翼の騎士
オーロラが消えたあと、ダリウスはカイとともに、リーン達の元に向かった。
商会の2人はその場で解放した。
後は彼らの裁量に任せる。
真実を話そうとすれば、なぜそうなったかを明らかにせざるを得ないだろう。
魔法による尋問は、ある意味本人が自覚してもいない部分までを、容赦なく晒す。
そうすると、未遂とはいえ、最悪のテロ行為の共犯だったことが明るみに出る。
断れない立場だったことで、情状酌量の余地はあれど、無罪とはならないだろう。
最も簡単な方法は、知らぬ顔を貫くこと。
総支配人の遺体は、その場に放置した。
刀傷が致命傷だ。2人の商会事務職員に、直接の嫌疑がかかることはあるまい。
ダリウスとしては、後は成り行きに任せるつもりだ。
罪があるというなら、罰は甘んじて受けるが、まともな捜査はなされないだろう。
商会側には、多分に後ろ暗いところがありそうだから。
野営地のテントが見えている。
テントの前に人影。空を仰いでいた。
ほっそりしたシルエット。1人だ。
「リーン。」
ダリウスが呟いた。カイは、ステルスシールドを解除する。
同時に、人影が動いた。こちらを見ている。まだ距離はあったが、その手が剣に掛かっているのは見て取れた。
「リーン!ダリウスだ!」
呼びかけに、相手が固まる。
「ダリウス・・?」小さな呟きが聞こえた。女性の声だ。
カイは、はっとした。初めて直接聞いたリーンの声は、彼女の姉によく似ていた。
同時に、もう一つ気づいたことがある。
魔力回路の揺らぎ? だが、これは。
龍鱗の固有波動すら検知出来ない、この世界の者では、存在に気付くこともないであろう、微かな揺らぎだ。しかし、この揺らぎが閾値を超えたら?
カイが懸念する間にも、ダリウスはリーンに近づいて行く。
ダリウスにとっては単に、愛する女の妹だが、彼女にとってダリウスは、姉の愛した男であると同時に・・・。
カイがそこまで考えた時だった。
「リーン?!おい、しっかりしろ、リーン!!」
ダリウスが叫んでいる。
テントから走り出てきて、その場で棒立ちになる騎士たち。
リーンが、全身でガクガクと震えている。
膨れ上がる魔力の気配。
ダリウスは、事態を悟ると、迷わず彼女を抱きしめた。
「助けて・・・助けて、ダリウス。」
消え入るような、リーンの声。
大きく見開かれた目には、涙が膨れ上がる。 ダリウスは、腕に力を込めた。
今度は、絶対この手を離さない。
魔力暴走の前兆だった。
こうなっては、騎士たちになす術はない。
せめて、被害を最小限に留めること。
それが、今や彼らの唯一の目標となった。
己の生命は、既に度外視している。
公子に向けて、警告の念話を飛ばす者。
傍受の危険など、この場合眼中にない。
抜剣して、リーンの周りに円陣を組み、魔力シールドを展開する他の騎士たち。
盗賊どもを情け容赦なく蹂躙した彼らだが、今は自らの命を賭して、解放される破壊のエネルギーを食い止めようとしていた。全てが一瞬の出来事。
刻一刻と、事態は悪化する。
あーあ、と、カイは内心嘆息した。
精神的動揺の蓄積と、魔力回路の揺らぎ。
どうやら、それらが魔力暴走の原因らしい。揺らぎを感知出来ないこの世界では、原因は突き止められなかったはずだ。
が、もう一刻の猶予もない。
カイは叫ぶ。
「ダリウス!もう少しだけ時間を頂戴!」
ダリウスが頷く。
仕方ないか、と、カイは腹を括った。
本来は、ご主人の許可が必要な行為だが、こうなったら、選択肢はなかった。
人間たちから、素早く距離を取る。
猫の姿は制約が多すぎて、実用的でない。
そして、黒猫の全身が、発光した。
ここまでは、ダリウスが一度見た光景だ。
だが、光は徐々に強くなる。
猫の輪郭を完全に溶かし去った白銀の光は、急激に膨れ上がった。
ダリウスが、そして騎士たちが驚愕の目で凝視するなか、光はテントの大きさを遥かに超えてから、音もなく七色に発散した。
時ならぬ地上の虹が砕け散った後、そこには、巨大なドラゴンの姿が出現していた。
蒼い燐光を帯びたプラチナの鱗、長大な翼は、鋭いフォルムで夜空を切り裂く。長い頸は、誇り高くもたげられ、この上なく優美な弧を描いていた。
力強く、神々しく。
この魔法世界に有ってすら、幻想的なまでに美しく。
彼の名はカイ・エミリオ=バルト。
ドラゴンであり、翼の騎士。
ダリウスとリーンまでが驚愕に我を忘れる中、ドラゴンは、空に向かって咆哮した。超低周波から、高周波まで、広い帯域に跨るその声に、大地が、大気が震える。
それはまた、生命体の身体の奥底を共振させる。人間とて例外ではなかった。
その声によって、鳴動する大地は波打ち、大気は竜巻のように渦巻き、ねじれ、暴風となって、人間たちを薙ぎ倒した。
なすすべなく地に倒れ伏しながらも、ダリウスはリーンを離さない。
騎士たちは、立ち上がることさえできず、うつ伏せに這い、頭を両腕で守っていた。
どれくらい経ったろうか?
実際は、ごく僅かな時間に過ぎなかったが、人間たちは時間感覚を喪失していた。
そして、吹き荒れる突風がおさまった時、辺りにドラゴンの姿はなかった。




