらも操縦桿を握る腕は震えながらもしっかりと握りしめていた。それに呼応するかの如く、3mの人型兵器は体制を立て直しながら、巨大な日本刀を構え直した。刃こぼれも激しく、これ以上の猛攻には耐えきれ無さそうである。
「(…この一撃が最後の一撃だな)」
綾人は言葉にすらできず、胸中で呟いた。言葉の代わりに、血反吐が口から吐き出された。最後の力を振り絞り、操縦桿を操り綾人は紗月を空へと踊らせた。飛びかかってくる20m超の巨体のアギトの中に入り、くらいつく力をそのまま勢いに転じて深々と切先を刺し貫いた。
ハジュンの力が失われ、端々から分解して紫の煙となっていく。同時に、空中から落下していく紗月。機体を動かしていたカルマドライブの音が段々と弱まり、消えていく。
「(僕はここまでか。雷人、お前は幸せに生きろよ)」
金属が潰れる音が響き渡り、乾綾人は戦死した。
*****
東京から1時間弱のところで青年は高速バスを降り立った。降りる際に「ありがとうございました!」とハッキリとした声で運転手にお礼をつげ、降りていく。大きな荷物は引越し業者にお願いしていたので、自分が向かうダルマチャクラ鹿嶋支部には手荷物だけできていた。
乾雷人、高校1年生。しかし、一介の高校生が遊びに来るにはここは何もなかった。ここは田舎である。特に観光資源があるというわけでも、対外アピールしていることもない。しかし、感慨深げに雷人は笑顔を作った。
「ここが兄さんの居た場所か。兄さんが守った場所なんだな…。」
復興の手が入り、市街は建物が揃っていたが、民家などはまだまだ手が追いつかず、瓦礫のままの場所も多かった。それでも、人々は生活をしていた。
雷人はサドゥーと呼ばれるヴァジュラのパイロットになったばかりの新人だ。サドゥーはヒンドゥー教の修行者、苦行者を意味する言葉であり、雷人は実践的な訓練はしていたが、実戦そのものはまだ経験していなかった。
「よし、いくぜ!まずは、挨拶からだな!!」
気合いを入れた雷人は、タクシーを捕まえてダルマチャクラ鹿嶋支部へ向かってもらうようお願いした。
荷物として背負っていたリュックを後部座席に座って隣に下ろしてシートベルトをする雷人に運転手が話しかけた。
「その年でダルマ何ちゃらにいくってことは、にいちゃんもしかしてサドゥーってやつかい?あのでかいロボットのパイロットの。前にどデカいロボットが分解運搬されたのを同僚が見たって言ってたから、そいつのパイロットかい?」「えーっと、一応そうです。とは言っても、今まで訓練で実戦はまだなんだけどね。」
鏡越しに雷人を見て、何か凄いモノを見たという顔をする運転手。
「そうか、なら頑張ってくれよな。必ず、この街を守ってくれよ。」
「おう!」
そう言って、ダルマチャクラ鹿嶋支部への道のりは進んで行った。海岸沿いの工場地帯に近いところに支部は存在していた。入り口でタクシーを降りて、門の受付で身分証明書を見せて内側へ入る。とは言っても、敷地が広すぎるため、迎えの車が来るということだった。
「へー、東京の訓練所に比べたら広いな。さすが、鹿嶋支部だぜ。土地が余ってるというか…。」
東京の訓練所は郊外の土地、さらにハジュン被害で更地になったところを使って建てられていたが巨大ロボットが訓練できる場所はそう広くは取れず、もっぱらシュミレータを使った訓練が多かった。ヴァジュラ同士の模擬戦をするだけでもとんでもない騒音公害になってしまうため、限られた時間だけ行うことができるような状況だった。
東京の訓練所を思い出し、鬼教官のシゴキを思い出していると後ろから近づいてくる人の気配があった。
「珍しいわね、私と同じくらいの年齢に見えるけれど。新しくきたサドゥーってあなた?」
背後から声をかけられ、振り返ってみるとそこには自分と同じくらいの女子が立っていた。やや、吊り目気味だが整った顔をしている。長い髪をポニーテールに束ねて、スクーターを手押しで入り口を通った来たようだ。
「多分、だけど当たりだと思うぜ。俺の名前は乾雷人だ!よろしくな!!」
「あ、私の名前は蓮見月華。乾って名字…。一応、聞いておくけれど。あなた、お兄さんは居たりする?」
月華の問いかけに対し、笑顔を若干曇らせて雷人は答える。
「ああ、いたよ。3年前にここの支部でサドゥーをしてた。この支部が半壊する化け物と相打ちになって死んじまったんだけどな。」
「…そう。申し訳なかったわね。辛いお話をさせて。」
「兄さんの話なんて、どうして聞いたんだ?」
雷人の質問に月華は複雑な顔をして、沈黙した。その後、雷人に答えてスクーターに跨った。
「ここで話すのもアレだし、私がサドゥーの部署まで連れていくわ。迎えの車はキャンセルしておくわね。はい、そこで予備ヘルメット借りたから、二人乗りでいけるわ」
「お、おう?」
慣れないヘルメットをつけて、いきなりの申し出で混乱し、女子と二人乗りができるのは想像と何かが逆になってしまってはいたが、青少年としては好奇心とその他が理性やら何やらを勝って押し除けたのだった。月華の腰に手を回すのはドキドキしたが、それはそれとして後ろに乗せてもらい発進する。走り始めてから、月華がヘルメットの中のマイクを使って雷人に話しかけた。
「私もサドゥーよ。乗っているヴァジュラの名前は紗月。3ヶ月前からここで着任してハジュンを倒している。」
「紗月って、それは兄さんの乗ってたヴァジュラの名前だぜ!?」
「私はあなたのお兄さんの大破したヴァジュラのカルマドライブに適合したの。だから、そのままの名前を使わせてもらったのよ。」
ヘルメット越しの会話で、思わず回した手に力が入りかける雷人だった。
「なら、兄さんのヴァジュラはカルマドライブは壊れずに、月華のヴァジュラになったってことか。」
「そういうこと。弟のあなたがカルマドライブ適合者になったのに、私が乗っていてごめんね。」
「いや、そこはどうしようもないぜ。カルマドライブは個々に適性ができるからな。」
人型兵器ヴァジュラは、人が触れることで無限のエネルギーを生み出す動力炉である「カルマドライブ」を用いて動いている。しかし、この動力炉「カルマドライブ」を動かすことができる人間は非常に限られる。体質、精神性、何が原因なのかはわからないが、一つのカルマドライブに対し動かせる人間は数人いれば多い方で、1人の人間しか動かせないなどということもしばしば。
だが、このカルマドライブの輝きを帯びたものでしか、2000年から突如宇宙より飛来して人類を脅かしているハジュンを倒すことはできないのだ。ハジュンは既存の兵器では瞬く間に再生し、致命傷を負ったところで回復して破壊を振り撒く。この存在は、パーパピジュと呼ばれる小さな種子が無生物、生物問わずに寄生し、3m以上の巨大な生物へと変貌を遂げる。全てが人間に対しての破滅を望んでおり、生物に宿ったものは高度の知能を有することもあり、そういったパターンは堕落を誘うこともある。
なぜこのような存在がいるのかは謎だが、ハジュンは禍々しい紫の樹々を育成し、続々と新たなハジュンになるパーパピジュを飛ばし続けている。
「しかし、そうか…。兄さんのヴァジュラはキミが引き継いでたのか。なんだか、嬉しいぜ。」
雷人が笑顔で喜ぶ。それは、月華が思っていたようなリアクションではなく、彼女は驚いた。
「そこは、血縁のあなたが悔しがるとかすると思ってたわ。」
「いや、俺は別のヴァジュラに乗ってるしな。この1年の相棒を軽々しく振ることはできないぜ。」
「それって、あのでっかいヤツね。この鹿嶋支部にはあそこまで大きな機体を格納するところがなかったから、大変だったって整備の人が言ってたの知ってる。」
「そうか?東京の訓練所は基本的にあのくらいの奴が多かったけれどなぁ。」
首を捻りながら返す雷人。鹿嶋支部では10mを超えるヴァジュラは珍しく、3mの小さなヴァジュラを数を揃えて対応していた。しかし、3年前の出来事で支部の弱体化があり、他支部から応援を呼んで対応していた。鹿嶋支部に新しく正式なサドゥーが配属されるのは念願の出来事であり、あの事件以来は蓮沼月華に次いで2人目となった。
そんな話をしているうちに、敷地内のサドゥーの訓練施設や待機所にたどり着いた。この区画でサドゥーたちは勤務時間を過ごすことになる。
「よし!それじゃ先輩方に挨拶だぜ!!」
「あら、それなら私のことね。」
そのセリフに怪訝な表情をする雷人。月華はどうしたのかと、雷人の方を見たままだ。
「うん?他の先輩は?この支部のサドゥーってどうなってるんだ?」
「私が着任して、2ヶ月はいてもらったけれど。私の実力だけで十分ってことで派遣元に戻っていったわ。」
「そんなバカな!?仮に、それでいいとして昼間働いたら、夜間とかどうするんだ!?」
ハジュンの侵攻は昼夜を問わずに行われる。夜間発生があることも記録に多い。昼間に動いていたら、夜間は交代がいるはずである。
「大丈夫、私はここに住んでるようなものだから。夜間にも即座に対応するわよ?」
こともなげに月華が喋る。あまりにも当たり前のように喋られたので、雷人は頭が混乱する。
「えぇ!?そんな規約じゃなかったような気がするぜ?ちょっと労働違反とか、何かあるんじゃないか?」
「自分が好きでやってるんだから、いいのよ。その分、お金はしっかりともらっているからね。私の家、ここら辺で大きなホテルを営んでたんだけれど、街中でのハジュンの発声でホテルが倒壊しちゃってね。たまたま適合した私が、結構いい成績で訓練所を卒業してね。ちょっと厳しい条件だけれど、私1人でこの支部を任せてもらってるってわけ。その分、親に仕送りしてるけれどね。」
サバサバと言ってのける月華。それに対し、雷人の感想が口をついて出た。
「思ったよりも世知辛いぜ。しかし、それなら俺が来た分楽してもらわないとだぜ。」
「期待してるわ、新人さん。」
その後、2人は駐輪場で降り、月下の案内でサドゥー部所に歩んで行った。