邂逅
カイは、ダリウスと騎馬隊を見比べた。
「あの、剣のひと?」
魔法使いは頷く。
「綺麗なひとだね。」
カイには、その騎士がまだ若い女性であることが分かっていた。
茶色の髪は短く刈り整えられ、色白の肌に化粧っけはない。
整った顔は小さく、大きな目は、珍しいほど鮮やかなグリーンだった。
「よく知ってる人?」
カイの問いかけに、ダリウスは、答えない。答えたくないのだろう。
この距離では、本来性別すらはっきり見分けられないが、ダリウスは、彼女を特定していた。
ということは、それほど親しい人物だということだ。
だけど、とカイは思う。
何となく、何処かで会ったことがあるような気がするのは何故だろう?
廃墟側からは、2度目、3度目の斉射が行われたが、女騎士は、難なく矢を切り払い、騎馬隊は無傷だ。
他の騎士たちが手を出す必要もない。
「これじゃ、膠着状態だね、ダリウス。騎馬で進むには、廃墟は障害物が多すぎる。廃墟の連中は突撃する様子はないし。」
ダリウスは、首を横に振った。
「いいや。アイツなら、押して通るだろう。地ならししてからな。・・・見ろ。」
騎馬の兵士たちが、一斉に抜剣した。
一旦、各々の顔の前に掲げた刃を、真っ直ぐ前方へ突き出す。
微かに聞こえる詠唱。
カイは、彼らの剣の先に、何かの気配が膨れ上がるのを感じた。
あれは、生き物?
似てはいるけど、少し違うようだ。
距離があるから、騎馬の前方にぼんやりしたもやのようなものが視認出来るだけだか、意識を広げていくと、それらがワニかトカゲのような、地を這うものの姿をしていることがわかる。
急速に膨れ上がり、実体化していくそいつらは、巨大だった。
高さは、平屋の家くらい。
長さは、電車の車両2台半くらい。
平たい頭部は、上から見ると台形に違い。
その広い方の辺は、そのまま肩に接続している。
首に当たる部分はない。
巨体を支える脚は6本。頑丈そうな、長い尾の先まで、びっしり鱗で覆われている。
「アレはなに?」
「幻獣だ。地属性だな。」
「幻獣って?」
「ドラゴンも幻獣だろ。つまり、そういうもんさ。あれ、しかし、幻獣は召喚して使役するが、ドラゴンは召喚したってハナシを聞かないな?どう違うんだ?」
「ボクが知るわけないじゃん。って、わー、あいつら、動いた!」
巨獣たちは、一斉に前へと進んだ。
廃墟からは、槍が発射されたが、ウロコを貫通するには至らない。
容赦ない加速。
ほぼ横1列に並んだ巨獣たちは、盛大な土ぼこりを巻き上げつつ突進した。
彼らの前には、建物も樹木も無いに等しい。
壁も柱も、全ては押し破られ引き倒され、
彼らが通り過ぎたあとは、粉々に撒き散らされた瓦礫の原が出現していた。
ただし、道路には、全く瓦礫がない。
本当に魔法みたいだ、と、カイは思う。
この世界には、当分ブルドーザーなんかの出番はなさそうだ。
一気に地を均した巨獣は、200メートルばかりを駆け抜けて、消えた。
まさに蒸発でもしたかの如く、その姿はかき消え、あとにはもうもうとした土埃が立ちこめるのみ。
土埃がおさまってくると、惨状があらわになる。
巨獣たちの突進から逃れた者は、ほんのわずかだった。
それも、無傷だったのは1人か2人。
騎馬隊が動く。
あとは、一方的な蹂躙劇が展開された。
「ひでぇな。」
ダリウスがポツリと呟く。
カイはダリウスに抱かれたまま、拡張した意識で戦場を精査した。
騎馬隊以外の生存者なし。
「ねえ、ダリウス。何で殲滅したのかな?そりゃ、先に手を出したのは、全滅した方だけどさ。」
ダリウスは、低くため息をついた。
「わからん。ここに、盗賊が巣食っているとは聞いていたが・・ここまでやる必要があったか?」
「盗賊なんだ。じゃ、あの騎士たちは、取り締まる側ってこと?」
「それは、微妙だな。管轄が違う。あの騎士たちは、多分、ある大貴族の家中だが、ここは領地じゃない。」
「ん?じゃあ、なんで?」
「俺が聞きたい。どうしちまったんだ、リーン・・◦?ソードマスターともあろうものが。」
ダリウスは、独り言のように呟いた。
目は、最初に剣を抜いたあの騎士を追っている。今、騎士達は全員剣を鞘におさめて、廃墟に散開した。
「何か探してるみたいだね。」
「ああ、そのようだな。」
遠目にも、彼らが組織だった捜索活動を行っているのは明らかだった。
丹念に地面を調べていく。
「あの幻獣召喚による破壊でも影響を受けない何か、か。そんなものがあるか?
最初から探し物が目的だったようだが。」
「壊れてもいいものとか?」
「あるいは、ここにはないことを確認するためだけなのか。」
騎士達は、1時間程度探し物をした後、街道を戻って行った。
結局、彼らの意図はわからずじまいだったが、魔法使いには当初の目的があった。
しかし、仮に、依頼された探し物がここにあったとしても、発見は絶望的と言わざるを得ない。
騎士たちに召喚された幻獣は、魔力暴走に耐えて残った廃墟まで、粉微塵にしてしまっていた。
「とにかく、探そう。急がないと。」
ダリウスの言葉に、カイは首を傾げた。
「急ぐ必要って、ある?」
「盗賊どもの死体を狙ってくるもの達がいる。見ろよ。」
魔法使いは、上空を指差した。
遥かな高みに、数羽の鳥の影が舞っている。
そちらへ意識を伸ばして、カイはイヤな気分になった。
大きい。
形はハゲワシに似ているが、嘴の鋭さと、爪の凶悪さは、現実の鳥というより、悪夢の世界から飛び出してきたかのようだ。
「ね、ねえダリウス?アイツらって、屍肉食いだよね?間違っても、生きた猫なんか・・・」
「好き嫌いはないだろうな。肉でさえあれば。行くぞ。」
「は、離さないでよね。」
魔法使いは、黒猫を抱いて、瓦礫の町に向かった。