3、始めの第一歩
宿屋のお手伝いをしながら私は面接当日を待っていた。そして、明日がその当日。まったく緊張していないと言ったら嘘になってしまう。だからと言って緊張していても何も始まらないから、その日の夜は早く寝ることにした。
翌朝、食事を済ませた私は宿屋の主人から頂いたお守りを持って、街の外れにある収容所へ向かった。しかし、会場の入口は正面の大きな正門ではなく、西側にある小さな門だった。受付で案内状と受験票を見せたあと、奥にある小さな建屋へと向かった。さらに奥へ進むと「受験者控室」と書かれた入口があったので、中へ入ってみると学校の教室くらいの広さの部屋に木でできた椅子がいくつか並べられていたので、私は座って待つことにした。
待つこと数分、その間の緊張感が何とも言えなかった。人が減っていくのと同時に緊張も高まってきた。
その時、ドアが開いて仮面をつけた案内人役の看守が私の番号を読み上げたので、私は面談室までついていくことにした。案内人役が軽くドアをノックして開けた瞬間、部屋の奥から「どうぞ」という声が聞こえたので、私は部屋の中へゆっくり入っていった。
「受験番号129番、鬼頭美鈴です。よろしくお願いします」
「よし、座ってくれ」
私が軽く一礼をした直後、木の椅子に座るよう指示が出た。
面接官は仮面を着けていたので、表情が読み取れなかった。
「まずはリラックスしてくれ」
「はい……」
「こんな仮面を着けていたら、余計に緊張するよね。でも、これだけは分かってほしいんだけど、職務上どうしても外せないから許してほしいの」
「分かりました……。あの気になっていましたけど、なんで仮面をつけているのですか?」
「気になる?」
「はい……」
「私たちのお仕事は、囚人たちの相手をすることなの」
「囚人って、犯罪者のことですよね」
「そうよ。彼らはいろんな場所でいろんな罪を犯してきたから、その分厳しく管理しないといけないの。特に女性の看守の場合、男性の看守と違って舐められやすいっていうか、どうしても軽く見られやすくなるの。だから、食事と入浴、寝る時、あとプライベートでいる時以外はずっと仮面をつけていないといけない決まりがあるの」
「あの質問いいですか?」
「なんですか?」
「素顔非公開と言いながら、お食事の時は外しても問題ないのですか?」
「だって仮面を外さないと食事が出来ないでしょ?」
「お食事の時って、男性も一緒なんですよね?」
「そのこと? それなら問題ないわ。収容所の近くに看守の宿舎があって、そこは男女別々になっているの」
「そうなんですね」
「話は変わるけど、あなたは今、宿屋で暮らしているみたいだけど、何か理由があって?」
「実は住む家がないので、いろんな場所でお世話になってきました……」
「ごめんなさい、なんだか悪いことを聞いちゃったみたいで……」
「いえ、気にしないでください……」
いつの間にか2人の間に重たい空気が漂っていた。
「でも、入所したら宿舎に入れるから、誰かに気を使わなくても済むわよ」
「そうなんですね」
「食事も美味しいし、ベッドもフカフカだよ」
仮面越しとはいえ、面接官がやわらかい言い方になっていることは確かだった。しかも「早く入ってきなよ」と誘い込むような話し方になっていた。
「合格したら、是非収容所で働かせて頂きたいです」
「だから、緊張しなくてもいいんだよ」
面接官がいくらリラックスさせても緊張するものはしてしまう。この緊張した空間から早く脱出したい。
「ねえ、『今早く面接終わってほしい』って思わなかった?」
この人テレパシー使えるの? 私は思わず心の中で呟いてしまった。
「そんなことはありません」
「じゃあ、なんで楽しそうじゃないの?」
「それはその……、緊張しているからです」
私は必死に理由を探した。
「もっと楽しく会話をしようよ」
そう言われても、話す話題が見つからない。もしかして、これもテスト? 再び心の中で呟いた時だった。
「私ばかり質問してもつまらないから、今度は美鈴さんから私に質問してくれる?」
私が質問? いったい何を質問したらいいか分からなかった。
「この職種って年齢制限ってあるのですか?」
「特にないけど、あえて言うなら30代までかな」
「30代を過ぎるとどうなるのですか?」
「そうねえ、別の職種へ飛ばされてしまうんだよ」
「結構早く降ろされるのですね」
「まあ、体力を使うから」
「もしかして肉体労働もあるのですか?」
「ううん、長時間立って監視したり、看守に抵抗した囚人や囚人同士でのけんかを取り押さえないといけないの。その時、体力に衰えを感じた人が取り押さえに入っても簡単にはじかれてしまうの」
「そうなんですね……。一つ気になりましたが、腰に身に着けているムチは使わないのですか?」
「ムチは最後の手段。基本は威嚇することがあっても、やたらむやみに叩くことはないから」
「そうなんですね……」
「もしかして、ムチを叩いてみたかった?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「本当のことを言ってみて」
「はい、使ってみたいです……」
私が短く返事をしたら、面接官は腰に身に着けているムチを取り出して渡してくれた。手に持った瞬間、ズシっとくる重さを感じてしまった。
「結構、重たいんですね」
「その分、威力もあるわよ。ちょっと叩いてみて」
私は面接官から少し離れた場所で床にめがけて叩いてみた。するとビシッという力強い音が聞こえてきた。
「音も迫力ありますね」
「音だけでも、充分に抑止力になるんだよ」
「そうなんですね。ムチありがとうございました」
面接官にムチを返したあと、再び話が続いた。
「では、面接はここまでにしますが、最後に確認しておきたいことはありますか?」
「あの、さし支えなければ、お名前聞いてもいいですか?」
「私はユイ」
「ユイさんですね、ありがとうございます。それでは失礼します」
出入口のドアの前で一礼をしたあと、収容所を出て宿屋へ戻った。
「お帰り、面接どうだった?」
宿屋の主人がお皿を拭きながら私に声をかけてきた。
「ちょっと自信ないかも……」
「ちゃんと答えられたんでしょ?」
「はい……」
「だったら、問題ないよ。絶対に受かるから」
「だといいのですが……」
「何かやらかしたのかね?」
「実は面接官が持っているムチを使わせてもらったのです」
「それって、美鈴ちゃんの意志で使ったのかね?」
「違います、面接官に勧められて……」
「それだったら問題ないよ。面接官に『ちょっと使ってみる?』と勧められたんでしょ? だったら好意に答えるべきだよ。逆に断る方が失礼だからね」
宿屋の主人が穏やかに話してくれたので、少しだけ安心した。
「そうなんですね」
「今日は疲れたでしょ? ゆっくり部屋で休みなさい。食事はあとで部屋に持って行くから」
「ありがとうございます」
宿屋の主人の好意に甘えて、部屋に戻るなりシャワーを浴びて、そのままベッドで横になろうとした時だった。部屋のドアをノックする音が聞こえたので、私はそっとドアを開けてみると、宿屋の主人がパンと野菜スープを載せたお盆を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
「ゆっくり召し上がってくれよ」
宿屋の主人がそう言い残して、いなくなってしまったあと、私は部屋に置いてある小さなテーブルでスープを飲みながらパンをゆっくり食べ始めた。仮面越しだから表情が分からないもの、あれは間違いなく私を落としたがっていたに違いない。しかし、それを心配しても始まらないから、今は結果を待つことにしよう。
手伝いをしながら結果を待つこと1週間、収容所の人間が宿屋を尋ねてきた。
「いらっしゃい、なんのご用でしょうか」
宿屋の主人は目を点にさせて、収容所の人間に尋ねた。
「こちらの郵便物を鬼頭美鈴さんに渡してあげてください」
「はい……」
収容所の人間は一言言い残したあと、いなくなってしまった。
「美鈴ちゃん、入るよ」
宿屋の主人はドアをノックするなり、部屋の中に入って通知の入った封筒を渡していなくなった。引き出しにあるペーパーナイフを取り出して、封筒をゆっくり開けて中身を取り出してみると、結果通知が出てきたので読み上げることにした。
<受験番号129番 鬼頭美鈴様。このたびは当収容所の面接にお越しいただき、ありがとうございました。つきましては今回の結果を”合格”としますので、貴殿のお越しをお待ちしております>
それを読んだ瞬間、私は嬉しくなって宿屋の主人に報告しに行った。
「私、試験に合格しました」
「やったじゃないか!」
「ありがとうございます」
「今夜はごちそうだー!」
その日の夜、食堂には鶏肉、焼き魚、野菜、果物などがたくさん並べられていた。
「だんな、今日何かいいことでもあったのですか?」
1人の宿泊客が驚いた表情で聞いてきた。
「実はこの子の合格祝いなんだよ」
「何か試験でも受けたのですか?」
お客さんが疑問に感じて、宿屋の主人に質問をした。
「この子が収容所の看守になったんだよ」
「そりゃあ、めでたいな。よし、一緒に乾杯しよう」
お客さんは目の前のコップにビールを注いでいった。
「さ、お嬢さんも」
「あの、私お酒が飲めないのです」
「そんなことを言わずに一杯だけでも」
「ごめんなさい、本当に飲めないのです」
お客さんは私にしつこくビールを勧めていたので、私としては非常に困っていた。
「お客さん、この子はお酒がまったく飲めないのですよ。ですから、無理に勧めるのは辞めてもらえないかな」
その時、宿屋の主人が止めに入ってきた。
「すまねえ、いつもの悪い癖が出てしまった。今日は嬢ちゃんが主役なんだから、飲めない分たくさん食べてくれよ。お酒が飲めないならジュースがあるから、それを飲んでくれよ」
「ありがとうございます」
私のコップにぶどうジュースが注がれたあと、宿屋の主人によって乾杯の音頭が始まった。
「それでは、鬼頭美鈴ちゃんの看守の合格を祝してカンパーイ!」
その直後、みんなは飲んで食べて騒ぎ出す始末。私は目の前の料理を次々と食べていった。ジュースを飲んだ直後、別の客がメロメロに酔った状態で、私に近寄ってきた。
「なあ、料理うまいか?」
「はい、美味しいです」
「お前、何飲んでいるんだ?」
「ジュースです……」
「ジュースなんかいいから、酒飲めよ」
「私、お酒飲めないのです」
「んだと? 俺の酒が飲めねえっていうのか?」
何、アルハラ? ちょっと誰か助けて。
「私、本当に飲めないのです……」
「付き合いなんだから、一杯くらい飲めよ」
「本当に勘弁してください」
「お客さん、他のお客さんが迷惑しているので、この辺にしてもらっていいですか?」
宿屋の主人が止めに入ってきた。
「テメーは引っ込んでいろ!」
酔った客は目の前の料理を皿ごと床にひっくり返してしまった。
「お客さん、これ以上のおいたは辞めてもらえますか? でないと保安官を呼びますよ」
「保安官がなんだというんだ!」
宿屋の主人は自分ではお手上げになってしまったので、電話で保安官を呼ぶことにした。
「もしもし、保安官ですか? 宿屋に酔って暴れている客がいるのです、至急対応をお願いいたします」
「分かりました、すぐに向かいます」
待つこと数分、数人の保安官がやってきた。
「先ほど通報が入ったのですが、酔って暴れいる客とは君かね?」
「誰なんだ、テメーは!」
「自分は保安官です」
「その保安官がなんだと言うんだ?」
「少しお話を聞かせてほしいのです」
「話すことなんか、ねえよ。ここの主人が俺にイチャモンをつけてきたんだよ!」
「私は、この人が料理をダメにしたから注意をしただけで……」
「なら、俺がやったという証拠はどこにあるんだ? 証拠あるんだろ。さっさと出せよ!」
「私、見ました。酔って暴れたうえ、料理をひっくり返しました」
1人の女性客がボソっと呟くように言ってきた。
「見たなら証拠出せ!」
酔った客が再び暴れだそうとした瞬間、保安官が取り押さえ、手錠をかけてしまった。
「なら、あなたを器物損壊と業務妨害で逮捕します」
酔った客は、そのまま連行されてしまった。
その日の食事会は終わってしまい、みんなで片付けを手伝ったあと、部屋に戻ってしまった。
どこの世界に行っても大人げない人っているんだな。私はベッドの上で呟いてしまった。
翌朝、食事を済ませた私は荷物を持って、宿屋の主人に一言挨拶をした。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「いや、こちらこそ、何もしてやれなくてすまなかった。看守の仕事頑張ってこいよ」
「ありがとうございます。またここに来てもいいですか?」
「ああ。待っているから好きな時に戻ってこい」
「それでは失礼します」
笑顔で見送られた私はそのまま収容所へ歩いていった。
収容所に着いて最初に待ち構えていたのは、入口での所持品検査だった。カバンの中身はもちろんのこと、ポケットの中身などすべてチェックしていたため、中に入るまで時間がかかってしまった。そして私の順番が来て、仮面に白いワンピースの形をした軍服姿の女性が私のカバンの中身をチェックし始めた。
「持ってきたものはこれだけか?」
「はい、こちらの着替えだけとなっています」
「すまないが体も調べさせてもらうぞ」
仮面をつけた女性は私の体をパンパンとかるく叩きながら調べていった。
「何も持っていなさそうだから、そのまま通ってよし。中に入ると受付があるから、そこへ行くように」
「分かりました、ありがとうございます」
受付に向かうと、またしても長蛇の列。それだけでも充分な体力を使ったような気がした。やっと自分の順番が来て、部屋の番号が書かれた紙と簡単なしおりを渡されて宿舎へと向かった。宿舎は収容所とつながっているので、迷うことなく行くことが出来た。建物は三階建で、入口には囚人が間違って入ってこないようにオートロック式の扉になっていた。私の部屋は3階の真ん中にある310号室になっていたので、そのまま階段で向かうことにした。
部屋の中に入ってみると二段ベッドに机が2つ、浴室に洗面所、トイレが備えられていた。
クローゼットのドアを開けてみると、2人分のパジャマと見習い制服、ジャージ、運動靴、ローファが入っていて、机の上にはこれから講義で使う教科書とノートも置いてあった。洗面台には2人分の歯ブラシと歯磨き粉、そしてタオルもあった。浴室を覗いてみると、シャンプーとリンス、ボディソープが置いてあった。
再び部屋に戻って、小さなテーブルに目を向けたら、メモ書きが置いてあり、<部屋の備品が足りなくなったり、必用なものがございましたら、内線電話で看守長又は備品担当まで連絡するように>と書かれていた。ここまで気配りされたのは初めてだったので、私は驚くばかりだった。
まるでちょっとしたホテルにやってきたような感じだったので、見習生と言うより、お姫様になった気分だった。
椅子に座ってくつろいでいたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい、どうぞ」
大きい声で返事をしたら、入ってきたのはセミロングのストレートの髪型で、私と同じくらいの身長の女の子が大きなキャリーカートを持って入ってきた。
「こんにちは、今日からここで同居することになりましたクレアです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、私は鬼頭美鈴です」
「じゃあ、美鈴って呼ぶね」
クレアって子は礼儀正しく私に挨拶をしたあと、急にマイペースなって握手を求めてきた。
「うわっ、これ二段ベッドじゃん! ねえ、どっちを上にする?」
さらにクレアは二段ベッドを見るなり、テンションを高めていた。
「クレアさん、二段ベッドを見るのって初めて?」
「ん? 私のことはクレアでいいよ」
「もう一度聞くけど、二段ベッドって初めて?」
「うん。私一人っ子だし、二段ベッドを見るのは初めてだよ」
「そうなんだね」
「それで、もう一度聞くけど、どっちが上のベッドを使う?」
「それなんだけど、じゃんけんで決めない?」
「それもいいね。それじゃいくわよ。じゃんけんぽん!」
クレアがグー、私がパーだったので、私が上を選んでしまった。
「上を取って、ごめんね」
「ううん、気にしないで。じゃんけんに負けた私が悪いんだから」
その時、私の中では少しだけ罪悪感が出ていた。さっそく私は上のベッドで体を伸ばして休むことにした。
「ねえ、今気がついたけど目覚まし時計がないけど……」
ふと何か気がついたかのように、クレアは目覚まし時計のことを言い出した。
「必要なら、内線で持ってきてもらう?」
「それもそうね」
クレアは私に言われ、内線電話で備品担当につなげて、目覚まし時計を一つ持ってきてもらうよう、お願いした。数分後には女性の備品担当が目覚まし時計を持って私たちの部屋にやってきた。しかし備品担当は看守ではないため、仮面をつけていなかった。
「ありがとうございます」
「他に必要なものがございましたら、おっしゃってください」
「今のところは、これだけで大丈夫です」
「それでは失礼します」
「ありがとうございます」
私が備品担当の人に一言お礼を言ったら、そのままいなくなってしまった。
私は宿舎のしおりを見て、このあとの日程を確認をしたら、18時に食堂で新入生の歓迎会があると書いてあった。しかも服装が自由と書いてあったので、私とクレアは今着ている服で参加することにした。翌日の朝には訓練所の入学式があって、看守の見習い制服を着て集まるよう、指示が出ていた。
「美鈴、何難しい顔をしてしおりを見ているの?」
横からクレアが私の顔を覗き込んできた。
「クレア、私難しい顔をしていた?」
「うん、かなり。しおりの何を見ていたの?」
「日程」
「そうなんだ。それより今日の歓迎会、楽しみだね」
「うん、そうだね」
「どんなごちそうが出るか楽しみ」
「あんまり、期待しないほうがいいよ」
「なんで?」
「私たち、これから囚人を扱うんだよ」
「そうだよ。それが何か?」
「囚人たちが質素な食事をしている時に、私たちだけ贅沢が出来ると思う?」
「だって、囚人たちは外で罪を犯したんだよ。そんな人に贅沢をさせちゃダメでしょ。むしろ食べ物を与えられるだけマシだと思って欲しい」
「確かにそうだよね」
「早く、夕方にならないかなあ」
クレアの頭の中は歓迎会でいっぱいだった。
「ねえ、机二つ並んでいるけど、クレアはどっちにする?」
「私はどっちでもいいよ」
「これもじゃんけんで決める?」
「それもいいけど、私は本当にどっちでもいいよ。だって、手前も奥も変わらないから」
クレアはベッドでゴロゴロしながら私に言ってきた。迷った挙句、私は奥の机を選んだので、クレアは手前の机を使うことにした。まずは机の上にあるテキストや資料、ノート、筆記具などをチェックしていた。中には「法律全書」と書かれた分厚い辞書や「法律概論」と書かれた大きめのテキストもあったので、机の奥にあるブックエンドに並べたあと、歓迎会が始まるまで時間が余っていたので、シャワーを浴びることにした。
浴室はどこの家庭にでもある普通の広さになっていて、湯船やシャワーなどが設置されていた。シャンプーやリンス、ボディソープは2人で一つになっているため、お互いで遠慮しながら使うようになっている。
浴室から出ると、クレアは部屋に置いてある雑誌に夢中になっていた。
「クレアもシャワーを浴びてきたら?」
「うん」
私に言われ、クレアは替えの下着を持って、浴室に行ってしまった。ちなみ部屋に洗濯機がないので、洗濯は1階奥に設けられているランドリールームを使うことになっている。ただし、台数に限りがあるため、事前に予約しないと使えないようになっていた。
時間になったので、私とクレアは1階の食堂へ行ってみた。中に入って指定された席に座ったあと、先輩や講師たちがクラッカーを鳴らして私たちを歓迎してくれた。目の前にはお皿とナイフとフォーク、スプーン、コップが並べられていて、中央にはパンの入ったかごが置いてあった。
「新入生の皆さん、ようこそおいでくださいました。ただいまより、みなさんの歓迎会を開きたいと思います。続きましては、乾杯の音頭に入らせて頂きますので、先輩たちが皆さんのコップにジュースを入れていきます」
先輩たちが私たちのコップにジュースを入れたあと、「それでは、新入生の歓迎を祝してかんぱーい!」と言ってジュースを飲み始めた。
「お料理はバイキング形式となっております。ご自由に取って召し上がってください」
そのとたん、みんなはいっせいにお皿を持って、料理のあるほうへ向かっていった。
自分の席に着くなり、取ってきた料理を食べようとした瞬間だった。横にいたクレアがお皿いっぱいに魚や肉、野菜などを載せてきたので、私や他の人たちはそれを見てビックリしていた。
「ねえ、クレア、こんなにたくさん取って大丈夫なの?」
「これくらい平気よ」
クレアはそう言って、周りの目線などお構いなしに料理を食べ続けていった。
「あの人、あなたのルームメイト?」
オレンジのショートヘアの女の子が私に聞いてきた。
「ええ、そうだけど。あなたは?」
「私はユナよ。よろしくね」
「私は鬼頭美鈴、310号室に住むことになったの。よろしくね」
「私はルイーゼ、ユナと一緒に309号室に住むことになったの。よろしく」
ルイーゼという女の子は横から落ち着いた感じで私に挨拶してきた。
「ご歓談中のところ大変恐縮ですが、ここで、皆さんの先輩たちがショーを披露いたしますので、ステージに注目してください」
「1番レイラ、ものまねを披露させて頂きます」
レイラさんっていう人はマイクを使って馬や犬、猫のものまねからスタートして、そのあとドアの開け閉め、電話の呼び鈴、そし最後は赤ちゃんの泣き声を披露してくれた。終わったあと、みんなは盛大に拍手をした。
「2番シンディ、手品を披露します」
シンディっていう人は、定番のトランプから、お金の瞬間移動、そして手錠を使ったイリュージョンなどを披露していった。
「ねえ、お金の瞬間移動ってどうやったの?」
私はどうしても気になったので、横にいたクレアに耳打ちをしながら聞いた。
「私だって知らないわよ」
「ですよね……」
さらにシンディは自分の仮面とルームメイトの仮面を二つ使って、仮面の早変わりをやって見せた。みんなから拍手をされると「ありがとうございます」とお礼を言ってステージから降りた。
そのあとも、他の先輩たちはバルーンアート、見たことのない楽器を使った演奏などを披露していき、時間はあっという間に過ぎていった。最後に食後のデザートにケーキが並べられて、口直しをしたあと歓迎会は終わりとなった。
部屋に戻った私はクローゼットからパジャマを取り出して着替えたあと、支給された目覚まし時計を6時30分にセットしてベッドに入ってしまった。
「もう、寝ちゃうの?」
クレアが物足りなさなそうな感じで言ってきた。
「だって、明日入学式があるんでしょ? 寝坊したらヤバイし」
「確かにそうだけど、もう少し起きていてもいいんじゃない?」
「寝坊して遅刻したら、ペナルティが来るわよ」
「分かったわよ。明かり消すね」
クレアは私に言われ、渋々と明かりを消した。
眠れなかったのか、夜中に目を覚ました私はトイレで用を済ませて、ベッドに戻ろうとした時だった。廊下で何人かの人が会話をしているのが聞こえたので、私はそっとドアを開けてみた。すると、ユナとルイーゼ、そしてもう一人私の知らない女の子が楽しそうに会話をしていた。あの子たちも眠れなかったのか、ずっと会話を続けていたその時だった。パジャマ姿のシンディがやってきて「お前たち、何時だと思っているんだ。消灯時間はとっくに過ぎている。早く部屋に戻れ!」ときつく注意をしたので、私もとっさにベッドに戻って寝てしまった。あの人って、歓迎会で手品を披露してくれた先輩だったのでは? 怒るとあんなに怖い顔をしたので、思わずビックリしてしまった。
翌朝、私はアラームが鳴るより先に目が覚めてしまったので、歯磨きと洗顔を済ませたあと、クローゼットから見習い制服を取り出して着替え始めた。洗面所にある鏡で自分の姿を見た瞬間、着慣れてないせいか多少の違和感があった。
机の横には授業のある日に使う大きめのカバンと、授業のない日に使う小さめのカバンが置いてあったので、私は小さめのカバンに手帳と筆記用具を入れて、いつでも出られる状態にした。
その一方、クレアはというと、アラームが鳴っても気持ちよさそうに寝ていた。
「クレア、起きてよ」
私は何度か体を揺すって起こしてみたが、起きる気配がなかった。仕方がないので、再び体をゆすって起こしてみたら、ムクっと起き上がった。
「今何時?」
クレアは眠たそうな声で私に聞いてきた。
「6時40分よ」
「まだ7時前じゃん。悪いけど、もう少し寝かせてもらうよ」
「だーめ! もう起きて」
私は二度寝しようとしたクレアの布団をめくりあげて起こすことにした。
「なんで、そんなに早く起きるの? 入学式は9時からなんでしょ?」
「その前に食堂。遅くなると、混んで座れなくなるよ」
「わかった。じゃあ、今から身支度するから」
クレアは眠たそうな声で返事したあと、洗面所に行って洗顔と歯磨きを済ませて、クローゼットから見習い制服を取り出して着替え始めた。
「これでいいんでしょ?」
「クレアはスカートにしたんだね」
「うん、こっちの方が可愛いから。美鈴のハーフパンツも可愛いよ」
「ありがとう。今度、私のハーフパンツ穿いてみる?」
「機会があればね。じゃあ、食堂へ行こうか」
クレアはそう言って、私と一緒に食堂へと向かってみると、中はすでに混み始めていた。私とクレアはパンとスープ、野菜サラダを持ってテーブルへ移動した。
「早く来て正解だったでしょ」
私はパンをちぎりながらクレアに言った。
「そうだね、まさかこんなに混むとは思わなかったよ」
クレアもスープを飲みながら私に返事をした。
「ここのパンといい、スープといい、野菜サラダといい、みんな美味しいね」
私がパンを食べながら感想を言っていたら、クレアも野菜サラダを食べながら返事をしていた。全部食べ終えて部屋に戻り、カバンを持って廊下に出た直後のことだった。
「あれ、あなた確か昨日の歓迎会で一緒のテーブルだった人だよね?」
「はい……。確かルイーゼさんでしたよね?」
「他人行儀みたいな言い方をしないで。普通に呼び捨てとタメ口でお願い」
「わかった……」
「それより、2人はもう行くの?」
「うん、早めに行って座席を確認しないといけないから」
「座席って決まっているの? あれって自由なんじゃない?」
「だとしたら、早めに行って場所を確保しないと」
「でも、まだ8時過ぎじゃん。受付ってまだなんじゃない?」
「そしたら待つよ」
「そうなんだ。じゃあ私はユナと2人で向かうから気を付けてね」
ルイーゼに見送られた私とクレアはみんなよりも先に学校へ行って、入学の受付を済ませようとした時だった。ところが、受付の前には誰もいなかったので、私は少し緊張しながら受付の人に、やっているかどうかを確認することにした。
「あのすみません、受付はもう始まっていますか?」
私は少し緊張しながら聞き出した。
「はい、受付は始まっていますよ」
受付の人は落ち着いた感じで返事をしたので、私とクレアは受付を済ませることにした。そのあと資料と粗品の入った紙袋と学生証を受け取って案内された教室へ向かった。私とクレアは<講義室A>と書かれた部屋に入って自分の席を探した。しかし机には特に名前が書かれていなかったので、どこでもいいのかなと思った時だった。
「美鈴、ちょっと黒板を見て」
クレアは黒板に書かれている文字を見ながら指をさしていた。
「どうしたの?」
「席自由に座っていいみたい」
「そうなの?」
私が返事をした直後、黒板を見たら<好きな場所に着席したあと、学生証を机の上に載せてください。卒業するまでここがあなたの席になります>と書かれていた。
「ねえ、一番前の席に行かない?」
「ええ! 後ろのほうがいいじゃん」
私が一番前の席に座ろうとした瞬間、クレアは不満の声をあげた。
「どうして?」
「すぐに指名されるし、居眠りも出来ないじゃん」
「それって、やる気のない人がいうセリフだよ」
「だって、講義って昼寝の時間じゃないの?」
「クレア、ここへ何しにきたの?」
「それは看守になるため……」
「そうでしょ?」
「昼寝なら自分のベッドでやって。それにここは階段形式の教室になっているから、後ろで居眠りしていても、すぐにバレるわよ」
「わかった、私の負け。一番前にしよ」
じゃあ、座ろうか。私が机の上に学生証を置いた直後だった。緑色のランプが光って「今日からここがあなたの席になります」と機械の音声が流れてきた。
「うわっ、この机しゃべったよ」
クレアは驚いた反応をしていた。
「本当だ。どんな仕組みになっているんだろう」
私もクレアに続くように驚いてしまった。試しに私はよその席で学生証を載せてみたら「ここはあなたの席ではありません」とメッセージが流れてきた。「よく出来ているねえ」と感心しながら元の席に戻ると、309号室のユナとルイーゼが入ってきた。
「あ、2人ともここの教室なんだね」
ルイーゼが少し驚いた顔をしながら私に言ってきた。
「うん、ルイーゼさんたちも同じ教室になったんだね」
「あと、出来たら私のことは呼び捨てにしてちょうだい。『さん』づけされると、他人行儀みたいで嫌だから」
「わかった、ごめん……」
「ねえ、席はあなたたちの後ろでいい?」
「いいよ」
「じゃあ、よろしくね」
ルイーゼが私の後ろに座ろうとした時だった。「ねえ、もっと後ろにしない?」とユナが言ってきた。
「居眠りが目的なんでしょ? じゃあ、ここにしましょ」
ルイーゼはそう言って、自分の学生証を机の上に載せたので、ユナも渋々とルイーゼの隣の席に座って学生証を載せることにした。しばらくすると、他の生徒たちも入ってきて、いつのまにか席が埋まっていた。チャイムが鳴って、紫色のかかったストレートヘアの女性の担任の講師と思われる人が教壇に立って、みんなに注目させた。
「これから入学式が始まるから、体育館へ移動してちょうだい」
担任の講師は厳しそうな表情でみんなを体育館へ移動させた。中へ入ってみると、床にゴムマットが敷かれていて、指定されたパイプ椅子に座ることにした。司会進行役の人が「ただいまより入学式を行ないます。始めに、本校の校長よりご挨拶があります」と言ったあと、黒いスーツを来た背の高い男性が壇上に立ったので、みんなはいっせいにおじぎをした。
「諸君、入学おめでとう。今日から諸君たちはここで看守としての知識や経験を身に着けてもらいます。講師たちから厳しい指導を受けることもありますが、それに耐えて一人前の看守になって頂き、現場で活躍してもらいたい。では諸君たちの検討を祈っている」
そう言って軽く一礼を済ませたあと、壇上を降りていった。そのあと講師たちの紹介、先輩たちからのメッセージなどを聞いて、短い入学式は終わってしまった。
教室へ再び戻ると、みんなは自分の席に座って世間話に盛り上がっていた。担任の講師が入るといっせいに静かになり、初日のホームルームが始まった。
「まずは入学おめでとう。私はここの担任のマユラで、法律を担当している。これからお前たちが卒業するまで厳しく指導していくから覚悟しておくように」
マユラと名乗る担任の講師が厳しく言ったあと、みんなが返事をしなかったので雷が飛んできた。
「お前たち、返事がなかったけど、どうしたんだ。聞こえなかったのか? それともみんなで私を無視をしたのか? どうなんだ、何か言ってみろ!」
「すみません、気を付けます」
「最初から、そういうふうに返事をすればいいんだよ」
みんなはマユラ先生の迫力に負けてしまい、大人しくなってしまった。
「初日から厳しいことを言ってすまないが、君たちは看守である前に1人の社会人としての常識を身に着けてもらいたい。そのためには相手が誰であっても、すれ違ったらきちんと挨拶をする。無断遅刻、無断欠席、無断早退、授業中による居眠りは言語道断、それ以外に授業中の飲食や私語が目立っていた場合は容赦なしに欠席にする。それと、出来れば言いたくないが、身だしなみは常にきちんとしていろ。寝癖が目立っている人がいるから直してくるように。それと、ここは勉強する場所だから化粧は禁止にする。やりたかったら休日に好きなだけやれ」
この厳しさにみんなは畏縮してしまった。
「先生、質問していいですか?」
1人の女の子が手を挙げて質問しようとした。
「どうした、言ってみろ」
「授業中、どうしても喉が渇いた時は、水分補給してもよろしいですか?」
「だめとは言わない。その代わり担当の講師にきちんと断れ」
「分かりました、ありがとうございます」
「他に質問は?」
「はい、次私いいですか?」
今度は別の女の子が手を挙げた。
「なんだ?」
「私、物覚えが悪いので、先生の言葉を記録するために録音機を使用してもいいですか?」
「それくらいは構わない。許可する」
「ありがとうございます」
「他に質問は?」
マユラ先生が聞きだしたあと、何人かが質問してホームルームが終わりとなった。
「明日は、オリエンテーションだけだから、授業の準備はしなくてもいい」
マユラ先生の一言でみんなはいっせいに帰り始めた。
宿舎に戻るなり、私は見習い制服を脱いで、部屋着姿になった。
「この格好が一番落ち着く」
そう言って、ベッドで横になってしまった。
「なんか、初日から厳しいことを言われたね」
クレアが自分のベッドで愚痴をこぼすような感じで私に言ってきた。
「あの態度を見ていたら、ああいう言い方をしたくなると思うよ」
私も少し呆れがちに返事をした。
「確かに教室の中、騒がしかったよね」
「それに看守になったら、それ以上の厳しさがやってくると思うよ」
「それは覚悟しているよ」
クレアは声を低めながら私に返事をした。
「暗い話はこの辺にして、食堂に行ってお昼食べない?」
私は気分を変えてクレアを連れて食堂へ向かった。中へ入ってみると、すでに人がいっぱいだった。
「どうする?」
「どうするって言われても……」
私に聞かれ、クレアは一瞬考えた。
「確か売店あったわよね。そこへ行く?」
再びクレアは考えた。その時だった。「ねえ、あなたたち食べ終わったんでしょ? 用が済んだならどいてもらっていいかしら」とルイーゼがおしゃべりに夢中になっている4人組の女の子にきつく注意をしてきた。
「あ、すみません」
一言謝ったあと、女の子たちは食堂から出ていってしまった。
「美鈴、クレア、お昼まだなんでしょ? よかったら一緒に食べない?」
ルイーゼに声をかけられ、一緒に食事をすることにした。
「ありがとうございます」
4人で順番に料理を持ってきたあと、いっせに食事を始めた。その日のお昼はサンドイッチとジュースだった。
「ルイーゼ、さっきはかっこよかったわよ」
クレアはジュースを飲みながら、ルイーゼに感心するような言い方をしてきた。
「そんなことはないわ。あれくらい当然よ。食べ終わったにも関わらず混んでいる食堂で長時間居座っていたら、他の人が使えなくなって迷惑するに決まっているじゃん。それに、ここは談話室じゃないんだから。正直、ああいう人を見かけるとイライラしてくるの。自分のことしか考えていない証拠なんだよね」
「私も、ああいう人に看守になってほしくない」
今まで黙っていたユナがボソっと言ってきた。
「私もルイーゼやユナの意見に賛成よ。見ていて感じ悪そうだったもん」
「そう見えた?」
私が感想を言ったあと、クレアが口を挟んできた。
「そろそろ行きましょうか。長居していると、あの子たちの二の舞になるから」
そう言って、ルイーゼは食器を載せたお盆を持って、返却口まで運んでいった。
翌日、学校ではオリエンテーションが始まった。私の学校は看守の訓練校なので、体育祭や遠足、修学旅行と言った行事は何一つなかった。短大と一緒で2年間しかないので、それまでにきちんと習得しなければならない。
担任のマユラ先生は私たちを連れて、校内にある設備をすべて案内してくれた。最初に案内した場所は医務室、そのあとに図書室に資料室、体育館、学生食堂、売店、道場などであった。
「先生、収容所の案内はいいのですか?」
1人の生徒が質問してきた。
「それは、お前たちが看守になってから、改めて案内する」
「分かりました」
先生は再び校舎の中を案内し始めた。
「ここがグランドだ。晴れた日の体育の授業はここで行なう」
「先生、具体的にどんなことをするのですか?」
またしても誰かが質問してきた。
「それは担当の講師に聞いてくれ」
「分かりました、ありがとうございます」
教室へ戻り、マユラ先生から一週間の時間割表を受け取ったあと、宿舎へ戻ることにした。
宿舎に戻ってから部屋着姿になって、クレアと一緒に食堂で昼食を済ませたあと、部屋で時間割表を眺めていた。
「ねえ、無線実習ってあるよ。どんなことをするのかな」
「さあ」
私が質問したら、クレアは無関心な返事をしていた。
「やっぱ難しいのかな」
「ごめん、ちょっと寝かせて」
クレアは疲れきった顔をしてベッドで寝てしまった。話し相手が寝てしまった以上、再び退屈が訪れた。仕方がないので、私は隣の309号室へ行くことにした。私がドアを数回ノックしたらルイーゼがドアを開けて出迎えてくれた。
「いらっしゃい、珍しいわね。入って入って」
「失礼しまーす」
「適当にくつろいでよ」
ルイーゼは私を椅子に座らせたあと、自分はベッドで寝転がっていた。
「綺麗なお部屋だね」
「そんなことないよ。それより、クレアはどうしたの?」
「寝ちゃった」
「そうなんだ」
「ルイーゼは何をしていたの?」
「ユナと適当にしゃべっていただけ」
「そうなんだね。さっき時間割表を見ていたら、『無線実習』って書いてあって……」
「これって、無線機を操作するだけだと思うよ。あとは緊急の時、すぐに連絡ができるかテストするんじゃないの?」
ルイーゼが枕を抱えながら返事をした。
「まんまなんだね」
私も苦笑いをしながら答えていた。
「私、法律概論、絶対に眠くなりそう」
ユナも下のベッドで横になりながら返事をした。
「あなたの場合、法律概論に限らず、他の講義でも居眠りしていそう」
「そんなことないよ」
ユナはルイーゼの突っ込みに対して、むきになって言い返した。
「確かに、法律って難しそうだよね」
私も苦笑いをしながら、口を挟んできた。
「もしかして、美鈴も講義苦手なほう?」
「講義っていうより、法律かな。ルイーゼは法律得意なの?」
「得意っていうわけじゃないけどさ、こういうのって日常生活にも役に立てそうじゃん」
「確かにそうだよね」
私はルイーゼの説得力のある言葉に納得してしまった。
「一度、戻って風呂に入ってくるよ」
「うん、わかった」
私が自分の部屋へ戻ろうとした時だった。ドアをノックする音が聞こえてきた。
「はーい」
ルイーゼがドアをゆっくり開けたら、クレアがやってきた。
「いらっしゃい」
ルイーゼはそう言って、クレアを部屋の中へ通した。
「いやあ、参ったよ。目が覚めたら私1人だけになっていたから……」
「ごめん、起こしたら悪いと思ってそのままにしておいたんだよ」
私はとっさにクレアに謝った。
「そうだったんだね。そういえばここで何をしていたの?」
「明日以降の授業のことについて話をしていたんだよ」
「そうなんだね。そういえば一つ気になったけど、ここに『特別授業』って書いてあるけど何をするの?」
「さあ? ルイーゼはわかる?」
私は思わずルイーゼに振ってしまった。
「え、私!? 知らないわよ」
ルイーゼは焦った表情で返事をした。
「知らないの? じゃあユナは?」
今度はユナに振ってみた。
「私もわからない」
ベッドで横になりながら、返事をする始末。
「明日、ホームルームでマユラ先生から説明が入ってくるんじゃない?」
クレアもぶっきらぼうな感じで返事をした。
「とにかく明日までの楽しみでいいんじゃない? それより夕食一緒に行かない?」
「もう行くの!?」
私が食事のことを持ち掛けたら、クレアは大げさなリアクションをしていた。
自分の部屋に戻って、時間割表とにらめっこしていた私を見たクレアは「まだ特別授業の事が気になるの?」と言ってきた。
「別にそういうわけじゃないけど……」
「じゃ、なんでさっきから時間割表を眺めているの?」
「看守になるためには、いろんな科目があるんだなって思ったの」
「確かに。法律と武術、体育、現代社会は分かるけど、時事教養や道徳があることには驚いたよ」
「道徳は分かるけど、時事教養って何をするの?」
私は思わず質問してしまった。
「簡単に言ってしまえば一般常識かな。『社会人になったら最低限これだけは知ったほうがいい』っていう内容を学ぶんだよ」
「そうなんだね」
「たしか、もらったテキストの中に『時事教養』があったはずだよ」
「本当に?」
「うん」
私はクレアに言われて、テキストを探し出した。すると紫色のやや薄めで「時事教養」と書かれたテキストがあった。ページを広げてみると、数学や理科など中学で習った内容が書かれていた。
「結構簡単な内容が書かれているんだね」
「私はちょっと苦手かも」
「学校で勉強した内容ばかりだよ」
「……」
「学校にいた時、もしかして赤点とってばかりだった?」
「私、勉強苦手」
クレアは嫌そうな顔をして短く返事をした。
「落ち着いて。私も一緒だから」
「もしかして落第するかも」
クレアは完全にネガティブになっていた。
「まだ始まっていないんだから」
「でも、居眠りするかもしれない」
「そうなったら、ちゃんと起こすから」
私はクレアに自信をつけさせるように言ってみた。
「私が落第しても、美鈴はちゃんと看守になってね」
「授業始まる前から弱気になったらだめ。とにかく食事に行こうか」
私はクレアを連れて、食堂へ向かった。
明日以降どんな展開になるのか、その時の私たちには分からなかった。
4話へ続く