因縁
騎士達が低く呻いて立ち上がる。
ダリウスは、夢から覚めた人のように半身を起こして、周囲を見回した、
「助かったのか? リーン、大丈夫か?」
彼の腕は、まだしっかりとリーンを抱いていた。
「私・・・、助かったの?あ、あのドラゴンはどこから来たの?何か知ってる?ねえ、ダリウス?」
リーンは、ダリウスの胸ぐらを掴んで、弾みで彼を押し倒し、馬乗りになった。
「な、何だ?」
「ドラゴンよ!ドラゴンに用があるの!」
彼女は必死の面持ちで、ダリウスの襟元を掴んで揺さぶった。
いつの間にか黒猫が近くに座って、困惑しつつ馬乗りになったリーンを見ていたが、彼女は気づいてさえいないようだ。
ダリウスが助けてくれと言わんばかりにカイを見たが、黒猫はより首を傾げた。
そんなこと言われてもー、と、カイの心の声が伝わったのか、ダリウスはリーンを見上げた。このままじゃ締め殺される。
「お、落ち着けって、リーン。何だってまたドラゴンなんだ?」
「それは、私から説明させてくれ。」
落ち着いた声が響く。
騎士達がサッと振り向き、胸前に拳を当てて首を垂れた。
「殿下。」流石にリーンも立ち上がって、礼を取る。
やれやれ助かった、と、ダリウスは身を起こした。
「その前に。ダリウスと黒猫どのに、感謝したい。よくぞ、マディハンらの企みを阻止してくれた。心から礼を言う。」
ダリウスは立ち上がって一礼した。
「俺はマディハンを始末しただけです。魔力爆発を中和したのは、このカイです。」
「見事だった、2人とも。」
「どういたしまして。」
カイはすまし顔で頷いた。ついでに、後足で立ち上がって、胸に一方の前足を当ててみせる。
驚愕の気配が広がった。マティアス殿下と随伴騎士は鷹揚に振る舞ってはいたが、どこか居心地が悪そうだ。
「では、中で。」一同は、奇跡的に倒壊を免れていたテントに入った。
椅子に座るなり口火を切ったのは、マティアス公子だった。
「君たちは、どこまで知っている?」
ダリウスとカイは顔を見合わせた。
「どこまで、と言われても、俺たちが知っていることは、僅かです。」
ダリウスは、商会の仕事を請け負ったこと、成果を届けに行って、偶然、総支配人の計画を耳にしたことを話した。
当然、カイの能力や、廃墟の町で発見したアーティファクトについては端折る。
カイも、神妙な顔で頷いて見せた。
聞きたいこともあるが、ここはダリウスに調子を合わせておく。
「そうか。で、さっきのあれは、遠目にもドラゴンにしか見えなかったが、突然消えたな。誰か、経緯を知るものは?」
騎士達は、互いに顔を見合わせて首を振った。「我々にも、サッパリ訳がわかりません。ドラゴンは、光と共に突然現れ、前触れなく消失しました。」
最も年長らしい騎士の言葉に、他の騎士たちも同意を示す。
黒猫と魔法使いは、チラリと視線を交わした。ダリウスは、カイこそがドラゴンであることを確信していたが、それをここで明らかにしても、面倒事が増えるだけだと知っていた。
不思議と恐怖はなかった。
カイがその気になれば、この国どころか、大陸さえ容易く灰塵に帰すだろうが、カイはダリウスの相棒だ。
カイの方も、面倒はごめんだ。
お互いの思惑が、暗黙の了解で重なる。
本来の姿での戦闘行為には、ご主人の許可が必要だった。カイが参戦すると、戦局そのものが根底から覆るから。
ドラゴンとは、パワーバランスの破壊者の一翼である。
特に、カイは特殊個体だ。電磁波を自在に操る固有能力に、遮蔽は効かない。
宇宙空間を渡る種族特性と相まって、最新の武装を施した宇宙艦隊など、彼にとっては、笹舟の群れに過ぎないのだ。
今回は、戦闘を行いはしなかったものの、その能力の一部を本来の姿で使用した。
バレるかなあ。もうバレてるかも。
ううっ、仕方なかったんですう、ご主人さま!
そういうわけで、1人と一匹は、この件については緘黙した。
「我々は、あるアーティファクトを探していた。ドラゴンの鱗だ。」
マティアス殿下は、率直に切り出した。
「それは、公国の民の身代金だ。」
騎士たちに無言の動揺がはしる。
皆、事実として知ってはいたが、主君から聞かされると慚愧の念に耐えがたかった。
「諸卿らの無念には、返す言葉もない。我が一族の不甲斐なさ、どうか、許して欲しい。」マティアス公子は、頭を下げた。
公子に念話を飛ばしていた男が、一歩進み出た。騎士たちと同じような服装だが物腰は文官のそれだ。
「殿下、そのようなことを仰らないで下さい。我ら臣下一同、あのような惨事を防げなかった罪、万死に値しましょう。」
「いや、大臣。全て我が父と兄が招いたこと。側室に溺れた父は、もう昔の父ではない。兄が呪いに倒れたのも然り。
皆も知っての通り、我が公国はかつて、キルスヘルン帝国の一部だった。
山岳地帯の飛地で、広いが気候は厳しい。当時はいまより貧しかったから、独立して公国を建てることは、比較的円満に進んだ。帝国にとっては、手間が掛かるわりに収益の上がらないお荷物領地だった。
ここまでは、知る者が大半だろう。
時を同じくして、帝国皇帝に、35番目の子が誕生した。これが、キストン商会の、ゲオルグ・キストンだ。母は、当時のグラツフェルド大公妃の小間使だった女性だ。
皇帝にとっては、一夜の気まぐれに過ぎず、彼女が出産しても、後宮に入れることもなく、妃嬪の称号も与えなかった。
この女性は、失意のうち、出産後まもなく亡くなったという。
ゲオルグは、大公家で養育されていた。
キルスヘルン帝国からの独立で、何かと慌ただしい時代だったせいもあり、彼の少年期は孤独だっただろう。
いつの間にか、彼はある妄想を抱いていたが、誰もそれには気付いていなかった。
自分は、皇帝と大公妃との間に生まれた、不義の子だと、彼は信じていたのだ。
それはあり得ない。大公妃、つまり、私の曾祖母は、2度目の出産で、子を成す能力を失っていたのだから。曾祖母は皇帝の従姉妹だ。そのせいか、ゲオルグ・キストンは、自分こそが帝国を継承しても遜色ない、最も尊い血筋だと考えるようになっていった。・・すまぬ、水を。」
彼は言葉を切り、ゆっくりと水を飲んだ。




