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エピローグ

 月室庁に呼ばれた三日後、エレンは明るいミントグリーンのハイウェストのドレスで装ってリンジー家の町屋敷を訪問した。


 今日はこの邸で昼の正晩餐に招かれているのだ。


 招待主はカトルフォード州選出の下院議員のミスター・リンジー。

 ジュディスのお父上である。


 ミスター・リンジーは丸ぽちゃで薔薇色の頬をした娘とは対照的なタラの干物みたいな痩せ男だった。大食堂にエレンが入ってくるなり両腕を広げて立ち上がり、


「ミス・エレン、よく来てくれたね! 今日は是非ともあの有名な『サン・スーシー殺人事件』の顛末を聞かせておくれ!」

 と、すごいボリュームの大声で歓迎の言葉を述べた。


 今日はクリーム色に黒いパイピングを施したドレス姿のジュディスが慌てて立ち上がりながら制する。

「お父様、そんな大声を出したらミス・ディグビーが吃驚なさるじゃない! ミス・ディグビー、お話はみんな新聞で読んだわ。可哀そうなニーナを殺した犬の飼い主はハリントン子爵に仕える魔術師だったのですってね?」

「ええ。黒妖犬(グリム)は幻獣ですから、飼い主というより使役者ですけれど――」

 執事が丁重に引いてくれた椅子にかけながら口を切ると、リンジー夫妻とジュディスとジョシーという同席者四人の視線が一斉に集まってくるのが分かった。


 みな興味津々の面持ちだ。


 エレンが椅子に落ち着くのを待って、再びミスター・リンジーが訊ねてくる。


「何しろ陸軍卿のハリントン子爵のところの顧問魔術師の逮捕だからね。私も色々話は聞いているんだが、どうも二、三よく分からないことがあるんだ。もう一人逮捕された王立植物園の管理官だったか? そっちの魔術師があの悪党のアンソニー・コットンの依頼でセアラ・オズボーンに忘却の作用のある魔術薬を違法に処方していたのだろう?」

「ええ」

「それは何のためだったんだい? その、なんだ、お嬢さんがたには聞かせられないような類の醜聞は、セアラには本当は無かったのだろう?」

「ええ幸いにも」と、エレンは笑顔で答えた。「コットンはハリントン子爵の顧問魔術師に頼まれて、セアラがハドソン提督から贈られたあるものを密かに盗み取っていたのですわ。忘却薬を使う目的は彼女にそのものを忘れさせること。それから、ハドソン提督との手紙のやり取りのなかで気取られないよう、手紙はすべてコットンが破棄させていたようです」

「婚約者からの手紙を? なんて酷いこと!」と、ジュディスが憤る。

「それで、コットンはセアラから何を盗んでいたの? まさか婚約指輪?」と、ジョシーが眉を吊り上げて訊ねる。

「いえ、指輪は無事よ。指輪ではなくて、ハドソン提督の髪の毛を収めたロケット状のカメオのペンダントだったの。長く離れることの多い恋人同士にはよくある贈り物でしょ?」

「ああ、それならわたくしも持っているわ!」と、ジュディスが得意そうに言う。

 するとジョシーが眉を寄せて訊ねた。

「そんなものを盗ませて、ハリントン子爵の顧問魔術師は何をするつもりだったのかしら?」

「目的ははっきりとは分かりませんが、髪の毛や骨や血液というのは、遠隔で相手に魔術をかけるときには大抵必要なものですから、ハドソン提督のような有名な方の髪を、何か邪な意図を持った魔術師が手に入れようとするのは不思議ではありません」

「じゃ、その顧問魔術師か提督に何か悪い魔術を?」と、ミセス・リンジーが心から心配そうに訊ねてくる。

 ボローニアス・ハドソン提督は連合王国の英雄なのだ。

 エレンは慎重に言葉を選んだ。

「その点はいま月室庁裁判所(ムーンチェンバー)が取り調べていますが、件のロケットはもう押収したそうですから、提督に危険が及ぶことはないと思いますよ?」

 長兄のコーネリアスに密かに確認してありますし――というのは、エレンの小さな秘密だ。


「あらそう、それならよかった!」と、ミセス・リンジーが破顔する。

 ミスター・リンジーも安心したように頷いた。


 ちょうどそのとき熱々のローストビーフが運ばれてきた。

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