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9、初仕事はトラブル続き

 研修明けの最初の日曜日がやってきた。収容所は普通の会社や市役所と違って、年中無休のコンビニエンスストアのように稼働しているので、休みも当然交代で取るという形となっている。旅行などの予定を立てている人は事前に看守長に伝えないとトラブルになってしまうので、気をつけなければならない。しかし、家族のいない私は帰省する必要がないので、その分気楽と言えば気楽だった。

 私とクレアの最初の業務は面談だった。その日も何人かの入所者がやってきたので、私は「面談室A」の部屋に案内して面談を始めた。その時注意が必要なのは絶対に敬語を使わないこと。一度でも使ったら最後で、ずっと囚人に舐められてしまう。

「あなたの罪名は?」

「禁止場所廃棄物不法投棄罪、注意妨害罪、強盗傷害罪で無期懲役になりました」

「なんで、こんなことをした?」

「ゴミ箱がないから、道路の隅っこに空容器を置いていったら、通りすがりのじいさんがうるさく注意をしてきたので、カッとなって蹴る殴るの暴行をくわえ、けがを負わせた挙句、財布の中身を抜き取ってその場から逃げました」

「自分でこんなことをして恥ずかしくないのか?」

「正直自分でも恥ずかしいと思っています……」

「1人でやったのか?」

「仲間とやりました」

 私はこれ以上何も言い返せなくなった。そのあと、ボディチェックをやって、カバンの中身もチェックした。特に危険な物が入っていなかったので、クレアに荷物を金庫室へ持って行かせた。次に顔写真を撮ったあと、胸に466号と書かれたプレートの付いた囚人服に着替えさせて、後ろに手錠をかけたあと、囚人部屋に連れて行った。

「今日からお前の部屋だ。入れ!」

 私は手錠を外して、466号の男性を鉄格子の付いた囚人部屋の中へ入れた。


 そのあと、私はクレアと一緒に収容所内を巡回しようとしたその時、無線で応援要請が入ってきた。

「こちら第二金属作業場、こちら第二金属作業場、囚人が工具を持って暴れている。大至急応援を頼む。オーバー」

 無線で男性看守から応援要請があったので、私はシンディとレイラ、ユイさん、所長にも応援の要請をかけた。

 現場へ駆けつけてみると、男性囚人がハンマーを持って暴れていた。

「どうした?」

 私は男性看守に状況説明を求めた。

「自分がちょっと目を話したら、512号の囚人が暴れだしたのです」

 私はとっさにムチを取り出して威嚇(いかく)したが、まったく効果がなかった。仕方がないので、512号の囚人の体をムチで叩いたけど、正直効き目がなかった。

「これは何の騒ぎだ!」

 今度はユイさんがやってきた。

「看守長、お疲れ様です。実は私も無線で応援要請が入ってきたので、駆けつけてみたら、このざまだったのです」

「おい、なんの真似だ。早く工具を置け!」

 ユイさんはムチで威嚇(いかく)しながら工具を置くよう促したが、まったく応じてくれなかった。

 しばらくすると、今度は所長がやってきて、512号の囚人の腕を強く握りしめた直後、軽く投げ飛ばしてしまった。

「所長、お手を煩わして申し訳ございません」

 ユイさんはその場で頭を下げてお礼を言った。

「まずは、こいつに手錠をかけろ。そのあと俺の部屋に来い」

 所長は少し不機嫌そうな顔をしてユイさんに言った。

「囚人の監視はどうされるのですか?」

「なら、新人の2人に任せる。あとの連中は昼休みに俺の部屋に来い」

「すみません、ここの囚人はどの部屋に戻せばいいのですか……?」

 私は少し緊張気味で所長に確認をとった。

「西側の2階だ」

「ありがとうございます」

 私とクレアが作業場で監視をしている間、男性看守は512号の囚人の手首に手錠をかけたあと、地下の懲罰房へ連れて行った。

「くっさーい」

 強烈な悪臭に耐えられなかった男性看守は思わず口に出してしまった。手錠を外して、空いている部屋に囚人を投げ入れたあと「しばらく反省していろ!」と言って鍵を閉めて立ち去った。


 その頃、私とクレアは男性看守の代わりに監視を続けていた。

 扱っている道具が危険な物ばかりだったので、私とクレアは目を光らせて監視を続けていた。囚人のほとんどが手先が器用だったので、私への質問もなく、そのまま作業が終わったので、私とクレアは囚人たちを部屋へ戻して、再び巡回に入った。

 無線連絡もなかったので、そのまま昼休みに入りたかったのだが、午前中に所長から呼ばれていたので、食事も取らずに所長の部屋へと向かった。


「失礼しまーす」

 ドアを数回ノックしたら、所長が「入っていいぞ」と言ってきたので、私とクレアはそうっと中へ入った。

「あの、ご用件は?……」

「俺が言わなくてもわかっているはずだろ」

 所長は剛腕を見せながら私とクレアに言ってきた。

「もしかして、午前中の事件のことですか?」

「他にどんな要件がある?」

「わかりません……」

 私が控えめな感じで返事をした直後だった。部屋の左側に目線を向けたら、男性看守2人とユイさん、シンディにレイラ、ルイーゼにユナもいた。

「さっき、この男から事情を聞いたのだが、作業中にも関わらず監視をほったらかしにして、席を外したそうなんだよ。どこへ行ってきたのかと聞いてみたら『トレイ』と言いやがった。その間に、さっきのヤツが暴れていたっていう始末だ」

「お言葉ですが所長、自分どうしても我慢が出来なかったので……」

 男性看守が口を挟んできた。

「じゃあ、なぜ業務開始前に行かなかった? 開始前に済ませることも出来たはずだ。それとも『トイレが混んでいて済ませることが出来なかった』と言いたかったのか?」

「実はそうなんです……」

「ばかばかしい。女トイレじゃあるまいし」

「所長、今の発言セクハラになりますよ」

 今度はユイさんが口を挟んできた。

「いや、失敬」

 所長は短く謝った。

「とにかく、お前たち2人は今日から3日間謹慎処分だ。謹慎中は宿舎から一歩も出るなよ。わかったか?」

「わかりました……」

「なら、お前たちに何も言うことは何もない。早く宿舎へ戻って、反省していろ」

 所長が言ったあと、男性看守の2人は短く返事をして帰ってしまった。

「さて、残された君たちを現場に戻したいところだが、その前に無線でみんなを呼んだのは誰のか、正直に答えてもらおうか」

 所長はギョロっとした目つきで私たちに目を向けた。

「あの……、私です……」

 私は言いづらそうに手を挙げながら答えた。

「おまえは確か……」

「310号室の鈴鬼です……」

鈴鬼(れいき)か。なぜみんなを集めた。しかも俺にまで」

「緊急だったからです……」

「いくら緊急でも、手の離せない人間だっている。俺のように暇な人間ならまだいいが、忙しい人間にとってはいい迷惑になる。非常ベルの鳴らし方は知らないのか?」

「いえ……」

「ユイ、これはどういうことなんだ。お前は少なくとも看守長だろ。なんで新人研修の時にこんな大事なことを教えなかったんだ?」

「申し訳ございません」

 ユイさんは所長の前で頭を下げて謝った。

「こんな中途半端な状態で現場に就かせるから、こういう結果になったんだろ」

「おっしゃる通りです……」

「もういい。明日新人たちをもう一度研修棟に集めろ。そして非常ベルの使い方を教えてやれ」

「わかりました」

「それと、明日朝礼が終わった時点で、看守長を対象とした緊急会議を開く」

「わかりました」

「お前たちは自分の持ち場に戻りなさい」

 私たちは所長室を出たあと、巡回がてら囚人たちの監視をすることになった。特に大きなトラブルもなかったので、残った時間でルイーゼたちの所へ向かい、一緒に監視をすることになった。

「総員異常なし!」

 ルイーゼは私とクレアに敬礼してきたので、私は「ごくろう」と短く返事をした。これは現場に入った時の挨拶だった。最初にも言ったように、現場では私語が禁止になっているため、私とクレアもルイーゼたちと一緒に黙って囚人の監視を行なっていた。

 その日も奴隷作業が終わって囚人たちを部屋に戻したあと、夜勤部隊と交代することになった。

「交代の時間だ」

「ごくろう」

 私は敬礼して、短く挨拶をした。


 事務所へ戻って業務日報を済ませた私たちは、そのまま宿舎へ戻ることにした。

「ふう、疲れた」

 私は部屋に入るなり、仮面とウィッグを着けたままベッドで横になってしまった。

「せめて、着替えてからにしようよ」

「そうだね」

 クレアに言われて仮面とウィッグを外して部屋着になった瞬間、再びベッドで寝てしまった。

「ねえ、寝るんだったら食事を済ませからにしようよ」

「うん、そうだね」

 私は生返事をして、そのまま寝てしまった。さらにドアをノックする音がしてルイーゼが私を起こしにやってきた。

「おなかすいたー。ご飯食べようよ」

 ルイーゼは私の体を揺すりながら言ってきた。

「わかった、今起きるから」

 私はルイーゼに起こされて、ベッドから降りた。

「寝るなら食事が終わってからにしろ」

 さらにユナまでが便乗して、ボソっと言ってきた。私は少しだらしのない姿で部屋を出ようとした時だった。

美鈴(みれい)、もうちょっとしゃんとしてよ」

「うん……」

 呆れた顔をしたクレアは、私に洗面所で身だしなみを整えさせて、みんなと一緒に食堂へ行くことにした。中へ入ってみると、収容所で起きたトラブルの話題でいっぱいだった。

「今日、収容所の作業場で囚人が暴れたって本当?」

「なんでも、工具を振り回したみたいだったよ」

「やだあ、こわーい」

 私が怖いのは、あんたらが何でこんな情報を持っているのかだ。さっそく駄々洩れだし、信じられない。どこでこんな情報を仕入れたのか知りたくなってきた。

「お疲れ」

 私たちがテーブルに着いたとたん、シンディが私たちの所にやってきた。

「シンディ先輩、お疲れ様です。レイラ先輩は一緒じゃないのですか?」

「レイラなら、今料理を運んでいるところ」

「そうなんですね。よかったら一緒に食べませんか? 2人分空いていますよ」

「そうだね。せっかくだから、お言葉に甘えることにするよ」

 シンディは私に言われて、空いている椅子に座った。

「シンディ先輩、先ほどはお騒がせして、本当にすみませんでした」

「それはいいけど、あなたたち本当に研修で非常ベルやらなかったの?」

 シンディの言葉を聞いて、私は「いえ、やっていません……」と短く返事をした。

「本当に?」

 シンディは少し疑惑に満ちた感じで聞き返した。

「はい……。本当にやっていませんでした……」

「それなら仕方がないよね。ちゃんと教わったほうがいいよ。非常ベルはとても重要だからね」

「そうですよね……」

 私はシンディの言葉に相づちを打っていた。

「それと明日ユイさんに会ったら、ちゃんと謝ったほうがいいよ。あなたたちのせいで所長に(しか)られたんだからね」

「そうですよね」

「あの、出来れば今日謝りに行きたいのですが……」

 私が短く返事をしたら、クレアが便乗してきた。

「気持ちはわかるけど、今謝りに行ったら逆効果になるわよ。明日の朝、ユイさんが研修室に入ったら、ちゃんと謝ったほうがいいよ」

「わかりました」

「さ、嫌な話はここまで。さめないうちに食べちゃおうか」

 シンディの一言のあと、みんなでいっせいに食べ始めた。


 食事を終えて、部屋に戻った私は明日の研修のことで、改めて疑問に感じてしまった。

「ねえ、クレア、非常ベルの使い方って研修で習う必要ある?」

「本当はないと思うけど、きちんと使うためには、研修を受けたほうがいいと思うよ」

「だよね……」

「ねえ、もしかしてシンディ先輩の言葉、まだ気にしてる?」

「うん……。ユイさん、今日私たちのせいで所長に叱られていたから……」

「私思うけど、今それを気にしていても、うまくいく仕事もいかないと思うよ。それで失敗して先輩たちやユイさんに迷惑をかけたら意味がないと思うんだよ」

「そうだよね……」

「それに『失敗して許されるのは新人の特権』だって所長も言っていたじゃん。今のうちにたくさん失敗しないと成長出来ないと思うよ」

「そうだよね……」

 クレアがもっともらしいことを言ってきたので、私はこれ以上何も言えなくなってしまった。

「じゃあ、そろそろ寝ようか」

「うん、おやすみ」

 私とクレアは明かりを消して眠ってしまった。


 翌朝、私たちは所長に言われた通り「研修室A」の部屋に行って、ユイさんが来るのを待っていた。

 開始時間から5分遅れてユイさんが入ってきた。

「みんな遅れてごめん。今日も所長に叱られた」

 仮面越しから、ユイさんの疲れがもろに伝わってきた。私は椅子から立ち上がってユイさんの所へ行って「昨日はご迷惑をおかけしました」と頭を下げて謝った。その直後、クレアやルイーゼ、ユナも私に続いて一緒に謝った。言うまでもなく研修室の中は騒然としていた。

「もしかして、昨日の所長室の件?」

「はい、そうです……」

「じゃあ、あとで時間を取ってあげるから、今は席に着いてくれる?」

 私たちが席に着いたとたん、ユイさんの話が始まった。

「今日は非常ベルの使い方について話をする。ここでの非常ベルは2種類あって、一つは火災が発生した時に使うベル、もう一つは囚人の対応が自分たちだけでは出来なくなった時に使うベルがある。火災用は赤、囚人用は黄色となっている。音も違うから、くれぐれも間違わないように。では、実際にやってみようか」

「看守長、質問いいですか?」

 1人の女の子が手を挙げた。

「なんだ?」

「非常ベルを鳴らした時点で、外につながることはありませんか?」

「この部屋にある非常ベルは実習用だから、外に聞こえることは絶対にない」

「ありがとうございます」

 ユイさんに言われ、1人ずつ順番に鳴らしてみた。火災用の非常ベルは「ジリリリ……」、囚人用の非常ベルは「ウーウー……」とサイレンが鳴る仕組みとなっていた。

「サイレンが聞こえたら、鳴らした場所に駆けつけること」

「どこに駆けつけたらいいのですか?」

「その場所を無線か放送で知らせる」

「昨日私が無線で呼んだら、所長室で騒ぎになりましたけど……」

 私は納得がいかず、反論してしまった。

「ならマイクで知らせてくれ」

「そのマイク、どこにあるのですか?」

「実は、お前たちが使っている無線機、緊急用としてマイクにもなるんだよ」

「どうやってですか?」

「無線機の横にマイクボタンがある。それを押すと収容所全体に伝わるから、近くにいる人が駆けつける形となる」

「例えばなんですが、昨日のようなケースがあった場合、所長に直接お願いしてもいいのですか?」

「所長を呼ぶか否かは、その時の状況に応じて私が判断する」

「わかりました」

「だから、昨日のように直接呼ぶのは辞めてほしい」

「はい」

 再び研修室でざわめきが起きた。

「あの所長を呼んだの?」

「すごーい」

「勇気あるねー」

 何人かの人がしゃべり始めた。

「はい、そこ静かにする。みんなにも言っておく。緊急時に所長の対応を求める際には必ず私を通してもらいたい。所長も何かと忙しい身であるから、むやみに呼ばれると大変迷惑をする。なお、私を通さずに所長を呼んだ際には部屋ごとの連帯責任として3日間の謹慎処分にする。それと、無線機についているマイクは緊急時以外は使わないこと」

「わかりました」

 そのあと非常ベルの使い方、無線機に付いているマイクの使い方を教わって、時計を見たら研修が中途半端に終わってしまったので、少し早い昼休みに入ることにした。

 私は廊下を歩いているユイさんを捕まえて、昨日発生したトラブルの件について改めて謝ることにした。

「昨日はご迷惑をおかけしました」

「もう気にするな」

「今回の件、謹慎になるのですか?」

「今回は特別だ」

「ありがとうございます。昨日私たちが宿舎に戻ったあと、所長に(しか)られたのですか?」

「少しだけな。もう気にしてないから大丈夫だ。私だってちゃんと教えなかったのが悪いんだから」

「申し訳ございません……」

「もう気にしてないから大丈夫。早く宿舎に戻って昼休みにしろ。モタモタしていると、食堂が使えなくなる」

「ありがとうございます」

 ユイさんに言われ、私はクレア、ルイーゼ、ユナを連れて宿舎の食堂へ向かった。


 宿舎の食堂へ行ってみると、中は誰もいなかった。

「こんにちは。今大丈夫ですか?」

「あれ、これから昼休み?」

 私が少し遠慮がちにおばちゃんに聞いてみたら、意外そうな顔をして聞き返してきた。

「看守長のはからいで、今日は早めに終わりました」

「そうなんだね。余計なお世話かもしれないけど、仮面とウィッグを外したら?」

「そうします」

 私たちは仮面とウィッグを着けていたことを忘れていたので、その場で外すことにした。さらに()めていた手袋も外して、パンを食べ始めた。いつもはせわしなく過ごしていた昼休みも、この日だけはゆっくり時間を過ごすことができた。それでも15分余っていたので、私は仮面とウィッグを着けて、そのあと手袋を()めて現場へ向かうことにした。


 鉄の扉を開けた瞬間、なにやら騒がしかった。

 非常サイレンが鳴っていたので、駆けつけてみたら、女性囚人が1人(くる)ったように暴れていた。

「これはどういうこと?」

 私は近くの人に声をかけて確認をした。

「お疲れ。実はこの女が急に狂い始めたのです」

「囚人番号は?」

「506号」

「わかった。まずはこの女を取り押さえることが先決よ」

 私がムチで床に数回叩いて威嚇したあと、大人しくなったので、すぐに手錠かけて懲罰房送りにした。しかし、地下は仮面を着けていても伝わってしまうほど、ひどい悪臭が漂っていた。

 奥から2番目の部屋に女性囚人を放り込もうとした時だった。

「こんな所に私を放り込んで、どうするつもりだ!」

 506号の女性囚人は、激しく抵抗しながら私に言ってきた。

「ここでしばらく反省をしていろ!」

「ふっ、また懲罰か。仕方ないな」

「つべこべ言わずに中へ入れ!」

 私としては、暗くて悪臭の漂う地下から早く脱出したかった。


 巡回を終えて私とクレアは、事務所へ戻ろうとした時だった。

鈴鬼(れいき)さん、クレアさん、お時間いいですか?」

 廊下の奥から女性看守がやってきた。女性看守は私と同じシルバーのストレートウィッグに紫の唇、右頬に星、左頬に涙の形をした仮面をつけていた。

「お疲れ」

「お疲れ様です」

 私が短く挨拶をしたら、彼女も短く挨拶をしてきた。

「どうしたのです?」

「実は、土砂採石場で作業していたら、女性看守が男性囚人たちから石を投げつけられたり、砂をかけられて大けがをしたみたいなの。男性囚人たちはその場で取り押さえられて懲罰房送り。女性看守は近くの病院に運ばれたから、急きょ別の男性看守が監視をしている状態になっているの」

「彼女、仮面の下を見られたの?」

「そこまで把握していない……。これから緊急会議を開いて彼らをどのように処罰するか決めるみたいなの」

「懲罰にして終わるわけには行かないの?」

「今回、けがを負わせたから場合によっては死刑の可能性もあると思うの」

「でも殺したわけじゃないから、そこまでしなくてもいいのでは?」

「下手をしたら、命にかかわる問題なんだよ」

「その石って、どこを狙われたの?」

「頭って言っていたわよ」

 私は頭と聞いて、なんとなく嫌な予感がした。

「どこの病院?」

「病院の場所はわからない……」

「そっかあ……」

 その時だった。ルイーゼが「いたいた、探したわよ。ユイさんと先輩たちが『鈴鬼(れいき)とクレアはどこだ!』と騒いでいたわよ」と言いながらやってきた。

「先輩たち、ちょっとイラだっていたよ」

 今度はユナが口を挟んできた。

「何かあったの?」

「これから緊急会議だって」

「でも、そんな招集かかってないわよ」

「さっきから無線で何度も呼んだけど、つながらないって騒いでいたよ」

「なら、クレアにつなげればいいじゃん」

 私も納得がいかなかったので言い返した。

「それがクレアの無線もつながらないのよ」

 ルイーゼは相当イラだっていた。仮面で表情はわからなかったが、私たちの前で強い口調で言ってきたので、その気持ちがもろに伝わってきた。

「場所はどこ?」

 私はルイーゼに確認をした。

「この上の会議室よ。急いで」

 ルイーゼは私を急かすように言ってきた。


 会議室の中に入ると、すでに何人かの人が座って待っていた。

「2人とも無線がつながらなかったけど、何かあったの?」

 ユイさんは声を低めながら私に言ってきた。

「実は私にもよくわかりません……」

「あとで、2人の無線機を見せてくれる?」

「わかりました……」

「とにかく先に席に着いてちょうだい」

 私とクレアが席に着いたあと、会議が始まった。

「これから緊急会議を始める。内容は言うまでもなく、先ほど発生した事件のことだ。彼女はルームメイトと一緒に近くの病院に向かった。私もこのあと所長と一緒に病院へ向かい、彼女の容体を確認してくる。そして問題は石をぶつけた囚人と砂をかけた囚人を、これからどのような処罰にするかだ」

「石をぶつけたってことは殺意があるっていうことでしょ? だとしたら、これは死刑でいいと思います」

 最初に手を挙げて発言したのはシンディだった。

「なるほど」

「では、砂をかけた囚人にはどのような処罰を?」

「彼らには終身刑でいいと思います。199号と200号は来月出所を控えていましたが、それを撤回(てっかい)して終身刑にしたいと思います」

「わかりました」

「石をぶつけた201号と202号は死刑、砂をかけた199号と200号は終身刑にする。それに対して異議のある人はいるか?」

 しかし、誰も反論する人がいなかったので、そのまま確定してしまった。

「では、刑の変更届を所長に提出したあと、私は所長と一緒に病院へ行ってくる。では緊急会議終わり」

 みんなが会議室からいなくなった直後だった。

「おい、鈴鬼(れいき)とクレア、ちょっとだけいいか?」

「もしかして会議に遅刻した件のことですか?」

 私は少しビクっと反応しながら確認した。

「そんなに構えなくてもいい。それより2人の無線機を見せてくれないか?」

 ユイさんに言われ、私とクレアは無線機を渡した。

「お前たちの無線機、スクランブルがかかっているよ」

「どういうことですか?」

「それを解除しないと使えないんだよ。2人して変な所を触らなかったか?」

「もしかしたら……」

「やっぱり。これは解除に時間がかかる。しばらく代わりの無線機を使ってくれないか?」

「わかりました。申し訳ございません……」

「私はこれから所長室に行くから、この無線機を返すのは明日以降になるけどいいか?」

「ご迷惑をおかけします」

「気にするな。新人なら必ずやるとは思っていたけど、まさか君たちとは想定外もいいところだったよ」

 ユイさんは苦笑いをしながら答えてくれた。


 私たちが無線室で代わりの無線機を借りに行っているころ、ユイさんは所長室に行って、刑の変更届の書類を記入していた。

「所長、よろしくお願いいたします」

 ユイさんから受けとった書類を所長はチェックして、引き出しからハンコを取り出して捺印(なついん)をした。

「ありがとうございます」

「まさか収容所内でこんな事件が起きるとは思わなかったよ」

「おっしゃる通りです……」

「彼、優秀だったんだけどなあ」

 所長は窓の景色を眺めながら一言呟いた。そのあと、棚から一冊のファイルを取り出して、書類をパラパラとめくっていった。

「囚人番号202号、ケリー。強盗傷害で逮捕。囚人番号201号、スミス。注意妨害罪、窃盗、傷害などで逮捕。そして今回、2人して奴隷作業中に女性看守の頭部に石を数か所当てて、意識不明にさせたのか……」

「その通りです。死刑にするには、充分な理由だと思っています」

「私もそう思ったよ。まさか、獄中にこんな事件が発生するとは……」

 所長はため息交じりに呟き、そのあとは何も言わなくなってしまった。

「死刑執行はいつ頃にされますか?」

「うーん、そうだな。ころ合いを見て決めるよ」

「わかりました」

「それより、早くお見舞いに行かないか?」

「そうですね」

 所長は馬車を手配させ、そのままユイさんと一緒に街の外れにある大きな病院へ向かうことになった。

「ユイ、ここは収容所の外なんだから、仮面とカツラを外したらどうなんだ」

「失礼しました」

 ユイさんは所長に言われて、仮面とウィッグを外して、用意したカバンの中にしまい込んだ直後のことだった。所長とユイさんを乗せた馬車は急に止まってしまった。

「どうした?」

 所長は御者(ぎょしゃ)に尋ねた。

「申し訳ございません。あの先で酔った通行人が暴れていまして、保安官が対応しております」

 御者(ぎょしゃ)は後ろを振り向いて、所長とユイさんに状況を話した。ユイさんは馬車から降りるなり、野次馬たちから詳しく聞いてみると、酔った通行人が木の棒を振り回して暴れて、複数の人にけがを負わせてしまい、被害者たちは近くの病院に搬送されたみたいだった。

 数人の保安官たちは、酔って暴れている通行人を取り押さえて、近くの保安所まで連行していった。

「物騒な世の中ですね」

 ユイさんは馬車に戻るなり、ため息交じりで所長に言ってきた。

「まったくだ。近いうち、あの男もうちの収容所に来るはずだ」

「アル中ってことって、ないですか?」

「さあな。そんなの本人に聞かないとわからん。だからと言って、囚人に酒を提供できるほど、うちは余裕じゃないからな。ああいうのは鉄の扉の中で一度頭を冷やさないとわからんだろ」

「あるいは死刑にする選択肢もありますよ」

「君はすぐ死刑に結びつけようとする」

「申し訳ございません……」

「死刑は基本人殺しをやった人間だけだ。今回だって、特例みたいなものだ」

「おっしゃる通りです……」

「今回の件もすぐに執行したい所だが、勝手にやると法務局の連中が騒ぎ出す。一応報告だけはさせてもらうよ」

「と、言うことは、本来なら法務局の許可がないと無理ってことじゃないですか?」

「死刑にするか否かについての決定権は我々にあるけど、執行の決定権は法務局、それも局長だけにある。来週早々には法務局に行ってくるよ。何か確認しておくことは?」

「いえ、特にありません……」


 所長とユイさんを乗せた馬車は病院の正面玄関に到着したので、受付で確認をしたら、集中治療室で眠っていることだったので、ガラス越しで様子を見ることにした。

「静かに眠っているな」

 所長の最初の一言だった。

「そうですね。もしかしたら、そのまま目が覚めないのかな」

「わからん。っていうか、ここは病院の中だ。縁起でもないことを口にするな」

「申し訳ございません」

「あの……、ご家族の方ですか?」

 しばらくしてから、白衣を着た男性がやってきた。

「私は彼女の勤め先の責任者をやっています、ベアナードと申します」

 所長は白衣を着た男性に名刺を差し出した。

「収容所の所長をされているのですね」

「私は、彼女の直属の上司を務めているユイと申します」

 ユイさんも便乗するかのように名刺を差し出した。

「私は彼女の主治医を務めている、ジャックと申します」

「それで、彼女は助かりますか?」

 ユイさんは表情を険しくさせて、ジャック先生に質問をした。

「ここではなんですから、一度私の問診部屋に来てもらえませんか?」

 所長とユイさんはジャック先生の問診部屋の中に入った。

「改めて、お忙しい中お越し頂き、ありがとうございます。早速ですが彼女の説明に入らせて頂きます。今回の件ですが、脳内に大量の出血と頭骸骨(ずがいこつ)の損傷により、治療が大変困難となっております……」

「それで、彼女は助かるのですか?」

「助けてあげたいのは本音ですが、今の私にはどうすることも出来ません。本当に申し訳ございません……」

 ジャック先生はその場で深く頭を下げてしまった。

「先生、頭を上げてください。もう一度聞きますが、彼女は助かるのですか?」

 ユイさんは表情を険しくさせて、ジャック先生に質問をした。

「もって明日まで。下手をしたら今夜お亡くなりになるかもしれません……」

 ユイさんは、その言葉を聞いて、ショックを受けて泣いてしまった。

「出来ることなら、私も助けてあげたかった……。非力な私を許してください……」

 所長もユイさんも、頭を下げたジャック先生をこれ以上責めることは出来なかった。


 さらに翌日、彼女は死んでしまい、葬儀は一部の人だけで簡単に済ませることになった。銀色に染めれた彼女の棺の中には、制服と仮面、ウィッグ、手錠、ムチなどが収められて、宿舎裏側にある小さな庭に埋めることにした。

 その日の午後、所長は法務局へ行って、死刑執行の許可証をもらってきた。


 次の日の午前11時ごろの出来事だった。何も知らされていない懲罰房へ入れられていた201号と202号の2人の男性囚人は、ドアが開いた瞬間、また部屋に戻れるという安心感を出してしまった。しかし、男性看守は後ろに手錠をかけ、収容所外れにある死刑執行場へと2人の囚人を連れて行った。

「だんな、部屋とは違う方角へ連れていかれているのですが、俺たちどこへ向かうのですか?」

「黙って静かについて行けばいいんだ。つべこべ言うな」

 男性看守に怒鳴られ、201号は何も言えなくなってしまった。着いた場所は古い木造の建屋だった。中へ入ってみると長椅子が左右に一つずつ置かれていて、そこに看守と囚人が座ることになった。

「201号、時間だ。来い!」

 男性看守に言われ、奥の部屋に入った。

 中に入ると女性看守2人とユイさん、所長、法務局長が待ち構えていた。そして、その奥には絞首台(こうしゅだい)があった。

「ここがどこだか、わかったようだね」

 法務局長はゆっくりとした口調で201号に尋ねた。

「はい……」

「誠に残念だが、そろそろお別れの時間がやってきた。最後に言い残すことはないか?」

「いえ特に……。自分には家族も親戚も友達もいませんので……」

「法務局長、お待ちください」

 ユイさんは亡くなった彼女の遺影(いえい)を持ってきて、「お前、彼女に何か言うことはないか!」と強く言ってきた。仮面を着けて表情は読めなかったが、彼に対する強い怒りがもろに伝わってきた。

「私の身勝手な理由で大切な仲間の命を奪った罪は重たいと思っています。一時の感情がこういう結果になってしまいました。本当に申し訳なく思っています……」

「お前、本当にそう思っているのか?」

「私のやってきたことは取り返しのつかないことだと思っています……」

「当たり前だ! だけど、貴様が死んだところで彼女は帰ってこない。わかっているのか!」

「おいユイ、この辺にしてくれないか」

 所長が止めに入ってきた。

「所長……」

「気持ちはわかるが、この辺にしてほしい」

「わかりました……」

 201号はそのまま法務局長と一緒に絞首台へと向かい、首にロープをかけられてしまった。数分後、201号はそのまま宙づりにされた状態で死んでしまった。死体はそのまま白い木製の棺に入れられ、収容所の裏山にある囚人専用の墓地に埋葬されることになってしまった。

 そのあと202号も201号と同じような流れで処刑をされて、棺に入れられてしまった。

 今回は特殊なケースだったため、収容所内での処刑となったが、本来なら裁判で死刑判決を受けた人は公開処刑となるケースが多いのである。


 その頃私たちは午前中の仕事を終えて、宿舎の食堂で昼休みに入ろうとした時だった。廊下はもちろん、食堂内でも死刑執行の話題が広がっていた。

「ねえねえ、知ってる? 今日2人の囚人が死刑執行されたんだって?」

「そうみたいだね」

「原因はなんだったの?」

「私にもよくわからないけど、土砂採石場で奴隷作業をしていた時、監視をしていた女性看守が男性囚人たちに石をぶつけられたのが原因だったみたい……」

「でも、裁判で刑が確定したあと、変更ってできるの?」

「それが所長経由で、法務局長へ申請用紙を持って行けば変更が可能みたいなの」

「そうなんだね……」

「ちなみに砂をかけた男性囚人たちは終身刑になったみたいだよ」

「じゃあ、その石をぶつけられた女性看守ってどうなったの?」

「死んじゃった。葬式も一部の人だけで済ませたみたい」

「それで、死刑になったんだね」

 食堂中に噂が広がっていた。


 部屋に戻った私たちは、ベッドに疲れた体を放り投げて、横になっていた。

「食堂の中、先日の事件の話題で染まっていたね」

 私は天井を見上げながら一言呟いた。

「そうだったね。あれだけ派手な事件が起きたんだから、仕方がないよ」

「私、土砂採石場の担当になりたくない……」

「あんな事件が起きたからね。ちなみに金属加工の作業場で工具を振り回した男性囚人は処遇困難者という扱いで、鳥かごのような空間で生活するみたいだよ」

「そうなんだね」

「あと、禁止場所廃棄物不法投棄罪で逮捕された人の9割以上は街の清掃ボランティアに駆り出されているみたい」

「その場合、外でも仮面を着けるようになるの?」

「女性看守ならね。でも、清掃ボランティアの監視のほとんどが男性看守だから」

「そうなんだね」

「囚人たちには逃げられないように手足に鎖をつなげて、首には<私はポイ捨てやゴミの置き去りの常習犯です>と書かれたプレートを提げられるんだよ。あと、用心のために私服の保安官も配備しているみたいなの」

「結構、厳重なんだね」

「そうしないと、脱走されたらアウトじゃん。普通に街の中だし」

「そうだよね」

「ちなみ、男性看守にはショットガンの所持が認められているんだよ」

「でも私たちの時にはショットガンの実習がなかったわよ」

「女性看守はムチ、男性看守は警棒とショットガンを所持するんだよ」

「知らなかった」

「街中で脱走しようとしたら、ショットガンで威嚇(いかく)も出来るんだよ」

「そうなんだね」

「私服の保安官も拳銃で威嚇(いかく)するみたいだよ」

「クレア、随分と詳しいんだね。どこで情報を仕入れてきたの?」

「先輩たちから聞いた」

「そうなんだね」

 私はクレアの言っていることに相づちを打ってばかりだった。

「ちなみに話を戻すけど、今後土砂採石場を監視する時にはフェイスシールド付きのヘルメットが支給されるみたい」

「フェイスシールドって、仮面の上につける感じなの?」

「たぶんそうじゃない?」

「これも、先輩たちから仕入れた情報?」

「うん」

「他にも監視を2人から4人に増やすようなことを言っていたよ」

「そうなんだね。しかし、看守に石をぶつけるって、どうかしているよね」

「私が思うには、その前にも何かあったはずだよ。明日、砂をかけた2人に聞いてみない?」

「面談を行なうには看守長の許可がいると思うよ」

「大丈夫だよ。ユイさんなら、すぐに許可を出すと思うから」

 私はクレアの軽い考えに不安を覚えてしまった。


 翌日、朝礼前に私とクレアはユイさんに面会の許可をもらおうとした。

「おはようございます。実は折入ってご相談があります」

「どうした、急にあらたまって。まさか給料の値上げか? それとも休みが欲しくなったのか?」

 私の問いかけにユイさんは冗談交じりで答えた。

「実は囚人と面会をしてみたいと思うのです」

「面会? どの囚人と?」

 私が囚人との面会を求めたら、ユイさんは声を低めて聞き返した。

「何かヤバいことを言いましたか?」

「そうじゃないけど……。もう一度聞くけど、どの囚人と話したいの?」

「先日、彼女に砂をかけた囚人です……」

「彼と会って、どうするの?」

「砂をかけた理由を聞いてみたいのです……。ダメでしょうか……」

「相手は武器を隠し持っている可能性もあるんだよ。その覚悟は出来ているの?」

「彼はどんな容疑で来たのですか?」

「放火、爆発物使用の容疑など。本来なら死刑になる所を、裁判で泣きながら謝罪をしていたという理由で25年の懲役になったけど、今回の事件で終身刑に変更されたんだよ。なあ鈴鬼(れいき)、彼がここに来る前、なんて言われていたか知っているか?」

「いえ……」

「放火のジャック、またの名を爆弾魔と呼ばれていたんだよ。砂をかけられたり、石を投げつけられたりで済んでよかったと思ったほうがいいよ。下手をしたら、普通に火薬を隠し持ってるかもしれないから……」

「そんな危険な人をなんで死刑にしなかったのですか?」

「さっきも言ったように、彼が裁判で泣きながら謝ったからなんだよ。とにかく彼との面会は禁止」

「それっきり、ユイさんは何も言わなかった」


 ミーティングを終えて、奴隷作業の監視に入ることにした。その日はよりにもよって土砂採石場に当たってしまった。私とクレア、ルイーゼ、ユナは支給されたフェイスシールド付きのヘルメットを着用して、囚人を監視することにした。囚人たちには特に目立った動きがなく、普通に作業していた。それぞれ砂利や砂などを所定の場所まで運んでいったので、(とどこう)りなく終わることができた。

 昼休みは交代で休憩に入ることにしたので、最初に私とクレア、その次にルイーゼとユナが休憩をとる形となった。

 私が「総員異常なし!」と敬礼しながら挨拶をしたら、ルイーゼは「ごくろう!」と敬礼をしながら短く答えてくれた。しかも、囚人の前では私語厳禁だったので、必要以外の会話は控えていた。

 その時だった、何人かの囚人たちが集まって会話をしていた。

「お前たち何を話していたんだ。どんな内容か教えろ!」

 私は男性囚人の所へ行って、状況を確認した。

「看守さん、298号が足をけがをしてしまったらしいのです」

「どれ、見せろ」

 私は298号の男性囚人の右足を見ることにした。

「右の足か?」

「はい、そうです……」

「よし、わかった。今、救護を呼ぶから待っていろ」

 私は救護担当に担架を用意すよう無線で指示をだした。待つこと15分、担架を持った2人の男性看守がやってきて、そのあと医務担当の男性看守もやってきた。

 298号の男性囚人は担架に乗せられて、そのまま医務室へと運ばれた。

「お前たち何を見ている。見世物じゃないんだ。さっさと作業に戻れ!」

 私の一声で囚人たちは黙々と作業を進めていった。


 囚人たちを部屋に戻したあと、私たちは一度事務所へ戻って日程の確認をした。木曜日の日程を見たら、私とクレアが入浴の担当になっていた。入浴は二部屋合同となっていて、女子の入浴時間は男子よりも5分長い20分という短い時間で済ませる形になっていた。

洗い場の数に制限があるため、先輩たちが担当していた時にはトラブルの情報もあった。

「どうしたの、ため息なんかついて。心配ごとでもあるの?」

 書類を整理をしていたシンディが私に声をかけてくれた。

「シンディ先輩、お疲れ様です。明後日、入浴の監視が入っているのです」

「入浴なんて、ただ見ていればいいだけの話だよ。何か引っかかることでもあるの?」

「特には……」

「じゃあ、なんでため息なんかついているの?」

「またトラブルが発生しそうで……」

「収容所だからね」

 シンディは苦笑いをしながら答えていた。

「ですよね……。ただ……」

「ただ?」

 シンディは再び聞き返した。

「囚人たちが私に水をかけてこないか、心配になってきて……」

「それなら大丈夫よ。監視スペースにアクリル板が設置してあるから」

「そうなんですね」

「あと、監視スペースには残り時間を表示するタイマーもあって、時間になればアラームが作動して、強制的に浴室から出させる仕組みになっているんだよ」

「わかりました」

「あと、何かあったら非常ボタンで知らせて」

「浴室にも非常ボタンがあるのですか?」

「あるわよ。それでもダメな時には無線で呼んで」

「わかりました、ありがとうございます」


 そして迎えた明後日の夕方であった。私とクレアは女性収容所の3号室と4号室の囚人を浴室まで連れて行った。

 浴室の中は決して綺麗とは言えなかった。洗面器は黄ばんでいたり、壁のタイルはカビだらけだった。あとで先輩たちやユイさんと相談して囚人たちに掃除をやらせよう。

「全員、止まれ!」

 クレアは浴室の入口で囚人たちを止めたあと、脱衣場で「全員、脱衣開始!」と号令をかけた。

 服を脱ぎ終えた囚人たちは浴室に入るなり、「入浴開始!」と私の号令で浴槽に入ったり、体を洗うなどの動作をしていた。しかし、ここは収容所なので、私語は禁止となっていた。タイマーがカウントダウンしていくうちに、今までゆっくりしていた囚人たちは急に(あせ)りだしたり、すでに洗い終えた囚人は着替え終えて脱衣所で待機していた。出入口にはクレアが監視しているため、脱走は不可能となっていた。

 時間を忘れて、ゆっくり浴槽に浸かっていた囚人たちは退室時刻になっても入っていたので、「時間だ、出ろ!」と私が言っても、出ようとしなかった。ムチで威嚇(いかく)されて、始めて動く囚人も中にはいた。特に大きなトラブルもなく、囚人を部屋に戻したあと、事務所で作業をやっていた時だった。

鈴鬼(れいき)、クレア、ルイーゼ、ユナ、ちょっといい?」

「なんですか?」

 ユイさんが私たちに声をかけたので、絶対に何かあると思って不安を感じてしまった。

「出来たらでいいんだけど、来週の日曜日から夜勤を引き受けてほしいんだけど……」

「夜勤って何をやるのですか?」

「日勤とほとんど変わらないんだけど、たまに脱走の話が出るのよ。だから、きちんと見回りをしてほしいの」

「そうなんですね……」

「大丈夫、あなたたちだけじゃなくて、シンディとレイラも一緒だから」

「あの、ユイさんは?」

 今度はクレアまでが不安そうに聞いてきた。

「もちろん、私もだよ」

「そうなんですね」

「私だけ日勤だと思った?」

「はい……」

「そんなわけないでしょ」

「それで時間は?」

「夜9時から翌朝5時まで。そのあとは日勤の人と交代だから、あなたたちは宿舎へ戻って寝てちょうだい。ちなみに早朝の宿舎の食堂にモーニングセットが出るみたいだよ」

 それを聞いた私たちのテンションは少しだけ上がった。

「あと、夜間勤務は昼間勤務と違って奴隷作業の監視がない分、楽かもしれないよ」

「わかりました、ありがとうございます」


 そして迎えた日曜日の夜。眠い目をこすって、ベッドから起き上がって顔を洗ったあと、制服に着替えて、仮面を着けてウィッグを被った。しかし、クレアはと言うとベッドで気持ちよさそうに寝ていたので、私は何度か揺り起こしてみたけど、起きる気配がなかった。

「クレア、起きてよ。早く起きないと遅刻するよ」

「今、何時?」

「8時30分よ。今日から夜勤なんでしょ?」

「あ、そうだった!」

 クレアは起き上がるなり、着替えて仮面とウィッグを着けて、出ようとした時だった。ドアをノックする音が聞こえたので、そうっと開けたらルイーゼたちがやってきた。

「そろそろ時間だけど、出られそう?」

 ルイーゼは小さめの声で私に聞いてきた。

「私は大丈夫だけど、クレアがちょっと……」

「ちょっと?」

「ウィッグで手間取っている」

「ちょっと待ちな」

 ルイーゼは慣れた手つきで、クレアのウィッグを綺麗に整えた。

「これで完璧よ。ムチと手錠持った?」

「ちょっと待って」

 クレアはクローゼットからムチと手錠を取り出して、腰につけたあと、廊下をゆっくり歩いて行った。さすがに夜だけあって、宿舎の廊下は静かだった。

 

 収容所の事務所に着くと、すでにユイさんとシンディたちが待っていた。

「遅い!」

 それがユイさんの最初の一声だった。

「申し訳ございません……」

「今日は初日だから、この一言で勘弁してあげる」

 私が頭を下げて謝ったら、ユイさんはあっさり許してくれた。そのあと、シンディが人数分の懐中電灯を渡して、見回りを開始することになった。

「何かあったら無線で連絡するように。それでは巡回開始」

 ユイさんの一声で私たちは巡回することになった。廊下には等間隔に蛍光灯が灯されていて、囚人の部屋には小さな豆電球が灯されていた。部屋の中を懐中電灯で照らして、布団から顔が見えているかどうかを確認した。しかし、中には掛け布団を頭まで覆っている人もいたので、私とクレアは中に入って、掛け布団を少しめくりあげて確認した。

「鈴鬼、布団なんかめくってどうしたの?」

 横にいたクレアが小さい声で私に聞いてきた。

「脱走の疑いがあったから」

「そうなんだね」

 最後に収容所の外を巡回して事務所へ戻ろうとした時だった。ルイーゼから囚人同士のトラブルが発生したと無線連絡が入ってきた。

 問題の部屋に行ってみると、女子の囚人部屋で殴り合いが発生していたので、私はムチを数回叩いて威嚇した。

「何事だ! 早くけんかをやめろ!」

 私はあわてて止めに入った。けんかが収まったところで、改めて様子を聞くことにした。

「これはどういうことなんだ、言ってみろ!」

「実は……」

「おい300号、ちゃんと言え!」

 私は再びムチを床に叩いて威嚇(いかく)した。

「実は302号のいびきが気になって……」

「それで、暴力に走ったというのか?」

「看守、私寝ていただけなのに暴力の被害を受けたのです。おかしくありませんか?」

「お前も300号に殴り返していただろ」

「私のは正当防衛です。看守なのにご存じないのですか?」

「黙れ! お前も一緒にやっていただろ。とにかく理由はどうあれ、けんかは両成敗。2人とも懲罰だ!」

 私とクレアは300号と302号の2人の囚人に手錠をかけて、地下の懲罰房へ連れて行った。

「ここで、しばらく反省していろ!」

「へーい」

 私は手錠を外して、300号を放り投げるように入れた。鍵を閉めてクレアのところへ行ってみると、302号が入ろうとしなかった。

「どうした」

「302号が入ろうとしません」

「おい、早く入れ!」

「私は悪くない!」

「抵抗すると、懲罰が長引くぞ。それでもいいのか!」

「なら、弁護士を呼ぶ権利を行使する」

「こんな時間にか?」

「……」

 しかし、彼女はこれ以上何も言い返してこなかった。

「お前も一緒にけんかをしたんだから両成敗だ。わかったなら、早く入れ!」

 302号を入れたあと、地下の廊下を歩くことにした。天井の薄明かりが恐怖を感じさせ、仮面を着けていても伝わってくる強烈な悪臭。しかも今まで気がつかなかったけど、廊下の片隅にネズミの死骸(しがい)もあった。あとで囚人たちにやらせておこう。

「クレア、ネズミの死骸(しがい)が……」

「わかっている。あと、ここでは私語厳禁よ」

 クレアに注意されたあと事務所へ戻ってみると、みんなが休憩をとっていた。

「お疲れ。本当なら何か出してあげたい所だったけど、ここには何もないから許してくれ」

 ユイさんが、言い訳をするように私たちに声をかけてきた。

「いえ、大丈夫です。私たち仮面を着けているし、ここでは素顔を公開するのは禁じられているので……」

「そうだったな」

 ユイさんは私の言ったことに対して苦笑いをして答えていた。

「そういえば、地下の廊下にネズミの死骸(しがい)がありました」

「地下って懲罰房のある所か?」

「はい……」

「わかった。あとで掃除担当の囚人にやらせておくよ」

 私が報告すると、ユイさんは淡々と返事をした。再び中や外を巡回していくうちに、ゆっくりと夜が明けていった。

 一休みして、日勤部隊と交代をしたあと、私とクレアは宿舎に戻ってベッドで深く眠ってしまった。


 10話へ続く

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