魔力暴走
「あれは6年前、俺は18で、ランは20だった。」
遠くを見たまま、ダリウスは話す。
「俺は、彼女が好きだった。身の程もわきまえず、告白するくらいに。だか、なぜだか彼女も、俺を愛してると言ってくれた。有頂天だった。世界が俺を、俺たちを祝福してくれた、そう思った。」
魔法使いは、そこで言葉を切った。
子供のような目のきらめき。
まるて、その日に戻ったかのような。
カイには、色恋はわからない。
猫でも人でもないから、この先もわからない可能性はある。
だが、恋愛感情が、人間にどんな影響を及ぼすかは心得ていた。
だから、黙って続きを待つ。
「ランは、妹とともに、ソードマスターの有力候補と目される、アカデミーの秘蔵っ子だ。一方俺は、卒業すら危ぶまれる、万年落ちこぼれ。俺たちの仲には、反対者が多かった。・・・いや、それは控えめ過ぎる言い方だったな。
そもそも、応援してくれる人間なんて、皆無だった。
彼女の家族は俺を殺したかっただろう。
俺は、ランの人生の障害物、つまづきの石って奴だから。
孤児の落ちこぼれが、いいとこの娘をたぶらかした、なんてな。
挙げ句、俺の姉、魔力メイドだったカティアについてまで、有る事無い事、聞くに耐えない噂が飛び交う始末さ。
その頃、姉が死んでもう8年も経ってたんだが、俺を貶めたい連中にとっては、使えるネタは、どんなものでも使おうってハラだったんだろうな。
だか、俺たちはそんな声にも、ひるまなかった。
ランは、いつだって、背筋をピンと伸ばして、真っ直ぐ前を見る女だったから。
俺は、ただ、彼女に笑われない男になりたかった。
外野の声は、悪意だけじゃなく、真実も多く含んでて、俺たちもそれが気にならなかった訳じゃない。
だが、世間の声に負けて俺たち自身を貶めるような真似だけはするまいと。
俺も、彼女もそう思って気を張ってたな。
まあ、若気の至だ。」
カイは、ダリウスの顔に浮かんだ微笑みを見た。
「ダリウス、本当に好きだったんだね。」
魔法使いは、ゆっくりと目を伏せる。
微笑みはそのまま、小さなため息に乗せて、静かに言い切った。
「もう、あんな気持ちになることは、二度とないだろう。」
似てるな、と、カイは思う。
愛する女を想っている時の、ご主人の表情に。
いつか、ご主人は言ってたっけ。
「カイ。俺はな、とことん卑怯な男だ。
欲しいものは彼女だけで、そのためなら、どんなことでも出来るし、誰を裏切っても構わない。だか、彼女は、それを望まないんだ。出来ない痩せ我慢しろとさ。
自分自身を、命までも惜しみなく俺に与えていながら、俺が正しい行いをなすことが、その対価だという。だから、俺はこの地位にいる。望んでもいない地位に。」
あのとき、ご主人は、今のダリウスと同じ表情を浮かべていた。
恋愛なんてやっぱり、わからない。
だけど、ひょっとして、そこまで誰かを
愛することが出来たら、何か見えてくるものがあるのかも。
そして、愛する人を失ったら、自分ならどうなってしまうのだろうか。
魔法使いは、視線を上げた。
「今でもわからない。
どうしたら彼女を失わすに済んだのか。
そんな方法があったのか、俺に出来ることはなかったのか。
そもそも、何故あんなことが起きたのか。
考えても考えても、結論は出ないが、
考えることをやめられないんだ。
あの時、俺とランは、ランの両親に呼び出されて、彼女の実家を訪ねた。
その場にリーンもいた。」
「お父様。何度仰っても同じよ。」
ランは言った。
妹とよく似た、整った顔立ちと、短い栗色の髪。色白の頬は、ほんの少しピンクに上気している。
家族に対する怒りや苛立ちもあっただろうが、家に入る前、人気のない建物の陰で、ダリウスと交わしたキスのせいでもあった。
今日はいつもと違う、緑のドレス姿だ。
騎士アカデミーを去年卒業し、叙任を受けてから、普段は騎士服で過ごしていたから、今日の彼女は、ダリウスの目には新鮮で美しかった。
ランの家族の、刺すような視線さえ苦にならないほどに。
お決まりのやりとりは、いつもに増して険悪だったが、今更その程度のことで怯む2人ではない。
ダリウスは、早くこの憂鬱かつ無意味なお勤めを終わらせて、ランと2人きりになりたいとしか考えられなかった。
「これ以上の話し合いは、無意味だわ。
お父様、お母様、それにリーン、私の行いがあなた方を傷つけてしまったことは、あやまります。
でも、私は、ダリウスと別れる気はないし、お父様の仰る方と婚約するつもりもありません。」
毅然と言い放つラン。
いつもなら話はここで決裂した。
しかし、彼女は続けた。
「今日は、あなた方に、お別れを言うために来ました。
私は、今日限り、この家の一員であることをやめます。
さようなら。あなた方の行く末に、幸あらんことを。」
彼女は、家族に向かって、一礼すると、あっさり踵を返した。
ダリウスに目配せし、2人で出ていこうとした、その時。
突然、部屋に魔力の気配が満ちた。
全員が化石したかのように動きを止める。
刹那、剣の閃きがダリウスの目を射た。
リーン!?
考えるより早く、ダリウスはランを引き寄せ、床に伏せた。
直後、彼らの体の上ギリギリを、魔力の刃が薙ぎ払う。
誰も帯剣してはいなかったはずなのに、気がつくと、リーンの手には剣が握られていたのだ。
「何をする!やめなさい、リーン!」
ランとリーンの父が、剣の前に立ち塞がった。母は、なすすべなく立ち尽くす。
リーンの剣は、明らかに姉を狙っていた。
なぜなのか、理解出来ないまま、ダリウスとランは素早く立ち上がる。
リーンの様子が完全におかしい。
「どいて、お父様。」
奇妙なほど平板な声。
リーンの顔からは、表情が消えていた。
青ざめた肌。色を失った唇。
虚に見開かれた目は、瞬きすら忘れている。
全身からは、凄まじいまでの魔力が迸っていた。
「なぜ、姉さんなの。」
リーンが呟く。聞き間違いかと思うくらい小さな声だ。
ダリウスには、その言葉の意味がよくわからなかったが、腕の中にいたランが、一瞬、身体をこわばらせたのを感じた。
「リーン、あなた・・・」
ランは、そう呟き、スルリとダリウスの腕から逃れた。
続いて起こったことは、ダリウスにとっては今も悪夢として彼を苦しめ続けている。
「ランは、振り返りもためらいもしなかった。父親を押しのけて、リーンと向かいあった。はっきりした声でだだ一言、みんな逃げて、と。
そう言うだけの時間しかなかったんだろう。リーンは、もはや自分でどうにか出来る状態じゃなかったし、それはその場にいた全員が理解していたはずだ。
魔力暴走。魔法使いに、ごく稀に起こる発作のようなものだ。
タチの悪いことに、予兆は一切ない。
引き金は、強度のストレスと言われているが、それも絶対じゃないだろう。」
確かに、強度のストレスで漏れなく発症した日には、世界が滅亡しかねない。
誰でも一生に何度かは、とても耐え難いストレスに見舞われるものだ。
魔力が弱い者なら、大きな影響はないだろうが、戦場で威力を発揮するクラスの能力者だとそうは行くまい。
「そして、ランは、リーンを抱きしめた。
俺が覚えているのは、そこまでだ。
光。眩しい光で、目を開けてはいられなかった。家屋敷が崩壊する轟音が響いていたはずだか、それは記憶にない。
意識を取り戻した時はベッドの上だ。
俺の記憶は曖昧で、どうやって生き延びたのか、わからない。
町は壊滅した。
だが、死者は住民の5%にも満たなかったらしい。
ランと、その両親のおかげだろうな。
皆、立派な騎士だったってことだ。
自分だけなら、逃げることは可能だっただろうに、彼らは、被害を最小限に止めるため、命をかけたんだ。
不思議なことに、リーンは無事だった。
そして、ランは、消えた。
彼女の遺体は見つからなかったよ。
まるで、最初から、そこにいなかったかのようにな。」




