嵐
「し、しかし、マディハン様。そんなことをしたら、ソードマスター一行だけでなく、周囲にまで被害が・・・!」
クレモン支店長の部屋には、2人の男が対峙していた。
居心地悪げに、浅く椅子に掛けている壮年がクレモン。
普段なら、ゆったりと商人特有の笑みを浮かべているはずの彼だが、今の表情には笑顔のかけらもない。
顔色は青ざめ、頬は強張っている。
嫌な汗が背中を伝い始めていた。
向かい合った椅子に姿勢良く座った、いかにも紳士然とした男が、アルシネル・マディハン総支配人。
キストン商会No.2で、商会主ゲオルグ・キストン翁の右腕と目される人物だった。ゲオルグの孫であり、後継者の最有力候補でもある。
クレモンからすれば、雲上人に等しい。
異を唱えるなど、あってはならない相手である。
だが、相手の要求はあまりに無茶だ。
マディハン総支配人は、その地位からすると、非常に若い。
まだ30歳になるやならずだ。
黒い髪、琥珀色の目をもつ美丈夫で、商会の重役というより、貴族の跡取り息子 とでもいう方がしっくりくるだろう。
この容貌も、祖父とよく似ていた。
「何か問題がありますか、支店長?」
訊ねる声は柔らかいが、温かみはかけらもなかった。
「ソードマスターは、敵側の最後の希望でしょう。
なに、魔力事故には、巻き添えがつきものだ。この町1つ犠牲にして、ソードマスターが始末できるのなら、安いものだと思いませんか?」
クレモンは絶句した。
不審な騎士たちが、周辺で活動しているという目撃例はいくつかあったから、念の為、監視をつけていた。
彼らは、町外れで野営中とのことで、それを上に報告した途端、総支配人がやってきたのだ。
移動魔法陣を使ってまで。
その提案は、恐ろしいものだった。
大体、今回のマジックアイテム探索計画自体が意味不明だったのだ。
行くべき日、行くべき場所のリストは、予め渡されていた。
あとは、派遣できる者をかき集めて差配するだけ。
クレモンは、忠実に命令に従ったに過ぎない。
だが今、総支配人から、その騎士団は、女ソードマスターを擁している、と聞かされた時点で、クレモンの逃げ道は断たれた。ならば、相手はあの大公に違いない。
知ってしまった以上、一連托生。
人払いして、遮音結界を張った部屋の中で、クレモンの震えは止まらない。
「そう難しく考えなくともいいでしょう。遅かれ早かれ、あの国は滅亡するし、それは商会にとって利益となる。
まあ、あの女とは少し因縁があるしね。」
総支配人は、歪んだ笑みを浮かべた。
好色と、嗜虐。飽くなき貪欲。
人前では何かと取り繕ってきたが、この表情こそ彼の本質に近かった。
クレモンは頭を抱えたまま、彼を見ようともしない。
アルシネル・マディハンは、昏い想念に精神を委ねる。
誰にも見られていないと確信しながら。
「因縁て何だ?!下卑た奴だな。」
「小物だね、コイツ。」
魔法使いと黒猫は、それぞれ勝手な突っ込みを入れていた。
ダリウスの部屋である。
実況中継が面倒だったカイは、スクリーンを設定して、ダイレクトに映像と音声を映し出していた。
色々と桁外れなカイの能力を見てきたダリウスでも、最初開いた口が塞がらなかったが、中継内容の不穏さに、それどころではなくなったのだ。
殺害計画。
事故に見せかけて、リーン達を。
大公国を滅亡させるため?
まだまだ欠けた情報が多く、それがどう
キストン商会の利益となるのか、そもそも、グラツフェルド大公が、何故遥々と、リーン達を派遣したのか。
謎はあまりに多かったが、殺害計画を知った以上、拘ってる場合じゃない。
「ダリウス、ボクが預かったもう一つの伝言の相手は、彼女なんだ。たから、殺されたら困る。アンタは?」
「ンなモン、決まってるだろ。リーンは、ランの、たった1人生き残った家族だ。殺されてたまるかよ。」
「うん。それじゃ行こうよ。」
黒猫は、座っていた椅子から床に飛び降りた。
「だがカイよ、奴ら、今回集めたマジックアイテムと、魔力爆弾とで、災害級の魔力爆発を仕掛ける気だぜ。クレモンが、もう手配を始めただろう。じきにおわる。」
事態は深刻た。仮に爆発が起きれば、町もただでは済まない。
複数の属性のマジックアイテムに込められた魔力を、一気に開放する場合、その威力は指数関数的に増大することが知られていた。
最初の着火はかなりの魔力が必要で、厄介なものの、キストンの孫は、強力な魔力持ちとして知られている。
リーンと、どういう因縁があるかは知らないが、自ら手を下す気満々だ。
黒猫は、険しい顔の魔法使いを見上げた。
ダリウスは猫の表情にギョッとする。
カイの目と口元が、ニンマリと笑っているのだ。
リアル猫では、絶対不可能な顔。
「だいじょぶ。ボクは、電磁波を操る者で、魔法もまた広い意味だと電磁波系統なんだよね。ホラ、最初からボクには、魔法がかからなかったでしょ。」
「んあ、そりゃまあ、いや、しかし。」
カイがとんでもないことを口にしている、と、理屈ではわかっていた。
カイから魔力は一切感じない。
だが、まん丸な目をした、この小さな黒い猫は、魔法を自在に操ってみせると宣言したのだ。
それが、いかに強大な力であっても。
普通なら、信じられない。だが。
「なあ、俺は、気でも狂ったんだろうか?お前なら、やってのけるって、心からそう思うなんてな。」
「ウン、それでいいんじゃない。ボクら、相棒だもん。」
猫は、くるりと向きを変え歩き出した。
散歩にでも行くような、軽い足取りで。
魔法使いが後に続く。




