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廃墟へ

ある程度奥に進んだところで、カイは立ち止まった。

「ダリウス、脚、痛くなかった?」

「ああ。古傷だ。少しづつ良くなってるし、走るくらい何ともないさ。」

実際、ダリウスは息すら上がっていない。

「じゃあ、ボクを抱っこして。」

「はああ?疲れたからか?」

「まあそれもある。でも、騎馬の連中、魔法で索敵してるみたい。ダリウス、防御魔法みたいなの、出来る?」

ダリウスが情けない表情で唸った。

「相手が、索敵がとても苦手だったら、何とか。」

「うん、問題外だね。廃墟にも索敵してる奴がいたし。あいつらも戦闘慣れして統制がとれた集団のようだ。だからね、僕がステルス結界を張るよ。」

「は?すて、何だって?」

「ボク、魔法は使えない。でも、出来ることもあるさ。ここは信じて。」

ダリウスは、小さな黒猫をしげしげ眺めた。

「カイよ、おまえ、出来るヤツだなあ。」

またあのキラキラまなこで見つめられたカイは、赤面した。

いや、黒猫だから、ダリウスにはわからないだろうけど。ああ、人間の姿でなくて、本当によかった!

コイツって、どっか子供みたいだ。

あんまり幸せな人生を送ってきてはいない

だろうに。

ふっと、あの顔が浮かんだ。

あの女性。白髪まじりの、栗色の髪、日に透けると緑に見えるハシバミ色の目。

詳しくは知らないけれど、彼女も幸せな人生じゃなかったはずだ。

とっても可愛らしいひと。子供みたいな笑顔。優しい声。

最後まで毅然としていた、あの姿。


ダメだ、ホクは今は泣けない。泣かない。

カイは、思い出を振り払うように、ひとつ頭を振り、地を蹴った。

ダリウスが胸元で黒猫を抱き止める。

「行こう。何が起きてるか確認して、できれば、こっちの仕事をしなきゃね。」

この距離をまた出直すなんて、ないわー。

ダリウスも同感だ。

面倒ごとに関わる気はないが、請け負った仕事は果たさなければ、飯が食えぬ。

かくして、1人と一匹は、隠密作戦を開始した。


「ところでさ、ダリウス?」

「ああ。」

「もう、剣は持たないの?」

ダリウスの体がこわばった。

「何故だ?誰に聞いた?」

別人のように、低く冷たい声だった。

黒猫は、体をよじる。

「痛いよー。相棒はだいじにしなきゃ。」

「あ、ああ、悪い、つい。」

ダリウスは、腕の力を緩めた。

「ふう。潰れるかと思った。あのさ、ボクこの世界に来て、話したのあんただけだ。手だよ、手。」

「手?」

「ウン。ウチのご主人、剣が得物だって言ったでしょ。ダリウスの手、剣を握るひとの手だ。」

ダリウスは、片手をしげしげと眺めた。

「なるほどな。なあ、カイのご主人は、強いのか?魔法使いなんだよな?」

「強い、って言うか、あの人、切れない物ないんじゃないかな。なまくら刀でも、ドラゴンの鱗にキズつけるくらいだし。」

「ああ、強化魔法か。それはすげえな!

カイ、ドラゴン見たことあんのか?」

カイは頷いた。

「ここにはいないの、ドラゴン?」

「さあ?居るとしても、伝説の域だな。俺は見たこともないさ。大陸の、1番デカい帝国の宝物庫に、竜のウロコが1枚あるとは聞いたが。」

「そうなんだ。ボクの世界でも、そんな感じ。ドラゴンは数が少なくて、世界はここよりはるかに広い。お伽話だと思ってる人が大半だろうね。」

「そうか!羨ましいなあ、ドラゴンを見たことがあるとは。」

「でもさー、ウチのご主人はトカゲって呼んでた。でっかくて丈夫なのが取り柄のトカゲ。この世界のとは違う種類かもね。」

「ああ、そうかもなあ。伝説のドラゴンは、火を吐き、剣も槍も魔法も受け付けない。だから、いくらバフかけたところで、切り傷ひとつつけられないだろう。」


などと、緊張感に欠ける話をしつつ、黒猫と魔法使いは森の端を行く。

街道の方で騎馬の響きが聞こえ、ダリウスは、緊張したが、カイは歯牙にもかけない。

「大丈夫。索敵にも、視認にも絶対引っかかりゃしない。気をつけるのは、音かな。ただ、あんまボクから離れちゃダメだよ。」

「わかった。信じてるぜ、相棒。」

土埃が視認出来た。間も無く騎馬隊の姿が現れる。乗っているのは、武装した兵士。

さほど急いではいない様子だ。

更に少し速度が落ちた。

前方の廃墟を注視しているようだ。

一応、全方位を索敵しているが、彼らの目的地は、ダリウスの目的地と同じで間違いない。待ち伏せも想定ずみ。

ということは。

「まずいな。戦闘が始まったら、おわるまで待つしかないが、カイ、すて、なんとかは、持つか?」

「だいじょぶ。でもさー、ボク、お腹空いてきちゃった。」

ゴロゴロモードで、おねだりしてみる。

丸い目で訴えかけつつ、ダリウスの胸あたりをフミフミするのも忘れない。

朝、ダリウスが肩から下げた布カバンに食糧を入れたのは確認済みだった。

「ほら。」

ドライフルーツのカケラを貰い、カイはご機嫌だ。完全に餌付けされている。

猫の口では食べにくいが、器用に前足で抱えた果物をクルクル回し、キバを刃物のように使っていた。

猫と言うより、リスみたいな食べ方だ。

ダリウスが、しげしげとその様子を見ていた。笑顔だ。

「何?どうしたの、ダリウス?」

「いや、かわいいなと。お前のご主人がうらやましいよ。」

カイは食べ終えて、ため息をひとつ。

「それ、ウチのご主人に言ってやって。だいたい、あの鬼畜ときたら、あれ?」

カイは言葉を切った。騎馬隊を注視している。彼らは減速し、廃墟の端から200メートルほどで止まった。


「どうした?」ダリウスが立ち止まる。

「始まったみたい。」

廃墟側から、多数の矢が射かけられているようだ。

普通の矢ではない。

バリバリと、ここまで聞こえる音。

空気を切り裂く、白い閃光。

「雷属性か。」

当たったらひとたまりもないだろう。

だが、全ての矢は、騎馬隊まで到達しなかった。

騎馬隊の中央にいた、鎧の騎士が、手にした剣を一閃させたのだ。

凄まじい剣風が巻き起こる。

それに触れた矢は、ことごとく弾かれ、打ち落とされた。

手練の技だった。馬たちもまた、よく訓練されていると見えて、微動だにしない。


「ダリウス?痛いよ!やめて!」

カイの言葉は、ダリウスに届かない。

彼の腕は、黒猫をガッチリ抱きしめてゆるまず、カイは窒息の恐怖を感じた。

ジタバタと身をよじり、爪を立てて、ようやく、ダリウスは気が付いたらしい。

「あ、ああ、ごめん、カイ。」

「ふう。死ぬかと思った。どうしたのさ?」

「知り合いがいる。」

ダリウスの目は、騎馬隊に注がれていた。



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