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月下の幕間

「終わり。」

カイは、簡潔に告げて、伸びをした。

「え、もう?いやその、疑ってるわけじゃないが、何も感じなかったから。」

ダリウスにとっては、そうだろうな、と、カイは内心思う。

たったの数分だ。無理もない。

だが、カイとしては、こんなことをしたのは初めてだったし、ひどく疲れていた。

口もききたくない。

ここまでの疲労を感じたのも初めてかも?

友達を助けるためでも、二度とやりたくない。

あれ?ともだちって・・・?

ボク、ダリウスのこと、友達認定した?

カイは、全身の倦怠感を不快に思いつつ、

自身に、何が起こったかを考えてみる。

こんなこと、今までなかったよね。

「成功した。疲れた。」

それだけ告げて、腹這いになる。

すこし休みたい。

瞼がとても重い。


生まれた時から、彼はエリートだった。

彼にかなう同族はほとんどいない。

同世代では皆無。

だから、何をやっても、1番は当たり前で、士官学校など児戯だった。そこで身につけたのは、ただ一つ、忍耐心だけ。

己に遠く及ばないもの達に伍して、侮蔑を抱くことなく生きること。

そんなカイにも、全く歯が立たない相手はいくらもいたし、それら絶対強者の前では幾度となく地を這い、絶望と憎悪、時に恐怖に身悶えしたこともある。

努力や運なんて、何の意味もなかった。

まぐれでも、勝てたら勝ちには違いないが、それさえありえない実力の差。

カイが歯牙にも掛けなかった連中も、こんな気持ちだったか、と忸怩たる思いもあった。

同時に、ただ強者であることだけが価値でないとも、わかってはいた。

だが、カイの一族は、伝統的に強者であり続けることを是としてきたのだ。

それをもって、主家に仕えることこそが目的であり、最高の栄誉。


はるかな古の時代、熱力学的な滅びに向かう世界から、カイの先祖たちと、その主君たる御方は逃れてきたのだという。

以来、気の遠くなるような年月が過ぎた。

今、カイが仕える彼の方も、最初の主君の直系だ。近衛としてお側にあることは、カイにとって、最高の栄誉である。

巨大な迷宮にも似た本宮から、カイのご主人は、毎日、妻の住む離宮へと帰ってくる。数多の離宮のうち最高の格式を誇る離宮、月の宮だ。

装飾は殆どなく、広大な庭園に比して、古い石造りの建物はこぢんまりしていた。

建物の周囲に、これも古い石造りの回廊。

離宮というが、古代遺跡の趣きである。


カイたちガーディアンはそれぞれ、本宮と月の宮とに居室を与えられていた。

主たる居住地の離宮は、小さくて地味な建物だが、住人はみな気に入っていた。

不思議なほど落ち着けるのだ。

ただし、そこでは様々な超常現象が起こるので、人間なら、よほど肝が座っていないと、生活は覚束ないだろう。

庭園には、本宮内陣周り程ではないが、相当に危険な動植物が生息していて、離宮への悪意を持つ者は餌食になりがちだ。

そんな場所だから、使用人はほんの一握りだった。

ダリウスが指摘したように、実に家族的な組織構成なのだ。

料理人とその妻。侍女がひとり。

あとは、ガーディアンたち。

生活に必要な作業はほぼ自動化されているし、ご主人達は自分のことは自分でやる主義だから、問題なし。


離宮の周りは生垣が多かった。

庭園内部は手入れが自動だったが、それは機械でなく、離宮の結界内に棲む生き物たちの手を借りているため、生垣の外側は、別の手段で刈り込む必要がある。

なので、ガーディアンやご主人の出番。

電動や手動の道具を手に、奮闘することになる。

ご主人は、死ぬほど忙しい人だけど、数ヶ月に1回は自ら庭師の真似事をしていた。

存在と公式の名前こそあまねく知られていたけど、素顔を知る人はほとんどいないのをいいことに、ご主人は通行人と会話を楽しんだりして、リラックスしてたっけ。

戴冠式以来、公の場では、仮面をつけたままだったから。

これは、ご主人だけじゃなく、代々がそうなんだから、問題はない。

身軽に動きたい時は、宮廷医療技官のIDを使う。偽装じゃなくて、ちゃんと試験にパスしたらしい。名前は、よく知られているものとは違うけど、本人的にはこっちが本名だという。

ご主人は、美しいひとだ。

漆黒の髪と目。優雅そのものの長身。

どんな表情も、どんなしどけない姿であっても、人間たちは、彼に魅了され言葉を失ってしまうようだ。

着衣では痩せて見えるけれど、肩幅は広く、胸板は厚く筋肉質で、剣の達人。

立ち姿までがあまりに麗しい。

だから、技官として素顔で宮殿内を歩くと、あちこちで熱い視線に晒される。

本人は慣れきっているが、はたから見ていても異常なほどの人気ぶりで、彼に懸想する貴族令嬢たちはひきもきらない。

まったく無駄だけど。

ご主人には、愛する人がいるから。

およそモノに執着することなどない人なのに、彼女に対しては異常なほどの独占欲を隠そうともしない。

本来、誰に対しても、公正で優しいひとなのに、彼女に対してだけは、嫉妬深く、底意地の悪い夫みたいに振る舞うなんて。

理解出来ない。だから聞いてみたら、

「怖いんだよ、俺は。」

そんなご主人の声が蘇る。

あれは、生垣の刈り込み作業中だった。

「失いたくない。嫌われても、憎まれてもいいが、失うのが怖いんだ。これは俺のエゴだし、甘えでもある。彼女は優しい女だから、分かっていて甘えさせてくれるんだ。臆病で卑怯な俺をね。」

「それって、のろけですか。病んでますねー、ホント。」

と、ツッコミを入れたっけ。

ご主人は楽しそうに笑った。

「お前くらいだよ、ストレートに惚気させてくれるのは。」

「ハイハイ。ご馳走様です。」

そんな他愛無い会話が蘇る。

ご主人に、会いたい。

どうしたんだろう、本当に。

疲れすぎたから?


「カイ!おいっ!カイ?」

「んー?ダリウス?」

カイは、目を開けた。少し眠ってしまっていたようだ。欠伸が出た。

「ごめーん。ボクどれくらい寝てた?」

「5分と経っちゃいないが、それより、どこも何ともないか?」

「ン?なんで?ボク、どっかヘン?」

ダリウスが、妙な顔をしている。

「い、いや、何ともないんならいいが、

さっき、お前の身体が、そのう、光に包まれたみたいに見えたんだ。毛が銀色にぼうっと光って、ああ、上手く言えんが、まあ無事ならそれでいい、うん。」

銀色、か。

ホームシック確定かも。

カイは、内心呟くと、月を見上げた。

「月の光のせいかもね。」

「ああ、そうかもな。」

ダリウスも月を見上げる。

いつの間にか雲は晴れて、月はくっきりと夜空を切り取っていた。

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