メッセンジャー
ダリウスは、暗い微笑を浮かべた。
「俺は、なぜ、ランから手を離したんだろう?今もわからない。ランたちと比べたら、俺は役立たずの腑抜けだ。」
「それは、違うんじゃないかな。」
カイは、ダリウスの話に色々と思うところがあり、内心穏やかではなかったが、思わず口を挟んだ。
「ダリウス、アンタは役立たずなんかじゃなかったって、ボクは思うよ。」
ダリウスは、乾いた笑い声をあげた。
「慰めはいらない。結局、俺は何もできなかった。」
カイは、首を横に振った。
いつ、何から伝えるべきなのか。
ただそれを整理する。
記憶は、ほぼ戻っていた。
「ダリウス、良く聞いて。
ボクは、メッセンジャーなんだ。アンタと、もう1人に、メッセージを預かっている。」
突然そう宣言した黒猫に、ダリウスは怪訝な顔を向けた。
「メッセージ?誰から?」
「二階堂 蘭、ボクが知ってる彼女の名前だ。ダリウスが知ってる名前なら、ラン=フォーリー。」
「何を言ってる?お前、正気か・・・?」
黒猫と魔法使いは、ひと気のない、廃れた街道で向かい合った。
「ボクは正気さ。それに、使い魔でもない。ボクの名はカイ・エミリオ=バルト。電磁波を操る者にして、職業は公務員だ。」
「・・・は?」
午後の穏やかな日差しが、街道の黒猫と魔法使いを照らしていた。
森の方から小鳥の鳴き声が聞こえる。
意味不明の沈黙から、ダリウスはようやく回復して、黒猫を見つめた。
だが、なかなか言葉が出ない。
カイは、生真面目な丸い目でダリウスを見返していた。
「あー、その、公務員って、役人とか、そういうアレか?」
黒猫は頷く。
「と言っても、特別職で、軍人だけど。」
「軍人って、お前がか?どういう世界なんだ、それ?」
黒猫の言葉は、ダリウスの理解を遥かに超えていた。
どうツッコミを入れるか、いや、どこから突っ込めばいいのか?
「聞いて。ボクは、ある王家に仕える騎士でもあるんだ。ダリウスには、そう言った方がわかりやすいでしよ。
そこでのボクの立場は、王の側近であり、勅命のみに従うことを許されている。
軍人としても同じく、勅命だけがボクらを動かせるんだ。議会も、貴族も、ボクらに命令することは出来ない。」
小さな黒猫は、淡々と話す。
冗談を言っている様子ではなく、あくまで生真面目そのものの態度で。
黒猫が、騎士?
軍人だと?まあ、騎士は軍人ともいうか。
そして、公務員?
他にも、何か言ってたな。
デンジハ?を操るもの?
カイが普通の使い魔でないことは、ダリウスも充分理解したつもりだった。
異世界には、奇天烈な小さな国があるとして、そこでは摩訶不思議な政ごとが行われている、と。うん。
そういうことにしておこう。
カイは、ダリウスの表情から、ほぼ正確に考えを読み取っていた。
うん、まあ、こんなとこで妥協しとこう。
『ボク、一言だって嘘は言ってないけど、元の世界で同じ説明したって、固有名詞抜きだと、こんな感じだもん。ダリウスには、固有名詞は無意味だしなあ。』
というわけで、双方妥協点に達し、カイは説明を続けた。
「ボクの世界には、時々異世界からやってくる人たちがいる。殆どが何らかの事故のせいだ。たまたま開いた通路に入り込んだひとや、何かのはずみで自ら通路を開いてしまった人だ。
彼女もそんな一人だった。」
「!・・・い、生きていたってことか!?」
黒猫は頷く。
「転移では生き延びた。だけど、彼女は、時間と空間の両方を超えた。魔力暴走のせいだったんだね。
ラン=フォーリーは、ボクの世界の過去に飛ばされたんだ。そして、そこで生き、亡くなった。」
黒猫は言葉を切った。
魔法使いもまた言葉を失い、そしてその場に崩れ落ちた。
カイの言葉が真実だという、残酷な確信が彼の力を根こそぎ奪っていた。
6年。主観ではたった6年だ。
「ボクは、勅命により、彼女の最晩年に関わった。素晴らしい人だったよ。
転移後の彼女の人生は、決して平穏ではなかったけれど、蘭は、いつだって誇り高く前を向いて生きてきた。
死線を超えたのも、一度や二度じゃない。
そんな生き方が、彼女の全てに現れていたんだ。」
ひだまりのティータイム。
ハーブのかおり。優しい声。
カイは、涙を堪える。
ダリウスは崩れ落ちたまま、地面に座り込んで、微動もしない。
「彼女からメッセージを預かったボクは、それを届ける任務を願いでた。彼女と共に過ごしたこの姿でね。
危険で馬鹿げた拘りだったけど、ボクのご主人は、許可してくれたんだ。
さあ、メッセージを受け取って。」
言い終えると、カイは、ダリウスの前の空間に視線を転じる。
何もなかったはずのそこに、今、忽然と、1人の女性の姿が現れた。
ダリウスが、ハッとした様子で、伏せていた顔を上げる。
「ラン・・・?」
女性は、椅子に座っていた。
穏やかな表情、白いものが混じった、栗色の髪は、まだ豊かだ。
長い髪は太く編まれて、右肩から胸に垂らされていた。
光に透けたハシバミ色の瞳は、緑がかって見える。
整った顔立ち。
あの日着ていたものとよく似た、緑色のドレス。
「ラン・・・」
ダリウスは、呟いて、手を彼女に伸ばした
が、触れることは出来なかった。
その手は、虚しく、映像を透過する。
「ダリウス。あなたがこれを見ているなら、私はもう死んだと言うことね。ごめんなさい、こんなおばあちゃんで、びっくりしたでしょう。」
彼女は、優しく微笑んだ。
「私はもうあまり生きられそうもないの。だから、カイにこのメッセージを託します。」
楽しんでいただけたら幸いです。




