第二の伝言
夜明けと共に、マティアス公子たちは行動を開始した。
昨夜、公子が随伴騎士と共に野営地を離れようとしていたのは、一つには、マディハン総支配人がこのルサンドリア王国に来たことを察知したためで、もう一つは、再度アーティファクトに関する情報を収集するためだった。
だから、期せずしてどちらの案件も片付いたわけで、怪我まで寛解した以上、ぐずぐずしている必要はないのだ。
夜明けの海岸を歩きながら、ダリウスはカイに話しかけた。
「しかし、良かったのか、カイ。リーン、行っちまったぜ?」
「んー。だってさー、お家騒動の最中に個人的メッセージとか、あたま、ぐちゃぐちゃになんない?」
「まあ、そういやそうか。昨夜、あんなこともあったしなあ。精神的なストレスはマズいよな。」
「あ!その件なんだけど、実は・・。」
カイは、魔力暴走と、魔力回路の揺らぎとの関係を説明した。
ストレスは、きっかけに過ぎないことも。
「んで、ゆうべ、修正したの。」
「は?」
「言うのは、すっかり忘れてた。暴走の処理ついでに、リーンさんの魔力回路いじったの。
この姿だと大変なんだけど、本来の姿なら、片手間仕事だからさ。またいつか、ダリウスから伝えてあげてね。もう、魔力暴走に怯えなくていいって。」
ダリウスは立ち止まって、まじまじと相棒を見た。カイも立ち止まって、振り向く。
「どしたのさ、ダリウス?」
「いや、そのう、俺はどうやってお前に報いればいいのかって。助けてもらってばかりだ。その上、リーンまで。」
神妙に告げるダリウスの言葉に、カイは、はてな、と首を傾げた。
意味がわからない。
「ごはん、食べさせてくれた。それで十分じゃない?」
「お前って奴は、全く。」
この世界において、カイは並ぶ者なき絶対強者だろう。その立場がどのようなものか、ダリウスには、想像すら出来ない。
が、カイは、やっぱりカイだ。
そんなカイに、慕われている主人がいる。
「お前のご主人は、とんでもない人なんだろうな。」
「あー、うん。変な人だね、確かに。
僕ら翼の騎士は、何千年にも亘ってご主人の一族に仕えてきたんだ。でも、ボクのご主人があの人で、本当に良かったって思うよ。」
かなりアブない性格ではあるが。
ろくに刃もついていない鈍刀で、ふざけて切り付けられたことがあったっけ。
「動くなよ。危ないぞ。」
ご主人の声が聞こえる。
離宮、月の宮の石の庭園だった。
カイは、本来の姿だったから、正直、たかを括っていた。どんな達人だろうと、鋼鉄ごときで龍が斬れるはずはない、と。
甘かった。
鱗数枚を、一瞬でうすーく削がれたのだ。
「ドラゴンのかつら剥きだ。」と、ご主人は笑っていたが、カイはこの時確かに、恐怖の深淵を覗いた。
出鱈目すぎるだろ、いくらなんでも。
帰りたいなあ、と、内心ため息をつく。ご主人の顔を見て、声を聞きたい。ご主人の愛するひと、あのいつまでも少女のような、美しい妃殿下に会いたい。
出会ってからこんなに長く2人の側を離れたことはなかった気がする。
二階堂 蘭と生活していた時だって、いつでも連絡出来たし、ご主人たちがあのマンションを訪ねて来ることもあった。
本当に、ボクはどうなってしまったんだろうか?
寂しい。離宮が恋しい。
ダリウスのことは好きだけど、自分がいる場所はここではないと思う。
「それとさ、ダリウス、リーンさんは、必ずすぐに戻ってくるよ。ダリウスに会いにね。だから、伝言を渡すのは、そんなに先のことじゃない。」
「リーンが、俺に?なぜ?」
ダリウスは、全くわけがわからない様子だ。 ホント、ニブいんだから、と、カイは嘆息した。ま、いっかー。
「そんなことより眠いよー。お腹すいたよー、ねえ、ダリウスったら!」
「あ、ああ、そうだよな。帰ろうせ、今日のところは。」
朝日が波をきらめかせる中、黒猫と魔法使いは家路を急いだ。
2日後。
マディハン総支配人の死が発表された。
事故死として。
商会としては、無難な落とし所だろう。
ゲオルグ・キストンの健康状態が、深刻に憂慮されているとの噂も囁かれていた。
既に、新体制に移行したとの報道もされている。総支配人の死を期に、クーデターが起きたというのが一般の見方だ。
更に、3日。
ダリウスの住まいに、訪問者があった。
リーン・フォーリーである。
マティアス公子の親書と、褒章を携えて。
「仕官する気はないか、と?」
ダリウスの言葉に、リーンが頷く。
「ありがたいが、俺に仕官は無理だろう?子供の頃、そんな夢を見たことはあるが、今じゃ騎士だの王侯貴族だのには、正直、うんざりだ。」
「あなたならそう言うと思ったわ。残念だけど。たから、私、グラツフェルド大公家の騎士を辞めて来たの。」
「はあっ?な、何を言ってるんだ?」
「あなたこそ、何を言ってるのよ。私は、2回も魔力を暴走させたのよ?
これから、大公家は、まだまだ大変な時で、もし3度目が起きたら、私が殿下の足を引っ張ってしまう。そんなこと、耐えられないわ。それに、今度のことで、大勢の人を殺したり、傷つけたりした。
私、土台向いてないのよ、騎士なんて。
だから、この家に引っ越すことに決めたわ。」
爆弾発言だった。
青天の霹靂とも言う。
まあ、それはダリウスにとってであり、カイはこんなことになるんじゃないかと、漠然と思ってはいた。
しかし、大胆な告白だ。流石、蘭の妹。
状況が全く飲み込めていないダリウスを尻目に、カイは、リーンに話しかける。
今こそ、蘭の伝言を伝えるべき時だ。
ダリウスに話したように。ラン・フォーリーがこの世界から飛ばされた後の経過と、死。メッセージの存在。
リーンもまだ呆然としていた。
そしてカイは、メッセージを提示する。
柔らかな光に溢れる室内。
緑の服を纏う、ラン。
「リーン。あなたがこれを見るとき、私はもう、何処にもいないでしょう。
ごめんなさい。最初に、謝っておくわね。
私、知ってたの。あなたがずっと、長い間、ダリウスを愛していたこと。
知っていながら、自分の気持ちを抑えることが出来なかった。
本当に残酷な仕打ちをしてしまったわ。
だから、あんなことになってしまったの。
そのことを、今も後悔しているわ。でも、あなたは自分を責めないで。
そしてこれを見たら、あの人に会いに行きなさい。
思い出を話してあげて。私たちしか知らないことも、沢山あったでしょ。
どうか、お願い。私の最後の願いよ。
あなたの幸せを諦めないで。
私は幸せだったから。
さようなら、リーン。愛しているわ。」
2人は、茫然として、映像が消えたところを凝視していた。
そう、カイの役目はこれで終わったのだ。
あとは、ここに遺されたものたちの人生が紡がれていくのみ。
寂しいけれど、今は別れの時だ。
「ダリウス、リーンさん、ボクの役目は終わったから、これでさよならだ。ダリウス、君にプレゼントがある。ドライフルーツのビンの下に置いといたから、後で見てよね。ちょっと薄皮削がれてるけど。」
悪夢のかつら剥き。
「な、何を言ってるんだ?急すぎるだろう!」
黒猫は、ゆっくりと首を横に振った。
「ボクは唯のメッセンジャーに過ぎない。だから、もう行くね。」
「カイ、メッセージをありがとう。あなたには感謝しかないわ。それで、これから、何処へ行くの?何をするために?」
涙で濡れたリーンの顔を、カイは丸い目で見上げる。似てるね、やっぱり。
ついと目を逸らして、カイはダリウスを見上げた。
「ボクは、使い魔なんでしょ。みんなそう言うから。だったら、はぐれたご主人を探しに行かなくっちゃね。」言い終えて、カイの体が銀色の光に包まれた。
ほんの一瞬。
光が消えたとき、そこには、既に、黒猫の姿は無かった。
ありがとう、ボク楽しかったよ。
ダリウスの耳には、そんな声が微かに聞こえた気がした。
ここまでお付き合い下さった皆様、本当に、ありがとうございました。




