それぞれの事情 1
ダリウスは、どこかに怪我をしている様子で、動作が緩慢だ。
歩く分には問題なさそうだな、と、カイは思う。あのまま放っておいたら、カニに喰われていたかもしれない。
だとしても、自業自得だ。
問わず語りにダリウスが言うことには、食べるためにカニを捕まえたかったと、そこまでは、まあいい。
見つけたカニが小さかったから、魔法で大きくしたかった、と。
ん?と、思わないでもないが、魔法使いだからそれもアリかな。
大きくなった結果がアレだ。
あんなもの、誰が食べる?
即死しなくても、一生呪われそうだ。
「いやー、俺もさ、あんな不味そうになるとは思わないだろ。詠唱ミスったか、杖にヒビ入ってたからか?でも、いいこともあったぜ!なんか、アイツの動きが妙にスローモーでさ、お陰で助かったわけだ。」
それ、ドヤ顔で言うことか?
大きくするだけのつもりが、瘴気まみれ、異様にスローモードと、要らない属性を二つも付与しちまったってコトだろ。
使えないやつ。
カイはため息をグッとこらえた。
その使えない奴に餌付けされかけている、我が身の不甲斐なさがしみじみと身に沁みる。
情けないけど、パンとスープの誘惑には抗えない訳で、つまり今の自分はコイツと同類だ。それにしても、よく喋る男だな。
頭に直接届く内容を、口にも出している。
その方が、カイには色々と都合がいい。
港の赤煉瓦は、やっぱり倉庫らしい。
倉庫の間の石畳を、海と反対方向に進む。
大通りから逸れると、ゴチャゴチャした印象の区画が見えた。狭い路地に沿って、あまり大きくない建物が密集している。
黒猫と魔法使いは、路地を行く。大通りの街灯の明かりは路地の奥には届かない。
カイは、足裏に冷たい石を感じながら歩き続けた。霧が出て、毛皮に結露してきた。
敷石も湿っていて、窪みにはうっすら水がたまっていた。
路地からさらに狭い道に入ると、敷石は、とびとびになった。煉瓦のカケラで石の代用をしているところもある。
土が露出している場所はぬかるんで、表面はでこぼこだ。
ところどころ、板切れが置かれているのは、穴を塞ぐためだろう。
その廃材みたいな板切れも、割れていたり半ば泥に沈んでいたり。腐ってたりしそうで、素足で踏むのはためらわれた。
界隈の住人の暮らし向きは、控えめに言ってもあまり裕福ではないだろう。
魔法使いは、小路の奥の、掘立て小屋めいた平屋の前で立ち止まった。
「ようこそ、我が家へ。あー、おまえ、何で名だっけ?」
「カイ。」
カイは、初めて口を開いた。
ここまで、ダリウスが一方的に喋り続けながら思念通話も併用していたから、言語の解析は、あらかた出来ていた。
「うーわっ!し、喋るんだ!猫が!」ダリウスは驚いて固まった。
「そりゃ喋るさ。猫じゃないから。使い魔って言ったの、そっちだろ。」
ここにも猫はいるんだ、と改めてカイは思う。普通は喋んない猫が。だとすると。
「ダリウス、あんた何でボクが使い魔だって思った?」
「あー、それな。とにかく、入ってくれ、カイ。中で話そう。」
カイは促されるまま戸口に足を踏み入れた。