猫にアーティファクト
騎士達は無言だったが、その表情はさまざまだった。
何か腑に落ちた、という感じの者、古いスキャンダルに顔を曇らせる者、怒りを堪える様子の者など。
「だが、当然家中では、誰も相手にするはずはなかった。そのため、彼は孤立を深めると同時に、グラツフェルド大公家に対して強い敵愾心を持つに至ったのだろう。
やがて、大公家と袂を別った彼は、一代で商会を築きあげながら、彼が正当な取り分と考えるものについての野心を持ち続けていた。
彼の中では、大公国の後継者は自分だったし、それ以上を欲することも許されると考えていたのだから。
とんだ妄想狂だが、彼には金と力があった。彼は、キルスヘルン帝国皇帝に、自分こそが正当なグラツフェルド公国の後継者であり、権利回復のあかつきには、大公の称号を与えるように願い出た。
その時には、我が公国の、スリ山脈にある鉱山の利権を渡す、とな。
最初は、帝国側も相手にしなかっただろう。
だが、長い年月にわたって、ゲオルグ・キストンは大公家に自らの手のものを送り込み続け、ついに我が父と兄を籠絡した。
父には、既に大公たる能力はない。
兄は酒と女色に溺れた挙句、呪いに倒れたし、私は重症を負って逃亡を余儀なくされた。
妹も、呪いのため病床にある。
こうなれば、帝国も、一応はゲオルグの言い分を受け入れただろう。
座して鉱山が手に入るならば、少なくとも損はしないのだから。
私は、非公式に、皇帝に謁見した。
危険な賭けではあったが、策があった。
帝国の宝物庫には、ドラゴンの鱗があり、帝国随一のアーティファクトとされているが、我が大公家には、言い伝えがある。
それは、別のドラゴンの鱗に関するものだ。
それが、この王国にある、と。
現皇帝は、私の大叔父に当たる。
高齢だが、宝物、殊にアーティファクトには目がない。
歳を重ねて、その貪欲さにはむしろ磨きがかかっている。
だから、取引を持ちかけたのだ。
キストンを切り捨てる代わりに、ドラゴンの鱗を探し出す、とな。
皇帝は応じたが、条件を付けた。
期限内に鱗を差し出さねば、鉱山の北側、帝国と国境を接する町や村の住民を蹂躙して、武力によって、キリの鉱山を併呑する、とな。」
場に沈黙が流れる。
謁見の際、その場で捉えられて、拷問の果て殺される恐れもあったのだから、公子は、かなり手強い交渉相手としての力量を示したわけだが。
「率直に言って、胸くそ悪い話です。」
ダリウスの、率直過ぎる感想を嗜めるものはいなかった。
ダリウスが続ける。
「仮に鱗が見つかったとしても、キストンは計画を諦めはしないでしょう。
公女に掛けられた呪いも、公国に送り込まれた商会のスパイどももそのままだ。」
公子は、頷いた。
「だが、商会は一枚岩と言うわけではない。ゲオルグと、その後継者だった総支配人は狂信的だが、他の者はもっと醒めていよう。そういうわけで、今回、君がマディハン総支配人を討ち取ってくれたことは、非常に有り難かったよ。
商会側の人間の炙り出しはほぼ終わっている。我々の探し物と日程に関する情報を、何通りかに分けて流したのだ。
私自身の存在を囮にしてな。結果、疑わしい者の特定が出来た。いつでも捕縛出来よう。そして、ゲオルグだが、奴は高齢で、健康状態は非常に良くない。
後継者を失ったことを知れば、尚更だろう。
我々が手を下さずとも、時間の問題ではないかと思う。今は、だから。」
「龍の鱗、ですね。」ダリウスがそう引き取って、カイを見た。
「殿下、いえ、マティアス先輩。
ちょっと、相棒と相談させてくれませんか?」
公子は、黙って頷いた。
ダリウスが口を開くまでもなく、カイが言う。
「アレのことでしょ。ボクに相談なんて、必要ないよ。でも、ダリウスは本当にそれでいいの?」
「俺はいいさ。だが、見つけたのはカイだ。所有権はお前にあるからな。」
カイは、まんまるな目で相棒を見返して、しっぽを揺らす。
「ボクはいらないよ。豚に真珠、猫にアーティファクト。使い道ないし。」
ダリウスは頷いて、公子に向き直った。
懐から龍鱗を取り出して、相手に示す。
「これは?魔力は感じないが・・・。」
「見ていて下さい。」
ダリウスは、弱い魔力を送った。
鱗の表面に、明滅する光の波が現れる。
「ほう、美しいな。これは今までに見たことがない。」
「これからです。」
ダリウスは、より強い魔力を送り、イメージを通す。変形は、滑らかに進んだ。
「これは?!」
「お探しの物です。どうぞ。」
そう言って、ダリウスは、剣の柄を公子に差し出した。受け取って、刃を眺め、公子は眉間にしわを寄せる。
「重いが、バランスが素晴らしい。いい剣だ。」
「カイが廃墟で見つけました。これ自体は制限なく魔力を通しますが、魔力を帯びることはありません。それと、おそらくそれは剣だけでなく、さまざまな物に変化するはずです。だよな、カイ?」
黒猫は頷いた。
「その剣は、ダリウスのイメージしたものなの。殿下、一度そのイメージをリセットしてみて。」
「イメージか。おおっ?」
公子の手にした剣が、一瞬のうちに溶け消えた。彼の手に残ったのは、あの鱗のみ。
カイはダリウスに教えた通り、望みのものを具象化して魔力を通す方法をレクチャーした。
周囲の騎士たちがどよめく。
公子は、更に何通りかの変形を試した。
長剣から短剣、ダガー、長槍、戦斧。
更に武器以外。
変形には幾つかの制約がある。あまり極端に大きかったり、小さかったりする物には
ならないし、分割も出来ない。
生物にも変形出来ないが、骨製品にはなり得る。マティアス公子は、子供のように顔を輝かせて、イメージの落とし込みとリセットの過程を楽しんでいた。
「ねえダリウス。何で殿下が先輩なの?」
カイがこっそり尋ねる。
「アカデミーの先輩なんだ。ランと、同学年だよ。」
「そっかー。」
と、いうことは、まだ30手前だ。一児の父とはいえ、現在の立場を背負うには若い。
「殿下、もう一つ聞いて。公女殿下は呪われてるんでしょ?これを使えば、何とかなるかもしれない。」
鱗に興じていた一同が、突然沈黙した。
「どういうことだ?」
公子の表情が俄に引き締まる。
「ここに、治癒か浄化の出来るひと、いる?」
皆の視線が、1人の童顔の騎士に集まる。
「スヴェン。」
公子の声に答えて、彼は一歩前に出たが、あまり自身はないのが見て取れた。
なるほど、治癒の能力はあるが、強いものじゃないな、と、カイは内心頷く。
だが、充分だ。
「殿下、鱗を彼に。で、スヴェン、いまから、ボクの言う通りにしてみて。」
公子が手渡した鱗を、彼は恐る恐る受け取った。
「それは、全く抵抗なく魔力を通すけど、やり方次第で溜め込むこともできるんだ。治癒や浄化の能力って、他の魔法よりロスが多いんでしょ?たから、一旦、それに魔力を溜める。やり方は、」
カイのレクチャーを、若い騎士は半信半疑で聞きつつ、鱗に魔力を流した。
「ウン、そんなとこ。で、と。殿下を治療して。大丈夫、それはね、治癒や浄化系の魔力を増幅するんだ。」
重力系のドラゴンの特性だ。
その理論は極めて複雑である。
が、ほとんど全属性を併せ持つカイは、鱗の特性を知悉していた。
たから、まだ治癒には程遠かった公子の怪我が劇的に寛解したことに、さしたる感慨は沸かない。
当然のことだから。
「カイ殿といわれたか。これは・・」
結果を見届けて、大臣が畏怖の目を向けてきても、特に感想はなかった。
が。
「何と素晴らしい!貴殿のような使い魔を使役するのは、どれほどの力ある大魔法使いであろうか。」
やっぱ、使い魔認定はひっくり返んないんだね。
ジタバタしたって駄目なんだ。
ボク、使い魔じゃないのに。たぶん。
ご主人、魔法使いじゃないのに。
カイの心の声をよそに、一同の歓喜と興奮は治らない。
夜は、白々と明け始めていた。




