1、プロローグ
2026年4月、青少年の犯罪件数が大幅に増加して、国会では少年法の廃止が可決された。
テレビの街頭インタビューでは「子供や家族の人権がなくなるから反対だ」とか「犯罪の抑止力になるから賛成だ」などと言った声が出ていた。
当然、犯罪が発生すれば成人犯罪者同様に名前と顔写真が公開されてしまう。
今までは「〇〇歳の少年、少女」と報道されていたのが、今後は「〇川△太郎容疑者(12歳)」と名前、年齢、顔写真付きで報道されてしまう。
ある男子高校生は友達数人と一緒に塾帰りの中学生相手ににカツアゲをした直後、警察官に現行犯逮捕され、名前と顔写真、年齢が公開されてしまい、母親はショックで寝込み、父親は仕事を辞めて実家に帰る結果となってしまった。
当然、裁判も今までは家庭裁判所で行われていたのが、今後は地方裁判所で刑事裁判を受けることになってしまい、家庭裁判所は法律改正に伴い、閉鎖になってしまった。
夏休みのある夜の出来事であった。男子高校生のチンピラたちは法律が改正されたことも知らずに、夜の繁華街を我が物顔でたむろしたり、いたるところにゴミを散らかす始末。それを見た1人の若い男性サラリーマンが粋がって「君たち、ここはゴミ箱じゃないんだから、きちんと持ち帰ってくれないか」と注意したとたん、ボスと思われる人が「なんだ、おっさん。俺たちにけんかを売っているのか?」と言って近寄り、ポケットからナイフを取り出してサラリーマンを威嚇する始末。
サラリーマンは「金なら持っているぞ。好きなだけ持って行け!」とチンピラの前に財布を投げつけてしまった。
「なあ、おっさんよお、俺たちは別に金が欲しいんじゃねえんだよ」
チンピラのボスは顔にナイフをペタペタと当てながら言ってきた。
「そうだよ。俺たちこう見えて収入のいいバイトをやっているから、オッサンの金には興味ねえんだよ」
さらに別のチンピラも財布を拾ってサラリーマンの手に戻した。
「では、私に何を求めていると言うのかね?」
「ここにあるゴミ、俺たちがやったんじゃねえんだよ。それを俺たちがやったと決めつけたから、そのことで土下座して欲しいんだよ」
「そんなでたらめ、私は信じない。君たちがやったところを見たんだからな」
その直後の出来事だった。
「君たち、ここで何をしている?」
巡回中の警察官がナイフを持っているチンピラを見るなり、近寄って職務質問を始めた。
「このナイフで何をやっていたんだ?」
警察官はボスが持っているナイフが気になって声をかけた。
「これって、バタフライナイフだよな? なんでこんなものを持っているんだ?」
「これは護身用ですよ。最近、物騒だから」
「どの辺が物騒なんだ?」
「さっき、このおっさんが襲い掛かってきたんですよ」
「違う、私は彼らがゴミを散らかしていたから一言注意をしただけだ」
サラリーマンはあわてて訂正を求めてきた。
「このあわてぶりから見て、おっさんの言葉ってうさんくさくね?」
「この近くに防犯カメラがあるはずだから、どっちの言い分が正しいか分かるはず」
後日、警察官たちは防犯カメラの映像を見て検証したら、サラリーマンの言い分が正しいと判断してチンピラたちを逮捕した。
逮捕直後、マスコミたちはチンピラたちの顔をカメラで公開し、それと同時に名前と年齢まで公開してしまった。
その後の裁判で彼らは無実を主張したが、裁判員や裁判官から懲役7年の実刑が言い渡された。
居間のテレビでニュースを見ていた私は、この事件が他人事のように思えていた。しかし、2学期に入った途端、とても恐ろしい事件に巻き込まれるとはその時は想像もしていなかった。
それは9月に入って、始業式を終えたあとの出来事であった。
ホームルームで担任の高槻孝太郎が夏休みの宿題を回収していた時だった。
「何? 宿題をやっていない? どういうことなのか説明してくれないか?」
高槻先生は加藤弘美、山口久美子、落合信代の3人をみんなの前で叱っていた。
「実は私、夏休みの間、知り合いの民宿でバイトをやっていたので、宿題が出来なかったのです……」
山口さんは、「いかにも」っていう感じの言い訳を高槻先生の前で並べていた。
「しかし、学生の本分は勉強だ。バイトに夢中になって宿題が出来なかったのは、ただの言い訳だ」
高槻先生の厳しい言葉に山口さんは何も言い返せなくなった。
そのあと他の生徒たちも同じように言い訳を並べていたが、高槻先生の前では通用せず、その日の放課後は補習となってしまった。
「クソ、あいつのせいで先生に怒られちまったよ。マジムカつく」
ガムをクチャクチャと噛みながら校門の前で加藤さんは独り言のように不満をぶつけていた。
「どうします? 放送で呼び出しますか?」
山口さんは加藤さんの機嫌を取るように聞き出した。
「その必要はない。どうせ帰ったに決まっている。それより明日の昼休みか放課後、校舎裏に呼び出して話をしねえか?」
「いいですねえ、やりましょうよ」
加藤さんの提案に山口さんと落合さんは乗り気満々でいた。
私、鬼頭美鈴は今年の春、自宅からバスと電車で45分の場所にある県立高校へかようことになり、1学期の終わりごろから、ガラの悪いクラスメイトたちに目をつけられてしまい、いじめられるようになってきた。
終業式が終わったその日の夜、誰かがボイスチェンジャーで「通知表の成績を教えろ。さもないとお前の家に火をつける」と脅迫してきた。
当然、通話記録を録音し、警察に被害届を出したら、犯人はクラスの男子だった。その後彼は脅迫と放火予告の罪で逮捕されてしまった。
今日も私は親に買い物を頼まれて、スーパーまで行った帰りのことだった。
「あれ、鬼頭さん。買い物とは感心だねえ。今夜の夕食はなんなのかなあ?」
「まだ分からない」
山口さんの問いに淡々と答えたら、彼女は私に「よかったら一緒にごちそうになってもいい?」と言ってきた。正直、私は彼女とは関わりたくなかったので、適当に無視をしていたら、玄関の入口に立って中に入れないようにしていた。
「食事をごちそうしてくれるまで、中に入れないわよ」
「あなたに差し上げる食べ物なんて何もないわ」
「じゃあ、買い物のおつりあるんでしょ? それを出してくれたら今日のところは勘弁してあげるよ」
「何を勘弁するっていうの? 別にあなたに勘弁されることなんてしてないわよ。それに手元にあるのは親のスマホだけ」
「スマホ決済ねえ。なかなかやるじゃないの。あ、そうそう。加藤さんが今日強くお怒りになっていたわよ」
「じゃあ、伝えておいて。怒るなら『勝手にどうぞ』って」
「あ、そう。明日どうなっても知らないからね」
山口さんはそう言い残して、いなくなってしまった。
翌日の放課後、私が玄関で外履きに履き替えた直後だった。
「やあ鬼頭さん、お疲れ」
加藤さんがそう言って校舎の入口で腕を組んで待ち構えていた。
「加藤さん、私になんの用ですか?」
「いやあ、用ってほどじゃないんだよ。少しだけ校舎裏まで付き合ってくれる?」
「でも私、このあと用事があるから……」
「私の話に付き合ってくれたら、すぐに帰してあげるよ」
加藤さんは震えている私などお構いなしに、校舎裏へ連れて行った。
「話って何?」
私は警戒をしながら加藤さんに質問をした。
「実は私ら、夏休みに宿題が出来なくて先生に叱られたでしょ? それ、親に知られてバイトが出来なくなったんだよね」
「それで、私にどうしろって言うの?」
「こうなったのも、みんな鬼頭さんのせいなんだから、少し責任を取ってほしいのよね」
「私にどういった責任があるっていうの? 私はあなたたちに責任を果たす義務なんてないわ。夏休みにバイトをやって宿題が出来なかったのは、すべて自分たちのスケジュール管理が悪かったからでしょ? 言っておくけど、この件に関しては私は悪くないから。要件はそれだけ? なかったら帰らせてもらうわ」
私が一方的に言うだけ言って帰ろうとした時、加藤さんが私の右の手首をつかんで引き留めた。
「まだ何かあるの?」
私は加藤さんを少し睨み付けながら聞き出した。
「『まだ何かあるの?』じゃないわよ。ねえ、夏休みに私とした約束、忘れたの?」
「約束って何?」
「もしかして、忘れたのお?」
加藤さんは私の顔に近づけながら聞いてきた。
「何の約束?」
「ひっどーい。もしかして口約束をいいことに白紙にして終わらせようとしているわけ? 最低よね」
横にいた山口さんもイヤミぽく私に言ってきた。
「忘れたも何も、あなたたちと最初から何の約束もしてないわ。何の約束をしたのか教えてくれる?」
「やだあ、鬼頭さん、私たちとした約束を完全に忘れたのお?」
一緒にいた落合さんも、意地悪そうに言ってきた。
「くどいようだけど、私、最初からあなたたちと何も約束してないわよ」
「そうやって逃げようとしても無駄だからね。私たちとの約束を破った以上、きちんと迷惑料として1人5千円ずつ払ってもらうわよ」
落合さんはそう言って、私にお金を要求してきた。
「悪いけど、あなたたちに払うお金は一円もないわよ」
「あ、そ。払う気がないなら、私らにも考えがあるわよ」
「考えって、どうするの?」
落合さんたちはポケットからスマホを取り出して、SNSのアプリを起動した。
「これから、あなたの有ること無いことをネットでばらすわよ。それがいやならさっさとお金を出しな」
「ゆすったって、無駄よ。本当にないんだから」
「なら書いちゃうわよ」
「どうぞ、ご自由に。私はこれから用事があるから帰らせてもらうね」
私が帰ろうとした瞬間、加藤さんは再び私の右の手首を強くつかんだ。
「あなたたち、しつこいわよ。いくら要求されても出せないものは出せないから」
「どうしても払えないと言うなら、私らの前で土下座をしてもらおうか」
「何に対して土下座すればいいの?」
「んなもん、アホでも分かるよ」
「あいにく、私はあなたが言うとこのアホ以下の存在だから、ちゃんと言ってくれないと分からないわ」
「ならアホ以下でも分かるように話してやるよ。テメー、うちらに何か言うことあるんだろ?」
「私はあなた方に土下座をするほど、迷惑なんてかけていないけど……」
「とぼけやがって!」
「じゃあ、私があなたたちにどんな迷惑をかけたのか、話してくれる?」
「そんなに話して欲しいなら、きちんと話してやるよ。テメー、夏休み私らに宿題を見せる約束をしておきながら、見せないで終わったじゃねえかよ」
「最初からそんな約束なんてしてないわよ」
「口約束をいいことに逃げる気か? いい度胸してんじゃん。ちょっとだけ歯を食いしばれよ」
加藤さんは私の胸ぐらをつかんで顔を殴ってきた。
「おお、久しぶりに見たわよ。弘美のパンチ」
山口さんは歓声を上げながら加藤さんが私の顔を殴る瞬間を見ていた。
「私の顔を殴ってスッキリした?」
しかし、私が余裕そうな顔をしていたせいか、加藤さんの苛立ちは募るばかりだった。
「テメー、もう一度ツラをよこせ」
「いいわよ、気が済むまで殴っていいわよ」
「上等じゃねえかよ」
そう言って加藤さんは再び私の顔を殴った。
「弘美、私らも手を貸します」
横にいた落合さんが手を出そうとしていた。
「いや、こんなヤツ、私1人で充分だ」
「しかし……」
「黙って見ていろって言っているんだよ」
加藤さんの一言で落合さんと山口さんはしばらく、この光景を眺めていた。
「お前のせいで私は先生に叱られたんだよ。少しは反省をしろ!」
「だから、何を反省をすればいいのよ」
「まだ分からない? 夏休みの宿題を大人しく見せていれば、こんなふうにならないで済んだのよ!」
そう言って加藤さんは泣きながら私の顔を殴っていた。
「鬼頭さん、そろそろ観念して私らに土下座をしたら?」
落合さんが、顔をニヤつかせながら私に言ってきた。
「鬼頭さん、困っている人を見かけたら助けるって教わらなかった?」
今度は山口さんまでが口を挟んできた。
「私は努力を嫌がって、自分で何もしようとしない人には優しく出来ないから。あなたたちの場合、単なる人に甘えているだけでしょ?」
「ふざけるな!」
加藤さんのこぶしは再び私の顔に飛んでいった。
この日を境に私は加藤さんたちにイビられる日々を過ごすようになった。
ボイスチェンジャーでのいたずら電話や校舎裏でのカツアゲは毎日のようにやってくる。
それ以外も、ファックスによる嫌がらせや机の上での落書き、教科書やノートのいたずらも発生した。
さすがの私もこう毎日続かれていては、ウンザリだったので、私は放課後、職員室で担任の高槻先生と相談することにした。
「なるほどね。僕も彼女たちの行動をチェックしておくよ。ただ、決定的な証拠がない以上、証拠不十分になるか、彼女たちが容疑を否認して逃げるだけだと思うんだよ」
私は高槻先生のやる気のなさに憤りを感じてしまった。
「先生、現に私は3人から嫌がらせを受けています。早急に対応をお願いをしてもいいですか?」
「分かった、すぐに彼女たちから事情を聞き出すことにするよ」
翌日、私と彼女たちは担任の高槻先生と生徒指導の先生たちから事情を聞かれ、正直に話すことにした。
彼女たちは生徒指導の先生から厳しい問い詰めに、何もかも正直に白状してしまった。その結果一週間の謹慎処分が言い渡され、その間に反省文を書かされたり、出された課題をやるという形になっていた。
さらにその日の夜に彼女たちの母親から謝罪の電話も来ていた。私は彼女たちの母親に「もう気にしてないので大丈夫です」と返事をしたが、母親たちは謝り通しだった。
彼女たちが謹慎中の間、私はのびのびとした日々を過ごしていたはずだったのだが、実際はそんなに甘くはなかった。
家に帰ってその日の復習と、次の日の予習をしようとした瞬間、私のスマホに非通知の着信が来た。基本、非通知の着信に関しては出ないようにしているが、その日に限ってしつこく鳴っていたので、私は仕方なく出ることにした。
「もしもし?」
「こんにちは、初めましてかな」
「あなたは?」
「僕は加藤弘美の彼氏に当たる者だよ」
彼氏と思われる人は、明るい声で私に挨拶をしてきた。しかし、その時の私は加藤さん本人がボイスチェンジャーを使って電話をしたことに気がついていなかった。
「その彼氏さんがなんで私の電話番号を知っているの?」
「もしかして電話をかけたら、迷惑だった?」
「ううん、大丈夫」
「よかった。それを聞いて安心したよ」
「あと、あなたの名前を教えてもらっていい? そうしないと話しづらいから」
「そうだったね。僕は倉持博之だよ。君の名前は?」
「私は鬼頭美鈴……」
「鬼頭さんだね。よろしく」
「それで、倉持さんが私に何の用で電話をかけてきたの?」
「そうだったね。実は彼女の謹慎を早めに解除してもらうようにお願いしていいかな」
「『早めに』というと?」
「そうだねえ、明後日には解除してもらえるように生徒指導の先生にお願いしてもらってもいい?」
「それは出来ないわよ」
「そんなことを言っていいのかな。君は無実同然の彼女を謹慎にしたんだよ」
「あなたの彼女は私に暴力を振ったり、机や教科書にいたずらをしたのよ」
「なら、その証拠を用意してくれないかな。言っておくけど僕の母さん、弁護士をやっているんだよ。その気になれば、君を法的手段に話を持ち掛けることも出来るんだよ。さあ、どうする?」
倉持くんと名乗る人は私を脅すような感じで言ってきた。
「言っておくけど、こんな脅しには負けないわよ」
「おいおい、何を言っているんだい? これは脅しじゃなくて本気さ」
「なら明日、新百合ヶ丘の改札前にあなたのお母さんを連れてきてくれる? それとも彼女の許可がないと動けないの?」
「……」
倉持君はしばらく考え込んだ。
「どうしたの? 駅前に自分のお母さんを連れて来るくらい簡単なことでしょ?」
「……」
しかし、反応がなかった。
「なら、こう呼んであげましょうか。彼氏に成りすませた加藤弘美さん」
「君、何を言っているんだい。僕は加藤弘美じゃないよ」
「倉持博之君本人なら、明日会ってくれるよね?」
「……」
「どうしたの?」
今度は電話が切れてしまった。「ま、いいや。用があるなら、向こうから電話をかけてくるはずだから」そう言って私は自分の部屋で勉強の続きを始めた。
彼女たちの謹慎が明けた三日後、教室に入ってみると、ざわつきが広がっていた。
ある女子生徒はスマホを見るなり、「鬼頭さんってひどいことをするよね」と言ってみたり、また別の女子生徒は「私らの個人情報をなんだと思っているのかしら」と愚痴をこぼしていた。
状況をつかめていない私は自分の席に着くなり、スマホを取り出してSNSを起動してみた。
「おはよう、鬼頭さんちょっといいかしら?」
「なんですか?」
クラスメイトの岩崎さんが、私を廊下へ連れ出して話を始めた。
「鬼頭さん、昨日は随分と大胆なことをやってくれたわね」
「大胆なことと言うと?」
岩崎さんの言葉の内容に今一つ理解していなかった。
「あなた、昨日クラス全員の個人情報を流出したんでしょ?」
「私には何のことだかさっぱり分からないわ」
「とぼけないで。昨日、加藤さんと山口さん、落合さんがSNSであなたのことを書いていたわ」
「なら、私が個人情報を流出したという証拠を出してちょうだい」
「証拠も何も、彼女たちがそう言っているんだから間違いないわ」
「違っていたら、どうするの?」
「どうするって言われても……」
「少なくとも土下座くらいはしてくれるんでしょ?」
私の強気な発言に岩崎さんは一瞬ひるんでしまった。
「私は彼女たちの言葉を鵜呑みにしていただけだから……」
「だから、自分は悪くないと主張したいんだね」
私は岩崎さんに対して強い憤りを感じてしまった。
「そんなに責めたいなら、私じゃなくて加藤さんたちを責めなさいよ」
岩崎さんも相当怒りに満ちていた。
「でも、その前に私を廊下へ連れ出して疑ったんだから、それに対して謝罪をしてもらうわよ」
「分かったわ。疑ってごめんなさい……」
岩崎さんが私に謝った直後だった。校内放送で<クラスの個人情報を流出した鬼頭さん、鬼頭美鈴さん。朝のホームルーム終了後、校舎裏まで来てください>と加藤さんが、私を呼び出してきた。
ホームルーム終了後、担任の高槻先生が私と加藤さんを呼んで、相談室まで連れて行った。
「さっきの放送はなんだったのか、聞かせてもらおうか」
「……」
「おい加藤、君に聞いているんだよ」
「鬼頭さんがクラス全員の個人情報をネットに流しました……」
「鬼頭、今加藤が言った内容は本当か?」
「いえ、私は昨日自宅の部屋で勉強をやっていたので、スマホもパソコンもやっていませんでした」
「そんなことありません。鬼頭さんは昨日の放課後、パソコン実習室でクラス全員の個人情報を流していました」
「なんで知っているんだ?」
高槻先生が不思議がっていた。
「私、見ていたんです」
「見ていたなら、何で止めなかった?」
「止めたのですが、私の言葉など完全に無視していました」
「しかし、鬼頭は昨日家にいたそうじゃないか」
「私以外の人も見ていました」
「誰が見ていたと言うのかね?」
「落合さんと山口さんです」
「わかった。今、2人を呼んでくるからここから一歩も出ないように」
高槻先生が教室にいる2人を呼びに行っている間、加藤さんは廊下の様子を確認したあと、1人抜け出してしまった。2人を連れて相談室に戻ってみたら、加藤さんがいないことに気がついたので、高槻先生はスマホのLINEアプリで手の空いている先生に加藤さんを連れ戻して来るように頼んだ。
さらに状況が状況なため、相談室には教頭先生までやってきた。
「鬼頭さん、さっきの放送の内容に間違いないのかね?」
教頭先生は落ち着いた感じで私に質問してきた。
「すべて間違いだらけです。そもそも放課後は家に帰って勉強をやっていました。昨日パソコン実習室の当番をしていた先生に確認を取って頂けたら分かります」
「分かりました。後ほど確認しておきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「お礼を言うのはまだ早いよ」
私が教頭先生に頭をさげてお礼を言った直後、ストップをかけられてしまった。
「と、言いますと?」
「残りの人たちの話も聞かないといけないから」
「まだ、私の疑いが晴れていないのですか?」
「実際のところは……」
教頭先生は申し訳なさそうな顔して私に返事をした。
「教頭先生、鬼頭さんの言葉を鵜呑みにしないでください。私見ていたのです。彼女、USBメモリを職員室から持ち出して、実習室のパソコンから個人情報を流出していました」
「では聞くが、まずは君の名前を聞こうじゃないか」
「私は落合信代です」
「落合さん、鬼頭さんが職員室でどの先生の引き出しから持ち出したのですか?」
「担任の高槻先生の机の引き出しからです」
「持ち出したってことは、机の引き出しには入っていないって事だよね? 高槻先生、申し訳ないけど自席の机の引き出しを調べてくれないか?」
「分かりました」
高槻先生はそう言って、職員室の机の中を調べたら、いくつかのUSBメモリが見つかったので、パソコンでデータを確認したところ、クラスの個人情報は無事だと確認された。
「教頭先生、データは無事でした」
高槻先生はすぐにデータが無事だったことを教頭先生に報告した。
「落合さん、これはどういうことかね?」
「私、見たのです」
「では、聞くが鬼頭さんがどこのホームページに流出したと言うのかね?」
「そこまでは把握していません……」
「では、当番の先生を呼んで事情を聞こうじゃないか」
教頭先生は、放送室で実習室を担当していた吉原朱美先生を相談室まで呼び出した。
「失礼します、ご用件はなんでしょうか」
「吉原先生、忙しいところ呼び出して悪かった。実はちょっと確認したいことがあってな。昨日、ここにいる彼女たちが言うには鬼頭美鈴さんが実習室のパソコンを使ってクラスの個人情報を漏らしたと言うんだけど……」
「まず、確認したいのですが、個人情報をどのような形で流出したかですよね?」
「それなんだが、ここにいる落合信代さんが言うには職員室にある担任の高槻先生の引き出しからUSBメモリーを持ち出したと言うんだよ」
「今の一言で気になったのは、職員室にある個人情報の入った媒体は原則鍵のついた引き出しに保管することが義務付けられています。生徒が持ち出す際には担任の先生の許可、もしくは付き添いのもとで利用することしか出来ない決まりとなっています。しかし、昨日は個人情報の持ち出し許可の申請がなかったので、考えられるのは無断で持ち出したか、落合さんたちのデタラメが浮上します」
「しかも昨日は引き出しには鍵が掛かっていたはずなので、USBメモリを持ち出すのは不可能だと考えられます」
私も言いづらそうに自分の意見を主張した。
「そうですよね。確かに昨日は実習室に鬼頭さんの姿も見えていませんでしたし……」
「分かりました、ありがとうございます」
教頭先生が短くお礼を言ったあと、吉原先生は一言「失礼します」と言い残して、いなくなってしまった。
「吉原先生が言うには、実習室には鬼頭さんの姿は見えていなかった。高槻先生の引き出しには鍵が掛かっていたので、データを持ち出すことは出来なかった。おまけに職員室にはデータの持ち出し許可もなかった。だとすると、残りは君たちのデタラメと言うことで判断していいのかね?」
教頭先生は鋭い目つきを落合さんたちに向けたが、誰一人返事をしなかった。
「このまま黙って済むと思っているのかね? 正直に話してごらんなさい」
「……」
「なぜ、黙っているのかね?」
教頭先生の中から怒りのオーラが少しずつ出てきた。
「実は……」
最初に言い出したのは山口さんだった。
「『実は』何? それだけでは分かりませんよ。ちゃんと話してくれる?」
教頭先生は苛立った感じで山口さんに問い詰めた。
「実は私、鬼頭さんのことをSNSに流しました……」
「高槻先生、彼女がしたことご存知でしたか?」
「いえ、そこまでは把握していませんでした」
高槻先生は少し驚いた感じで反応していた。
「とにかくスマホで確認しましょう」
教頭先生は自分のスマホを取り出したあと、高槻先生と一緒に問題となっているスレッドを見ることにした。
「これですね」
教頭先生はスレッドを見つけるなり、高槻先生と一緒に内容を確認をした。
「山口さん、君がやっていることは名誉棄損になるよ」
「はい……」
山口さんは小さい声で短く返事をした。
「とにかく、鬼頭さんのご家族から被害届が出るかもしれないから、一週間、自宅謹慎にしておきましょうか」
教頭先生は高槻先生の耳元で囁くように言った。
「分かりました」
加藤さん、山口さん、落合さんの三人は一週間の謹慎処分が言い渡され、この話は終わりとなった。
彼女たちの謹慎が空けた翌日、またしても大きなトラブルが待ち構えていた。
それは文化祭の準備をやっている時の出来事。私のクラスではお化け屋敷を出し物にすることになっていて、自分たちで作った衣装やお面などで、お客さんたちを脅かす企画となっていた。その日の放課後、私が数人の友達と一緒に看板造りで遅くまで残り、最後に明かりを消して家に帰った。さらに翌日になって、大事件が起きてしまった。
私が登校したら、看板の周りにクラスの人たちが群がっていて、ざわついていた。
「おはよう、どうしたの?」
気になった私は近くにいる友達に声をかけたら、ショッキングな返事がやってきた。
「鬼頭さんおはよう。実は昨日作った看板に誰かがいたずらをやったらしいの」
「それ、本当なの?」
「それだけじゃなくて、衣装やお面にもいたずらをされていたの」
私は気になって看板を見たら、いろんな落書きをされていて、衣装やお面に関しては破損個所が見つかっていた。
「ちくしょう! 誰だよ、こんないたずらをした奴は!」
1人の男子が大声を出して悔しがっていた。
「犯人を見つけ次第、叩きのめす!」
別の男子も復讐心メラメラの状態でいた。
その時だった。「私、いたずらの犯人が誰だか知っているわよ」と不気味な笑みを見せながらやってきた人がいた。そう、言うまでもなく加藤弘美だった。
「加藤さん、知っているの?」
「ええ、知っているわよ」
クラスの女子が質問した直後、加藤さんは私のほうへ目を向けて「犯人は鬼頭さんよ」と指をさしながら言ってきた。
「私、何も知らないわよ。だいたい何の根拠があって、私だと決めつけたの?」
「根拠ならあるわよ」
「じゃあ、見せてよ」
「鬼頭さん、毎朝早いから誰もいない時を狙ってやっていたんじゃない?」
「なら、証拠を出してちょうだいよ」
「証拠が無くても、証明してくれる人ならいるわよ」
「じゃあ、誰なのよ」
そう言って、山口さんと落合さんを呼んできた。
「私、見たわよ。鬼頭さんがいたずらをしていたところ」
「山口さんありがとう。じゃあ、落合さん」
山口さんが言い終わった瞬間、今度は落合さんに振った。
「私も鬼頭さんがやったところを見ました」
「ありがとう」
「みなさん、聞いてのとおり、2人が鬼頭さんがいたずらをされているところをしっかりと見届けました。これから鬼頭さんに神からの天罰を下します。では皆さんも鬼頭さんへの仕返しにご参加ください」
さらに翌日以降、男子からのリンチを受けたり、女子から嫌がらせを受けるようになり、事実上、クラスからいじめを受けるの日々が始まってしまった。
毎日のいじめに限界が来てしまい、私は自殺を決意した。だからと言って、いきなり死ぬのもどうかと思ったので、部屋で遺書を書くことにした。<ここ何日か学校でのいじめが発生し、身も心も限界になってきました。加藤弘美さん、山口久美子さん、落合信代さんをはじめとする多数の生徒たちによる嫌がらせにとても耐えきれません。中略 私は次なる世界へ旅立ちますが、みなさんはお体に気を付けて過ごしてください>
翌日の早朝、みんなが来ない時間を見計らって、自分の席に遺書を置いて、教室の天井にロープを吊って首を絞めて死んだ。それもあっという間だった。
その十数分後、一番最初に教室に入った女子生徒は私の死体を見るなり、「キャー!」と大きな悲鳴をあげてしまった。
女子生徒の悲鳴に反応した男性教師は教室に入るなり、私の死体を見て「なんだこれは!」と大声を出す始末。
「校長先生と教頭先生、警察を呼んでくるから、君はここでじっとしていてくれないか」
ショックを受けた女子生徒は言わるまま、床に座りこんでしまった。
「君がこの死体を発見したのかね?」
教頭先生は床に座りこんでいる女子生徒に声をかけたが、反応はなかった。
「よかったら、少しだけ話を聞かせてくれないか?」
今度は校長先生が優しく声をかけた。
「校長先生、教頭先生、彼女は今ショックを受けていますので、落ち着いてからゆっくり聞き出してください」
男性教師に言われて、校長先生と教頭先生は空いている席に座って警察が来るのを待っていた。
「ところで、担任の高槻先生はどうしたのかね?」
教頭先生が何かを思い出したかのように男性教師に聞き出した。
「少し遅れてくるみたいです」
「少しと言うのは?」
「おそらく20分くらいだと思います」
「分かりました。あと、今日一日現場検証を行うはずだから、ここの教室を立ち入り禁止にして、授業はすべて休みにするよう、高槻先生に伝えてくれないか」
「分かりました」
男性教師は教頭先生に言われた通り、高槻先生が来るなり今日の休みを伝えた。高槻先生は教室へ入ると私の死体と机の上に置いてある遺書を確認した。
まさか自分のクラスから自殺者が出るとは想定外もいいところだったので、高槻先生はその場で立ち尽くしてしまった。
「高槻先生、警察が見えました」
男性教師に言われて、高槻先生は警察官たちを教室の中に入れた。
「私、神奈川県警・捜査一課の者でございます。教室でお亡くなりになられた生徒さんとはこちらですか?」
「はい、そうです」
「では、ご遺体を確認させて頂きます」
捜査員たちは鑑識と一緒に身元の確認を急いでいた。
「初めまして、私、神奈川県警・捜査一課長の山崎と申します」
「私はこの学校の担任で、数学を担当している高槻孝太郎と申します」
「先生が最初にご遺体を発見されたのですか?」
「いえ、違います。発見されたのは、こちらの生徒です。今はショックを受けていて、満足に会話が出来ない状態ですので、落ち着いた時にお話を伺ってあげてください」
「分かりました」
「警部、遺体の近くに遺書が置いてありました」
鑑識が山崎課長の所にチャック付きのビニール袋に入れた遺書を持ってきた。
「ちょっと見せてくれないか」
山崎課長は遺書の内容をくまなくチェックした。
「高槻先生、ちょっと気になった名前が出てきたのですが……」
「気になった名前と言いますと?」
「加藤弘美さん、山口久美子さん、落合信代さんの3人とお話をさせてくれませんか?」
「では、明日3人を警察署に向かわせればいいのですね?」
「いや、我々がこちらに来ます。そのほうがきっと話しやすいと思いますので。それと明日も先生のクラスだけお休みにしてください」
「分かりました」
「あと、生徒さんのご遺体を解剖したいので、5日ほどお預かりしてもよろしいでしょうか? 終わりましたら、ご自宅へお戻しいたしますので」
「では、住所をお伝えしたほうがよろしいですか?」
「大丈夫です。生徒手帳で住所とお名前、生年月日を確認させて頂きましたので。では、我々は一度失礼させて頂きます」
刑事さんたちはそう言い残して、帰ってしまった。
高槻先生は教頭先生と一緒に少し離れた場所に立っている校長先生に刑事さんと話した内容をすべて報告した。
「内容はわかった。では、明日も引き続きよろしく頼む」
次の日の午前中のことだった。加藤さん、山口さん、落合さんの3人は状況が理解してないまま、捜査員が控えている部屋に向かった。それぞれの部屋には逃げられないように、廊下と部屋の中に2人ずつ控えていた。
3人は捜査員の質問に対して「知らない」の一点張りだった。
「本当に何も知らないんだな?」
「だから何度も言っているんじゃん、何も知らないって。私だって鬼頭さんが自殺するなんて思ってもいなかったんだから」
加藤さんはスマホをいじりながら、捜査員の質問に答えていた。
「SNSの内容が気になるのはわかるけど、今はスマホを使うのを辞めてくれないか」
「分かったわよ。しまえばいいんでしょ」
加藤さんはふてくされた態度で返事をして、カバンの中にしまい込んだあと、再び捜査員の話を聞くことになった。
「刑事さん、これって任意ですよね? だったら終わりにしてもいいですか?」
「残念ながら捜査令状が出ているから、これは任意ではないんだよ」
捜査員は机の上に捜査令状を置いて話を進めてきたので、加藤さんはついに諦めて、職務質問に応じることにした。
「では、改めて質問するが、鬼頭美鈴さんが死ぬ前に書きこ残した遺書に君の名前が書き記されている。君が彼女を苦しめて自殺に追い詰めたんだろ?」
「刑事さん、やったのは私だけでなく、山口さんと落合さんもです」
「って言うことは、鬼頭美鈴さんをいじめたことを認めるんだな?」
その瞬間、加藤さんは黙って首を縦に振った。
「午前10時25分、鬼頭美鈴さんへの暴行、自殺へ追い詰めた容疑で緊急逮捕する」
捜査員はジャケットのポケットから手錠を取り出して加藤さんの手首にかけ、その上に自分のジャケットをかけて、パトカーに乗せて警察署まで連れて行った。
その頃、山口さんと落合さんも同じような展開になり、捜査員と一緒にパトカーに乗って警察署まで向かった。
5日後の出来事だった。警察署から私の遺体が届くなり、母さんは泣きじゃくっていた。
「気持ちは分かるが、今は美鈴の葬式の準備が最優先だろ。俺はお寺さんと打ち合わせをするから、お前は葬儀屋と斎場の手配をしろ」
父さんは泣いている母さんなどお構いなしに葬式の準備を進めていった。
その1時間後、父さんは自宅から少し離れた場所にあるお寺に行って住職を訪ねることにした。
「ごめんくださーい、ご住職はいらっしゃいますかー?」
玄関の戸を空けるなり、父さんは入口で大きな声で住職を呼んだ。
「はーい、どちら様でしょう」
奥の部屋からエプロン姿のお手伝いの人がやってきて用件を聞いてきた。
「実は娘が亡くなったので、お経をお願いしたいと思った次第で……」
「ご愁傷様です。せっかくお越し頂いたにも関わらず恐縮なんですが、住職は外出しておりまして……」
「そうですか。ご住職は何時ごろお戻りになりますか?」
「実は遠方に向かわれておりますので、戻りが何時になるかは分かりません」
「分かりました。それでは、改めて出直してきます」
「誠に申し訳ございません」
お手伝いさんは申し訳なそうな顔をして頭をさげていた。
「ちなみに明日は何時ごろでしたら繋がりますか?」
「それがまだはっきりしておりません。なんでしたら、住職が戻られたらお宅へご連絡するよう、お伝えしておきますが……」
「その方が助かります。携帯電話でよろしいでしょうか?」
「はい」
父さんはスマホを取り出して、自分の電話番号をお手伝いさんに見せた。
「確かにメモを取らせて頂きました」
「では、ご住職が戻られたらご一報頂きますよう、お願いいたします」
父さんはそう言い残して、車を走らせて家に戻った。
その頃母さんは、電話で葬儀屋さんと打ち合わせをしていた。
「日程なんですが、お寺さんのスケジュールがはっきりされないと、決められないんですよ」
「そうなんですか……」
「私どもはお寺さんのスケジュールがはっきりした時点で動いておりますので……」
「そうなんですね。では改めてかけ直しをいたします」
母さんが電話を切った直後、父さんが戻ってきた。
「お帰り、お寺さんと日程組めた?」
「それが出かけていて、戻りが何時になるか分からないと返事が来たんだよ。だから、俺のスマホの番号をお手伝いさんに教えて戻ってきたよ。おまえのほうはどうった?」
「私のほうはお寺さんの日程がはっきりしないと、動いてくれないみたいで……」
「そっか……。わかった、とにかくお寺さんから電話が来るまで待とうか」
「そうだね」
その日、2人で夕食を済ませたあと、父さんのスマホに着信音がうるさく鳴っていた。
「もしもし、鬼頭ですが」
「鬼頭さんの電話番号でお間違いないでしょうか」
「はい、そうですが……」
「私、栗木台にある東福寺で住職をやっております、林と申します。このたびは娘さんがお亡くなりになり、誠にご愁傷様です」
「ありがとうございます」
「それで、早速葬儀の日程を組みたいのですが、来週の火曜日と水曜日っていかがでございましょうか」
「えーっと、通夜が火曜日、告別式と初七日法要が水曜日ってことでしょうか」
「左様でございます」
「かしこまりました。それでは、こちらの日程で」
「お時間は通夜が18時からで、告別式は11時からでよろしいでしょうか」
「はい、このお時間でお願いいたします」
「あと、戒名をお付けしたいのですが、娘さんは生前何かされいましたか?」
「娘はよく音楽を聞いていました」
「では、戒名に『音』という文字を入れさせて頂きます」
「よろしくお願いいたします」
そう言って父さんは電話を切ってしまった。
そして、迎えた告別式の日。昨日の通夜に比べると弔問客が少なかったもの、何人かのクラスメイト、担任の高槻先生、そして校長先生と教頭先生が来てお焼香を済ませたあと、父さんと母さんに挨拶を済ませていなくなってしまった。
初七日法要が終わって、出棺前に最後のお別れとして、私の棺の中に音楽雑誌、私が着ていた洋服などを入れていき、そのあと、みんなでお花を入れていった。最後にお坊さんが戒名の書かれた半紙を入れて蓋が閉じられた。みんなは私を見て泣いていたり、終始無言のままでいた。
火葬場から戻った父さんは骨壺を和室に置いて、ネクタイを外して一息ついていた。
「やっと終わったね」
「まさか、こんなに早く逝ってしまうとは思わなかったよ。母さん、すまないけどコーヒーを入れてくれないか」
母さんがソファから立ち上がって台所へ行こうとした時だった。ドアチャイムが鳴ったので、ドアを開けたら喪服姿の1人の女性が立っていた。
「あの、どちら様でしょうか」
「私、加藤弘美の母でございます。このたびは娘さんを亡くされてご愁傷様でございます。よろしかったら、お線香をあげさせてもらってもいいでしょうか」
加藤さんのお母さんは遠慮がちに言ってきた。
「玄関ではなんですし、中へお入りになってください」
母さんはそう言って家の中へ入れてあげた。加藤さんのお母さんは私の遺影の前で線香を立てて静かに合掌したあと、カバンの中からお香典袋を取り出して線香のわきに置いた。
「少ないですが、私と主人からのささやかな気持ちです。どうかお納めください」
「わざわざ、ご丁寧にありがとうございます」
母さんも加藤さんのお母さんの前で深くおじぎをした。
「今回の一件、すべて私どもに責任がございます。娘たちは今裁判中ですが、結果次第では刑務所に行くかもしれません」
「結果もなにも娘を自殺に追い詰めたんだから、刑務所に決まっているだろ」
その時、今まで黙っていた父さんが口を挟んできた。
「おっしゃる通りです。大切な娘さんの命を奪ったのですから、それくらいの罰は当然だと思っています。今回の件、償っても償いきれない罪の重さだと思っています」
「なら、これを持って帰ってくれないか」
父さんはお香典を加藤さんのお母さんに渡して、追い返してしまった。
「父さん、いくら何でもやりすぎですよ」
「あれくらいやらないと、だめなんだよ」
「気持ちは分かるけど、あれじゃ私たちが悪いみたいじゃない……」
「人殺しの家族には明日はやってこないんだよ!」
しかし、母さんの言葉からはこれ以上何も出てこなかった。
その日の夜もお互い会話することもなく、終始無言の
ままでいた。
そして私には新たな生活が幕を開けようとしていた。
2話へ続く