魔法使いの探しもの
廃墟の入り口から見ると、残っている建物は皆無だった。
奥の方は、魔力暴走事故が起きた時点で、すでに瓦礫と化していたのだろう。
幻獣たちが地ならししたのは、入り口からほんの200メートルばかりだったが、それが残った建物の全てだったようだ。
ダリウスは、町のメインストリートだった場所をすすんでいく。
黒猫カイは、魔法使いにしがみつきつつ、チラチラと上空に視線を送っていた。
心なしか、鳥の姿が少し大きくなったみたいだ。
「あのステ、何とかってシールドを張っときゃ問題ないんだろ?」
ダリウスの言葉に、カイは首を横に振る。
「人間相手ならね。鳥とか、野生動物の感覚は、また違うよ。有効かもしんないけど、ダメってこともある。」
まして、異世界の動物に対しては、データが少なすぎた。冒険はしたくない。
人間ならば、異世界であっても、大同小異で対処可能だったが。
ご主人なら、こんな時どうするんだろう。
カイにとって、ご主人は怖くて厳しい人だったけれと、今は、会いたい。
すっかりご主人として考えるようになってしまっているが、もっと別の呼び名があった気もする。
名称はどうあれ、カイにとってはご主人に違いはなく、ご主人の方でも、呼び名などという些末なことを気にしないだろう。
そういう人だ。
カイの知る誰よりも端正で、時に冷酷非情なあの眼差しが、恋しいとさえ思えるなんて、ボクはどうしてしまったんだろう?
これって、ホームシック?
まさかね。
「で、探し物って、なに?」
「さあ、それがな。雲を掴むような話なんだが・・・」
依頼者は、富裕な商人だった。
あの港の倉庫の大半を所有し、また、商船団を保有していて、手広く貿易を行っている実力者だ。
いくつかの自治都市にも、拠点を置いていて、その影響力は国際的だという。
「そんな人が、ダリウスに依頼したの?」
「な、何だその疑いの視線は。」
「べーつにぃー。で?」
ダリウスが言うには、今回のクエストは、ひどく大規模なものだった。
その依頼主である大商人の、子飼いの私兵や、使用人、職業魔法使いなどを可能な限り動員したという。
「本来なら、俺みたいな弱小業者にまで依頼が来るはずなかったんだから、異例の規模とは言えるだろ。それでいて、何を探しているかと言うと、具体的な指示はないんだ。」
「え、なに、それ?」
「マジックアイテム。グレード3以上のマジックアイテムってのが、唯一の指示でなあ。グレードは1から10まてあるが、3なんてありふれ過ぎて、どう解釈していいのやら。」
確かに奇妙な依頼だ。
依頼時に、探索エリアを指定される。
あとは、期限内に、該当しそうな品物を探し出して納品すればいい。
そうすれば、グレードごとにあらかじめ提示された買取額で引き取ってもらえる。
だが、さっきの騎士達の行動はなんだったんだろう?
「彼らは、俺の依頼主からすると、敵対勢力に当たるんだ。ひょっとして、目的は同じ物なんだろうか。しかし、探し物のために、盗賊とは言え皆殺しにするなんて。」
廃墟がダリウスに割り当てられたエリアなら、商人側は、ここに大きな期待はしていなかったはずだ。
期待値が高い場所には、それなりの探索者を投入しただろうから。
一方、貴族の側は、ソードマスターを投入し、殺人をためらいもしなかった。
もし、かれらの狙いが同じもものならば、貴族勢力は、商人側にはない情報を握っていたのではないか。
しかし、推測はここまでだ。
今出来ることは、瓦礫から何らかのマジックアイテムを回収すること。
でないと、遥々ここまで歩いて来たことも、骨折り損になってしまう。
「この先に、井戸がいくつかあったはずだ。埋まってなきゃ、何か回収出来るかも知れん。」
この破壊っぷりでは、精々そのくらいしか可能性は残っていないだろう。
「ダリウス詳しいんだね。ここに来たことがあるの?」
ダリウスは頷く。
「俺は、俺たちは、ここで産まれた。さあ、鳥どもがこっちに注意を向けるまでに片付けるぞ。」
俺たち。
それって、ダリウスと、さっきのソードマスターのことだろうか?
チラリと兆した疑問だか、鳥どもは明らかに狙いを定めて、旋回しながら高度を下げつつあった。
奇妙に感情を欠く、飢えた目の群れ。
数も増えている。
カイはゾッとして首を竦めた。
今は、ダリウスの言う通りだ。
今回破壊されたエリアの外れで立ち止まった魔法使いは、周囲を見回した。
「この辺りだが。」
「井戸かあ。うーん、すっかり埋まってるみたいだね。地下に空間はなさそう。」
「マジックアイテムの気配もないな。まあ、ここに何かあれば、あいつらが気づいただろう。次に行くか。」
「うん。あ、ちょっと待って、ダリウス。」
黒猫は、魔法使いの腕からひらりと飛び降りた。
「どうした、カイ?」
「ちょっとね。着いてきて。」
カイは、トコトコと瓦礫を回り込む。
井戸があった場所の裏手へと。
ダリウスは、首を傾げながらその後を追った。
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