アーティファクト
「ねえダリウス、この瓦礫、引っ張り出せる?」
カイは地面に座って、しっぽを「?」マークの形にする。
黒猫の前には、平たい瓦礫。井戸の枠の一部だったようだが、もはや原型は留めていなかった。
50センチ角で厚み10センチ強と、あまり大きくはないが、小さな黒猫では、動かすことは無理だろう。
「これか?よし。」
ダリウスが瓦礫を手前に引き出した。
カイは、奥に回って、割れた断面を注意深く調べる。
「ダリウス、これ、取り出せる?」
魔法使いは、黒猫の前足が示す物を見た。
「何だこれ?木切れか、動物の革か?」
「似たようなもんだね。」
それは、平たい木の葉の形をした灰色の物体だった。
ダリウスは、ナイフでこそげるようにして、それを瓦礫から取り出す。
慎重に眺めて、首をひねった。
「微かに地属性を感じるが、マジックアイテムじゃないな。地属性は、あの幻獣どもの影響か?しかし、これは一体何だ?軽いな。丈夫な革みたいだが、違うな?」
カイは頷いた。
「魔力は感じないでしょ。」
「ああ。何なんだ、これは。知ってるんだろ、カイ?」
「鱗だよ。ドラゴンの。」
「!?」
ダリウスは、絶句し、謎の物体と、黒猫を見比べた。
カイは、平然としている。
「間違いじゃない。ボクはドラゴンを見たことがあるって言ったでしょ。」
「ああ、しかし、しかしだ、ドラゴンの鱗といえば、最上級のアーティファクトだろう?なぜ魔力を帯びてないんだ?」
「だから、誰も見つけられないんじゃないかな。ほとんどの人が魔法を使えるこの世界では。当然魔力が感じらるはずだって、思い込みがあるのかも。」
ダリウスは、灰色の物体を凝視した。
艶のない表面には、何か細かい模様がある。
ごく微細な線で刻まれたそれは、羽毛の模様か、水の流れを象ったかのようだ。
「ん?これは‥?」
ダリウスは呟いた。
何気なく表面を精査しようとして、微弱な魔力を物体に流したところ、表面に漣のような光のパターンが現れたのだ。
青紫から青の光は、表面の模様に沿って、鮮やかな煌めきを発した。
ダリウスとて、これがドラゴンの鱗であると信じた訳ではない。
しかし、こんなふうに反応するものは、これまで見たことがなかった。
本体はあまり美しいものとは言えないが、明滅する光のパターンは、神秘的で、魔法使いならずとも魅せられるだろう。
これが何なのかはわからないが、未知のものであるのは確かだ。
「ダリウス、これはマジックアイテムじゃないんだから、依頼主に渡す必要はないよね?」
「あ、ああ。そうなるな。」
「ひとまず持っとくことにして、依頼にあう、別の何かを探そうよ。鳥も増えて来たし。」
カイは、殺戮現場に集まって来た屍肉喰いどもをちらりと眺めて、首をすくめた。
「そうだな。そうしよう。」
ダリウスは、その「鱗」を懐に収めると、黒猫を抱き上げ、次の井戸の場所へと歩き出した。
時刻はとおに昼時を回っていたが、のんびりと食事をする時間はない。
鳥は増えてきたし、誰か人間がやって来たらややこしいことになる。
外に出ていて、難を逃れた盗賊の残党が戻ってきたりしたら、更に面白くないことになるだろう。
「でもさー、ダリウス。」
「何だ?」
「盗賊達、あの騎士達が来るのを知ってたのかな?迎撃する気満々だったし、躊躇わずに先制攻撃に出たよね?」
「敵が来る、と言うことは知ってたんだろうな。しかし、まさかソードマスターが来るとは思わなかった可能性が高い。
知っていたら、とっくに逃げ出していただろう。」
「そっかー。」
圧倒的な実力差だった。
最初から相手がわかっていたなら、戦闘にはならなかった可能性が高い。
「あの、リーンてひと、ダリウスの知り合いだよね。ソードマスターは、みんなあんなに強いの?」
「まあ、そうだな。ソードマスターひとり
を投入するだけで、戦局が覆ると言われている。お前たちの世界にはいないのか?」
どうだろう?
カイの知る限りそういう称号は聞いたことがない。
様々な武器のエキスパートはいるが、戦局そのものを変える存在となると、ごく一部の規格外の化け物しか思い浮かばない。
ただし、彼らは、戦局を動かすのではなく、戦争そのものを叩き潰す。
「そういう連中は、滅多に表に出てこないんだ。パワーバランスがメチャクチャになっちゃうもん。傍迷惑だから。」
「お前んとこ、恐ろしい奴らが居るんだな。まあ、それほどじゃないが、ソードマスターも通常の兵士扱いじゃないんだ。殲滅兵器というか、そういう立ち位置だな。」
そんな物騒なモノをここに派遣するなんて。
しかし、もしその理由が、何らかの超貴重品の捜索ならば。
彼らの行動からして、その可能性は高い。
そして、カイが言う通り、ダリウスが得たものが、真正のドラゴンのウロコだとしたら?
ありえない。あり得ないが・・・
魔法使いは、嫌な予感が背筋を這うのを感じた。
こんな感覚は、かつて、故郷の町が一瞬にして廃墟と化した時以来だった。