帰り道
廃墟で見つかったマジックアイテムは、数点にすぎなかった。
大半は、あの盗賊たちが秘匿していたもので、そう大したものはない。
推定で等級3が2点、4と5が1点ずつで、ガラクタとまでは言えないものの、大して金になるものではなかった。
廃墟、旧メルカの町は、何の変哲もない宿場町だったという。
人口は数千。
この界隈の宿場町としては大きい方だ。
「俺と、リーン、それにもう1人は、メルカで生まれた。リーンは俺と同い年だ。
もう1人は、リーンの姉さんで、俺たちの2つ歳上だった。
俺とリーンは8歳の時、領主館で行われた試験に合格して、首都の騎士アカデミーに送られた。リーンの姉、ランは、2年前からアカデミーにいた。」
カイは、ダリウスの布カバンに入って頭と両手だけを出し、絶賛食事中だ。
ダリウスも歩きながら硬パンを手にしていたが、あまり食が進まない。
時々革水筒から水を飲みながら、問わず語りに話し続ける。
ダリウスたちはアカデミーでの勉学を続けた。
ランとリーンの姉妹は、優秀だった。
ダリウスはと言うと、剣技と魔力量はふたりを上回っていたが、魔力コントロールの面で、どうしようもなかった。
大人になれば、コントロールが安定する場合があるため、すぐにアカデミーを追い出されることはなかったものの、教授達の関心は、ダリウスから離れる一方だった。
メルカの町から見出された、他の2人が優秀過ぎたことも原因だったろうか。
小さな町から3人もの騎士候補者が、同時期にアカデミーに在籍したことは過去になかったが、スポットライトは、姉妹のみを照らし、ダリウスは忘れられた存在だった。
「それでよかったのかもしれん。リーン達は、姓持ちだ。弱小とは言え、騎士家の出だからな。平民の俺に姓はない。しかも、俺は孤児で、教会の救貧院育ちだ。」
カイは食事をしながら、ここまで口を挟まずに聞いていた。
ふと、思いついた疑問が口に出る。
「リーンさん達の姓は、なんて言うの?」
「フォーリーだ。何故?」
「なんか、聞いたことがある気がして。どこで聞いたのかな、リーンさんと、ランさん、だよね。」カイは食事の手を止めて、首を捻る。
両手は腕組みだ。
殆ど人間のような仕草だった。
「カイ、お前な、人前でそういうのはやめとけよ。一発で、使い魔だってバレるぞ。」
「あ、うん、気をつける。でも、ボク、使い魔っていうんじゃないような気がするんだけどなー。」
「だが、お前は人語を解する猫で、お前を使役するご主人がいるだろう。使い魔で間違いない。」
またも使い魔認定されてしまった。
カイとしては、釈然としなかったが、この世界の流儀に従うなら、そういうことになるのだろう。
「で、お前はご主人の元に戻りたいんだろ。しかし、違う世界となると、簡単にはいかないだろうなあ。」
カイは、ちょっと考えてみた。
何だろう、ご主人に会いたいけど、そのことは全く心配していないこの気持ちって?
「ボクはねえ、ここでやることがあるから、ここにいるんだ。それを果たしたら、きっと帰れるよ。」
ダリウスは、黒猫の、生真面目な丸い目を見た。
カイには、何らかの確信があるのだろう。
魔法でないと言いつつ、ソードマスターの目からも逃れるシールドを展開し、ドラゴンの鱗だという謎の物体を発見して見せた、猫でない猫。
盗賊たちも騎士たちも発見出来なかった物だが、カイにとっては造作もなかった。
それは、井戸の枠に埋もれて、何十年もそこにあったはずだ。
これが何なのかは保留だが、ありふれた品物でないのは確かだった。
「そういえば、カイ?」
「なあに?」
「大国の宝物庫にあるドラゴンのウロコだか、それは真紅だと言う。なんで、これは灰色なんだ?」
「多分だけど、今日見つけたのは、重力を操るタイプのドラゴンの鱗だよ。
宝物庫のは、炎熱を操るのかな。
ドラゴンの体色は色々あって、其々体色に応じた固有能力を持ってるから。」
魔法使いは絶句した。
そんな情報、少なくとも騎士アカデミーじゃ教わらない。
「ダリウス、なんかこの世界って、ボクらのとこより、ドラゴンに関する情報が少ない気がするよ。隠蔽されているのか、それとも、遭遇例がが少なすぎるのかなあ?」
ダリウスはうーん、と首を捻る。
「少ないかもしれんな。王侯貴族でも、まず見たことがないだろうから。」
だから、アーティファクトならば魔力を帯びているはずだという、根拠のない思い込みが定着してしまったのかもしれない。
「しかし、俺はともかく、リーンはメルカには戻りたくなかったろうな。主命とあれば致し方ないが。」
「廃墟だから?」
「それもあるが、そうなった原因はラン=フォーリーだからな。大勢死んだ。彼女らの両親を含めて。」
魔法使いは、遠くを見る目で呟いた。
食事を終えた黒猫は、ヒラリと地面に飛び降り、歩きながら相棒を見上げる。
「魔力暴走って言ったよね、聞かせて、その話。」
そうだな、と小さく呟き、魔法使いは話し始めた。