第五章 三匹の容疑犬候補 1
魔術師が契約、あるいは使役する幻獣のなかで、「牙のある大きな獣」に該当しそうな生物は黒妖犬と三頭犬だ。
「そいつらを使える魔術師がたのお名前と在所が分かりますかね?」
ストライヴァーが期待を込めて訊ねてくる。
エレンは胸を張って答えた。
「ええ。調べればすぐに分かると思いますわ」
調べる先は市内ブルックゲート通り三番地のタメシス魔術師組合会館の図書室と、王宮の月室庁付属の記録室だ。
前者に入るのは組合員のエレンにとってはごく簡単だが、後者は厄介だった。
議会の閉会期である今、国王はタメシス西郊のフレイザー城に居を移している。
廷臣たちも当然すべてそちらにいるため、スチュアード卿の紋章入りの赤い竜のメダルと提出すべき報告書があってさえ、留守居役だけが残る王宮にはなかなか入れて貰えなかったのだ。
おかげで調査に三日もかかってしまった。
組合所属の魔術師は現時点で二五七名。
中には組合に所属せず貴顕の家に個人的に雇われている顧問魔術師もいるが、そうした魔術師は月室庁の名簿に名前と特徴を登録することが雇用者側に義務付けられている。
すべてを確認したところ、タメシス近郊に現在居住する職業魔術師の総数は三六八名だった。女性魔術師は圧倒的に個人雇いが多い。
そのなかで、黒妖犬を使役する魔術師が二名と、三頭犬と契約している魔術師が一名いた。
「なんだ、三人だけですか!」と、警視庁の大部屋で報告を受けたストライヴァー警部は分かりやすく喜色を浮かべた。「案外少ないものなのですねえ」
「ええ、数としてはごく少ないのですけれど」
エレンは三日がかりで仕上げたにしてはえらくあっさりとまとまってしまった一覧表を渡しながらため息をついた。
「どうぞよくご覧になって。所属が問題なんですわ。――三頭犬の伴侶は国璽尚書のウェステンフォーク侯の顧問魔術師。黒妖犬の主人の一人は陸軍卿のハリントン子爵に雇われています」
「うへえ」と、傍で聞いていたニーダムが辟易した表情をする。「お偉方はやはり犬が好きなのですね」
「よく命令に従いますものね」と、エレンも肩を竦める。
「すると黒妖犬のもう一人は?」
「そちらは組合所属で、王立植物園の魔術分室の管理官を務めておいでの方です」と、エレンは目上の同業者への敬意をこめて教えた。「このドクター・エッジワースとはわたくしも面識があります。魔術性植物にお詳しい、物静かで博識な、学者肌の魔術師殿ですわ」
「ほほう」と、ストライヴァーが興味深そうに相槌を打つ。「ドクターというと、お医者様でもあるので?」
「いえ、たしかステアブリッジ大学で植物学の博士号をお取りだと聞きました」
「――何というか、その方だったら簡単にご禁制の魔術性植物を栽培できそうに聞こえますね」と、ニーダムが小声で口を挟む。
エレンは眉を吊り上げた。
「まあミスター・ニーダム、何を仰いますの! ドクターは正規の組合員で信頼に足る魔術師です。使役魔に女性を噛み殺させるなんてーーそんな恐ろしいことをするはずがありません」
「お嬢さん――いや失礼、魔術師殿」と、ストライヴァーが苦笑気味に口を挟んでくる。「そういう思い込みはいけませんや。愛情深く、信頼に足る、善意と良識のある人間だって、時と場合によっちゃ罪を犯すことがあるんです。いつもそう思って捜査をしなけりゃなりません」
ストライヴァーはなんとも寂しそうな顔で笑いながらため息をついた。
やるべきことはやるべきことと、自らの義務を弁えている職業人らしい笑いだ。
エレンは自分が恥ずかしくなってしまった。
「お言葉通りですわ警部。わたくしの考えが足りませんでした」
「こういう問題については我々が専門家ですからね」と、ストライヴァーは得意そうに応じた。「しかし、その学者先生の動向を洗うついでに、それとなーくご意見をうかがってみるっていうのはありですね。―-おいクリス、お前あっちの進展はどうだ? あの王立劇場の砂糖菓子の出所のほうは」