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逃亡者

「動きがあるね。リーンさんの方。」

「そうか?」

肉眼では、まだ何も見えない。

しかし、最初1箇所にあった強い魔力の波動が別れ、一つがこちらへ向かって来るのだ。2人、だろうか?あれは誰なんだろう。

カイは不可視のシールドを更に展開すると同時に、索敵の強度を上げた。

こちらを発見されたとは思っていなかったが、リーンの所在を確認する必要がある。

「リーンさんは、元の場所だね。こっちに来るのは、2人。1人は、かなり強い魔力持ちだけど、何だか動きがおかしいな。」

「ああ、見えてきた。負傷者みたいだな。」

月光に照らされ、砦の方向から2人の人物が現れた。

1人が、もう1人に肩を貸している。

貸された方は脇腹を庇う様子だ。

2人ともまだ若い男で、ごく普通の平民の服を着ていたが、帯剣していた。こちらに気付く様子なく、まっすぐ向かってくる。

距離がどんどん縮まって、男たちの輪郭が徐々にハッキリしてきた。

肩を貸している男が、もう1人に何やら話しかけているが、相手は怪我のためか、肩で呼吸しており、頷くのが精一杯の様子。


「殿下、って呼んでるね。怪我してるひとのこと。あ、それと、そろそろマジックアイテムの配置が終わりそうだな。行く?」

「いや、詠唱はこれからだろう。30分くらいかかるなあ。

それが終わっても、術者が退避するまでは発動出来ないさ。

しかし、殿下、だって?」

まさか、と、ダリウスが呟く。

「カイ。怪我人の顔、見られないか?」

「んと、こんな感じ。」

ダリウスの前に、映像が結ばれる。

「・・!マティアス殿下!」

ダリウスは、突然駆け出した。

知り合いみたいだな、とカイは思う。

リーンの関係者で、殿下と呼ばれる人物は限られているだろう。

すでに死んだ人と、行方不明の人と。

つまり、この怪我人は、リーンの主家であるグラツフェルド大公家の第二公子である可能性が高い。

カイは、ダリウスの後を追った。


二人連れは、相当驚いただろう。

誰もいなかった場所から、忽然と男が現れたのだから。

しかし、随伴騎士は、手練れだった。

ダリウスを目にするなり、電光石火の速さで抜き打ちを仕掛けたのだから。

手練の技に必殺の意思を乗せて。

だが、カイの予想通り、ポンコツ魔法使いは軽く身を捻って一撃をかわした。

騎士は、返す剣で、鋭い突きを繰り出したが、これも不発に終わる。

「待て!知人だ。」

鋭く制止したのは、怪我人だった。

制止された騎士は、一瞬躊躇ったが、軽く一礼して剣を鞘に納める。

「マティアス殿下、お久しぶりです。」

ダリウスの挨拶に、男はうなずいた。

息は荒いが、表情には笑顔が見える。

「一別以来だ、ダリウス。」

「殿下、色々伺いたいことはありますが、目下は差し迫った危険があります。それを取り除いてから、改めて。」

「危険、とは?」

ダリウスは、総支配人らの意図をかいつまんで説明した。

主従の表情が引き締まる。

「阻止出来るのか、君が?」

ダリウスは力強く頷き、カイを振り向いた。「出来ます。俺と、相棒なら。」

「猫?君の使い魔か?」

「使い魔だけど、俺の友達です。カイのご主人は他にいるので。」

「そうか。宜しく頼む。」

と、公子はカイに視線を向けた。

物に拘らない、さっぱりした性格の人物らしい。いや、この状況にしてはこだわらなさすぎでは?ま、いっかー。カイは頷き、「宜しくね、殿下。」と、ご挨拶した。

ついでに招き猫のポーズなど真似てみる。

主従が驚いて、少し仰け反ったところを見ると、喋る使い魔はかなりレアらしい。

まあ、今はどうでもいいことだ。


「行くよ、ダリウス。詠唱が終わったら、あの支店長ともう1人は口封じされちゃうから。」

「よし。殿下、後ほど。」

言い置いて、魔法使いと黒猫は砦方向へ。

リーン達の野営地を迂回して、商会の3人の側面へと出るコースだ。

何故か呆然と見送る主従を置き去りに、1人と一匹は進む。

強化シールドは、今回音声にも対応している。

「これやるとさー、外の音拾ってから、シールド内に流さなきゃで、面倒なの。」

と、カイ。緊張感はかけらもない。

「で、話変わるけど、ダリウス、アレ持ってるよね?」

「アレ?ああ、ひょっとして、コレか?」

ダリウスが取り出したのは、あの正体不明の物品。カイによれば、ドラゴンの鱗だ。

「それだよ。何でそれがアーティファクトなのか、今ならダリウスが自分で確かめられると思うんだ。魔力回路は正常化したから、コントロールはOKでしょ。」

「それがなあ。実感がないんだ。」

自信なさそうだが、カイに対して何か後ろめたいところがある様子でもある。

「だーかーらあ、それでコントロール、試すんだよ。いきなり実戦で悪いけど、いい機会でもあるからさ。」

「そ、そうなのか?」

「ボクの言う通りにして。利き手で、鱗を持って、魔力を流す。昼間やった時より、少し強く。」

ダリウスが右手で持つ鱗全体が、青い光に包まれたのを、カイは横目で確認した。

「もう少し強く。そう。いい感じ。」

光が明るくなった。青い光に、紫の閃光が奔る。鱗の輪郭は曖昧に霞んで、まるで、光が手そのものから発しているように見えた。

「ダリウス、剣をイメージしてみて。出来たら、そのイメージを右手に流すの。」

ダリウスは無言だ。

しかし、彼が言われた通りやり終えたことを、カイは見て取った。

光が更に強まり、その先端が伸びる。

現れたフォルムは細長く、ほとんど剣の形に見える。

「イメージを、そのまま落とし込んで。

そう!やるじゃん、ダリウス。」

輝きがふっとかき消えたとき、ダリウスの手には、一振りの長剣が握られていた。

彼は、剣を顔の前に持って凝視した。

「信じられん・・・重さも、形も剣そのものだ。」

「だから、アーティファクトなんだよ。

ドラゴンスケール、つまり龍鱗はね、魔力を帯びてはいないけれど、ドラゴンの体から離れると、こんな風に魔力を簡単に通すんだ。その結果、魔力の主の望む形を取らせることも出来る。

魔力の、超伝導物質なのさ。

だから、魔力ロスはほとんどないよ。」

「ああ。しかし。」

ダリウスは、魅入られたように剣を眺めている。「美しい。美しい剣だ。」

うっとりした口調。が、カイとしては、ちょっと面白くない。

土台、龍鱗も剣も実用品だ。だがなぜか、人間は、その美しさに魅せられる傾向があるのだ。

カイには理解出来ないが、まあ、ここは、目を瞑るしかないか。

ダリウスならこれを使いこなせるだろう。


黒猫は、魔法使いを促して、道を急いだ。


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