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魔法回路

港沿いに、砂浜と反対方向へ進む。

右側が海、左は倉庫街から商店街に移っていき、遠くには城のような大きな建物が見えてきた。

かつては、砦として使われていた建物だか、今は老朽化し、ところどころ崩れかけている。

道は、緩やかなカーブを描いて、その方向へと続く。商会で聞いたところでは、リーンたちは旧砦の東側にいる。

カイにとっては、この距離なら、索敵に支障はない。

なので、1人と一匹は、ここでしばらく待つことにした。

総支配人達の準備が整うまで。


「あれ?」

カイが呟いて、尻尾をゆらゆらさせた。

「ダリウス、騎士は確か5人だったよね。だけど、野営地に居るのは8人だ。バックアップかな?」

「そうかもしれないな。商会の連中は?」

「んと、多分、街道の入り口に近いところ。3人だね。」

「証人は少ない方がいいからな。だが。」

「あー、ダリウスまた難しい顔してるー。ちょっとはボクを信用しよーよ。」

「そこは大丈夫だって。信じてるさ。

心配ってのは、総支配人以外で、この件に関わった連中の命な。」

「そりゃ、死人ほど口が固い人はないからね。」

ダリウスは、溜め息まじりに頷いた。

「そうなるだろうな。」

権力者の考えることは、いつもこうだ。

彼らにとって、他人を測る尺度は、自身の役に立つか立たないか。

仮に役にたっても、知りすぎたら終わり。


「ダリウス、どうしたの?ほんとに変。」

カイは、ダリウスを見上げて、小首を傾げた。ダリウスは目を伏せ、苦笑を浮べる。

「ああ。つまらないことを、色々と思い出した。なあ、カイ、お前たちから見たら、人間って、本当に愚かなんだろうな。」

カイは、答えず、ただダリウスを見た。

シッポのゆらゆらは、肯定か。


「生まれた時の俺の名は、ダリウス・パディントン。父親はこの国、ルサンドリア王国の伯爵で、国王の側近だった。

俺が10歳、姉のカティアが19歳の時、父は失脚して、母共々処刑された。姉は、既に嫁いでいて、妊娠中だった。

ショックで早産して、子供は死んだ。その後、ずいぶん長いこと生死を彷徨ったらしい。その間に、俺はこの町の救貧院に放り込まれた。唯の孤児ダリウスとしてな。

一命を取り留めたカティアは婚家から放り出され、偶然、ここの領主に魔力メイドとして雇われた。姉の魔力量は、俺より少ないが、コントロールは完璧だったんだ。

だが、死にかけて以来、彼女の体力は弱っていた。それで、あんなことになったんだろうな。

ま、それはともかく。父は、冤罪だったんだよ。細かいことはいいが、回り回って、国王の都合で処刑されたんだ。

父だけなら、立場上仕方がなかったって言い方は出来るが、家族や使用人は、皆、とばっちりで、路頭に迷う羽目になったんだ。」

ダリウスは、自嘲的に首を振った。


「時々思う。

俺が、こんなポンコツ魔法使いじゃなくて、ソードマスターだったら、いや、せめてまともな騎士でさえあれば、使用人達の何人かを再雇用することだって出来ただろう。皆が皆、若く健康な者ばかりじゃないからな。」

カイは、ダリウスから視線を外して、海を見る。

波音と、磯臭い臭いが風に乗ってきた。

月は雲に半分隠れているが、さざなみはキラキラと月光を反射している。


「ねえ、ダリウス。」

カイは、視線を砦に向けて、続けた。

「ダリウスの剣技は、かなりの腕だよね。

その手を見る限り、今も鍛練してるし。

魔力量は多い。だから、コントロールさえ上手く行けば、ソードマスタークラスだと思うんだ。少なくとも、リーンさんよりは強くなる。で、相談なんだけど。」

ダリウスは、怪訝な顔で、黒猫を見下ろした。「相談?」

カイは頷く。視線は、砦に向けたまま。

彼には珍しく、かなり躊躇っている様子に、ダリウスは首を傾げた。

「ボク、どうにか出来るかも知れない。」

「は?何を?」

意味が分からなかった。黒猫は、頭を振って、魔法使いを見上げる。

「コントロール。それね、多分だけど、魔法回路のシナプス発火がうまく行ってないせいだと思うんだ。」

「魔法回路は分かるが、しなぷす?なんだ、それは?」

「情報伝達の道筋だよ。目には見えない狼煙みたいなものを使って、順送りに意思を伝える器官なんだ。そのノロシが、上手く伝わってないのが、今の状態だね。」

ダリウスは、カニの一件を思い出した。

カニを大きくしようとしただけだったのに、結果、スローの状態異常と、瘴気、あと恐らくは毒属性まで付与してしまったあの件だ。

「何となくだが、そうだな、わかる気がする。そうか。狼煙か。」

「うん。それでね、その回路を正常化できるかも、と思うんだ。でも、失敗したら、魔力量がかなり減る。今の十分の1程度にまで・・」

言い終わる前に、ダリウスはガバっと屈み、カイをあの子供のような目で見つめた。

「やってくれ!どうせ、今のままじゃ、宝の持ち腐れなんだ。失敗したところでゼロになるわけじゃなし、上等だ!」

「・・わかった。じゃ、動かないで。」

「よし。」

あぐらをかいて座り直した魔法使い。

その正面にキチンと座った黒猫。

雲の切れ目から降る月光が彼らを照らす。

カイが最初に行ったのは、小さなシールドの展開だった。

魔法回路に干渉すると、カイ自身が魔法を使わなくても、強い魔法が拡散する。

しかも、相手は魔力量だけは膨大なポンコツ魔法使い、ダリウスなのだ。今は、騎士たちや、商会の連中の注意を引きたくない。

シールドが完成すると、カイはすぐさま本題に移った。

ダリウスの体内の魔力回路を丹念に精査していく。あらゆる波長を駆使し、時に意図的に干渉を起こさせる、繊細かつ玄妙な作業だ。魔力回路を構成する軟組織と、そこに影響を与える科学物質。高分子から低分子の化合物、さらにそれらを構成する分子、原子、各種素粒子に至るまでを観察、その振る舞いを予測、干渉する。

膨大な演算が、瞬時に行われていく。

繰り返し、繰り返し。そして。

ミクロの世界で、いま壮大な奇跡が、形をとりつつあった。


現実に流れた時間はごくわずかだ。

傍目には、月の光に照らされて座った男と猫、波の音だけをBGMとした無言劇が、小さな夜の舞台で進行中なだけ。

音楽もなければドラマもなく。


そして、唐突に無言劇は終わりを告げた。

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