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2、狙われた村々

 死んだはずの私は、どういうわけか目が覚めていた。辺りを見渡すと真っ暗ではあったが、何本かのろうそくが灯されていたので、少し見える状態になっていた。

 ここはどこなんだろう。ベッドから起きあがって歩こうとした時だった。

「お目覚めですか?」

 少し肩まで伸びた髪の長い若い男性が、にこりとした表情で私の目の前に立っていた。

「あの、あなたは?」

「失礼しました。私はここの世界の管理人と言った所でしょうか」

「ということは、ここはゲームのような世界なんですか?」

「ま、そんな感じだと思ってください」

「だったら、元の世界に戻れるのですか?」

「残念ですが、それは無理です。なぜなら、あなたはお亡くなりになりましたので。申し訳ございませんが、これからこの世界で別の人間として暮らして頂きます」

「分かりました……。それで、私はどちらへ向かえばいいのですか?」

「そうですね、この出口の先に小さな村があります。そこで新しい情報を仕入れてください。これは、ささやかではございますが、旅立ちの餞別(せんべつ)です」

「ありがとうございます」

 管理人からお金を受け取った私は制服のポケットに入れて、暗闇の部屋から出ようとした。

「それでは、失礼します」

「お気をつけて、よい旅を」

 管理人が扉を開けて見送ってくれた瞬間、雲の隙間(すきま)から太陽が差し込み、目の前には細い道だけが見えた。後ろを振り向いた瞬間、そこには大きな岩の塊だけがあった。そっかあ、ここから出たんだね。そう呟いたあと、私はゆっくりと前へ進んだ。しかし、歩いても歩いても、同じ道ばかり。いい加減同じ景色に飽きてしまったので、木にもたれて休もうとした時だった。Y路地の手前で1人のおじいさんが杖をつきながら、ヨタヨタ歩きで私のほうへ向かってきたが、その手前でバタリと倒れてしまった。

「どうされましたか?」

 私は倒れたおじいさんに駆け寄って声をかけた。

「村が……」

「村がどうされたのですか? それと、おじいさん、どこから来たのですか?」

「……」

 必死に声をかけたが、おじいさんの反応がなかった。私は何回か揺り起こしてみたが、やはり反応がない。それどころか死んでいた。誰かを呼ぶにしても、人が来る気配がなかった。

 仕方がないので、私はおじいさんの遺体を木にもたれかけて、人探しに行くことへした。Y路地にさしかかった時、おじいさんがどっちから来たのか分からなかった。迷っていても仕方がないので、私は右を選んで歩くことにした。

 歩くこと25分、疲労困憊(ひろうこんぱい)になった私はどこかで休もうとした時だった。自分の目の前に見えたのは、ボロボロの家と人の少ない集落だった。入るか否か迷った挙句、私は思い切って中へ入ってみた。あたりを見渡すと人の気配が感じられなかった。いったい何があったのか知りたくなった。

「お前さん、見ない顔だけどどこから来たのかね?」

 杖をついたおじいさんが、ヨタヨタ歩きで私の所にやってきた。

「どこから来たと言われても……」

 私は一瞬考えた。本当のことを話すか否か。仮に本当のことを話しても信じてくれそうにもない。そう思って適当に話すことにした。

「実はあの先にある岩の洞窟からやってきました」

「あの洞窟って、確か誰もいないはずじゃが……」

「少し前に家族と住む場所を失って、仕方なしに生活をしていたのです」

「そうじゃったのか。そりゃ悪いことを聞いてしまった。ここはご覧の通り、何もない場所じゃ。それでも良ければ好きにくつろいでおくれ」

 おじいさんは、そう言い残していなくなってしまった。

 1人になった私は家々を回って、どんな人が住んでいるのか確かめていった。

「あの、何か気になることでもあったのですか?」

 赤ちゃんを抱えた1人の女性がゆっくりと私の所へやってきた。

「ここって、空き家が目立っていますが、家の人はどうされたのですか?」

 私が気になって聞き出した瞬間、女性は泣きだしてしまった。

「あの、私何か気に障ることを聞きましたか?」

「そのことなら、わしが話そう」

 さっきの杖をついたおじいさんが私の所にやってきて説明をし始めた。

「おぬしが来る数週間前の出来事じゃった。この村に数人の盗賊がやってきて、財産を根こそぎ持って行った挙句、村の人を殺していったんじゃ」

 おじいさんは悔しそうな顔をして、私に話してくれた。

「嫌なことを思い出させて、ごめんなさい……」

「いや、お嬢さんが気にすることじゃないよ」

「ありがとう……」

 おじいさんはふところからタバコを1本取り出して吸い始めた。

「一つだけ質問していいですか?」

「なんじゃ?」

「先ほど盗賊が財産を盗んだあと、村の人たちを殺したと言っていたけど、おじいさんと向かいの女性の人だけが生き残った理由が分からないのです」

「そのことか。女性の子供が産まれると聞いたから、お産の立ち合いをしたんじゃよ」

「では、どこで子供を産んだのですか?」

 私はおじいさんの言葉に疑問を感じてしまった。なぜなら、盗賊に襲われていたのだから、出産どころではなかったはず。

「疑問を感じるのも無理もない。実はこの村の奥に小さな洞穴(ほらあな)があって、そこで子供を産んだのじゃよ」

「でも、よくばれなかったですね」

「連中もそこまで目が行かなかったのじゃろ」

「そうなんですね」

「ところで、お嬢さんは今夜はどうするつもりじゃ?」

「まだ考えていません」

「なら、好きな空き家を使いな。どうせ、この村はやがて死んでしまう」

「分かりました。ありがとうございます」

 私は言われるまま空き家に行って寝ることにした。部屋の灯りは一本のろうそくだけ。真っ暗よりマシだったので、今夜は寝ることにした。


 翌朝、起きるなり私はおじいさんと女性に挨拶をすませた。

「お嬢さんは、これからどうするんだい?」

「まだ分かりません。とにかくお腹がすいたので、どこかで食事が出来る場所を探します」

「なら、あの先にここより大きな村がある。みんな感じのいい人ばかりじゃ。そこへ行けば何か食べ物を恵んでもらえるはず」

「ありがとうございます」

「気をつけてな」

 私はおじいさんと女性に見送られて、教えられた村へと向かった。


 歩くこと15分、いまだに次の村へは着けなかった。歩いても歩いても似たような風景ばかり。本当にこの道で合っているのかと、思わず疑いたくなってしまった。しかし、村からは一本道だったので、間違えるほうがどうかしていた。

 こうしていても始まらない。私は何もない一歩道をひたすら歩くことにした。まるでマジックミラーの世界を歩いているように思えてきた。おまけに人の気配もなく、私だけの世界に放り込まれた気分だった。そういえば朝から何も食べていなかったっけ?そう思ったら、急にお腹がすいてきた。今、それを気にしていても始まらない。

 さらに歩いていくと、川のせせらぎの音が聞こえてきたので、音のするほうへと向かった。

 近づいてみると、1人の男性が魚釣りをしていた。男性の年齢は35歳くらいって感じだった。男性は慣れた手つきで竿(さお)を投げては次々と魚を釣り上げていった。

「おはようございます」

「おはよう」

 男性は私の挨拶に、ボソッと短く返事をした。

「お魚たくさん釣れていますね」

「ああ」

「釣った魚をどうされるのですか?」

「全部家に持ち帰る」

「そうなんですね」

「言っておくが、見ず知らずのお前にはやらんぞ」

「私は結構ですので」

「なら、下がってくれ。ここにいられると集中が出来なくなる」

 私はだまって、その場から立ち去った。

 何よ、あんな言い方をしなくてもいいのに。私はブツブツと独り言を呟きながら前へ進んでいった。いつの間にか微風が顔に当たって、とても気持ちがよかった。

 さらに歩いていくと、今度は木陰の所にベンチがあったので少し休むことにした。

「お嬢さん、隣いい?」

 杖をついたおじいさんが優しい顔で、私に声をかけてきた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 おじいさんは、そのまま私の隣に座った。

「お嬢さんは、これからどこへ向かうんだい?」

「私はこの先にある村へ行こうと思っています」

「そうか」

「おじいさんは、これからどちらへ向かうのですか?」

「わしか? まだ決めておらん。適当にぶらついているだけじゃ」

「そうなんですね」

 私は短く返事をした。

「あの、村までは距離はありますか?」

「いや、そんなに距離はないはずだ」

「歩いていけば、どれくらいで着きますか?」

「お嬢さんの足なら20分で着けるはずだ」

「分かりました、ありがとうございます」

「では、わしはそろそろ行くけど、お嬢さんも気を付けて行くんだよ」

 そして再び訪れた孤独。1人沈黙に耐えながら次の村まで歩くことにした。

 休憩した場所から歩いて20分、そろそろ次の村に着いてもおかしくないころなのに見つからない。ここまでずっと一本道だったので、迷うはずがない。おかしいと思いながら私は村の入口らしき場所を探し回った。それとももう少し歩く必要があるのかな。私はもう10分歩くことにしたが、やはり見つからなかった。

 再び戻ってみると、草の茂みの隙間に小さな穴が見えた。私は草をかき分けて、ゆっくりと進んでみた。すると案の定、村らしきものが見えてきた。しかし村の人たちは、私を見るなり、あまり歓迎してくれなかった。私は気になって近くの男性に声をかけることにした。

「あの、ごめんください……」

 私が最後まで言い終わらないうちに、男性はショットガンを突き付けた。

「あの、私何かしましたか?」

「来るな! ここにはお前に渡すものは何もない!」

「ちゃんと説明してもらわないと困ります」

「お前も、あいつらの一味なんだろ!」

「あいつらのと言いますと?」

「竜の紋章を着けた赤い旗の盗賊団のことだ!」

「私知りません」

「お前が身に着けている赤い服はなんだ!」

「学校の制服ですけど、それが何か?」

「まだとぼける気か。ならいいだろう。こっちにも考えがある」

「考えと言いますと?」

「俺の兄貴はな、ここで保安官をやっているんだよ」

「呼ぶのは勝手ですが、私があなたに何をしたというのですか?」

「あくまでとぼける気だな。おい、誰か保安官を呼んでくれ」

 男性は近くにいる店の人に声をかけた。待つこと数分、ベージュ色の帽子を被った制服姿の保安官が数人やってきた。

「兄貴、こいつ例の盗賊団の一味の可能性が高いです」

 男性はお兄さんと思われる保安官に、調べてもらうよう頼んだ。

 保安官は私を観察するように、ゆっくりと眺めていた。

「すまないが、持っているものをここに出してくれないか」

 保安官はそう言って所持品検査をやり始めた。

「お言葉ですが、私は何も持っていません」

「そんなはずはない。おい、こいつの体を調べろ」

 数人の保安官が私にボディチェックをして、なにも持っていないと確認したら、保安官は何も言わずに立ち去ろうとした。

「兄貴、こいつ盗賊の一味じゃなかったのですか?」

「違っていたよ。やつらは全員竜の紋章を着けていた。しかし、こいつには何も紋章がなかった。じゃあ戻るよ。俺だって暇じゃないんだ」

 保安官はそう言い残して、いなくなってしまった。

「ま、こんなこともあるよ。じゃあな」

 そのあと、男性も続くように立ち去ろうとした。

「待ちなよ。人の体を調べた挙句、犯人扱いして疑いが晴れたら何も言わずに立ち去るの?」

「お前だって、誤解を与えるような格好するほうが悪い。だから、これであいこだ」

「言うことは、それだけ?」

「じゃあ、俺にどうしろって言うんだ? 謝れというのか? 悪いけど俺はお前に謝るつもりなんてないからな。こんな格好していたら『疑ってください』と言っているようなものだよ」

「だったら、疑われないような服を買ってくれたっていいんじゃない?」

「バカを言うな。俺はそこまでお人よしじゃないんだよ。じゃあな」

 男性はそう言い残して家の中へ入っていった。

 理不尽すぎる。私はしばらく村の中を歩き回ることにした。どの人も私を見ては冷たい目線を向けるばかりだった。

「あの、ちょっといいかしら」

 1人のお婆さんが私を見るなり、声をかけてきた。

「なんでしょうか」

「ちょっとこっちへ来てくれないか?」

 私はお婆さんに言われるまま、細い路地の先にある小さな家に案内された。

 中へ入ってみるとアンティーク調になっていて、オシャレな雰囲気になっていた。

「ちょっと、お茶を入れてくるから待っていてくれないか」

 お婆さんは、奥の台所へ行ってお茶を入れる準備を始めた。

 待つこと数分、お婆さんは紅茶とパウンドケーキを用意して、テーブルに置いた。

「よかったら、召し上がっておくれ」

 お婆さんは顔をにこやかにして私に紅茶とお菓子を勧めた。

「では、頂きます」

「騙してすまないが、これは仮の姿なんだよ」

 お婆さんは、そう言って白髪のカツラとしわだらけの顔をゆっくりはがし始めた。

 すると、中から20代くらいの若い女性の姿が見えた。

「騙して、本当にごめんね。これが本当の私の姿なの。表にいると、いつ盗賊に襲われるか分からないから、お婆さんに変装しているの」

「私の前では大丈夫なんですか?」

「あなたは、さっき保安官から検査受けて大丈夫だったから信用出来ると思ったの」

「そうなんですね。一つ伺いたいのですか、盗賊たちは何を狙っているのですか?」

「いきなり、その質問? まあ、いいわ。教えてあげる」

 女性は紅茶を一口飲んだあと、ゆっくり話し出した。

「私たちを狙っている盗賊団は金品はもちろんのこと、それ以外にも若い女性や子供たちを連れ去ってしまうの」

「ひどい話ですね」

「一応、保安官に話しているけど、自分たちだけじゃお手上げだったから、騎兵隊に頼んで来てもらうことにしたの」

「その騎兵隊は、この村にいるのですか?」

「それが少し離れた隣町に常駐しているから、もし来るとしたら、それなりに時間がかかると思うの」

「あと、もう一つ気になったのは、さっき話した盗賊団はまたここへやってくるのですか?」

「それは分からない。でも、来る確率はゼロとは限らないわ」

「そうなんですね……。もし、この村に居すわるとしたら、私もお婆さんに変装した方がいいのですか?」

「そうねえ……」

 女性はしばらく考えた。

「じゃあ、盗賊団が逮捕されるまでの間、あなたにもお婆さんに変装してもらおうかしら」

「分かりました」

「ちょっと待ってね」

 女性は奥の部屋へ行って、ゴムマスク、カツラ、手袋、服を用意してきた。

「じゃあ、この服に着替えて」

 私は用意された服に着替えたあと、女性は私の顔にゴムマスクを着け、軽くメイクをしたあと、カツラを被せ、最後にシリコンの手袋をはめた。

「どこから見ても老婆だね」

「やはりこの村で暮らすには、変装しないとダメなんですか?」

「盗賊に狙われたくなかったらね」

「分かりました……」

「盗賊たちが捕まるまでの間、我慢してくれる?」

「はい……」

 女性もそのあと、再び老婆になった。

「あと、歩くとき腰を曲げて、この杖をついてくれる?」

 今度は長い木の棒を用意して、歩く練習までさせられた。

「こう歩かないとダメなんですか?」

「当たり前でしょ? 背筋を伸ばしてスタスタと歩いていたら、すぐに変装だと見抜かれてしまうわよ」

「そうですよね。あと、この村には宿屋ってありますか?」

「宿屋に行ってどうするの?」

「しばらく、宿屋で暮らそうかなって思っていたから……」

「宿屋に暮らすお婆さんって聞いたことがないわ。住むところがないなら、ここに居すわりなさい」

「いいのですか?」

「部屋も余っているから、好きな場所を使っていいわよ」

「でも、タダで住まわせてもらうわけには……」

「だったら、私の知り合いの店で働いてもらおうかな。ちょうど人手が足りないと言っていたし、収入の一部を家賃としてもらうって感じでいい?」

「じゃあ、それで……。ちなみそれ以外にもお金取りますか?」

「まさかアイディア料を取るとでも思った?」

「はい……」

「取らないわよ」

 女性に言われて、私は少しだけ安心した。

「知り合いは何をされているのですか?」

「よろずやさん」

「そうなんですね。その人も変装されているのですか?」

「そうよ。ここの若い女性はみんなお婆さんに変装しているから」

 その後、私は老婆になりきるための練習を徹底的にやらされた。しゃべり方や声の出し方など、女性は私に厳しく指導していった。

「そういえば、あなたの名前ってなんていうの?」

 女性は私に名前を聞いてきた。

「私の名前は鬼頭美鈴(きとうみれい)

「じゃあ、美鈴(みれい)って呼ぶね」

「すみません、あなたのお名前は?」

「私の名前はリタよ。この村で産まれて、この村で育ってきたの」

「あの、ご両親は?」

「父さんは、れいの盗賊団一味に殺され、母さんは私が幼いころに病気で死んじゃったの」

「何だか悪いことを聞いちゃいました……」

「ううん、気にしないで」

「もう一つ気になったのは、子供たちを見かけないのですが……」

「子供たちなら、盗賊団に連れていかれてしまったの」

「その時、女性の人たちは襲われなかったのですか?」

「何人かの人たちだけ連れていかれました」

「残りの人たちは?」

「老婆の姿になっていたので、助かりました」

「失礼な言い方になりますが、全員の分は用意されなかったのですか?」

「それが間に合わなかったのです」

「そうなんですね……」

 これ以上、私は何も言えなかった。

「もうじき、ここに騎兵隊がやってくる。そうなったら盗賊団が捕まって、連れ去られた人たちは戻ってくると思うよ」

「ちなみに盗賊団が女性や子供を連れ去る目的ってなんですか?」

「私も詳しいことは分からないけど、おそらく奴隷商人に売りとばすことじゃないかと思うの」

「だとしたら、早く捕まってほしいですね」

「そうですね……」

「私たちが、どうこう騒いでいても始まらないから、今は変装してじっと耐えましょ」

「そうですね」

 私は言われるまま、短く返事をした。


 翌朝、私は老婆に変装してリタさんと一緒に「よろずや」に向かった。

 朝の村はどういう理由なのか、誰も外に出ていなかった。通りを私とリタさんは腰を曲げて杖をつきながら、ゆっくりと歩いていった。慣れない杖で途中何度か(つまづ)きそうになった。

「大丈夫かい?」

「ええ、なんとか」

「この辺は、足元が悪いから、気を付けておくれよ」

 リタさんに注意され、私はゆっくりと進んで行った。店の前に着くと、少し(いた)んだ看板が見えた。リタさんはゆっくりと扉を開けて中に入ったので、私もあとに続くように入っていった。

「こんにちは」

 リタさんは、店の奥にいる人に声をかけたが、反応がなかった。

「今日ってお休みってことってない?」

「そんなことはないわ」

 リタさんは首をかしげながら返事をした。

「おや、リタの婆さん、こんな早くになんの用だい?」

 店の奥からまたしても、杖をついたお婆さんがやってきた。

「このお婆さんも変装なのかい?」

 私はリタさんの耳元でそっとささやいた。

「ええ、そうよ」

 リタさんも耳元で返事をした。

「実はあんたに頼み事があるんだよ」

「なんだって?」

 聞き返すなんて、演技力が凄すぎ。私は思わず感心してしまった。

「あんたに相談があって来たんだよ!」

 リタさんも負けずに大きい声で返事をした。

「あ、そうか。それで、何の用なんだい?」

「実は、この婆さんを雇ってくれないか?」

 リタさんは、少し申し訳なさそうな顔をして頼んでみた。

「あなた、名前はなんと言うんだい?」

 店の人は厳しそうな目つきで私の顔を見た。

「私は鬼頭美鈴(きとうみれい)です」

「じゃあ、美鈴(みれい)と呼ばせてもらうよ」

「あの、あなたのお名前は?」

 私は少し緊張した表情で名前を聞き出した。

「私はユフィだよ」

「ユフィさん、よろしく」

 私が手を差し出して握手をしようとした時だった。

「友達になるわけじゃないんだから、握手は必要ないよ」

 ユフィさんは厳しく私に言ってきた。

「一緒にお仕事するわけだし、せめて握手だけでもしてあげたら?」

 今度はリタさんが口を挟んできた。

「リタさん、あんたは関係ないんだから、口を挟まないでくれないか?」

「では、私はおいとまさせてもらうよ」

 リタさんは、そう言い残していなくなってしまった。


 あれから数分後、店の奥にある小さなテーブルに案内されて、ユフィさんが紅茶とお菓子を用意して私に差し出した。

「あの、お店は大丈夫なんですかね?」

「ああ、大丈夫だよ。この時間はお客さん来ないから」

 ユフィさんはゆっくりとした口調で返事をした。

「そうなんだね」

「おまえさん、本当のことをおっしゃって欲しいんだが、実はこの姿、変装ってことはないかい?」

「ええ、そうじゃよ」

「実は私もじゃよ」

「そうなんですか!?」

 ビックリした私は思わず、素の声で反応をしてしまった。

「リタさんから聞いているはずだと思うけど、この村にも盗賊団が来て、若い女や子供たちをさらっていったの」

「だから、ずっとこの姿でいたんですね」

「そうよ。あなたもリタさんからこの姿でいるように言われたの?」

「はい……」

「盗賊団っていつ頃捕まるのですか?」

「まだ分からない。少なくとも騎兵隊がここに来ない以上、盗賊団の言いなりになるのは間違いないわ」

 ユフィさんは険しい表情を見せながら私に返事をした。


 午後になって、お客さんが少しずつ増えてきたので、私とユフィさんはお店でお客の対応をしていた。仕事中もおつりを用意するのに時間をかけたり、わざと聞こえないふりをして聞き返す演技までしていた。

「あの、これと同じ鎮痛剤(ちんつうざい)ありますか?」

 1人の若い男性が私の所へ尋ねてきた。

「ちょっと待ってくおくれ」

 私はヨタヨタ歩きで、薬が並んである棚で鎮痛剤(ちんつうざい)を探した。

「お客さんが探しているのはこれかね?」

 私はオレンジ色のパッケージの薬を男性の客に差し出した。

「これはただの栄養剤だ。僕が探しているのは鎮痛剤だ」

「鎮痛剤……、ちょっと待っておくれ」

 私はわざと目を細めて薬を探し出した。

「お婆さん、目が悪いの?」

「年を取ると、目が悪くなっちまうだよ」

「老眼鏡は?」

「忘れてしまったよ」

「もういい、自分で探すから」

 男性の客はイラだった感じで棚から黄色いパッケージの薬を取り出し、レジへと向かった。

「あの婆さん、新入りか?」

「なんだって?」

「あの婆さん、今日入ったばかりなのかと聞いているんだ!」

「ああ、そうだよ。何かあったのかね?」

「目が悪そうだから、眼鏡を用意するように言ってくれないか?」

「ああ、言っておくよ。すまいないねえ」

「頼んだぞ」

 男性は不機嫌な態度で店を出ていった。


 その日のお仕事が終わったのは夕方6時過ぎだった。

 店を閉めて私が家に帰ろうとした時だった。

「よかったら、食事をしていかない?」

 素の言い方に戻ったユフィさんが私に声をかけた。

「帰ってから食べようと思っています」

「実を言うと、リタさんも経済的余裕じゃないから、あなたの世話は厳しいと思うの。せいぜい盗賊団が来た時、かくまうのが限界のはずだから、ここで住み込みで働かない? 三食昼寝付き。どう?」

「とても魅力的なんだけど、リタさんにどう説明したらいいか分からなくて……。それに今、着けているマスクも1人で着けるのが難しいから……」

「なあんだ、そう言うことか。リタさんにはあとで話しておくよ。マスクの脱着は私でも出来るから」

「ありがとうございます」

「じゃあ、食事をしようか」

 食卓にはパンにスープ、見たことのない肉が置いてあった。

「さめないうちに食べましょ」

「いただきます」

 スープを手始めにお肉やパンを食べていった。

「パンもおかわりあるからね」

「ありがとうございます」

 パンのおかわりをしたあと、井戸水を2杯ほど飲んで終わりにした。

「ごちそうまでした」

「お粗末様です」

 

 食器を片付けたあと、ユフィさんに空いている部屋を案内してくれた。

「今日からここがあなたのお部屋よ。好きに使っていいからね」

「ありがとうございます」

 ユフィさんが部屋から出ていこうとした時だった。

「明日はゴムのマスク、いつ頃着けてもらえますか?」

「それなら、朝食の前に着けてあげる。あと、私のお古の洋服を何着か用意するから待ってくれる?」

 ユフィさんは自分の部屋に戻って、いらなくなった洋服と大きめのボストンバッグを私の部屋に用意した。

「バッグまでいいのですか?」

「うん。将来的にこの村を離れる時が来たら使ってね」

「ありがとうございます」

 再びユフィさんが部屋からいなくなったあと、私は変装を解いて寝ることにした。いろんなことがあったせいか、その日はなかなか眠れなかった。仕方がないので、私はベッドの上からしばらく天井を眺めることにした。すると今度は少しずつ眠くなってきて、最後は眠ってしまった。

 翌朝、私はユフィさんが朝食の準備を始める前に、自分の部屋に来てもらって変装の手伝いをお願いした。ユフィさんは慣れた手つきで、私の顔にマスクを着けたり、カツラも綺麗にブラッシングして被らせてくれた。

「手袋は自分でやってちょうだいね。じゃあ私は朝食の準備をしてくるから」

 そう言い残して、ユフィさんは急ぐような感じで台所へと向かった。


 朝食を済ませて店を開こうとした時だった。通りで何か騒がしくなっていたので、様子を見に行ったら、例の盗賊団が道をふさぐように我が物顔でお酒を飲んで居座っていた。

「おい、ここには若い女はいないのか!」

 ボスと思われる人がウイスキーのボトルを持ちながら騒いでいた。しかし、誰も反応がなかった。

 その時だった。

「私でよけれは……」

 ユフィさんが杖をつきながらヨタヨタ歩きでやってきた。

「なんだ、このババアは」

「あら、私じゃダメなのかい? 私だってれっきとした女じゃよ」

「誰がババアなんかを連れていくか!」

「失礼ね、こう見えてもまだ70だよ」

「何が『まだ70』だ。『もう70』の間違いじゃねえのか?」

 そう言って、ボスはユフィさんを突き飛ばしてしまった。

「私はどうかね」

 私は少し震えながらボスに近寄った。

「婆さん、震えているけど大丈夫か?」

 ボスと思われる人はニヤニヤしながら近寄った。

「年寄は若い人に負けないよ」

「何がだ?」

「最近の若い女の子には知恵がないから、考える力なんかないんだよ!」

「ああ、そうだな。特に老け顔は若い女の子にはねえよな」

「そうだよね」

「分かったなら、さっさと消えちまいな」

 ボスは私の体を強く蹴った。

「お婆さん、大丈夫ですか?」

 若い男性が私の所へやってきて心配してくれた。

「ほう、若い男とは頼もしいな」

「おまえ、こんなことをして恥ずかしくないのか!」

「何? 俺とやるというのか。いいだろう、一つ相手になってやるよ」

 ボスは馬から降りて、骨をポキポキと鳴らしながら男性に近づいてきた。

「殴るなら殴れよ」

 若い男性は震えた声でボスに言った。

「よし、わかった」

 ボスは片手で男性を持ち上げて、遠くへ投げ飛ばした。

「まったく口ほどにもねえヤツだ。次は誰が相手になるんだ?」

「おい怪物、今度は俺が相手だ!」

 今度は鉄パイプを持った男性が目の前にやってきた。

「こんな棒きれで俺と勝負すんのか? ひどくなめられたものだ」

 ボスは男性が持っている鉄パイプをグニャッと曲げて、投げ捨ててしまった。

「さあ、どうする? 武器は俺がダメにしてしまったぜ。素手でやるのか?」

 男性はボスに目がけてこぶしを振り上げて殴りかかろうとした。しかし、簡単に投げ飛ばされてしまった。

 ボスは再びウイスキーを一口飲んで馬にまたがろうとした時だった。

「ここまでだ。早く馬から降りろ。でないと、頭の中に(なまり)をぶち込むぞ!」

 そう言ったのは、ショットガンを構えた保安官だった。

「なんだ、誰かと思えば保安官じゃねえかよ。保安官なら保安官らしく村のパトロールでもしとけよ」

「ジャック・スミス、強盗、誘拐、並びに傷害の容疑で逮捕だ!」

 保安官が手錠をかけようとした時だった。

「誰が大人しく捕まるか」

 ジャックは保安官の頭にハンドガンを突き付けた。

「バカなまねを辞めろ。罪が重たくなるだけだ!」

「そんなの知ったこったか。それより早く銃を捨てろ」

「誰が捨てるか!」

「なら、いいんだぜ。頭の中に鉛をぶち込むぞ」

 保安官は大人しくショットガンを投げ捨てた。

「最初から、そうすれやいいんだよ。お前ら、これを持っていろ」

 ジャックは部下に保安官のショットガンを持たせた。

「お前たちの目的はなんだ?」

「聞かなくても分かっているはずだろ。もうじきやって来る騎兵隊を追っ払ってくれないか」

「それは断る」

「なら、仕方がない。これでズドーンっとあの世へ行くか?」

 ジャックはニヤりとした顔でハンドガンを保安官の額に突き付けた直後のことだった。

「そこまでだ、早く銃を捨てろ!」

 後ろからショットガンを頭に突き付けた人がいた。

「誰なんだ、おまえは?」

「私は騎兵隊のマルコスだ。どうやらゲームは私の勝ちのようだな。大人しく銃を捨てろ!」

「わかったよ。俺の負けだ。お前らも早く銃を捨てろ」

 盗賊団の一味は騎兵隊に言われるままに、次々と銃を投げ捨てた。

「武器はこれで全部か?」

「ああ、そうだよ。そんなに疑うなら気が済むまで調べろ」

 ジャックは観念した顔をして両手を頭の後ろに回して調べられる態勢に入った。

「ん?」

 マルコスはジャックの体を調べている最中、違和感を覚えてしまった。右足のズボンの裾の部分に固い物が入っている感触をしてしまった。

「おい、ズボンを脱げ」

「いくらなんでも、ここで脱ぐのは人権問題ですよ」

「つべこべ言わずに早く脱ぐんだ!」

 マルコスに言われ、ジャックがズボンを脱いだ直後だった。

「おい、これはなんだ?」

 ズボンの(すそ)からはサバイバルナイフが出てきた。

「ああ、これは果物を切る時に使っていたんだよ」

「嘘をつけ! これで相手を脅していたり、斬りつけもやっていたんだろ」

「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。なら、人を斬ったという証拠を出してくださいよ」

「よかろう。この薬品は人間の血液に反応すると紫色に変わる。よく見ておけ」

 マルコスはカバンから透明な液体の入った瓶とスポイトを取り出して、ナイフの刃の部分に数滴垂らしてみた。すると、少しずつナイフの刃が紫色に変わっていった。

「血を拭き取って、うまくごまかしたつもりだったけど、そうは問屋が卸さなかったようだな」

 ジャックは紫色に染まった自分のナイフを見て何も言い返せなくなった。

「おい、こいつらを全員逮捕して保安所まで連行しろ!」

 マルコスは自分の部下に手錠をかけるよう指示をして、保安所まで連れて行った。

「では、自分も保安所に戻りますので」

 保安官もそう言って、騎兵隊と一緒に保安所まで行ってしまった。


 その日の夕方、保安所では保安官や騎兵隊などによる厳しい取り調べが始まった。

 保安所には「取調室」という専用の部屋がなかったため、空いている部屋を利用しての取り調べを行なうことになった。

 ジャックはマルコスの質問に対して何一つ答えようとしなかった。

「黙っているのは自由だが、お前のためにならんぞ」

「ほう、黙っているとどのようになるんだ?」

「裁判になった時、不利になるのはお前だってことをな。ま、せいぜい腕のいい弁護士を頼むんだな」

 しかし、ジャックはマルコスの脅しに何一つ動じなかった。

 取り調べから3時間、応援に来た保安官によって、ジャックはすべて白状した。若い女性や子供たちをさらった理由については、よその国に奴隷として売る目的だった。連れ去った人たちは自分のアジトの地下牢に監禁していると供述したので、マルコスたちは教えられた場所まで馬車に乗って向かうことにした。

 向かった場所は、保安所から数キロ離れた大きな屋敷だった。中へ入ってみると、だだっ広いホールになっていたので、騎兵隊たちは手分けして探すことにした。

「隊長、地下の入口が見つかりました」

 マルコスは部下に案内され、ろうそくを灯しながら階段をゆっくりと降りていった。

「随分と長い廊下ですね」

 部下の1人が独り言を呟いていた。階段を降りて奥の通路をゆっくり歩くと、さらわれた若い女性や子供たちが牢屋に閉じ込められていた。

「保安所の騎兵隊だ。もう怖くないから大丈夫。今助けるから待っていろ」

 マルコスたちはジャックから押収した牢屋(ろうや)の鍵で全員を解放して、保安所の馬車に乗せて村まで送り届けた。

 村に着いたのは夜遅くだった。馬車から降りた直後、連れ去れた人たちは村の人たちに歓迎され、それぞれの家に帰っていった。


 翌日の朝、私はユフィさんとリタさんに一言お礼を言って村を出ることにした。

「短い間でしたが、お世話になりました」

「こちらこそ、何もしてあげられなくて、ごめんね」

 ユフィさんも短く返事をした。

「リタさん、変装楽しかったです」

「これ、よかったら記念に持ち帰って」

「ありがとうございます」

「美鈴、盗賊の一味が捕まったとはいえ、完全に平和になったとは言い切れないから、気を付けるんだよ」

「分かりました」

 ユフィさんは心配そうな表情で私に忠告してくれた。

「あと、これ少ないけど宿代と食事代に回す分はあると思うから」

 さらにユフィさんはお金の入った袋を私に差し出してくれた。

「ありがとうございます」


 私が村を出発してから3日後の事だった。盗賊団に捕まっていた若い女性や子供たちは、村で元の生活を始めていた。

 その一方盗賊団たちは裁判で全員収容所送りとなり、無期限の奴隷生活となった。

 私はと言うと、次の街で新しい生活を始めようとしていた。今までの村と違ってとても大きく、多くの人々で賑わっていた。とにかく今夜の宿を確保しよう。

 私が寝場所を探していた時だった。街の至る場所にある貼り紙を見ていたら、<看守を募集します。なってみたい人は街の外れにある収容所まで>と書かれていた。

 看守かあ。私はどうするか否かさんざん考えた末、看守を応募してみようと思った。ああいうのって、難しい試験が出るに決まっている。再びためらった。私はダメ元で街のはずれにある収容所に行ってみることにした。

 建物へ近寄ってみると、もはや収容所というより巨大な要塞という言葉がふさわしかった。入口には守衛らしき人間が正門の前で立っていた。

「何の用で来た、言ってみろ」

 厳しい口調で私に問いかけた。

「実はここへ来る途中に<看守募集>と書かれた貼り紙を見たので、申し込みに来ました」

「そういうことか」

「もしかして、もう募集を打ち切ってしまったのですか?」

「そんな筈はないが……」

 守衛は少し表情を曇らせながら一瞬考えた。

「ちょっと待っていろ」

 守衛はそう言って、内線電話で人事につなげた。

「少しお待ちください。担当の者が見えますので」

 別の守衛が丁寧な口調で私に伝えた。

 待つこと10分、白いワンピースにプラチナブロンドのカールのかかったヘアウィッグ、仮面を着けた女性が資料の入った大型封筒を抱えて、正門にいる私の所へやってきた。

「応募に関する資料だ。これに目を通したあと、またここに来てくれないか」

「あの、お名前をちょうだいしていいですか?」

「今はその必要はない。用があるなら守衛を通してもらいたい」

 仮面を着けた女性はそのままいなくなってしまった。

「あの、今の人仮面を着けていましたが……」

 私は気になって守衛に聞き出した。

「女性の看守は仮面を着ける決まりになっている。私から言えるのはここまで。用が済んだなら下がってくれないか」

 守衛は私を追い立てるような感じで言ってきたので、一度街へ戻ることにした。

 前の村でユフィさんから受け取ったお金を持って、宿屋に向かうことにした。中に入ってみると、こじんまりとしていて、どちらかというとユースホステルに近い感じになっていた。案内された部屋に入ってみると、ベッドとテーブル、バスルームが設置されていた。

 さっそく私は封筒から資料を広げて一通り見ることにした。1枚目は入所に関する案内書。絵柄は付いているが、内容の半分以上は小さい文字ばっかりだったので、読むのに時間がかかってしまった。

 2枚目は支給されるもので、生活用品から訓練で着るジャージ、寝る時のパジャマ、見習い制服の一式だった。ジャージの色は青で、写真で見たら、どこにでもあるシンプルなデザインだった。パジャマも特別可愛いものではなく、比較的地味だったが、青か緑の好きなほうを選べるタイプになっていた。最後に見習い制服は上下ともに茶色で、上がブラウス、下はスカートかハーフパンツのどちらかを選べるタイプになっていたので、私はパジャマの色を緑にして、見習い制服をハーフパンツに丸をつけた。

 3枚目は宿舎に関する案内だった。ページをめくってみると、全寮制となっていて、部屋に関する規則や食堂や売店の利用時間などが記されていた。簡単に読み上げていくと、宿舎内すべてが禁煙になっていて、タバコを吸いたい人は宿舎の外にある指定の喫煙所まで行かないとダメになっていた。さらに読み上げると部屋の中は貼り紙禁止になっていたり、パジャマで廊下を歩くことも禁止になっていた。結構厳しいんだなと思わず呟いてしまった。

 4枚目は申し込み用紙になっていたので、そこに必要事項をすべて記入したのだが、最後に住所の記入欄があったので、私は一瞬考えた。その結果、私はここの宿屋の住所を記入した。

 こうやって読み上げると覚えることがたくさんあるから、少し不安になってきた。

 そういえば、食事がまだだったので、私は一度下の階にある食堂に行って食事をすることにした。

 テーブルの上にはビーフシチューにロールパン、それに野菜サラダがあった。

 食事を終えて部屋に戻って、バスルームで体を洗ったあと、再び資料を読み返したが、内容が濃過ぎて最後の行にいかないうちに眠くなってしまった。

 翌朝、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んで私は目を覚ました。簡単な身支度を済ませたあと、昨日と同じ食堂で朝食を済ませた。


 一度宿屋をチェックアウトしたあと、私は再び収容所へ向かうことにした。入口で私は守衛さんに昨日受け取った申込用紙を渡すことにした。

「あの、渡すのはこの申込用紙だけでよろしいのでしょうか……」

 私は遠慮がちに守衛さんに聞き出した。

「ちょっと待ってくれ」

 守衛さんは内線電話で人事の人につなげた。すると、今日は緑色でストレートのヘアウィッグに、左頬に星のマークを付けた仮面の女性が私の所にやってきた。

「申込用紙を出してくれ」

 女性が私の前で手を差し出したので、申込用紙一式を封筒ごと渡した。

「よろしくお願いいたします」

「確かに受け取った」

「私、あの先にある宿屋にいますので、通知などは宿屋に送ってもらえますか?」

「わかった。そうしよう」

 仮面の女性は短く返事をして、いなくなってしまった。


 戻った私は宿屋の人に事情を説明して、手伝いをする条件で、ただで寝かせてもらうことにした。

 さらにその数日後、宿屋の主人が大型封筒を持って、私の所にやってきた。

「美鈴ちゃん、君当てに郵便が来ているよ」

「ありがとうございます」

 早速封筒を開けて中身を確認したら、「面接の案内」と書かれた紙が入っていた。中身を読み上げてみると、<簡単な面談形式で行います。決して難しく考えず、リラックスして受けてください。また面接官は全員仮面をつけた女性が行いますが、怖がらず、友達と接するような感じで話してください>と書かれていた。「面接」と聞いただけで緊張するのに、仮面をつけた女性とどうやってリラックスして会話ができるのか、疑問に感じてしまった。今、こんなことを心配しても始まらないし、当日まで待つことにしよう。

 面接は1週間後。その間、私は宿屋の手伝いをしながら当日を待つことにした。



3話へ続く

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