第一の伝言
「ダリウス。私は幸せでした。本当に色々なことがあったけれど、精一杯生きてきたわ。あなたは幾つになったかしら?
カイの計算では、20台半ばってところね。あなたのことだから、きっと何もかも自分のせいにして悩んでいるでしょう。
そんな必要はないの。
あのとき、私が最後に見たあなたは、魔力の暴威を身を持って防ごうとしていた。
だから私は安心して、リーンの身体が崩壊してしまわないように守ることが出来たわ。
ありがとう。
あなたの魔力量は膨大だわ。
両親だけでは、もっと大勢の被害者が出てしまっていたでしょう。
人間の身では、複数回の世界の渡りは不可能だけれど、こっちの世界には、カイのように、それが出来る者が存在してる。
たから、切れ切れではあったけれど、
町がどうなったかは知っていたわ。
魔力暴走を起こしたのが私だってことで決着したのもね。
あなたやリーンの人生に傷がつかなくて、本当に良かった。
あなたがたが生きていたことを、私は永遠に感謝しつづけるわ。
ダリウス。
あなたに会えたことは、私の人生で一番の幸せ。
私はあなたを誇りに思います。
ただ、もう一度、一目だけでもあなたに会いたい。
それだけが唯一の心残りだわ。
これでお別れよ、ダリウス。
さようなら。
あなたのこれからに、幸あらんことを。」
滲むような微笑みと共に、メッセージは終わった。
ダリウスに言葉はなかった。
座り込んだまま、映像が消えた場所を、ただ見つめ続けるほかになすすべもなく。
両頬に流れる涙を知ることもなく。
動かない彼に寄り添い、カイは自分の物語を話す。
「ボクのご主人は、事情があって、とても孤独な子供時代を過ごした人なんだ。
二階堂 蘭さんは、軍人として、ご主人の父君に見出された人だと聞いてる。
ごく短い期間、蘭さんは、ご主人の侍女としてお仕えしたことがあったらしい。
彼女が軍を引退して、病に倒れたことを知ったご主人は、ボクに命じたんだ。
この姿で、彼女に最後まで寄り添い、見届けることを。
蘭は、動物が好きだった。
中でも猫が大好きだったけど、アレルギーのせいで、飼うことが出来なかったから、ずーっと触りたくてたまらなかったって。
初めは戸惑ったさ。ボクはこれでも、士官学校を飛び級で卒業したんだ。
無論、首席で。
しかも、内陣近衛騎士。彼の方の側近だ。
階級は少尉だけど、ご主人以外でボクに命令出来るのは一握りだし、必要なら、独断で軍を動かす権力も付与されている。
そのボクが、引退した元将校の護衛だなんて、ありえないって。」
不満が顔に出たのだろう。
ご主人は、柔らかい微笑を浮かべたっけ。
「カイ、これはお前に必要なことだから、命じる。」
ご主人はそう言った。
「お前は、彼女から、矜持と謙虚さを併せて学ばねばならない」と。
「これは正式な研修だ。生きて戻れ。その後は、元の仕事に復帰しろ。」
ご主人の声が蘇る。
柔らかで、そのたぐい稀な容姿より更に端正ながら、誰も逆らうことができない、あの声。
ああ、いつのまにか、ご主人なんて呼び名で彼の方を考えてしまっているな、と、カイは少し驚いた。
内心苦笑する。
そんなふうに、公式の場で彼の方をお呼びしたら、多くのものが愕然とするだろう。
ゴシップニュースのタネになりそうだ。
しかし、ご本人は、楽しまれるだろうな。
それに、妃殿下も。
何せ、現在の妃殿下を唯一無二の后とすることを即位の条件とした方だ。
側室は一切置かない、と。型破りだが、彼の方の一族にとっての妻妾とは、単なる名誉職のようなものだ。
それか、有力者を味方につけるためのエサか。
だが、出自、行政能力、人心掌握の全てにおいて、史上最強であるご主人には、そんなものは必要ない。
更に、ご主人は、地位も権力も名誉も、簡単に投げ捨ててしまえる方だ。
そうしないのは、ただ妃殿下がそれを望まないから。
妃殿下が、人々と世界のため、働き続けることを是とされているからだ。
人間て、愛する人のため、強くも弱くもなるんだ、とカイは思う。
ダリウスは、蘭、いや、ランを失った。
今度こそ、永遠に。
ご主人が愛する人を失ったら?
考えたくもない。
彼が望めば、人類世界は簡単に滅亡するだろう。
カイとて、必死に逃げるけど、生き延びることができるかどうか。
だが、目の前で涙を流すダリウスを見ていると、人間もそう捨てたもんじゃないと思えてきた。
死の苦痛に毅然と立ち向かった、蘭。
ボクも、まだまだ頑張らなきゃ。
いつか、日は傾き、少しひんやりした風が吹き始めていた。
夕日にはまだ間があるが、明るいうちに帰るためにはそろそろ動き出さねばなるまい。
カイは、ダリウスの膝に前足を掛けて、一声鳴いた。
猫のように。
ダリウスは、長いため息とともに、ゆっくりと立ち上がった。
「帰ろうか。カイ、お前は最後までランに付き添ってくれたんだな。ありがとう。」
と、黒猫を抱き上げた。
「聞かせてくれ。彼女のことを。どんなことでも。」
「ウン。ボクも話したいよ。」
魔法使いと黒猫は、帰り道を歩き始めた。
草むした街道に、次第に長くなる影を落としながら。




